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89話

 オネッサ村へと続く道を走り続けるソーマ達。外套は先の戦闘で無くし、軽装の衣服が雨をまんべんなく吸い込んで重くなって肌に張り付く。それでもぬかるむ悪路をなるべく速度を落とさずに駆け抜けていく。


「よし…っ。後はこのまま道なりにいけば来た道に戻れる!」


 事前にパーティーで記憶した地図と現在地を脳内で照らし合わせ帰路の目処がたったとソーマの表情は少し明るくなる。

その時背後から光が閃いた。


「あれって、閃光玉?」


「だろうな。クーガーが足止めのアテってアレのことか。確かにああいうのを満足に使えるのはこの中じゃアイツが一番か」


 足を止め後ろを振り返ってソーマはクーガーが成功したと安堵した。今まで窮地を幾度となく乗り越えられてきたあの男のことだ。あの窮地でもきっと成し遂げて来るのだとソーマは考えた。


「こっちも早いとこ戻らないとな。コーラル、行けるか?」


「ええ、何とか。それでもフィジカルエンチャントを掛ける余裕はありませんが。申し訳ありません、私の速度に合わせてもらって」


「それは仕方ないさ。そういうのを全部加味してクーガーは殿を勤めたんだ。なら俺達は急いで村へと戻らなきゃだ」


 そうですね。とコーラルは返しソーマもまた走りだそうとするがルセアは足を止めたままじっと後ろを見ていた。


「どうした?」


「ごめんなさい。私、やっぱり戻る!」


「ハ!?いやいやいや何やってんだちょっと止まれってっ!」


 行こうとするルセアの肩を掴み何とか引き留めたソーマはそこから強く引いてルセアを振り返らせた。


「ったく!なんなんだよ一体!俺らは止まるなってアイツに言われただろ!」


「そうだけどっ!!何か嫌な感じがするの!さっき増援のエイプが突然現れた時のように!」


 そう言われてソーマはその時の事を思い出す。絶体絶命のあの場面でそれを回避出来たのはルセアの一言が切っ掛けだった。あの言葉があったからこそクーガーの救援が紙一重で間に合った。


「その感覚マジなんだな?」


「言葉には出来ないけれど、今行かなきゃきっと私は後悔する…!」


「なら、私達全員で――」


「いやそれは駄目だ。まだ何かあったか分かった訳じゃないし、クーガーがきっちり成功してたら今頃こっちに向かってきてる」


 戻ろうと提案しようとしたコーラルをソーマは制す。ここで皆で戻ってしまえばクーガーの足止めの意味が全く持って無駄になってしまう。


「俺とコーラルは先に戻る。お前はさっさとクーガーを連れて来い。でも万が一直ぐには戻れそうになかったら、コレ使え」


 懐から取り出したのは連絡用の黄色と赤色の煙玉。それをルセアに託して言葉を続けた。


「こんな雨の中だ、視認しづらいが無いよかマシだろ。俺も村へと向かいながらも気にはしておく。それと、もしすんなり戻れそうにないなら何がなんでも逃げて身を潜めろ」


 厳しい表情でソーマは続ける。


「この天気じゃ分かりづらいが直に日は落ちる。エイプ系統は夜間には活動は落ち着くはずだ。それにそこまで時間が経てばこの雨も少しは弱くなるだろ。そこまで身を隠したら明け方に煙玉を上げてくれ、合流に向かう」


