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ある男の異世界転生記  作者: 只野名無
3.5章
81/118

79話

「ケケッ!」


 低空を飛行しまるで一本の矢のように突撃してくるリドリー。だがそれがもたらす威力はとてつもなく、まともに受ける訳にはいかないと康一は回避しようとして足を止めた。


(しまったっ。後ろにはシータさん達が……っ!)


 自分の背後にはシータとライアットを治療しているリフルが。戦闘態勢をとっているシータはともかく、リフルとライアットは身動きがとれない。

どうすれば、と視線を戻しリドリーを見ればその顔は笑っていた。


「さアッ!お手並み拝見といこうじゃないカ!」


 リドリーの狙いは康一に選択を迫ること。己を倒すために戦える自分の安全を取るか、背後の荷物と化した仲間の為にその身を盾とするか。

―――それとも。


(この俺を退ける手段があるカ)


 さあ絞り出せよひねり出せよ。さもなくば死ぬぞ、死なせるぞ。

本能が昂るままにリドリーは突撃していく。


 対する康一は仲間を見捨てる選択なんて出来ないと迎え撃つ覚悟を決め、腰を落として力を溜めた。


「シータさん―――」


「分かってるわ。だからアンタは目の前に集中してなさい」


 言いたい事とやりたい事は理解したからとシータも詠唱を始める。

相手は魔族、並の魔法じゃ止める事すら厳しいだろう。


(頭がふらつく…、大分精神力を失ったか)


 連戦に加え、杖を装備しての高威力の魔法の発動。本音を言えば確実に相手に致命傷を与える為の分の余力を残しておきたいがそうも言っていられる状況ではないことは明白だ。


(相手は突撃してきているから回避はしないと思うけど)


 必殺の一撃を放つには詠唱時間が足らない。ならば今出来る全力を出すだけとシータは言葉を紡ぐ。


「生命を照らす暖かな火よ、我が敵を悉く燃やせ、―――ぶっ飛べぇッ!『フレイムストライク、タイプバースト』!!」


 直前の二体のガーゴイルに放ったものと同じ魔法。だが様相は異なり、先程は頭上から火球が落ちるのに対して、此方は術者であるシータを起点として真っ直ぐに対象に火球が発射されていった。


「ほウ?これはなかなかニ」


 しかしそれを前にしてもリドリーの表情からは笑みが消えない。それどころかその笑みは深く鋭くなっていく。

向かってくる速度は落とさず、拳を引いて溜めを作る。


「楽しめそうだナアッ!!」


 己を殺さんとする火球に向かって吠えるは喜び。まるで幼子が新しい玩具を貰った時のような感情を持ってリドリーは拳を振り抜いた。

爆音を響かせ火球が爆ぜる。確実に当たった、だけど康一達を襲う殺気は欠片も衰えを見せない。


「来る―――っ!」


 爆煙を切り裂きリドリーが現れる。火球を打ち抜いた右手は焦げていたがその他に目立った外傷は見られなかった。


「ケケケッ!!さあ初手は潰えタ!次はどうしてくれル!?」


 醜悪に顔を歪め嬉々としてリドリーは康一達へと迫る。

まともにダメージを与えられなかった事実に歯噛みをするシータの前に康一が立つ。


「康一っ…」


「大丈夫です。止めますッ!!」


 呼吸を整えフィジカルエンチャントを掛ける。身体中を襲う痛みに耐えながら視線はリドリーから外さない。


「対峙を選んだカ!なら精々気張ってくれヨォッ!」


 焦げた右手を握りしめ康一目掛けて振り抜くリドリー。強固な拳を圧倒的な膂力で放つ一撃はそれだけで康一達にとって必殺の一撃に足りうるもの。

それを前にして康一は真正面から迎え撃つ選択を取った。


「おおおおおォォッ!!!」


 剣を上段に振りかぶり全力を持って振り下ろす。拳と剣がぶつかり競り合う形となる。


「ケケッ。競り合う位には力があるカ、だがいつまで持つかナァッ!」


 ジリジリと拳を押し込み康一は押されていく。相手は片手、此方は両手で対峙している事から力の差は歴然となる。


「どうしたどうしたその程度カ!押し返す力も無いのならこのまま後ろの女もろとも死んでしまエ!!」


 リドリーのその言葉を聞いて康一の心臓がドクン、と一際大きく脈打つ。


(そう、だ。ここで負けたら。シータさんやリフルさん。ライアットさんもやられてしまう……!!)


