96話
「え?なに?神様?手助け?転生ってなに?っていうかなに!?」
暗闇に目が慣れ始めたクーガーはルセアの方をみると頭を抱え唸っているルセアの姿が見えた。
「外は雨が降っているがそれ以上叫ぶと万が一にも此処の場所がばれるぞ」
「それはそれで分かるけど!これはこれで分からないの!!」
「……そうか」
そう言ってまた頭を抱えるルセア。クーガーは取り敢えずルセアがどうにか落ち着くまで待つことにした。
うーん、うーん、とルセアはなんとか事情を咀嚼して理解できるようにしている。
それが続くことしばらく。漸く落ち着いたのか、ルセアは深く長い息を吐いた。
「自分で話を聞いておいてなんだけれど、今の話し全部本当なのよね?」
「俺がこんな話しを冗談で話す奴に見えるか?」
「………そうよね。貴方がそんな人じゃない事ぐらい分かりやすい証明はないわね」
むしろ今のが冗談であるなら、人格よりも何かしらの異常があったのではと気に掛けるだろう。
ルセアは一度眼を閉じると軽く深呼吸。再び眼を開けるといつもの調子を取り戻した。
「ん。大丈夫。最後の方だけ納得するのにもう少し時間は掛かるけど、他は大丈夫」
「そうか」
「本当は気に掛けるのは私の方なんだけど」
まさかの展開に動転してあたふたしたことを恥じるルセアにクーガーは気にしてないと首を横に振った。
「言ったろ。復讐は果たした、それで終わったんだよ」
クーガーはそう言うと口を閉ざした。
その姿を見てルセアはクーガーという人は本当に強いと思った。
世界は違うとはいえこの世においても不慮の出来事で親しい者が亡くなるなどありふれた話だ。
殆どの者は嘆き悲しみにくれるだろう。その苦痛に耐えきれず周りに当たる者もいる。
そしてその中の少数が復讐の道に走る。
大切な者を喪った悲しみを、心に負った傷を、流した涙を、それら全てを怒りという名の火に焚べるのだ。
そして沸き上がる炎に身を焦がすのだ。
そうしなければ、もう動けないから。
「貴方は本当にお兄様を大切に想っていたのね」
ルセアは復讐を否定しない。
過去にとある少女が身内を亡くし、間に合わなかった父達に声を挙げる場面を思いだした。
その後、彼女は暫く無気力な状態が続き食事すらまともに取らなかった。
今でこそ周りの人達の献身的な支えがあって普通に暮らせているが、それまではかなりの苦労があったという。
それと比べるのは違うが、復讐は己の意志で立ち上がり歩む事が出来る。
歩むことで何かが変わることが出来ると信じているルセアは、どうしても復讐を単純に否定は出来なかった。
「他の人がどう言うか分からないけれど、私は貴方を凄いと思うわ。大切な家族を想ってのことですもの、そこにはきっと間違いなんてないはずですもの」
同情でもなく、諭される訳でもなく、認められた上に称賛の言葉を掛けられたクーガーは呆気にとられた。
「まさか、そんな風に言われるとは思ってもいなかった」
小さくそう溢して、クーガーはルセアの言葉をゆっくり噛み締めた。
恥じることはなに一つないし、誰に誇るでもないけれど、兄の仇を討ったこの行動が決して間違いではないと言ってくれた。
「――――ありがとう」
小さく、本当に小さく囁くような感謝の言葉。
外の風雨の音で聞こえたかどうか分からないけれど、暗闇の中、ルセアが優しく微笑んだようにクーガーは感じた。
それから少しの間、互いに何も喋らない沈黙の時間が続いた。
「そういえば」
その沈黙を破ったのはルセア。
「貴方って何かしらの目標を持つようにって言われてこの世界に来たのよね?」
さっきの話しの最後に軽く言っていたが、勇者に力を譲渡する代わりにこの世界で自分の新たな目標を見つけるようにと告げられて来たはずだ。
