94話
「フッ!」
短く息を吐き、槍を振るう。幼少時代より磨き上げてきた一撃は鋭くベルトーガを捉える。
「――ほう」
それをベルトーガは腕を盾にしただけで防いだ。過去の時よりも遥かに強固になった肉体を持って、ベルトーガは不敵に笑った。
「なるほど、確かにそこら辺の雑魚とは違うな。ちったぁ成長してるようで良かったぜ、そうでなくちゃ潰しがいがねえからなあ!」
腕を振るって槍を弾くとその腕でクーガーに殴り掛かる。より強固になった肉体から放たれる一撃はそれに比例して唸りを上げて襲いかかる。
直撃すれば致命傷、防いでもその威力は殺しきれるモノではない。
その攻撃を前にしてクーガーの表情は変わらず鋭いまま。弾かれた槍の軌道を操り、手元に手繰り寄せると体を捻りベルトーガの一撃を皮一枚で躱す。
拳圧で肌がヒリつく中、体を一回転させるとその勢いを保ったまま槍を横一線に振るった。
刃先がベルトーガの顔面を捉え直撃する。十分な威力を伴った一撃はされど切り裂くことなく鈍い衝撃音を響かせるのだった。
「チっ!面の皮は大分厚くなったみたいだなっ!」
衝撃で痺れる手を振り、数度握って感覚を戻す。
タイミング、威力共に悪くはなかった。ただ相手の肉体が強靭だっただけ。
ならばどうする、どう攻める?そんなのは決まっている。
攻撃が効くまで、そしてとどめを刺すその時まで、何度でも何度でも一撃を叩きこむのみ。
「その程度かッ!?クソ餓鬼いぃッ!!」
口端から血を流しながらベルトーガは嗤う。既に逆の腕は引かれ後はクーガー目掛けて放たれるのみだ。
クーガーは左手に持った槍を引き、右手を前に出す。
何もここに至るまで武力のみを鍛え上げた訳もない。クーガーは魔力を込めると口を開いた。
「フレイムストライク!」
大きな火球がベルトーガに放たれる。それすら構わずベルトーガは拳を振り抜く。
火球が爆ぜ、煙を吹き飛ばした拳の先にはクーガーの姿はなかった。
「あ?」
何処に消えた。一瞬のうちに思考を回すベルトーガの脳内に浮かんだのは過去の映像。あの時クーガーはどうしたか。
「下ッ!」
懐に飛び込み一撃を見舞うと思い至ったベルトーガは視線を下げる。しかし足元にもクーガーの姿はない。
ならば何処へ?その答えは頭上から告げられた。
「図体は頑丈になっても頭は変わりないようだな」
火球を囮としたクーガーは短く助走を取ると、槍の柄を地面に刺し棒高跳びの要領で宙に跳んでいた。
そして言葉と共に槍が振り下ろされる。無防備な頭に叩き混んだ一撃はまたしても命を取るには足らないが、確かなダメージをベルトーガに与えた。
「ぐッ……がっ!」
よろめき数歩後退したベルトーガ。その巨体はまだ不安定に立っている。
その隙を逃すまいとすかさずクーガーは追撃を掛ける。
「はああッ!」
大振りはせずに鋭く速く連激を続ける。腕、胴、足と全身を攻め立てていく。威力は落ちるが全く無意味ではなく少しずつではあるが傷跡を付けていく。
「くそ、がっ!チマチマと攻撃しやがって…!」
ふらつきが治まったベルトーガの残っている片眼は血走り、苛ついていくのがクーガーには分かった。
(後一押し)
そこからクーガーは攻撃の速度を一段階上げる。止むことなく続けられる攻撃にベルトーガの苛つきは更に高まっていく。
「いい加減にしやがれぇ!!」
遂に耐えきれなくなったベルトーガが無理やりにクーガーに突っ込んでくる。
目障りな攻撃を潰すように腕を大きく引いて攻撃の体勢を整える。
(掛かったッ!)
頭に血が上るこの時をクーガーは待っていた。ただでさえ大振りなベルトーガの攻撃が更に単調になるであろうこの瞬間を。
前傾姿勢を止め、待ちの構えでベルトーガの動きを注視する。
互いの距離、相手の歩幅、攻撃の間合い。それらを考慮しベルトーガが一番攻撃しやすいように間合いを調整する。
(そのまま来い!来やがれッ!!)
槍を握る手に力が入る。短く息を吐いて体から余分な力を抜く。
そしてクーガーの予想通りの位置でベルトーガが振りかぶった拳を放つ。
(来たッ!!)
狙い通り予想通りの一撃。クーガーはカウンターの一撃を見舞う為に体を少しずらし、拳の射線から離れる。
「―――引っ掛かったな、クソ餓鬼」
瞬間クーガーの体を衝撃が襲う。それがベルトーガの蹴りだと理解するとボールのように蹴り飛ばされた。
「がっ!?」
体内の空気が押し出され、骨の砕ける音が響く。地面を滑るように転がったクーガーはその場でうつ伏せで倒れ付した。
「餓鬼の浅知恵が何度も通る訳ねーだろ」
カカと嗤うベルトーガはゆっくりと歩みを進める。
「それでテメェに片眼を潰されたのを覚えてるんだ。ならどうするかなんて分かんだろ」
(掛かったのは…こっちの方ってわけかよ……!)
