85話
ウォレス東門。
クーガー達は門番に出立の書類を記入し渡していた。
「ほい、しっかり確認したよ。今回はオネッサ村か、あんた達なら何ら問題は無いだろうが道中気を付けてな。最近はこの近辺でも見ない魔物も出るらしいからよ」
毎日のように依頼でウォレスを後にするクーガー達。そのお陰もあってか東、西、北の三門の門番にかなり深く周知されており、気安く話しが出来る間柄にまでなっていた。
「そういえばこの前魔物が来たと聞いたが大丈夫だったか?」
「おう。あの時は丁度城の調査部隊が帰還した時でな。お陰で何とか死者が出なくてすんだんだよ」
詳しく聞けば魔物が現れたのは夜中。国王の最側近であるマリナス直属の調査部隊が帰還し、門番が門を開いた時に襲撃があったという。
「最初はコボルトの群れが来てな、それぐらいだったらどうとでもなると思ってたんだが暗闇に紛れてブラックバットがいてよ」
「ブラックバット?普通の蝙蝠と違うのか?」
聞き慣れない魔物の名前にクーガーが尋ねると答えを出したのは後ろにいたコーラル。
「動物としての蝙蝠よりも一回り大きく、人間を見ても驚いて逃げるどこらか積極的に攻撃をしてくる事から魔物として扱われるのがブラックバットなんです」
「そう。しかも翼が普通の蝙蝠より更に黒くてな。攻撃されるまでいたことすら分からなかったよ。そのせいでホレ」
門番が腕当てをずらすとそこには包帯が巻かれていた。コーラルは傷を治しますかと提案するが門番はそれには及ばないと笑って断った。
「俺はこの程度ですんだが、同僚が少し多く攻撃を食らっちまってな。残るような大怪我じゃないが今は城で治療を受けているんだ」
「無事で良かったわね」
「ホントホント。魔物の襲撃は運が悪かったが、調査部隊がいたてくれてのはツいていた。俺ら何かより数倍腕が立つからな。おっと、流石に話し過ぎたか。まぁとりあえず道中には十分に気を付けろってことだ」
快活に笑う門番に別れを告げクーガー達はオネッサ村に向かうため借りてきた馬に跨がる。
「魔族が倒れた影響で魔物の分布が変わっちまって、そのせいで新たな被害が出るってのはなんかやりきれないよなぁ」
「でも魔族を放置していたらいつまでもたっても事態は変わらなかったでしょうね」
「ええ。そしてそのような場合に備えて身軽に動ける私達がいるのでしょう」
「それもそうか。しかし、勇者ってのは本当に大変なもんだな。これだけ魔族を倒してもまだいるってんだから、戦力の補充とかって難しいものなのかね?」
「勇者様一行は文字通り少数精鋭ですからね。その中の一人であるライアット将軍も元は大軍を率いる立場でありますし、神官であるリフルさんも実力のある癒し手ですしね」
教会に所属していた時に献身的に勤める姿を思い出しながら話すコーラル。
実力はもとよりその人となりは激戦に身を置く勇者の助けになっているだろう事は想像に容易い。
「シータも魔法の実力はローランド王国の中でも頭一つ飛び抜けているってお父様から聞いた事があるわ」
「つまりその勇者パーティーに付いていけるだけの適任者が城にはいないって訳か」
そうでなくても国内の至るところの警戒に大多数の兵士を割いており、戦力を追加したくても出来ないのが現状だ。
「―――」
そんな中、クーガーは今朝の話しを思い出していた。ギルドに打診された追従出来るパーティーの選出の話し。
頭の中ではシグマの話しを了承しても良いのではと思う気持ちと、何を今さらと己を責める声が渦巻いていた。
神からの要請に断っておきながら、以前勇者である康一本人に会ったときに差しのべられた手を掴めと偉そうに高説を言っておきながら、未だに流されるままに生きているお前に何が出来る?勇者としての責務を自覚し己が足で進んでいる康一に対して、核たる意志を持たないお前が何故共に戦うと考える?
