表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/48

第12話 開発された「業務フロー」

 翌日、俺は夜明けと共に目を覚ました。泊まっているのは、ギルドから紹介された安宿の一室だ。硬いベッドと粗末な毛布だけの殺風景な部屋だが、オフィスでの仮眠に比べれば天国のような寝心地だった。


 俺はベッドから起き上がると、軽く体を伸ばした。レベルアップのおかげか、昨日森を歩き回った疲労はほとんど残っていない。むしろ、体は軽く、頭は冴え渡っていた。


「さて、と。本日のプロジェクトを開始するか」


 俺は誰に言うでもなく呟き、身支度を整えた。

 今日のタスクは明確だ。


『プロジェクト名:ゴブリン巣窟掃討プロジェクト・フェーズ1』

『目標:西の森のゴブリン生息数を30%削減し、安定的な収益モデルの有効性を実証する』

『KPI:リスク発生率0%、時間対収益の最大化』


 まずは、武具屋で追加の装備を調達する。昨日購入したショートソードは、あくまで護身用だ。俺の計画では、ゴブリンと刃を交えるような危険な状況は万に一つも発生しない。俺が必要としているのは、もっと安価で、使い捨てできる「ツール」だ。


 武具屋の親父に声をかけ、店の隅に積まれていた安物の投げ槍を数本、購入した。一本銅貨3枚。穂先は粗悪な鉄で、バランスも悪い。普通の冒険者なら見向きもしない代物だろう。


「兄ちゃん、そんな安物で大丈夫かい? ゴブリン相手でも、懐に入られたらおしまいだぜ。もう少し金を出せば、まともな剣が買えるが」

 心配する店主に、俺は不敵に笑ってみせた。

「親父、心配は無用だ。俺のやり方では、ゴブリンに指一本触れさせるつもりはないんでね」


 怪訝な顔をする店主を後にし、俺は再び西の森へと向かった。

 森の入り口で、俺は昨日一日かけて収集したデータを基に、頭の中のマップに今日の行動計画をプロットしていく。


「よし。まずは、ワークフローの構築からだ」


 俺は、昨日特定したゴブリンの巡回ルートの一つに狙いを定めた。そこは、数匹の小規模な群れが、決まった時間に餌を探しに通る獣道だ。


 俺は、そのルート上に、簡単な罠をいくつか仕掛けることにした。といっても、大掛かりなものではない。地面に浅い落とし穴を掘り、枯れ葉でカモフラージュするだけだ。シャベルなど持っていないが、頑丈な木の枝と素手で、30分もかからずに複数の罠を設置できた。レベルアップによる身体能力の向上が、地味に効いている。


 次に、罠から少し離れた、身を隠せる茂みへと移動する。ここが俺の「オペレーション・ルーム」だ。


「フェーズ1、準備完了。フェーズ2、実行に移る」


 俺は息を潜め、ゴブリンの群れがやってくるのを待った。

 しばらくすると、案の定、昨日【分析】した通りの時間に、3匹のゴブリンが姿を現した。先頭を歩く1匹は、少し体格がいい。おそらく、この小さな群れのリーダー格だろう。


『対象:ゴブリン・リーダー(仮)』

『レベル:3』

『行動パターン:警戒心がやや強い。異常を察知すると、仲間を置いて逃走する可能性あり』


(ふむ。リーダーから狙うのは得策じゃないな。まずは、末端の兵卒から確実に処理していくのがセオリーだ)


 俺は、ゴブリンたちが罠の近くまで来たのを見計らい、拾っておいた石を、彼らの進行方向とは逆の茂みへと力いっぱい投げ込んだ。ガサッ、と大きな音が立つ。


「ギッ!?」

「ギャ!?」


 ゴブリンたちは、典型的な下級モンスターの反応を示した。音に驚き、一斉にそちらを向く。注意が完全に逸れた。


 その隙に、俺はもう一つの石を、今度は彼らの足元、落とし穴のすぐそばへと投げつける。

 驚いたゴブリンの一匹が、慌てて後ろに飛び退いた。そして、見事に俺が掘った落とし穴へと足を踏み外す。


「ギギィッ!?」


 情けない悲鳴を上げて、ゴブリンが穴にはまる。浅い穴なので、すぐに這い上がってこようとするが、その一瞬の隙があれば十分だ。


 俺は茂みから飛び出すと、手にした安物の投げ槍を、躊躇なくゴブリンの脳天めがけて突き刺した。

 ブスリ、という鈍い音。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、ぐったりと動かなくなった。


「ギ、ギャアアアアッ!」


 仲間が目の前で殺されたのを見て、残りの2匹は完全にパニックに陥った。武器を構えるでもなく、ただわめきながら、てんでんばらばらの方向へと逃げ出そうとする。


「やれやれ、統率が取れていないチームというのは、かくも脆いものか」


 俺は冷静に、逃げ惑うゴブリンの背中に、次々と投げ槍を突き立てていく。安全な距離から、確実に。一体、また一体と、緑色の小鬼たちが地面に沈んでいった。


 数分後。そこには、3体のゴブリンの死体だけが転がっていた。

 俺の体には、返り血一つ浴びていない。息も上がっていない。


 派手さもなければ、英雄的な戦いでもない。

 ただの、几帳面(methodical)で、退屈(boring)で、そして信じられないほど安全(incredibly safe)な作業だ。


「ワークフロー定義、完了。これを繰り返す」


 俺は、この一連の作業を「ゴブリン処理標準業務手順書(SOP)」として頭の中で定義し、淡々と繰り返していった。


 罠を仕掛ける。

 音を立てて注意を引く。

 罠にはまったところを、安全な距離から仕留める。


 まるで、工場のライン作業のようだ。あるいは、前職で延々とやらされた、デバッグ作業に近いかもしれない。バグ(ゴブリン)を特定し、再現手順(罠)を確立し、修正パッチ(槍)を当てる。


(前職の作業に比べれば、よほど精神的に楽だな。少なくとも、理不尽な仕様変更や、上司からの横槍は入らない)


 俺は、死体から証拠品である右耳をナイフで切り取り、【収納】スキルの中へと放り込んでいく。血の匂いや、死体の感触は気分の良いものではないが、これも業務の一環だ。感情を挟む余地はない。


 半日も経たないうちに、俺の【収納】スペースには、おびただしい数のゴブリンの耳が溜まっていった。

 俺は、森の一角で休憩を取りながら、今日の成果を確認する。


「討伐数、47体。リスク発生率、0%。上出来だ」


 だが、俺はまだ満足していなかった。

 この手作業による狩りですら、まだ非効率な部分が多い。罠を掘る手間、槍を投げる手間。これら全てが、時間というコストを消費している。


「やれやれ。このプロセスも、いずれは完全に『自動化』したいものだな……」


 俺は、そんなことを呟きながら、空を見上げた。

 木々の隙間から見える空は、どこまでも青く澄み渡っている。


 俺は立ち上がると、大量のゴブリンの耳が詰まった(ように見えるが実際は空っぽの)【収納】スペースを抱え、ギルドへと向かって歩き始めた。


 今日の報告をすれば、ギルドはまた少し騒がしくなるだろう。

 だが、それも計画のうちだ。俺の「事業」が市場に与えるインパクトを、そろそろ彼らにも認識してもらう必要がある。


 全ては、俺の完璧な早期リタイア計画のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