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97話

 一夜明け、洞穴に射し込む光が二人を照らした。


「ん。んんぅ……」


 光の擦られるような暖かさでルセアは目を覚ました。

瞬きを二度三度と繰り返すと、心地よかった浮遊感が薄れ代わりに取りきれなかった披露と傷の痛みが身体中を駆け巡った。


「いっ、たたた」


 早く起きろと言うには乱暴な痛みを深呼吸して落ち着かせていく。それが落ち着く頃を見計らっていたクーガーは声を掛けた。


「起きたか」


 先に起きていたクーガーは座っていたが、昨夜巻いた包帯が新しく巻き直されているのを見るに、ルセアよりも大分早く起きていたようだ。


「寝過ごしたかしら?」


「いや、俺が起きた時はまだ外は暗かったからな。日が照り始めたのは今さっきだ」


 そう言うとクーガーはルセアの近くに寄ると道具袋から傷薬と包帯を取り出した。

ルセアの背後に回ると、服の上から無理やり巻き付けた包帯を優しく丁寧にほどいた。


「ふふ。随分丁重に扱ってくれるのね」


「茶化すな」


「褒めたのに」


 軽口を叩く二人。クーガーはあらわになったルセアの背中をじっと見た。自分を助ける為に飛び込み、そのまま崖を下り落ちた際に出来た傷がそこにはあった。


「痕になってるな…」


「大した事じゃないわ、そのうち残らず消えるわよ。ちゃんと処置すればね。ほら、コーラルが言ってたじゃない。治癒魔法を掛ければ傷痕も直すことが出来るって」


 教会に所属していた際に傷跡が残ったせいで嫌な思いがある被害者達の心が少しでも軽くなればと修得したと言っていたのをルセアは覚えていた。


「ならさっさと戻ってコーラルに見てもらうか」


「そうね。ソーマの奴も心配してるでしょうし」


 そう言うルセアの背中から肩口にかけてクーガーは傷薬を付け新たに包帯を巻き付けていく。前の部分は包帯をルセアに渡し巻き付けてもらった。

ゆっくりと負担の掛からないように巻き終えたクーガーは、途中ルセアが小さく食い縛るのを見逃さなかった。


「終わったぞ。後は村に戻るまでは無理に動くな。戦闘になったら後ろに控えていろ」


「大丈夫よこれくらい問題な―――っ痛!」


 やれると言ったルセアの肩をクーガーは少し強く押すと、ルセアが痛みで顔を歪めた。

普段なら何でもない筈なのにそれでもこの反応だ。この状態で戦闘行為など、戦力よりも危険の方に秤が傾いていた。


「これでも、か?」


 この状態で尚も戦闘に参加すると言い張るのかと訴えるクーガーに、ルセアは口を閉ざした。

頭では理解している。この有り様ではかえって足手纏いになると。それでもただ後ろにいるのは耐えられないのだ。

その心情を察しているクーガーはならばと切り出して。


「前線は俺が張る。お前は後ろから指示をだしてくれ」


「えっ、私が!?」


 まさかの提案に驚くルセア。つい先日やってみたいと言ったが、こんなに早くその場面になるとは思っても見なかった。


「別段難しく考える必要もこなす必要も無い。やってほしいのは敵の動きの報告だけだ」


 ルセアの実力を過小評価している訳ではない。出来るだけの地力はあるだろうとクーガーは見ている。

だが、当たり前だがいきなりやらせて十全の結果が出せるかとなればそれは否だ。

だからこそクーガーは敵の動向の報告、それのみに絞る事でルセアの負担を最小限に、かつメリットも確実に得られるようにと提案した。


「敵の動きを伝える…」


「動きの予兆が分かれば対応の手段は増える。言葉にすればこれだけだが、その重要さはわかるだろ」


 勿論とルセアは返した。自分の場合でも、敵が仕掛けてくるのならば間合いや姿勢を整えて相手の攻撃をいなしてから反撃に移ろうと備えるだろう。逆に相手が退きぎみならば攻撃に回すリソースを増やして仕留める算段を立てる。

その思考に割ける僅かな時間があるか無いかの違いは身を持って知っている。


「分かった、任せて!」


 普段は後方に備えてるソーマやコーラルもこなしているのだ。過度に不安を負うつもりはないが、それでもその立ち位置に徹するのが初めてということもあって緊張はある。

それを吹き飛ばすようにルセアは明るく答えた。


「よし。ならそろそろ出るぞ」


 クーガーは立ち上がり手短に身支度を済ませていく。ルセアも最低限の装備を身に纏い準備を進める。その際にこれからの事を確認して互いに情報を共有した。

そしてクーガーが先に洞穴から出ると朝の日射しが雨に濡れた木々の葉に反射して目映い光が辺りに広がっていた。


「ふぅ……」


 クーガーは軽く息を吐くと体を伸ばした。パキパキ、バキッ、と体の節々が固まっていたからか、小気味良い音が響く。そして体を解したのち手にしたハンマーを軽く振るって己の状態を確かめる。