「――分かっているさ。そんな事ぐらい」
ポツリと零れた言葉は不意に吹いた風に掻き消されルセア達に聞こえる事はなかった。
「また悩みごと?」
そんなクーガーにルセアは声を掛けた。
普段の快活な声色ではなく気遣うような優しい声で。
ふと視線を向ければソーマもコーラルも心配するようにクーガーを見ていた。
「本当に大丈夫か?お前の悩みが何か知らないがコーラルだっているし俺とルセアだって話しぐらいは聞いてやれるぜ?」
「ソーマさんの言うとおり言葉に出せば気持ちが楽になれる事もあります。良ければお話しになってみては?」
「…気持ちは貰っておく。考えが纏まったら改めて話すさ」
それまで少し待っててくれと、その言葉で話しは終わり沈黙が流れる。
「ま、お前がそう言ったんならそれまでは聞かないでおきますよ。なんやかんやで言った事は実行するしなオタク」
出来ると言った事は成し遂げてきたし無理だと思った事はきちんと無理と言葉に出す。
クーガーとそれなりの付き合いがある人でるからこそ、クーガーが自身で語った言葉は信用に足りうると知っている。
「歯痒いけれどしょうがないわね」
「そうですね。気楽に待っているとしましょう」
残りの二人も同意見でそれ以上立ち入ることはしなかった。
他者を思いやるから寄り添い、築き上げた信頼があるから時にはそれ以上踏み込まない。
今まで一人で生きてきたクーガーにとってそれは新鮮で身体を巡るこそばゆい心地よさを感じていた。
そんなやり取りがありながらも順調に歩みを進めていくなか一行の話題は先日習得したフィジカルエンチャントの話しになっていた。
「そう言えばコーラルってがっつり後衛なのに今回習得したのってなんでなんだ?」
「冒険者パーティーは基本少人数ですし、それにクーガーさん達と一緒だと結構動き回る立ち回りが多いので動ける手段はあったほうが良いかなと」
コーラルの言葉にソーマとルセアはああ、と納得したように頷き、クーガーはそこまでかと疑問に感じた。
「基本後衛、中でも魔法職は動かず詠唱に専念だもんな」
「そうね。それがウチじゃ場合によっては遊撃みたいな立ち回りもやるものね」
クーガー達の戦闘スタイルは基本クーガー、ルセアの前衛二人に遊撃としてソーマ、そして後衛のコーラルという編成だ。
しかし魔物の種類や状況によってはソーマが後衛に回り、コーラルが遊撃として立ち回ることもあった。
「ええ。流石にソーマさん程に上手くは出来ませんが、そこは指示が良いのでなんとかやれてはいます」
本職ではないコーラルに任せる時はクーガーの指示は短く明瞭だ。
特定の魔物を警戒しろや、ソーマの詠唱を邪魔する敵を牽制しろ等、任せる行動を絞る事で対応出来るようにしていた。
逆にソーマに対してはクーガーの把握出来ない範囲の敵の動きの観察や、何らかの行動を起こした場合の対応を何個か指示を出している。
「二人ともすごいわよね。私だとそう上手く出来る自信は無いわ…」
「自覚はあるんだな」
ソーマの言葉にキッ、と睨みを返すが反対の言葉は出さない。事実であるし自覚もしている。
「そこは適材適所だ。前衛で素早く動くルセアにはまだ荷が重い」
「まだ、って言うことは私も貴方みたく前線で戦いながらも指示を出せるようになれるってことかしら?」
「出来なくはない。個人の見立てじゃ大分キツいがな」
厳しい言葉だが可能性はあると言われた事にルセアは頬が弛む。何せ下手な世辞など言わない男の口から出たのだこれ程信用に足る言葉はない。
「機会があったら挑戦してみてもいいかしら!?」
「その時は前線から離れて指示を出すだけだ。感覚をつかんでからじゃなきゃ自分の身すら危ない」
何事も順序があるとクーガーが言うと、なるほどと納得したルセアは拳を握って気合いをいれていた。
「だからって直ぐに実戦させるような事はヤメテくれよ?」
「試すとしたら依頼も無いときだ。他人に任せるより自分が動きたいアイツだ、生半可にやらせても何も身に付かん」
ルセアに聞こえないように耳打ちしてきたソーマにクーガーはそう返した。二人の話しが聞こえたコーラルは口を挟まず穏やかに笑うだけだった。