「――わかったわ」


「頼むぜ。こっちも村に戻ったら装備や道具も補充しておくが、お前達の分を持っていくのは手間なんだ。確り戻ってきて自分で持ってくれよ」


 クーガーと二人でちゃんと戻って来いと伝えたソーマにルセアは力強く頷いた。


「じゃあ行ってくるっ!」


 それだけ告げると返事を待たずにルセアは駆け出した。疲れや緊張によるものではない心臓の鼓動の早さが、不安を募らせていく。


「速くっ、速くッ!」


 不安を払いのけるように一心不乱にルセアは駆けていった。







 雨足は更に強まり雷も鳴り始めた。

雨に濡れ重くなった体を動かしエイプを相手に立ち回るクーガー。


「はあっ……!はぁっ……」


 息は荒く肩で呼吸する。その表情にいつもの鋭さはなく苦悶に染まっている。

幾度の攻防の際に受けた腕の傷口から血が出ては雨で流されていく。


「ギイッ!」


 ビーストエイプが強靭な爪を振るってくる。クーガーはそれをハンマーの柄で受け止めた。


「ぐっ!」


 攻撃を受け止めるが相手の怪力に押され爪の先端が浅く腕へと刺さった。


「っ、らあッ!」


 体を捻りビーストエイプの体勢を崩して後ろへと何とか受け流す。

その反動でよろけた所を狙って二体のキラーエイプが短剣を構え飛び込んで来た。


 クーガーは腰を落とし泥を掬うと一体のキラーエイプに向けて投げつける。見事顔面に当たり足を止めさせた。

すかさずハンマーを両手で握り残り一体と対峙する。


「武器を使った対面で遅れはとるかよッ!」


 短剣を振りかぶるキラーエイプ、それが振り下ろされるより一歩速く踏み込み肩で体当たりをする。


「グギっ!?」


 一瞬怯んだ隙に左足を軸にし右足を引いてハンマーを振るう幅を作る。威力よりも早さ、兎に角当てる事を最重要に。短く鋭く下から振り上げた一撃は的確にキラーエイプの顎を捉えた。


 大きくのけ反り致命的な隙が出来た。それを逃すクーガーではないが残るエイプもそれを見逃してはくれない。


「チィっ!」


 横から聴こえた風切り音に舌打ちして後ろへと飛び退くと、寸前まで居たところを矢が通過した。

回避したのも束の間、背後から雄叫びと共に身を押し潰す圧を感じた。


「もう少し出遅れればいいものをっ!」


 その場で体を横に回転しその勢いでハンマーを振るう。正面を向くとビーストエイプが腕を振り下ろしていた。

先端の爪はクーガーの顔を捉えている。このままいけば首から上が吹き飛ぶのは目に見えている。

クーガーはハンマーの威力が下がろうとも体勢を崩し、首を傾ける、頬を切り裂きながらも皮一枚で何とか躱すことに成功した。


「っらあッ!」


 そして無防備になったビーストエイプの横っ面にハンマーを叩き込む。体勢も悪く、エンチャントすら施してないがそれでも有効なダメージはあったらしく、弾かれたビーストエイプの口元から牙が宙を舞った。


「くそっ、次から次へとっ…!」


 ビーストエイプを退けたそばからキラーエイプが迫り来る。

顎を打たれた方は口から鮮血を溢しながら、顔に泥をぶつけられた方は顔を憤怒に染めながらクーガーに突撃する。

 正面から向かってくる二体を一瞥しながら、僅かな時間を使って次に取る行動を思案する。


(このままじゃあ、いつか詰む。何かないか…、何か!)


 手段を探すも決め手に欠けるモノばかりで行動に移せず結局防御を取らざるを得なくなった。 

腰を落とし迎撃の構えを取ると二体のキラーエイプは同時ではなく、僅かにタイミングをずらして攻撃してきた。


「キイッ――!!」


 叫びを上げて向かってくる一体目の攻撃を抦で受け止める。このまま二体目の直線上に置いておくことで牽制にしようとしたが、その二体目のキラーエイプは身軽さを生かして素早くクーガーの左側面へと回り込んだ。


