74話
「敵襲っ!!敵襲――――!!!」
ガーゴイルが来たことを知らせる鐘がエムラカンの街に響き渡る。
「来たっ!!」
夜襲に備え戦闘準備を済ませていた康一達は空を見上げる。
そこにはこちら目掛けて飛翔する幾つもの影が。影は次第に大きく映りその全貌が明らかになる。
翼を羽ばたかせ、血走った目をしながら奇声を上げガーゴイルが突進してくる。
「弓兵構えぇっ!」
「詠唱可能な人も準備始めるわよっ!」
迎撃の指示を的確に出すのはライアットとシータ。その二人を指揮で兵士達は空中のガーゴイルへと狙いを定める。
弦の引き絞る音が、呪文の詠唱が、まだかまだかと解放の時を待つ。
「まだだ…。焦るな……」
一斉に攻撃出来る唯一のチャンス。それを最大限に生かすためのタイミングをライアットは見計らう。
一秒、二秒。加速度的に近づくガーゴイルを限界まで引き付ける。
その時、ガーゴイル達が左右へと別れ始める。
ガーゴイル達からすれば見え透いた迎撃などわざわざくらってやる必要もなく、馬鹿を見るように笑った。
この瞬間に絶望する人間の顔を見ようと目を絞る。その視線の先にいたのは。
「――そうするだろうと思っていた」
鋭く笑うライアットの顔が。
まさかの反応に驚くガーゴイルの耳に呪文の詠唱が響いてくる。
「生命を導く聖なる光よ、皆に迫る脅威を断ちたまえ―――『アイソレーション』!!」
持ちうる精神力のほとんどを費やして放つは本来は味方を守る時に用いる呪文。
しかし使いようによってはそれは敵を捕らえる檻となる。
「―――!?」
突如自分たちを囲うように光の壁が展開される。何体かのガーゴイルは壁の外へと逃げていたが総数の半分以上の九体が壁に捕らわれた。
「これで逃げ場はないぞ!――放てえぇ!!」
ライアットの号令により一斉に放たれる矢と呪文。
逃げ場を失い眼前に迫る数多の攻撃に対処する術など持たないガーゴイルはそれを受けるしか出来ない。
「――――!?!?」
ガーゴイルの悲鳴が響き渡る中、夜空に爆炎が広がった。轟音と共に空中を染める炎がエムラカンを照らす。
「やった!」
立てた作戦が成功したと一人の兵士の声を切っ掛けに歓喜が集団に伝染していく。
「まだだっ!!」
それを諌めるはライアット。視線は空に向けられたまま動かない。あれだけの数のガーゴイルがこれで終わるとは思っていない。炎が晴れるその瞬間まで視線を外すなと一喝した。
「―――――ヶヶ」
炎の向こう側から声が聞こえた。その声に反応し武器を構える事が出来たのが全体の半分。残りはまだ反応しきれていなかった。
「グガアァッ!!」
炎を切り裂き飛翔してくるガーゴイル。
「健在っ!?いやっ、あれは!?」
よく見れば飛んで来るガーゴイルは全身が焦げ所々が崩れ落ちている仲間を抱えていた。
「盾に使ったのか!!」
別段魔物が同胞を囮や肉盾に使うのは珍しい事ではない。それを行える知能を持つ魔物であれば十分起こりうる。
ライアットが驚いたのはあの必殺の状況からのガーゴイルの判断と、盾になったガーゴイルの貫通させる事が出来ない程の頑丈さ。
「盾に使われたのは三体。残りは健在か……!」
半分も削れなかったライアットの歯噛みをよそにガーゴイル達は事切れた同胞を下にいる兵士達に向かって投げ捨てる。
「散開っ!」
それぞれの部隊長が声を上げ直撃を避ける為に散開する。とっさの動きで隊列は崩れたが投げ捨てられたガーゴイルの死体は当たることなく地面へと叩きつけられた。
「流石に当たるものかよ」
無事回避出来たことに兵士の一人は息を吐きながら死体に視線を向けてしまった。