そんな中、和やかな雰囲気を割くように獣の叫び声が聞こえてきた。
「――構えろッ!」
クーガーの一声で全員が馬から飛び降り一瞬にして臨戦態勢を整える。状況を確認するよりも構えを済まし如何なる出来事にも対応出来るようにと徹底した考えが染み付き淀み無く動作が完了された。
コーラルとソーマを挟むようにクーガーとルセアが前後を固め、ソーマが警戒しコーラルが詠唱の準備に入る。
場所はウォレスから少し進んだ街道。行商などもよく使うこの道で聞き慣れない獣の声に警戒の意識が上がる。
「場所は?」
「よく響いたが少なくとも後ろじゃないことは確かだ。街道の見晴らしは良いから警戒すんのは両隣、声の種類からコボルト系統、地響きなんか聞こえないのを考えてトロルみたいなのははいないってところかね」
現状を一つ一つ確認し状況を明確化していく。毎日のように討伐依頼に出向いた濃い経験値が、敵の出方を待つだけのこの時でも取れる行動を増やしていく。
「コーラル」
「こんな時に使用する魔法はわかっていますよ」
「ルセア」
「ばっちり理解してるわ。いつでもいけるように構えておく」
ソーマの予想が自分と差異がないとクーガーは確認し、次に取る行動をと思ってコーラルとルセアに声を掛ける。
その二人もこのパーティーで幾重もの戦いを乗り越えてきた経験を生かし、取るべき行動もクーガーの言わんとしてることも理解している。
コーラルは決めた魔法を万全に放つ為に魔力を込め初め、ルセアは腰を落としいつでも飛び出せるように足に力を入れた。
「そういうお前は準備は良いのかい?」
不安気に鳴く馬達をなだめながら茶化すように言ってくるソーマにクーガーは喉を震わせて笑って返す。
「当然」
ハンマーを構え敵を待つ、そしてクーガーとルセアはジリジリと円を書くように街道の道なりを向くように場所を移した。
「―――来たっ!!」
自分達に向けられた殺気が膨れ上がったのを感じたソーマは声を上げる。同時にコーラルは詠唱を、クーガーとルセアは己にフィジカルエンチャントを施す。
「ガルアアッッ!」
唸り声を上げてクーガー達の左右から飛び出してきたのはコボルトの集団。しかしその姿は一般的なコボルトの体躯よりも筋肉質で一回り大きい。コボルトとしての特徴はそのままの所を見るにレベルが高い個体の群れだということを一瞬で理解するクーガー達。
「こんな場所で見るような奴らじゃないぞコレっ!!とりあえず右三っ!左が二ぃっ!」
驚きながらも状況を伝えて自信も短剣を構えるソーマ。以前なら腰を抜かして慌てるだけだったが今ではその姿は欠片もみられない。
「大丈夫です、通しません。―――生命を導く聖なる光よ、我らに迫る脅威を断ちたまえ――『アイソレーション』」
途端、クーガー達を囲うように光の柱が展開される。凝固な光の壁で外からも内からも生半可な攻撃では破れない防御の魔法。
「ガアアッ!!」
いかに高レベルのコボルトの鋭い爪であろうと破るどころか傷を付ける事も構わない。振るった腕は弾かれ苦々しくクーガー達を睨む。
「悪いですが今さらその程度で竦む私達ではないので。それでは皆さん準備は―――聞くまでもなかったですね」
視界には今すぐにでも駆け出せる状態になっているクーガーとルセアの姿が。
コーラルは杖を一振りすると展開していたアイソレーションが跡形もなく消えた。
「――!?」
コボルト達は厄介な壁が消えたことに驚いたが直ぐに自分から守りを解いたコーラル達を笑った。
しかしその表情は直ぐに掻き消える。
自分達の身を守る代わりに攻勢に出れない檻としての意味合いを持つ魔法が解除された事により弾き出されるように右側にクーガー、左にルセアが飛び出した。
「シッ!!」
フィジカルエンチャントにより速さに磨きが掛かったルセアは最短最短でコボルトの懐に潜り込み、その腹に一撃を叩き込む。
「まだまだああッ!!」
くの字に曲がって下がった頭に左右の拳を間髪をいれずに叩き込んでいく。フィジカルエンチャントによって向上した身体能力により手数、威力共に強化された拳打は雨のようにコボルトに打ち込まれていった。