「っ!だがッ!」


 左足を引いてつばぜり合いになっている一体目を二体目の正面へと受け流す。二体のキラーエイプはぶつかってその場で転がった。


「よしッ!」


 これで四体中三体が体勢を崩した。残りの弓持ち次第では流れを変えれる切っ掛けになりうるかもしれないとクーガーは視線を移そうとした。


「ぐっ!?」


 太ももに走る激痛。視線を下げればそこには生えるように矢尻があった。集中のしすぎか、さっきは聴こえた風切り音が今回は聴こえなかった。

理由はともかく射たれた。そう理解したクーガーは第二射を受けるのを防ぐ為に横に飛び退いた。


 直ぐに飛び退いた場所に矢が突き刺さる。地面を転がり体勢を立て直したクーガーは矢を射たれた方向を見ると苦々しく手に持つ弓を投げ捨てるキラーエイプが。


「矢が尽きたか…。遠距離から射たれる可能性が無くなっただけマシ、か」


 腰に下げたナイフを手に取り刺さった矢の先端部分を切り取り残った部分を引き抜く。

抜いた箇所から血が溢れるが今直ぐに動きに影響は出なそうだと確認する。


「これだけやって一体も仕留められないなんてな。自分の不甲斐なさに反吐が出る」


 視線を前に向けると何とか退けたビーストエイプも二体のキラーエイプも立ち直り、また四体でクーガーへと迫ってくる。その表情はどれも憤怒に染まっていた。


「どいつもこいつもキレた(つら)して唸りやがって。頭にきてるのはこっちのほうだ」


 ハンマーを構え腰を落とす。何とか現状を打破出来ないか考えていたが最早めぼしい案は思い浮かばない。

ならばどうするか?そんなものは決まっている。


「逃げられないならここで手前ぇら全員潰してやる…!」


 後退出来ないのであればせめて目の前のコイツらは全て殺すとクーガーは覚悟を決めた。


「いくぞ」


 そうと決まれば受け手に回る理由も優位性もない。仕掛けて少しでも流れを自分の物にすべくクーガーは駆け出す。


 エイプに向かって一直線に駆け、上段に構えたハンマーを思い切り振り下ろす。流石にそんな大振りは当たるものかとエイプ達は散らばるように飛び退きコレを躱した。

目標を失ったハンマーは地面へと叩き込まれ大きな破砕音が響き、泥土が辺りに飛び散る。


「キキっ!?」


 衝撃の大きさに比例し飛び散った大量の泥土がエイプ達に降り注ぐ。

全身を染める泥に顔すらもまみれ視界が潰されたエイプ達は声を上げて暴れる。


「どうだッ!」


 戦力の分断に行動の阻害。賭けに近い行動だったがどうにか成功を修めた。

もう一度は訪れない、この天候と状況を利用した奇襲は確かな成果を出した。後はこの隙をどれだけモノに出来るかだ。


 クーガーは舞い上がった泥で自身も視界が狭いなか、直前に飛び退いたエイプの動きを思い出し、目当てのエイプの方向へと向かう。


「真っ先に潰すのはアイツ―――!」


 捉えた視界の先、顎を負傷したキラーエイプの姿。このエイプを狙った理由は背負った弓だ。近距離戦ならばまだ勝機を見いだせるクーガーにとって遠距離から一方的に攻撃を受ける弓持ちは最優先で潰すべき相手だった。


 対象のエイプは未だ顔にへばりついた泥を取ろうと格闘中だった。今ならば大振りの一撃を放てると確信したクーガーは準備に入る。


「『エンチャント』!!」


 残り少ない魔力、だがここが賭け時だと残量の半分以上を込めてハンマーを強化する。

すべる足場、だが無理に踏ん張らずその勢いすら助走に変える。ハンマーを振りかぶる、ぶれないように体幹を真っ直ぐに、そして最大の威力が発揮出来る間合いに入った瞬間クーガーは叫びを上げた。


