93話
明くる日。
村の外れに作った兄の墓の前にクーガーは立っていた。
昨日の戦いの後、傷の手当てすらしないで兄の遺体を一人で運び、一人で埋めた。他の村人は勿論、救援にきた騎士団の手伝いの声をはね除けて一晩中穴を掘り兄を埋葬した。
「…………………」
出来ればせめてその身なりだけでも整えてあげたかった。でもそれ以上に村の者達が兄に触れることすら嫌だったのだ。
「…………………」
その場に座り込み腕を組んで顔をうずめる。
何で今日外に出てしまった。何故今日に限って手間取ってなんかいた。
頭を巡るのはどうしてと何で。行動の後悔から始まり、もしあの時ああしていればのたらればばかり。
―――俺のせいだ。俺が悪い。俺さえちゃんとしていれば。
後悔と懺悔の感情がぐちゃぐちゃに混ざりあって自分を責める声が生まれる。
いつまでそうしていただろうか。日は昇りきり空は青い。
そんなクーガーに声を掛ける者達がやって来た。
「落ち着いたかいクーガー?」
最初に口を開いた老人は村の村長。
それを皮切りに着いてきた村人達も心配の声を掛けるがそのどれもがクーガーには届かない。
残念だった。惜しい人を失くした。立派だった。
言葉はどれも型どられていてその中に気持ちなんざ込もっていない事は容易く理解出来た。
だからこそクーガーは反応しない。何を話しかけても無駄だからさっさと何処かに行ってくれと、口に出さずもクーガーは訴える。
その願いが通じたのか村人達は声を掛けてこなくなった。そして次第に足音が遠ざかり始めた。
これでまた静かになる。そう思ったクーガーの耳が、聞くことを拒否した村人の会話を拾った。
「しかしグランが亡くなったのは本当に惜しい」
「今まで彼が村の周りの魔物を倒してくれたから騎士団に頼む費用が浮いていたのに」
「だが変わりがいるのか?クーガーはまだ小さいぞ」
「いや、でもグランを殺した魔物相手にあそこまでやりあえたんだから大丈夫だろ」
反応しなかったクーガーは聞いてはいないだろうと思ったのか、帰り際に話をしたのは悼む内容ではなくこれからの事。
今まで通りの生活を過ごすためには騎士団に金を払い、その対価として安全を得る。大半の村や小さな町では当たり前の事をここの村人は渋った。
聞き分けのいい優秀な若者がいたから。しかしそれももういない。ならばどうする。年端もいかない弟がいただろう。性格は生意気だがあの兄の弟だ才能はある。
話は盛り上がり意識を割かなくても聞こえてくる位に声が大きくなっていった。それを聞いてクーガーの胸に沸き上がるのは怒りの感情。
あんなにも村の為に尽くした兄に村人達が向ける感情は体のいい使い走りとなんら変わらなかった。いくら恩義があるとはいえそんな村の連中の為に戦い死んだ兄のことを思うとクーガーは今すぐにでも飛び掛かり叩き伏せたい衝動に駆られる。
だがそれをしないのはきっと兄はそんな事は望んでいないからだと知っているから。だからクーガーは村長達がいなくなるまで歯を食い縛っていた。
村長達が去って、辺りに静けさが戻ってきてもクーガーは顔をうずめたままだ。何をしようにも心も頭もぐちゃぐちゃで気持ちの整理もこれからのことを考える事すら出来ないでいた。
日が傾き空が茜色に染まる。それでもクーガーは動かずじっとしたまま。そして日は落ちきり辺りに暗闇が広がる。
「ふぅ……」
深く息を吐いて顔を上げる。ずっと俯いていた顔に夜風は心地よかった。
夜空を見上げると星が瞬いている。たった一日で自分の日常は変わり果てたのに、何時もと変わらない光景がそこにはあった。
「ふぅぅ……」
もう一度息を吐く。胸の中に溜まったモノを吐ききる。ほんの少しスッキリした頭でこれからの事を思い浮かべる。
「やっぱり、このまま村に居たくはないな…」
ベルトーガは己を殺しにいつかこの村に戻ってくるだろう。ならば村に留まり力を付けるのがきっと正しいのだろう。
兄が守りたいと尽くしたモノだ、自分もそれに倣うのが正しいと分かっていてもクーガーはそれを受け入れることが出来ない。
兄には悪いと思うがクーガーにとってこの村での居心地は決して良くはない。そしてそれを決定づけたのは先程の村長達の会話だった。
「ごめん兄貴。俺、行くよ」
兄の思いに反することに謝り、クーガーは立ち上がる。
作った墓前には兄が愛用し、先の戦いで折れた剣が立っている。その柄に手を当て別れを告げるように眼を瞑る。
「きっと、仇は獲ってみせるから」
そう告げてクーガーは墓に背を向けて歩きだす。
村を出て何処か宛がある訳でもない。だがそんなことはクーガーにとって些細な事だ。
兄の仇を追い続け、そして必ず己が手で討ち取る。それだけが今クーガーを動かす原動力であり全てだ。