クーガーもその通りだと首を縦に振った。
「それで何か見つけたのかしら?」
私興味あります、と言わんばかりに聞いてくるルセアにクーガーは視線を落として小さく唸った。
「もしかして、何もない?」
「この世界に来てからは生活するだけで手一杯だったからな」
来たはいいが無一文で当ても無ければツテも無い。そこから幸運にも出会いに恵まれあれよあれよと此処にたどり着いた。
「流されるままに来て、今はギルドで依頼をこなす日々が日常だからな」
日々の生活費を稼ぐため、取り敢えず己の能力を高めるため、という理由はあるが、別段それを第一にしてはいない。
そう、まさに流されるままにここまで来た。
「クーガー?」
突然黙ったクーガーにルセアはどうかしたのかと声を掛ける。尚も黙っているクーガーに更に声を掛けようと口を開こうとした時、クーガーが言葉を発した。
「今朝シグマに言われた事がある」
今朝といえば依頼に出立する前、そんな時に何を言われたのだとルセアは無言で続きを待った。
「国王の最側近からの勅命で、勇者達を援護するパーティーを一組選んで寄越せとのことらしい」
最側近の勅命という言葉の重さを理解したルセアは驚きに息を飲む。
「シグマが言うには俺たちが候補に上がり、出来ればこの話しを受けてほしいそうだ」
「もしかして、朝から悩んでいた事って」
ルセアの言葉にクーガーは頷いて肯定を示す。
「シグマは俺の事情を知る数少ない一人だ。勇者に力を譲渡した経緯も知っているから、その辺りを考慮して先に俺だけに言ったんだ」
また重要なことを話し出したクーガーにルセアは慌てて頭を再度フル回転させて集中した。
「それで、悩んでいたってことは、まだ答えは出していないのよね?」
返答は肯定。その理由は何故?と問い掛けると視線は伏したままクーガーは口を開く。
「当初の誘いを断っておいて何を今更、その考えがどうしても頭にあるんだ」
最初から無理だと投げ出した自分が、背負わされた使命を成し遂げようとする勇者と共に行く事に嫌悪感を感じる。
投げ出した自分が過去、自分の兄に全てを押し付けた村人達のようだと感じてその気持ちが一層強くなっていた。
「何も見つけられていない俺がその話しを受けるなんてとずっと考えている」
重い口調は未だに答えを出せずにいるクーガーの心情を物語っていた。
またしても訪れる沈黙。次に破ったのはルセアだった。
「つまり貴方は、自分の中に芯のある物が無いのに勇者と共に行くのが認められないと?」
返ってきた答えはまたも肯定。
それを聞いてルセアは軽く息を吐いた。
「はぁ…。貴方って見た目は粗暴的なのに中身は本当に真面目なのね」
「けなしてるのか?」
「褒めてるのよ」
この上なくね。ルセアはそう言うと、こほんと咳払いを一つ。
「そうね…。でも悩んでいるということは貴方は行きたいという気持ちもあるのよね」
「……ああ」
「でも、自分にはその資格的な物がないと」
「………………ああ」
「なら今から決めましょう」
「……………………………は?」
これから外に出掛けよう、位に軽い物言いでルセアは続けた。
「だって決まらなかったら先に進めないじゃない」
「それは、そうだが」
「だいたい貴方は難しく考えすぎなのよ。確かに確固たる意志を持つことは大切だと思うわ。だけど日々を生きていく為に戦うのも尊い意志だと、私は思うわ」
理由はどうであれ、前に進む為の思いで戦っているのならそれら全ては差異なく立派な思いだとルセアは続けた。
「もしそれでも二の足を踏むのなら、踏み出す理由を私に預けて」
理由を預けてと言われ、何の事かとクーガーが問う前に、ルセアはクーガーに詰め寄る。