「何をしているっ!?上だっ!!」
「えっ?」
ライアットの声に視線を戻そうとした兵士が最期に見たのは自身の顔を掴もうとするガーゴイルの手。
「カヒッ!」
捕らえたと短い喜びの声を上げたガーゴイルは飛翔した勢いそのままに兵士の顔を地面に叩きつける。
鈍い破裂音が響き兵士だったモノが真っ赤な血にまみれて周囲に飛び散る。
「あぁ……っ」
その光景に近くにいた兵士は腰が砕け地面に座り込む。視線の先では掌にこびりついた肉片を口へと運ぶガーゴイル。ぴちゃぴちゃと手早く舐め取ったガーゴイルは空を向き。
「――――――――!!!!!」
咆哮を放った。それは人間を屠った勝鬨のように、飯にありつけた喜びを表すように、後に続く仲間を呼ぶように。そして、これから自分たちの殺戮が始まる宣言をするように。
「ヒイッ!?」
その声に呑まれた兵士はその場を離れようと背を向けた。使命を放棄し己の命の保身を取った兵士の頭上が照らされる。
「何だっ…!?」
視線を上に向ければ、空中にいるガーゴイルがこちらを向いて口を開いていた。
口内にはおどろおどろしく赤熱に輝く炎があった。
「あっ――――」
逃れられない未来を察した兵士の表情は絶望に染まる。その表情を見たガーゴイルは満足そうに顔を歪めると溜めていた炎を吐き出した。
「あ"あ"あ"あ"ぁぁ――――!!!」
全身を猛る炎が飲み込み断末魔を上げる兵士。
そして次々と地面に降り立つガーゴイル達。
「くそっ……。こんな…、こんな…!!」
昨日もその前もガーゴイル相手に防衛してきたはずだ。出すのはそれは本気で攻めて来なかったんだと改めて認識してしまった。
数では有利に立っているのにそれでもガーゴイルの恐怖に足がすくむ兵士達。
その様を嘲笑いながらガーゴイル達は手近の兵士へと向かっていく。
「ヒッ!?待ってっ!来る――があっ!?」
「痛いいぃッ!!腕!?腕が喰われてっ……!」
そして始まる殺戮。手当たり次第に兵士達を蹂躙していくガーゴイル。
ある者は胸を貫かれ、またある者は生きたまま四肢を喰われる。ただ殺すのではなくその過程すらもガーゴイルは楽しんでいた。
「く、クソっ!!動けよっ…!動けぇっ!!」
また一人、狙われた兵士はガタガタと震えながら叫ぶ。だが体は相手に向かうことも、背を向けることも受けいれてれくれない。本能が目の前の死を受け入れてしまっていた。
――もうダメだ。理性すらも諦めかけたその時、横から巨大な影が飛び出してくる。
「ふんッ!!」
盾を構えガーゴイルに向かって突進したのはライアットだった。
「グケッ!?」
直撃を食らったガーゴイルは吹き飛ばされるが翼を羽ばたかせ空中で姿勢を整え体勢を戻した。
「ライアット将軍…!」
「怯むなッ!!」
先ほどのガーゴイルの叫びにも劣らない声が響き渡る。
「我らはローランド王国の誇りある騎士だ!眼前の敵がいかに脅威であっても、我らの背には守るべき者達がいる!勇を持て!!震え上がる体を突き動かすのは自身の心だ!」
言葉は熱を纏い兵士達へと届く。恐怖で冷えきった心に力が戻る。
「そうだ…!俺達は騎士だ!ローランド王国の騎士だ!!」
「武器を握れ!声を上げろォ!やってみせるぞオォ!!」
一人が立ち上がれば自分もと一人、また一人が立ち上がる。
ここからだと奮起する兵士達を見て歓喜する笑いが空から聞こえてきた。
「上っ!?」
重い殺気を感じ取ったライアットはすかさず視線を移し盾を構える。
直後腕を伸ばし突撃してくる魔族ガーゴイルの姿が。
「グッ!ウゥっ!!」
強い衝撃に押され、僅かに後退させられるが力ずくで押し返す。
