88話
(間に、合え……っ!!)
突然の増援にクーガーは目標の討伐からソーマの救援へと行動を変える。一秒でも早く、一歩でも早く間に合えとひたすらに走る。
ソーマの頭上に現れたキラーエイプは剣を片手に振り下ろさんと飛び掛かっている。
「なっ…!?急いで離れねぇと―――っ!?」
その場を離れようとするが短剣を握った手ごとビーストエイプに掴まれてしまう。
万力のように締め上げられてソーマの手から嫌な音が響いた。
「あっ、ガア…っ!!」
骨が軋み後少しで砕かれる寸前、がら空きになったビーストエイプの背中をルセアが打ち抜いた。
「とっとと、離しなさいッ!」
不意の一撃に掴む手が緩みソーマが解放される。
そのソーマを逃がすまいとキラーエイプが雄叫びを上げて迫る。
「ぐっ…!」
「体を上げるなそのまま伏せてろッ!!」
言われるが否やソーマは倒れるようにその場に伏せる。
一瞬までソーマの頭があった場所にキラーエイプが落ち、それを払うようにクーガーのハンマーの一閃が振るわれた。
「ギッ!?」
ハンマーは胴体に直撃するがぬかるんだ地面で力の入りが甘く、間に合わせるように攻撃したために態勢が不十分で威力はさほど出せなかったがキラーエイプを弾き飛ばすことには成功した。
「助かった!」
「そんなのは後だ!さっさと下がれっ!」
怒鳴り声を上げてキラーエイプとソーマの間に割り込むクーガー。まずは何がなんでも態勢を整えねばと下がる時間を稼ぐ為に立ちはだかる。
(ぬかった…!さっきの雄叫びは威嚇ではなく救援を呼ぶ声。聞いた情報に無くともそれぐらいは想定しておくべきだったろうに……っ!)
自分の見通しの甘さに歯を食い縛るも反省は後と思考を切り替える。
目の前には不意を突いたルセアを振り払ったあとソーマを逃がすまいとクーガーのいる方向に突進してきた。
(防ぐ?――いや)
足幅を広げ、ぶれないように力を込めてハンマーを引く。背後から聞こえた詠唱で防御の選択肢を排除して攻撃の準備に移る。
「生命を導く聖なる光よ、我らを守りたまえ――『バリア』!!」
クーガーの目の前に光の壁が展開される。
ビーストエイプはそれに構う事なく強靭な腕を振るった。
ドン!という鈍い音が響くと光の壁にヒビが入った。間髪いれずにもう一方の腕を振りかぶるビーストエイプを見て、クーガーは呼吸を整える。
開幕の魔法で大分精神力を消費したが、まだ打てる手は十分に残っている。使うのは普通のエンチャント。体の状態を把握しタイミングを計る。
「ギアアッ!!」
二撃目の攻撃でコーラルのバリアが破壊された。
その瞬間クーガーはビーストエイプの懐へと駆け出す。
(腕は伸びきっている。反撃も防御もやらせる猶予はやらん!)
タイミングはばっちり。がら空きになった胴体に深々とクーガーの一撃が入った。
「っ、――っらああッ!!」
全身の力を振り絞りハンマーを振り抜く。ビーストエイプの巨体がくの字に折れ曲がりながら吹き飛んでいき延長線上にいたキラーエイプも巻き込んだ。
それを見て好機と感じ、前傾姿勢を取って駆け出そうするクーガーにルセアが叫んだ。
「待って!嫌な予感がする!」
その言葉でクーガーは追撃を諦めた。普段積極的に向かっていくルセアが止めた事で周囲の警戒に意識を割いた。
「ソーマ!」
「やってるよっ!」
後方に下がり、隊列を整えるクーガー達。ソーマを中心としてルセア、コーラルが辺りを見渡し、クーガーが前方の二体を警戒した。
「クソっ!この雨のせいで分かりづらいったらありゃしねえっ!!」
耳を済ませど雨音で遠くまで聞こえず、目を凝らせど視界は遠くまで見渡せない。ならば気配をと思うが目の前の二体の殺気で集中して探れない。
緊張と苛立ちでいつもの能力が発揮されず頭を掻きむしるソーマ。
(これは少々悪い流れですかね……)
最初の攻勢で決めきるつもりだったが予期せぬ増援でそれは叶わず、頼りのクーガーも精神力を多分に消費しているせいか判断力のキレが少し鈍い。それに戦っている状況の悪さも相まって雰囲気は傍目に見ても良くはない。
ここは防御を固め時間を稼ぐかと詠唱を開始するコーラル。
「生命を導く聖なる光よ――」
魔力を込めて集中するコーラル、後は発動したい魔法を型どる部分の詠唱を残すのみとなったところでルセアが肩を掴んで後ろに引き倒した。
「―――っ!?」
「ごめんなさいッ!」
入れ替わったルセアは素早く構えると目の前にキラリと光る一点の輝きが。それがこちらに飛翔する矢だと認識したルセアは拳を突き出しコレを弾いた。
「くっ――!まだ!」