決意を秘めた鮮やかな瞳が、薄暗い中で真っ直ぐにクーガーを見つめる。
「私にはやりたい事があるの。ローランド王国より外の世界を見て回りたい」
過去の魔物の大侵攻から十年。ローランド王国は各国との交流がほぼほぼ閉ざされている状況にある。
他国に行けるのは国の重役を担う僅かな人物のみ。それ故にルセア位の年頃の若者からは国の外を知らない者が殆どだ。
「お父様が言っていたわ。北東の国では広大な草原が広がっていて、西の国では芸術がとても盛んだって。勿論ローランド王国も素晴らしいけれど、私は私の知らない世界を知りたい」
それがルセアのやりたいこと。分かりやすく言い換えれば、夢だ。それを証明するように語るルセアの表情は薄暗い中でもはっきり分かるくらいに明るく笑顔が咲いている。
「でも、その為には一刻も早く魔族や魔物をぶっ倒さなきゃならない」
拳を強く握り、表情もキッと鋭くなる。
「国の人達を守る為に戦うのも勿論、これ以上悲しい思いを生ませない為に戦うのも当然。だけどそれ以上に、私自身の為にも私は戦っているの」
「立派な思いだな」
茶化す訳でもなく、本当に感心するようにクーガーは言った。
明るく快活なルセアらしく、その身に秘める思いはどこまでも真っ直ぐだ。
「ありがとう。だけどそれを成すには当たり前だけど私一人じゃとても無理だわ。だから力を貸して頂戴」
そう言ってルセアは手を差し出す。
「戦う理由が必要なら私を使いなさい。私も貴方を頼りにするから。ほら、これで解決するでしょう?」
何も難しい事はない、たったこれだけの事だとルセアは笑った。
「それに他国に行くときに一人じゃ心細いもの。相棒は居てくれないとね。ほら、貴方も一緒に行けば新しい目標も見つかるかもだし」
「………随分買ってくれるんだな」
「これでも人を見る眼はあるつもりよ。それに、一緒に行動してきて共に積み上げた信頼があるもの。今までずっと貴方に頼りっぱなしだったし、こんな事でも少しは役立てるなら喜んで」
それに、とルセアは言葉を区切って。
「誰にだってこんな事は言わないわ。貴方なら、いえ貴方だから大丈夫だって、そう思ったの」
それは信頼の言葉。クーガーだから信用し、夢を話し、共に行こうと手を差し出せた。
その言葉を受けてクーガーは改めてルセアの手を見た。
差し出されたその手は、細く綺麗でとても魔物を殴打するような物には見えなかった。
でも所々見える痣や、細かい傷を見るとそれがルセアの覚悟なんだと見てとれる。
そんな意志のある人物が自分を信頼して手を差し出した。
ああ、つくづく自分はこの世界で人に恵まれていると、クーガーは思った。
迷った時には常に誰かが道を示してくれた。こんなことは前の世界では無かった。
いや、実は誰かが気に掛けてくれたのを自分が無視しただけかもしれない。今となっては確かめる術は無いが。
そんな時に、少し前にウォレスで勇者である康一と出会った場面が思い浮かんだ。
―――お前の回りには手を貸してくれる者がいるんだろう?
差し出された手を掴めるのに掴まないのは駄目だと言ったその光景。
康一を通して今は亡き兄に向けられた言葉が回り回って今の自分に突き刺さる。
「元は兄貴の為に言った言葉を俺自身が反故にする訳にはいかねぇよな」
ここでこの手を取らなかったらあの言葉が、あの思いが嘘になってしまう。
クーガーは差し出されたルセアの手を握った。
「お前のおかげで前に進めそうだ」
「どういたしまして」
「この借りは必ず返すさ。とっとと魔物を倒してな」
「それでこそよ。頼りにしてるわ」
互いの顔に決意が灯る。
迷いは晴れた。後はこの状況を脱するだけだ。
二人は漸く体を休める。その心は軽くなっていた。