 そんな事は嫌だと否定するが現実は変わらない。今も剣は押し込まれこのままでは相手を斬り倒す為の剣が己の体を傷つけるだろう。

そうで無くとも目の前の相手の気が変わって残った左手を使えばこの状況はあっという間に終わりを迎える。


(そんな事はさせないっ……!)


 だが現状を打破するには力が足りない。ここまで押し込まれてからの逆転の指標も見えない。


(いや、違う)


 手段ならある。力が足りないなら更に絞り出せばいい。体が痛みを持って悲鳴を上げるのはこれ以上は危険だと知らせるための生存本能が訴える信号だ。

つまり理論上はそれ以上の危険を冒せる余白があるということ。


(出さなきゃ皆やられてしまうんだ。やらないでどうするッ!!)


 魔力を絞り出し身体中に流す。体を巡る神経の一本一本が止めろと悲鳴を痛みとして康一に訴える。


「―――――ない」


 その本能を気力で呑み込み力を振り絞る。口端から鼻からツ、と血が流れるがそれに割く意識すら総動員して目の前の脅威を打ち払う為に使う。


「――――せるもんか」


 守ろうとして負けてしまうのならば、打ち倒して守ればいい。


「僕の仲間をぉ!絶対にッ、殺させるもんかあああッ!!!」


 その為に自分の身を削らなければならないならば幾らでも削ろう。

だから今この時、目の前の現状を打ち破る力を出させてくれ。


「ッ!?なん、ダ?急に力が、強ク……ッ!」


 押しきる寸前に相手の力が別人のように上がり、拳を止められたどころかじわりじわりと押し返される事に驚くリドリー。

吠える康一の体からは纏った魔力が滲み出し湯気のように立ち上る。


「でええやああああァァッ!!」


 競り合いを五分に戻し、更に深く押し込んだ康一は全力を振り絞り剣を振り抜いた。

リドリーの拳は真ん中から裂かれそのまま右肩までを切り裂いていく。


「ギッ…イ"ィッ!!」


 魔族であるリドリーもこれには流石に後ろに飛び退く他なかった。


「はぁっ…はぁっ……!!」


 剣を地面に突き刺し支えとする事で辛うじて立っている康一。倒れかかるその体を支えるようにシータが横に着いた。


「無事、な訳ないわよね」


 荒い呼吸、震える体に少量ながらも未だに口から血は流れている。

あれだけの力を振り絞ったのだ。きっと身体の中は魔力が駆け巡ったせいでボロボロだろう。

本来であれば直ぐにでも治療を始めなければならないのにそれはまだ出来ない。


「大、丈夫で…す。ほらポーションも、ありますし、それにまだ…、終わっていませんから」


 康一もそれを理解しており視線を前に向けたまま動かさない。そのまま震える手で懐からポーションを取り出す煽るように飲み下した。


 すると溢れていた血は止まり、身体中の傷も癒えていく。だが康一の表情は依然辛いままだ。

ポーションは傷を癒すが、失った体力までは戻らない。気休めと分かっていても使わないよりはマシだと康一は考えた。


「ケケ…」


 最早使い物にならない右腕を見てリドリーは小さく笑った。

今度はどうしたと注視しているとリドリーは無事左手で顔を覆うと空を仰いだ。


「ケケケケケケケケケケッッ!!!!!」


 けたたましい笑い声を上げるリドリー。魔族でありながら気でも触れたかと疑う康一達だがそうではない。


「なんだなんだ出来るじゃないカ!?まさかあそこから腕一本やられるとは思ってもいかなかっタ!ケケっ、良いぞォ!お前!」


 右腕を切られたのにリドリーに湧くのは怒りではなく歓喜。


「アアッ!この痛ミ、この感覚ッ!久しく忘れていタァ!そうだこれダ!殺し合いはこうでなくちゃナァッ!!」


 眼は血走りギラつき、笑みはより獰猛に。そして溢れ出る殺気は最初の比ではなく膨れ上がった。


「何よ…アレ……」


 その姿にシータは理解が追い付かない。今まで何体もの魔族を倒してきたが、リドリーはそのどれとも属さない異常さがあった。

 倒してきた魔族は傷を負えば怒り狂い激情を表すのがほとんどだった。なのに目の前のリドリーは怒りもせず苦しみもせずただ喜んでいる。その異質さにシータと康一は固まる事しか出来なかった。