矢は一本ではなく二本三本と飛来し襲いかかってくるが、ルセアはそれも左右の連打で何とかいなした。
「ルセアッ!」
「心配は後っ!それよりも相手の居場所を見つけて!私じゃ場所まで分かんないから!」
そう言われてソーマは目を凝らす。矢が飛んで来たのは今。ならば直ぐにその周辺から消えていなくなる訳はないと神経を集中させた。
雨風で揺れる木々の中、何かの影が木々を飛び移る瞬間をソーマは見つけた。
「いたっ!左に向かって回り込むように動いてる!!」
「数は!?」
「二、いやまた反対方向に一つ飛び移った!三体確認!」
つまり目の前の二体と合わせて計五体。数的有利は覆され、木々に登られて地の優位性もまた失われた。
(矢を射ったということは残りは全部キラーエイプ。それぞれがこちらを囲うように散らばり始めた)
急いで状況を確認するクーガー。一つ一つ確かめる度に不利に追い込まれていることを実感する。
(対してこっちは負傷はしていないが消耗はある。コーラルも詠唱を中断してしまった反動で暫くは魔法が使えない)
背中越しにコーラルの咳き込む声が聞こえ、回復にはまだ掛かる事を察した。
(エイプは魔物の中でも連携がとれる種族。打って出れない状況で守りに徹してもじり貧だ)
いつぞやの魔族トロルと対峙した時と比べ今のほうが厄介だと心の中で毒づくクーガー。
一対一ならどうとでもなる相手でも、多数ともなればあっさり圧殺されても何らおかしくはない。そうならないように確固撃破からの殲滅を目的としたがそれも失敗した。
(低く見積もったつもりは無かったが…いや、それすらも言い訳か)
反撃の道筋は限りなく細い。それをモノにするには負傷は勿論、最悪の事も想定しなければならない。
クーガーは意を決して口を開いた。
「全員聞け、――ここから退くぞ」
以前のクーガーならば多少の危険など飲み込んでいただろう。だが今ではパーティーでの役割を理解し担っている自負がある。
「退くって……!」
パーティーを組んで今まで態勢を整える為の後退はあっても完全な逃げなど一度も無かった。だからこそその一言の衝撃は大きかった。
「このままではどうしたってじり貧だ。情けないが一旦退避して仕切り直しすかない」
頭に叩き込んだ地図を思い浮かべて辺りを見渡し村への道を確認する。どうやら丁度自分たちの背にあった道を行けば戻れる。
「殿は俺が務める。ソーマを先頭にして脇目も振らず駆け抜けろ。道順は来た道の一本左にずれた道を使う」
「私も残るわ。いくら貴方でも一人じゃ危険すぎる」
一人にはさせないと強い決意を目に秘めてルセアが言った。
ちょっとやそっとの事じゃ引き下がらないと口を真一文字にして詰め寄る。
「駄目だ」
「っ、なんで!?」
「コーラルがまだ詠唱を行えない。ソーマには村への先導がある。その間コーラルの援護を頼みたい」
ルセアがコーラルを見れば咳は落ち着いたがいまだ荒い息遣いで申し訳なさそうな表情をしていた。
「それに一応奴らの足を止めるアテもある」
「――分かったわ」
僅かな葛藤の後ルセアはクーガーの指示を了承した。クーガーが前方を警戒しつつソーマ達は駆け出す準備を整える。
ジリジリと前方のビーストエイプとキラーエイプが距離を詰めてくる。
時折キラーエイプが木の上の方に視線を向けているのを見て残りのキラーエイプが着実に此方を包囲しつつあることを察したクーガーは今一度ハンマーの柄を強く握りしめた。
「準備は出来たぜ」
「よし…、――行けッ!!」
合図と共に一斉に駆け出すクーガー達。
一瞬の戸惑いの後にキラーエイプ達もその後を追いかけ始めた。
真後ろから追い掛けてくるキラーとビーストエイプ。そして左右の木の上を飛び移りながら追従してくるキラーエイプが三体。
だがクーガー達が走る道は左側が少し切り立った崖になっている。そのおかげで左から追っていたエイプが一度地面に降りて直ぐ様右の木へと上っていった。
(地面を走るビーストエイプは左腕の傷で登れない。横にいるキラーエイプは護衛と見たほうが確かか)
様子を確認しつつ全力で走るなか、機敏値の差もあり徐々に隊列に乱れが出るクーガー達。ただでさえ雨で地面はぬかるみ思ったように速度が出ない。
背中を振り返ったソーマが速度を緩めようとした時クーガーから檄がとぶ。
「緩めるな!走れ!」
最後尾を走るクーガーはチラと背後を見てエイプ達の集まり具合を確かめた。
(左右から攻撃される素振りは見えない。どうやら向こうもまとまって向かって来ているか)