二度、三度、振るうと確かに傷や痛みはあるが戦闘に重大な支障はないと確認した。


「どう?調子は」


「お前が手当てしてくれた甲斐で問題はない」


 後ろから続いて出てきたルセアの問いにクーガーは笑みで返した。

鋭い目付きでクッと笑う表情は普通の人から見れば威圧感や怖さを感じるだろう。

だが共に行動してきた仲間から見れば、これ程頼りになる笑みはなかった。


「ん。それは良かった。私も後ろからだけど頑張るから」


「ああ、頼んだ」


 意気込むルセアにそう返したクーガーは道具袋から煙玉を取り出した。


「さて始めるとするか」


 それを空高く放ると拾った小石を投げて煙玉を割った。

乾いた破裂音が青空に響き渡る。割れた玉から溢れる黄色の煙が空に漂う。


()()()()先に来るかな」


 洞穴から出る直前にルセアと会話したこと。

きっと朝一から自分達を探しにソーマとコーラルが森に戻って来ているだろう。

自分達が勝手に動き回ってはすれ違う危険性があるからと、煙玉による無事と居場所の報告をすることをクーガーは決めていた。

そしてそれによりエイプ達にも居場所が嗅ぎ付けられることもとクーガーは言った。

エイプは聴力も悪くはない。この森の中で聞き慣れない音がすれば何事かと確認しに来るだろう。なおかつ、自分達の仲間を葬った人間が生きているかも知れないとなれば尚更殺意を漲らせ向かってくるとクーガーは考えていた。


 先に二人が来て合流出来ればそれで良し。逆にエイプ達が来てしまった時の為に洞穴の面する崖を背にして迎え撃つ体制をクーガーとルセアは取っていた。


「やるだけはやった。後は待つのみ、か」


「自分から動けないのはもどかしいわね」


 ルセアは壁に寄りかかり、クーガーは腕を組んで待った。

静けさが広がり、鳥のさえずりだけが時折聴こえてくる。

その状態が暫く続いた後、ふとクーガーが腕組みをほどいた。


 ルセアはどうしたかと問おうとしたが、クーガーの纏う雰囲気が鋭くなったのを感じて自身も気を引き締めた。


「どうやらお出でなさったらしい」


 そう言ってクーガーはハンマーを構えた。

チリチリと感じる殺気は次第に増していく。がさがさという音が一際大きく響くと、その元凶が姿を表した。


「こんな早朝から揃いも揃って嫌な面構えだこと」


 ルセアはそう言うが表情は鋭い。

現れたのはビーストエイプ一体とキラーエイプが二体。

ビーストエイプは左腕を引きずり、顔も切り傷がありその眼は見開かれ血走っていた。

後ろに控えるキラーエイプも犬歯も剥き出しにして唸り此方を威圧している。手に持つ短剣を握りしめ今か今かと飛び込む機会を待っている。


「ソーマとコーラルはさっきの気付いているかしら」


「あの二人のことだ、見逃すようなヘマはしないだろう」


 腰を落として臨戦態勢を整えたクーガー。


「さて、アイツらが救援に来てくれるのが先か、俺たちがコイツらを仕留めて迎えにくるのを待つようになるのが先か」


「良いわねソレ。なら戦果を上げて報酬を多めに貰おうかしら」


 会話を交わす二人の頭に敗北の言葉は無い。状況を楽観視している訳ではないが、昨日と違い過度な緊張はなく自然体でいられているからこそ出来た会話だ。


 それを余裕から来る挑発と捉えたビーストエイプは一際大きく叫び声を上げた。


「気が利くな。お陰で確実にソーマ達にこの場所が伝わるだろうよ」


「クーガー。奥の二体が微妙に左右に散り始めた」


 前衛にいるビーストエイプを注視しているせいで後ろのキラーエイプまで注意がなかなか行き届かないが、そこはルセアがフォローを入れる。


「その調子で頼む」


 ルセアにフォローを託すと軽口はここまでとクーガーは口を閉ざし呼吸を整えた。


 それを皮切りにビーストエイプが先陣を切って飛び出してきた。

クーガーは多数の行動を頭の中で組み立てこれを迎え撃つのだった。

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