「呑まれるな……、気を張り続けろ」


 二人の背に声が届く。落ち着いて芯のある声、聞き慣れているその声の人物は一人しか知らない。まさか、と二人が振り返るとそこにはボロボロになりながらも力強く立つライアットの姿が。


「ライアットさん……っ!?」


「待たせたな、よく持たせてくれた。おかげでまだ戦える」


「取り敢えずの治療しか出来ませんでしたが……」


「なに、戦闘中という事を考えれば十分過ぎる程だ。礼を言わせてくれリフル」


 万全に癒せなかったと俯くリフルに気にするなとライアット。


「何ダ?あのままポックリと逝っちまうとは思わなかったがまさか戦線に戻ってくるなんてナ!」


「ローランド王国に平穏を取り戻すまでは死ぬ訳にはいかなくてな。今更仕留め損なったのを後悔でもしたのか?」


 剣先をリドリーに向けるライアット。片や限界に近い四人、片や負傷らしい負傷は右腕だけの魔族。数の上では有利だが各々の状態で見れば相手に分がある。

 それでも四人揃っているのならば此方が強いと確信しているライアットの顔と言葉には自信が表れていた。


「まさカ!!むしろよく立ち上がってくれたと称賛すサ!弱者をただ蹂躙するだけの行為に丁度飽きがきていた所ダ。この渇きが漸く満たされるならばこれ以上の喜びはないだろうヨ!!」


 後悔など無くむしろそれが望みだとリドリーは笑う。


「そんなに殺戮が好きなのか…?」


 そんなリドリーを理解出来ないと康一は溢した。分からない、生きる為ではなく、利害の為でもなく、ただただ殺戮を楽しむその姿に唖然とする。


「どうしたお喋りでもしたいのカ?いいゼ、息を整える時間位くれてやるヨ」


 その方が楽しめるからナ、とリドリーは言葉を続けた。


「殺戮が好きかっテ?そりゃ当然だロ!ガーゴイルとしての本能が止む事なく殺しがしたいと鳴り止まなイ!飯と同じダ、ガーゴイルとして生きていくためには欠かす事が許されない欲求!」


 必要だから、それ以上の意味はないとリドリーは言った。


「貴様ら人間もそうだロ?上手い飯を食いたイ、好みの人間を抱きたイ。それと同じサ、俺は一方的な殺しも好きだガ、互いに殺し合うのも堪らなく好きなんだヨ!!」


 殺戮という行為に好みの味を付けるのは俺の意思だと言ってリドリーは話題を終わらす。


「理解出来ない…」


「当選だロ?貴様ら人間は同族同士なのに争いが起こる程に相互理解が出来ない種族の癖に他種族、それも魔物を理解しようだなんて馬鹿でもしないサ」


 むしろお前の方が理解出来ないとリドリーは鼻で笑う。


「そもそも戦闘相手を理解しようなんて過分な行為は必要なイ。必要なのはどうやって相手を仕留めるかの思考だけダ」


 もう話は終わりだとリドリーは姿勢を低くする。


「息は整えたカ?体は動くナ?頭も休まず回しておけヨ?持てる力を総動員して掛かってこイ。その全てが俺を楽しませル!!」


「僕達はお前を楽しませる為に戦うんじゃない!!」


「お前達の目的も理由も知った事かヨ!死力を尽くした殺し合イ!それが出来るならば他は全て有象無象ダ!!さアッ!始めようカアッ!!!」


 歓喜の叫びを上げて突撃するリドリーを迎え撃つべく武器を構える康一達。戦いの決着は近い。

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