最後に自宅により最低限の荷物を纏めると、村人に悟られないように夜が更けたその時にクーガーは村を後にした。
それからの日々は長くもクーガーにとっては灰色の時間だった。
ベルトーガの情報を得ようと様々な町で手当たり次第に聞き込みを行うが子供という理由であしらわれる毎日。ならばとクーガーは訪れた町の周辺の魔物を悉く狩り、己がただの子供ではないと証明を続けた。
幼い子供が幾重もの魔物を倒したという噂は広がり、クーガーに対する認識は変わっていった。
しかし望むベルトーガの情報は集まらず、クーガーは東へ西へ各地を放浪することになる。
その日々が八年過ぎ、クーガーが十六になった時、遂に手掛かりを掴む。
片眼の鬼の魔物が力を付け勢力を伸ばしている。
その情報を得てその魔物がベルトーガだと確信したクーガーはその在りかに向かおうとするもここで新たな壁に阻まれる。
魔物の脅威を重く見た国が徴兵を始め、戦える者を次々に軍として組み込んでいった。そこに個人の意思は関係なく、勿論クーガーも例外なく徴兵された。
自由に動けなくなる事を危惧したクーガーは、最前線での戦いを希望した。
幼い頃から活躍していたクーガーの評判は軍にも届いているらしく、最前線で本隊の為の露払いに最適だと判断した上層部によってクーガーの希望は聞き入れられた。
そして始まった戦いは熾烈なものだった。仇敵以外眼中にないクーガーはあまり知らない事だったが、ベルトーガはその力で数多の魔物を従え一大勢力となっており、その数は尋常なものではなかった。
しかしそれでもクーガーの歩みは止まらなかった。常に最前線で魔物を屠り、殲滅していく。一刻も早く仇を討つために。
だがそれでも魔物の勢いは止まらなかった。むしろクーガーの強さを危惧した一部の魔物が集中的にクーガーに襲いかかってきた。それを撃破し続ける日々が続く。戦況も一進一退のまま膠着が続き、何と二年もの間戦いは続いた。
状況が動いたのはそんな時、痺れを切らした上層部がクーガーがいる最前線部隊を突貫させ囮にし、その隙に本隊が急襲を仕掛けるというものだった。
勿論前線部隊は難色を示したが、その中で一人クーガーだけが了承の意を示した。
今まで規則で無理やり命令に縛られていたが今回は逆に突撃してもいいとお墨付きを貰えるのだ。クーガーにしてみれば願ってもない作戦だった。
そして迎えた作戦当日。突撃を仕掛けた部隊はクーガーの破竹の活躍により、予想よりも奮戦をした。
士気も高く、このまま押しきれるのではと意気込むなか、凶報がもたらされた。
こちらの作戦を看破していた相手により、本隊が窮地に陥った。現れたのは片眼の鬼の魔物だと。
その一報で部隊の士気はガタガタになり統率が乱れた。その中でいち早く行動を起こしたのはクーガーだった。
周囲の魔物を一振りのもと薙ぎ払うと踵を返して本隊の所へと駆け出した。
救援に向かった訳ではない。漸く、漸く兄の仇と合間見える事が出来る。その事実がクーガーを突き動かした。
ひたすら走り続け、何人もの悲鳴が合唱のように響く方向目掛けて全力で駆ける。その時クーガーの胸中に有ったのはあまりにも思慮がない考えだが、この悲鳴が止まないことを願った。少なくとも悲鳴が聞こえているうちはベルトーガはその場にいるはずだから。
果たしてその願いが聞き届けられたのか未だに悲痛な叫び声が響く戦場にたどり着く。
至るところにズタボロになった兵士達が転がっている。大半が既に事切れている者のなか、微かなうめき声が幾つか聞こえている。
それら全てを無視してクーガーは他の兵士達を襲っている魔物をねじ伏せながら更に奥へと進んでいく。
そして遂に十年来の邂逅を果たす。
「ああ?ンだテメェ、生意気な目付きをして―――いや。その顔付き…………、ははッ、おいおいまさかこんな所で会うなんてよ。てっきりぶるって逃げ回ってたんじゃねぇかと思ってたぜ」
「ほざけ。お前を俺の手で殺すと言ったのに逃げるなんざあり得ないだろうが」
「ああ、その物言いその態度。最高にクソッタレな気持ちにさせる感じ、あまりに懐かしくて反吐がでるぜ…!」
瞬間、殺気が吹き出しクーガーを威圧する。周りにいた魔物はすくみ、兵士は気を失なった。
「知ったことかよ。お前が何をしようと何を思おうと関係ない。俺はここでお前を殺す。それだけだ」
だがクーガーは動じない。槍を構えベルトーガと相対する。暴力的なまでに周囲を威圧する殺気を放つベルトーガに対して、クーガーは練り上げた鋭い殺気を、憎悪を込めてベルトーガにだけ向けた。
「不様に這いつくばりながら死にやがれ」
そう告げて地面を蹴った。因縁の戦いが始まった。