誘い込んだと思ったが相手が一枚上手だったということ。逆にカウンターで一撃を貰った事で無視できないダメージがクーガーにあった。
(骨が何本かイってやがる。くそ、呼吸がしんどい)
ヒュー、ヒューと明らかに危険な呼吸だと認識したクーガーは何とか腰に着けてあった小袋に手を伸ばす。
その中からひび割れたポーション瓶を取り出した。
「お?何だそんなモン持ってたのか。飲めよ、その程度の悪足掻き位許してやるよ。ほら芋虫みたいに這いつくばってばっかじゃ潰しがいがねぇだろ」
圧倒的優位からくる余裕でベルトーガはそれを見過ごした。その程度で自分の勝利は何一つ揺るがないと。
クーガーは歯を食い縛りながら体勢を仰向けに変えると瓶を口の中に突っ込んだ。蓋を開ける余力も無いので、皹が入った口の部分を無理やり噛み砕いた。
ジャリジャリとガラスが口の中を荒らしていくがそれもろともポーションで流し込んだ。
「ゴホッ!ゲェ…ッ!グっ……ンンッ!!」
むせかえって吐き戻しそうになるのを何とか抑え込んで飲み込む。
途端にポーションが効き始め体の痛みが軽くなっていく感覚が訪れる。
(チッ、分かってはいたが全快までには程遠い…っ)
それでも何とか体は動くと、クーガーはゆっくりと立ち上がる。口内に溜まった血を吐き出すと傍らに落ちていた槍を拾う。
「やっと起きたか。あまり待たせるんじゃねぇよ」
「ハアッ…!ハアッ……!」
「息はまだ戻ってないが苛つく目はそのままだな。そうこなくちゃ。折角殺すんだ、楽しい時間は長くなきゃ勿体ない」
そうだろ?と投げ掛けるベルトーガの言葉を無視してクーガーは思考を回し続けていた。
(考えが甘かった。アイツの知能を過小評価した俺の落ち度だ。どうして相手を挑発してカウンターを狙うなんて悠長な事を考えた?)
失敗を分析し対策を練る。どうすればいい?どうすれば奴を殺せる?
余計な部分を削り仕留める事だけに思考を注力していく。
(テメェ自身のことなんかもう捨て置け。何のために今までやってきたんだ、アイツを殺すためだろ)
その目的を果たすのが絶対であり、その先のことなど必要ない。ならば己を命を投げ打ってでもベルトーガの命を刈り取る。
「今度は黙りか。まぁいい、精々足掻け―――」
そこでベルトーガは言葉を止めた。クーガーの纏う雰囲気が明らかに変わったからだ。
そこでベルトーガは仕掛けるのではなく待ちに入りクーガーの出方を窺う。
(警戒し過ぎか?いくら回復したとはいえ見た感じ多少だ。急にどうにかなる訳―――)
瞬間ベルトーガは自分の反射に従い顔を左腕で防ぐ。直後腕に衝撃が走り、何が刺さる感覚が痛みと共にやって来た。
「ッ!?」
反応に思考が追い付いてベルトーガは攻撃されたと理解した。
取り敢えず仕切り直そうとするがクーガーは更に強く踏み込み槍を押し付けそれを阻んだ。
「チィっ!鬱陶しい!」
ベルトーガはもう片方の腕をふるい落とし、太く鋭利な爪で槍を真ん中から叩き切った。
半分は刺さったままだがこれで戦況に影響が出る訳よないと割りきった。
これで仕切り直しだと視線を戻したベルトーガが見たのは両手に剣を構えたクーガーの姿。
倒れた兵士達が落とした物を拾いクーガーはベルトーガに肉薄する。
姿勢は低く地面を這うように疾駆するクーガー。
ベルトーガは蹴りを放つが滑るようにしてクーガーはその下を潜り抜ける。
後ろに回り込むと剣を地面に刺して支点とし体を回転させ立った。
「シッ!」
剣を振り下ろし一太刀、もう一方の剣を振り上げ二太刀目。無防備な背中を切り裂きダメージを与える。
「こん、の餓鬼!」
ベルトーガは体を反転させ右手で裏拳を仕掛ける。クーガーはそれを躱す事はせず、片方の剣を捨て一本の剣を両手に持ち、向かってきたベルトーガの腕へと突き刺した。
「ぐっ…!」
衝撃で吹き飛ばされないように地面を踏みしめ耐えるクーガー。自分の力では突き立てるのがやっとだが、相手の力を利用したこの一撃はベルトーガの腕を刺し貫いた。
この戦い初めての深手にベルトーガは苦い表情をした。そして動きが止まったこの隙を逃すまいとクーガーは柄を有らん限りの力で振り下ろした。
「グ!?オオッ!」
ベルトーガの右腕の肘から手までの丁度半分の場所、その部分の半分以上が切り裂かれ、先の部分がぶら下がった。
「テメェ……!」
ベルトーガは最早不要でしかない右手の部分を左手で掴むとそのまま引きちぎった。
その顔に傲慢な笑みは無く、悪鬼らしい憤怒の表情でクーガーを睨み付けた。
「これで漸く腕一本、か」
息を吐くクーガーの口から血が滴る。
いくら少しは回復したとはいえ体は今も悲鳴を上げている。その声を無視して全開で仕掛けたのだ。反動は確実に襲ってきた。
(だからどうした)
だが最早そんな事はどうでもいい。アイツを殺し終えるその時まで持ってさえくれればそれでいいのだ。
クーガーは先の未来などとうに見ていない。
例え結果ズタボロのボロ雑巾のようになって死のうとも本懐を達せられればいいのだ。
「いくぞ…、これで、終いにしてやる……!」
残りの命を燃料としてくべてクーガーは剣を握る手に力を込めた。