魔族ガーゴイルは翼を一回振るわせると軽やかに着地した。
「クケケッ!これを防ぐカ!!どうやら情報以上にやル!」
「お前がこの群れを率いる魔族だな」
「そうだとモ。俺の名はリドリー。ドワーフとエルフの混血、ライアット」
「キサマも俺を知っているのか」
「勿論。お前らは要注意だと話題だゼ」
要注意。つまり自分達を警戒している存在がいるということ。戦闘の最中においてもこの機会を逃したくないとライアットは疑問をぶつけた。
「その情報を集めている者は誰だ?」
「答えてやるとでモ?」
返答は当然否。だとすればこの後は当然。
「ならばキサマを叩きのめして吐かせるまで」
「そう来てくれきゃ面白くなイ。さぁ楽しもうカッ!!」
問答は終わった、ならば後は死合うのみ。
飛びかかるリドリーを迎え撃つように盾を構えるライアット。
「ガアッ!」
リドリーが吠え、拳を打ち付ける。衝撃が盾越しにライアットを襲うが先程の奇襲と違って最初から構えていたため押し負けることなく耐えた。
「力押しで討てると?あまり舐めてくれるなよ…っ!」
「やり合っているのによく喋ル。なら言葉ではなく行動で見せてみろヨ」
「無論!」
拮抗した状態から更にもうひと押し力ずくで盾を押し出しリドリーの拳を弾く。
「『エンチャント』!」
魔力を纏った剣がリドリー目掛け振り下ろされる。
「――カッ!」
その斬激をリドリーは左腕で受け止めた。
並の魔物であれば両断出来る一撃をリドリーは容易く止めてみせた。
「この程度で俺が討てるト?あまり失望させてくれるなヨ」
「止めた程度でよく喋る。ならば刮目するがいい」
ふう、と短く深く息を吸ったライアット。
途端溢れる気迫にリドリーは何か来ると警戒従わせもう遅い。
「『フィジカルエンチャント』!」
自身に魔力を纏わせ身体能力を向上させる。以前のライアットなら片方ずつでしか発動出来なかったが、今では両方同時に掛けることが出来る。
底上げされた身体能力で振るわれる威力が上がった武器。
「オオオオッッ!!」
咆哮と共に剣は振り抜かれた。
鮮血が吹き出し、リドリーの左腕が宙を舞う。
「―――ッ!?」
これには堪らずリドリーは後退を選択する。
追撃のチャンスではあるがライアットもエンチャントの同時掛けの影響で足が動かなかった。
「左腕一本、だが」
ガーゴイルの魔族相手と考えれば十分過ぎる戦果とも言えた。
「どうした?さっきまでの威勢はどこにいった」
沈黙し、左腕の切断面を見つめているリドリーに剣を向ける。
まさかこのまますんなりと戦況が進むと考えてはいないライアットは動きの機微を見逃さないように注視した。
「――――ヶ」
リドリーの体がぴくりと震える。
「クケケケケケケ―――――ッッ!!!」
突如として笑い出すリドリー。
予想だにしない行動にライアットは剣を引き盾を構えた。
「まいったまいっタ。ここ最近歯ごたえのネェ奴らばかりだったからと考えが甘かっタ」
ギロリとライアットに視線を向けるリドリー。その表情に苦悶も怒りもなく、伺えるのは喜び。
「謝罪するぜライアット。お前に失望させるなとほざいた事。そして感謝するゼ。お前が掃けば潰れる雑魚じゃなク、オレと殺り合える獲物である事ニイィッ!!」
先程までとは比べものにならない殺気がリドリーから放たれる。
「全力を振り絞ってかかってこイッ!それでこそ殺しがいがあるってモンだからなアアッ!!」
強い獲物を狩る。久しく求める条件に敵った獲物と対峙したリドリーは咆哮を上げライアットへと飛び出す。
ライアットは感じる殺気から危機感を更に引き上げた。