ガクっ、とコボルトの膝が崩れたのを確認したルセアは一際大きく右腕を引き絞り止めの一撃を放つ。
「はっっ!!」
気合いの入った一撃はコボルトの頭蓋を砕いた。潰れたように断末魔を上げたコボルトから視線を逸らすと狙いは残りのコボルトに。
「グウッ…!?」
ルセアを警戒し身構えるコボルトだがそれは悪手だった。軽い衝撃と共に自らの胸から生える短剣に理解が追い付かないコボルト。
「アイツにビビるのは仕方ないが流石に背後がお留守すぎるってな」
背後から自身もフィジカルエンチャントを施したソーマが突き刺した短剣を真横にしてコボルトを切り裂く。
倒れたコボルトは二三痙攣したが直ぐに動かなくなった。
「ホント便利だわ。俺でも難なく短剣が滑る」
確かな手応えを確認したソーマは同じ技術を習得した男がどのようにして相手を圧倒しているのかみることにした。
「フッ!」
流れるように自分の間合いに入っていきハンマーを振るうクーガー。フィジカルエンチャントにより、より素早く、より滑らかに必殺の一撃を放つ事が可能になり、クーガーの高い技量も相まって相手はハンマーの大振りの一撃を回避する事が出来なかった。
「ギ―――!?」
叫びを上げようとしたコボルトはその頭部を吹き飛ばされて血を吹き上げながら倒れた。
「やはり体が軽い。コレなら追撃も容易か」
体が流されず、止める労力も圧倒的に軽くなった。未だ感覚は十全に掴めた訳ではないがほぼほぼ把握は出来た。
「今ので二割、追いかけるついでに少し上げるか…っ!」
流す魔力を増やして強化の比率を上げていく。踏み込む速度は上がり逃げようとしたコボルトは反応が遅れた。
「がら空きだッ!」
今度は振りかぶり脳天目掛けて振り下ろす。対するコボルトは逃げられない事を悟ったのか抵抗する事無くその攻撃を受け入れた。
破壊音が響き、地面に叩きつけられた頭蓋が砕け血が辺りに飛び散る。
「これで三割。思いの外負担が掛かるな、やはり実戦だと予想以上に消耗するか」
体の感覚を確かめるように小刻みに動かすクーガー。それを見たコボルトは好機とみて逃走しようと背を向けた。
「残念だけど逃がしはしないわ」
「戦闘が始まった以上一体残らず殲滅するのがパーティーの掟でして」
「そんな物騒な掟なんかありゃしねえっての!!」
「でも実際そうでしょう?」
「そうだけど言葉にする必要もないでしょうに!野蛮っぽくて嫌だっつーの!」
その逃げ道を塞ぐようにルセア達が回り込む。軽口を交わしながら佇むその姿にコボルトは言葉を理解できなくても絶望的な状況だということは骨の髄まで理解した。
「さて残りは一体だが俺にくれるか?まだ試してみたい事がある」
そう言うクーガーに三人は構わないとコボルトから少し距離を取る。
残ったコボルトは何事かと背後を見ればハンマーを片手で持ちゆっくり近寄るクーガーの姿が。
「グルルル……ッ!」
唸り声を上げて腰を落とすコボルト。最早どうにもらない状況を理解し、せめて一太刀と攻撃する機会を窺う。
足に力を溜めてクーガーが射程に入るのを待ち、その一歩が入った瞬間飛び出した。
「さて、―――生命を育む豊かな大地よ、我が望みし姿に応えよ、『アースチェンジング』」
クーガーが唱えると地面が隆起し短いながらも柱となってコボルトの眼前にそびえ立つ。
「――!?」
突然の事にコボルトは岩柱に体を打ち付けてしまった。全力で駆けていたために衝撃は大きく直ぐには動けなかった。
「そこからもう一回…っ」
岩柱に手を当て同じ魔法を放つと柱は変形しコボルトに巻き付くようにその姿を変えた。
体を拘束されたコボルトはじたばたともがくが最早身動きは取れない。
「精神力は相応に使うが成果はあったな」
額に浮かぶ汗を手で拭うとクーガーはハンマーを構えた。
「良い試運転になった。その事だけは感謝しよう」
無防備なコボルトに止めの一撃を叩き込むクーガー。
高レベルのコボルト達を余裕を残しつつ蹂躙するクーガー達。ここにシグマがいればやはり勅命を託せるのは彼らしかいないと思わせる姿がそこにはあった。