クーガーの中で一番懸念していたそれぞれのエイプが襲ってくる事態はなさそうな気配に少し気持ちが落ち着いた。
(後はタイミングを計るだけ……)
止める手段はあると言ったがそれが充分な結果になるかは五分以下の確率になるとクーガーは考えている。
それでもやらない選択肢は最早ないと腰に着けた道具袋に手を掛けた。
「俺はここで奴らの足を止める!構わず走り続けろッ!」
足を止めて反転するクーガー。それを見たルセアが自分もと逡巡するが先の言葉を思い出し歯を食い縛って足を動かした。
足音が遠ざかったのを聞いたクーガーは袋から一つの球を取り出し狙いを定めた。
「足並みを揃えているなら場所はそこら辺か!」
木々を飛び移っているキラーエイプに目星を付けて手にしたこやし玉を投げる。
パン、と乾いた音が響き臭いが辺りに広がる。本来なら風に乗ってクーガーのいる場所まで臭いが届く位強烈なモノだがこの雨のせいで届く前に霧散していた。
「やはり雨で消えるか。当たっていてくれよ…!」
全員の足を止めるためには木から降りて地面にいるのが前提条件だ。
目の前の二体のエイプがクーガーの投げたモノに警戒し少し足を止めている間にクーガーはもう一度道具袋に手を掛けてこやし玉が効いてくれるのを願った。
「―――――!?!?」
甲高い悲鳴が複数聞こえガサガサという音と共にエイプが木から落ちる音が響いた。
「――よし…!」
第一段階が成功した事にクーガーの口角が上がる。袋からまた一つ玉を取り出し相手の動きを窺う。
落ちたエイプ達は新鮮な空気を求め這うように道へと出てくる。出てきた三体のキラーエイプはむせながら先の二体のエイプへと合流した。
「これで全部出てきたな」
一体は左腕を負傷したビーストエイプ。残りは武器を扱うキラーエイプが四体、その内訳は剣持ちが一体、弓持ちが三体。
呼吸を取り戻したエイプ達は血走った目でクーガーを睨み付けていた。
「そうだ。そのままこっちを見ていろ…!」
手持ちの閃光玉を握ってタイミングを計る。閃光玉の数はたったの一個。最大限の効果を出すためにはなるべく近くで破裂させる必要があるためギリギリまでエイプ達を引き付ける。
ジリジリと後ろに下がり、エイプ達の攻め気を誘う。一体だけ突出して来ないように距離と立ち位置に注意して後退を続ける。
(そのまま…、そのまま……)
下がる一方で何もしてこないクーガーに打つ手がないと思ったエイプ達が攻撃態勢へと入った。
ビーストエイプは前傾姿勢に、剣持ちは得物を構え、弓持ちの内二体は弓に矢をつがえ、残る一体は腰に差してた短剣を引き抜き構えた。
「いいぞ…、さぁ――来いッ!」
一歩大きく飛び退くクーガー。それが合図となってエイプ達が一斉に襲いかかってきた。
自分を仕留めんと眼を見開いて視界に収めているエイプ達の少し前方に向けて閃光玉を叩きつけた。
「――――――!?!?」
玉が弾け辺りを光が駆け巡る。瞼を閉じ腕で顔を隠して眼を守るクーガー。エイプの悲鳴が聞こえ倒れる音がしてから数秒、瞼を開けると倒れもがくエイプ達が。
「よし…!」
成功を確認したクーガーは急いでその場を離れようと踵を返そうとする。
この時クーガーはらしからぬミスをした。
いつもなら相手全ての状態を確実に確認するクーガーだが、雨が強く降っていて視界が悪い事、精神力の消耗による思考力の低下、一刻も早く仲間の元へと向かうという意識などが相まって一瞬の視認で済ませてしまった。
――ギリッ…!
その音が聴こえたのは走る為に一歩踏み出した時、何かと考えるより先にクーガーは崩れ落ちるように前に飛び込んだ。
倒れ込んだクーガーの頭上を矢が通過した。
「ぐ、っ!」
泥まみれになった体を素早く起こし反転して後方を振り替える。
「……あれを見落とすなんざ不甲斐ないにも程があるぞ」
視界の先にはビーストエイプに隠れていたのだろう。一体のキラーエイプが二本目の矢を弓につがえていた。
残りのエイプ達も頭を振ったりしてもうじきにも回復してしまうだろう。
「足止めすら満足に出来ないとはな。そこまで鈍ったつもりは無かったんだが」
ハンマーを構え腰を落とす。もう今から逃げる事は出来ないし、撹乱の類いもしようがない。ならば後は直接戦うしか選択肢は残ってはいない。
クーガーは体の節々を細かく動かし状態を確かめる。幸いにして動く分にはどこにも問題はない。
そして思考が鈍らないように深く呼吸をして頭に酸素を回す。
覚悟と準備を整えたクーガーは一息の後にエイプ達へと駆け出した。
「追い詰められた獣は厄介だというが。それは人間も同じだというのをみせてやる…っ!」




