第13話 驚異の納品数
夕暮れ時の冒険者ギルドは、一日の仕事を終えた者たちの熱気で最高潮に達していた。酒を酌み交わし、武勇伝を語り合い、あるいは今日の稼ぎの少なさを嘆く声。そんな喧騒の中を、俺は静かに、しかし確かな目的を持って進んでいく。
向かう先は、もちろん受付カウンターだ。
カウンターの向こうでは、赤毛の受付嬢ハンナが、山と積まれた書類を相手にうんざりした顔でペンを走らせていた。俺がカウンターの前に立つと、彼女は顔も上げずに言った。
「ああ、あんたかい。依頼の報告なら、順番に……」
その言葉は、途中で不自然に途切れた。俺が何も言わずに、ただ黙ってカウンターを見つめていることに気づいたのだろう。彼女は訝しげに顔を上げ、俺の顔を見て、そしてわずかに眉をひそめた。
「……なんだい。ゴブリン討伐の依頼でも受けたのかい? まさか、昨日の今日で怖気づいて、依頼のキャンセルでもしに来たとか?」
彼女の口調には、揶揄するような響きがあった。昨日、俺が森で一日中隠れていただけだと嘘ぶいたのを、真に受けているらしい。
「いや」
俺は短く否定した。
「報告だ。常設依頼の、ゴブリン討伐の」
「へえ。で、何匹狩れたんだい? 2、3匹ってところかい? 新人にしては上出来じゃないか」
ハンナはそう言って、小馬鹿にしたように笑みを浮かべた。
やれやれ。口で説明するよりも、現物を見せた方が早い。これも、効率的なプレゼンテーションの一環だ。
俺はカウンターの上に、空の麻袋を一つ、置いた。
「なんだい、そりゃ。まさか、その袋に耳が1枚だけ入ってるとか、そういう寒い冗談じゃないだろうね?」
ハンナが呆れたように言う。周囲でそのやり取りを聞いていた冒険者たちからも、クスクスと笑いが漏れた。
俺は、彼らの反応を無視し、静かに【収納】スキルを発動させた。
「まあ、見ていろ」
次の瞬間。
ドンッ! ドサドサドサッ!
何もない空間から、突如としておびただしい数のゴブリンの右耳が出現し、カウンターの上に小さな山を築いた。乾いた血の付いた耳が、重なり合い、なだれを起こしてカウンターからこぼれ落ちそうになる。生臭い血の匂いが、ふわりと辺りに漂った。
「……え?」
ハンナの顔から、表情が消えた。
先ほどまで俺を嘲笑していた冒険者たちの笑い声も、ピタリと止んだ。
ギルドの喧騒が、まるで嘘のように静まり返る。全ての視線が、カウンターの上にできた、醜悪な肉の塊の山に釘付けになっていた。
最初に我に返ったのは、カウンターの近くで酒を飲んでいた、熊のような体躯のベテラン冒険者だった。
「……おい、なんだありゃあ……。ゴブリンの耳、だよな……?」
「ああ……だが、あの数……尋常じゃねえぞ……」
静寂は、すぐに驚愕のどよめきへと変わった。
「嘘だろ!? あれ、全部一人でやったのか!?」
「Cランクパーティだって、あんな数を一日で狩るのは不可能だ!」
「一体、どんな魔法を使ったんだ……!?」
人垣が、あっという間にカウンターの周りにできた。誰もが、信じられないものを見る目で、俺と耳の山を交互に見つめている。
当のハンナは、完全に思考が停止していた。口を半開きにしたまま、目の前の光景をただ呆然と眺めている。
「おい」
俺は、そんな彼女に声をかけた。
「検収を頼む。それとも、数が多すぎて数えられないか? なら、手伝おうか?」
「ひっ!?」
ハンナは、俺の声にビクリと肩を震わせ、椅子から転げ落ちそうになった。
「わ、わ、わ、分かった! 数える! 数えるから、ちょっと待ってな!」
彼女は慌てて立ち上がると、震える手で耳を一つ、また一つと数え始めた。その顔は、恐怖で青ざめている。
やれやれ。少し、やりすぎたか。
だが、これも俺の「事業」のブランディング戦略の一環だ。「謎の凄腕新人」というイメージを市場に植え付けることで、今後の競合他社(他の冒険者)からの無用な干渉を抑制する効果が期待できる。
ハンナは、一人では埒が明かないと判断したのか、他の職員にも助けを求めた。数人がかりで、ようやく耳の山の計数が終わる。
「……よ、47……。間違いなく、47体分、あります……」
ハンナが、上擦った声で報告した。
その数を聞いて、ギルド内は再び大きなどよめきに包まれた。
俺は、そんな騒ぎをBGMに、淡々と告げる。
「報酬の支払いを頼む。一体につき銅貨2枚。合計で、銅貨94枚。銀貨9枚と銅貨4枚で間違いないな」
「は、はい! ただいま!」
ハンナが、慌てて金庫から銀貨と銅貨を取り出し、カウンターの上に並べる。チャリン、チャリン、と硬貨が立てる音が、やけに大きく響いた。
俺がその報酬を革袋にしまい込んだ、その時だった。
頭の中に、待望のメッセージが流れ込んできた。
『経験値が規定値に達しました。レベルが5に上がります』
『条件を達成しました。サブスキル【自動化】を取得します』
(――来た!)
俺は、内心で歓喜の声を上げた。
【自動化】。俺の事業を、次のステージへと押し上げる、まさに待望のスキルだ。
「サ、サトウさん……」
ハンナが、おずおずと俺に話しかけてきた。いつの間にか、呼び方が「あんた」から「さん」付けに変わっている。
「……あなた、一体、何者なんですか……?」
その問いに、ギルドにいる全員が、固唾を飲んで耳を澄ませているのが分かった。
俺は、彼女に人好きのする笑みを向けて、答えた。
「ただの、効率を重視する元会社員ですよ」
その答えは、彼らの疑問を解消するどころか、ますます深めるだけだったようだ。
俺は、困惑と畏怖の視線を一身に浴びながら、踵を返した。
「やれやれ。これで、明日の業務はさらに効率化できそうだ」
俺は、誰にも聞こえないようにそう呟き、夜の闇へと消えていった。