「くたばれぇえええッ!!」


 キラーエイプも気づいただろうが、視界が回復しないなかどうしたらいいかわからずどもっている。最早なす術など無かった。


 上段から振り下ろされた一撃はキラーエイプの脳天に当たり、地面へと叩き向けて跡形もなく粉砕した。


「一、体目ぇッ!」


 漸くの撃破だがそれを噛み締める時間など無い。直ぐに構え残りの元へ向かわねばと急ぐクーガー。

次はどいつだと後ろを振り返り確認しようとしたクーガーは視界に映った光景に息を飲んだ。


「ギギイッ!」


 こちらに向かってくる二体のエイプ。ビーストとキラーが一体ずつ。


「立ち直りが早いっ…!?」


 向かってくる一体のキラーエイプは先程クーガーに泥をぶつけられた経験か二回目の効果が薄く。ビーストエイプの方は無事な右手で力ずくで泥を拭いとったのだろう。顔には自分の爪で傷付けた痕があった。


「不味い…っ、防ぎ―――ぐっ!」


 突進してきたビーストエイプは右肩を前に体当たりを仕掛ける。それをハンマーで受け止めるが抑え切れずに吹き飛ばされてしまう。


 地面を滑りながら転がるクーガー。二回、三回と転がっていき木へとぶつかって漸く止まった。


「が、はぁっ……!」


 背中からぶつかった衝撃で肺に残った空気が全部吐き出された。

痛みと酸欠で歪む視界の先には追撃を仕掛けてくるキラーエイプが。


「く、そ………っ」


 息も絶え絶えになりながらも何とか体を横に倒すことでその攻撃を躱す。

横になったクーガーの体をキラーエイプが蹴飛ばしまた地面を滑っていった。


「ち、くしょう…が」


 口から出る言葉にいつもの強さは無く。何とか立ち上がったその姿は普段の頼もしさの影は無い。


「ここまでか…」


 不利な状況からよくやったと自分を誉めるか、それとも以前に比べて弱くなった自分を叱るか。


「何を考えているんだか」


 戦闘中にそんな考えが浮かんだこと事態馬鹿げているとクーガーは吐き捨てた。


「どうせやられるとしても、最後の瞬間まで足掻いてやる…ッ!」


 命尽きるその一瞬まで戦意は尽きないと柄を強く握りしめハンマーを構える。


 それが合図となりエイプ達が仕掛けてくる。出遅れた一体のキラーエイプも合わさり三体全ての総攻撃。

その先頭を切るはビーストエイプ。先と同じ様に肩を前に出し体当たりを仕掛けてくる。


「味を占めたつもりか」


 だから言って易々とやらせるかと迎撃するために腰を落とし一歩踏み出すクーガー。

頭の中では二手三手先までの行動を浮かべその通りに動こうと踏み出した一歩。


 その一歩が泥に捕られ体を崩していく。強い雨と戦闘の影響で酷くぬかるんだ地面はクーガーの想定を越えて状態が悪化していた。


「あ…?」


 呆気なく出た言葉、目の前の事態に理解が追い付かない。

何故地面が近づいている?どうして反対の足が動かない?

そんな疑問は体を地面に打ち付けるのと同時に答えが衝撃となってクーガーを襲った。


「何をしてるっ!早く立てよッ!」


 己を叱咤し体を起こせば目の前にはビーストエイプが。その顔はクーガーの無様な姿を嗤ったのか、笑みを浮かべていた。


 当たる。そう確信した瞬間クーガーの体を横から衝撃が襲った。


「っ!?」


 ぶつかったナニかはクーガーの体を抱くように腕を絡ませている。それは人の腕だった。では一体誰が?そう思い顔を向ければ。


「ルセアっ!?」


「ゴメン今は黙ってて舌噛むからッ!!」


 ルセアのその言葉の意味をクーガーは直ぐに理解する。

突如体を襲う浮遊感。それで自分達は崖を落ちているという事を悟った。

そんなクーガーの体をギュッと抱きしめルセアは言った。


「大丈夫。傾斜厳しいけど斜面もあるから」


 クーガーを庇うように頭を抱きしめ、自分が下になるようにして斜面を下っていく。

枝の折れる音や何かにぶつかる途中聴こえるルセアのくぐもった声。

何とかしようと足掻こうともそれすら出来ない程披露しているクーガーは、崖下に着いたと思われる衝撃でその意識を手放してしまった。

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