73話
ウォレスを出立して数日。エムラカンにたどり着いた康一達はその惨状を目の当たりにする。
「これは……」
目に映る大半の家屋は焼かれ、破壊され、風が吹く度に焦げた臭いと共に粉塵が舞う。
その内で比較的無事だった家屋の中では負傷者の傷の手当てが今も行われていた。
「っ!?すいません!私向かいます!」
その光景を見たリフルは居てもたってもいられなくなり駆け出していく。
「リフルさんっ!?」
「シータ、話しは俺達が聞いておく。お前は――」
「リフルの傍に、でしょ?無理はしないように見ておくわ」
「頼む」
神官として傷ついた人を治療する行為に何ら問題はない。
しかしガーゴイル討伐の戦力の一員といて考えれば出来る限り精神力の消耗は抑えたい。
当初の目的と目の前の人命救助。二つを秤にかけてライアットは迷わず前者を選択した。
「あの!だったらこれを!」
リフルの後を追うシータを呼び止め康一は身に付けていた道具袋を渡した。
「気休めかもしれないけど、少しでも役にたつなら…!」
中に入っているのは傷薬とポーション。勿論戦いに備えて持たされた康一用の物だ。
渡されたシータはライアットに目配せをし、どうするかを尋ねた。それにライアットが答える前に康一が言葉を続ける。
「今回の相手が強敵なのは知っています。でもこれから先の戦いで怪我をした時に使うよりも、今苦しんでいる人に使って欲しいんです」
「一般の人にはポーションは使えないわよ」
「鎧を着た人が横になっているのも見ました。騎士の人ならば使用出来るでしょう?」
もしもの時のポーションすらも自分には要らないと返す康一。
「傷を癒せる道具があるのに後々の自分の為に取っておくなんて僕には出来ません」
これからの戦いの保険と目の前の人を癒す事。この二つを前にして康一は前者を取った。いや、そもそも後者を選択肢に入れる事を拒否したのだ。
「その、ちょっとズルい事を言いますね?」
何だその変な前置き、と首を傾げる二人にとどめを刺すように康一は口を開く。
「ライアットさんにシータさんにリフルさん。こんなに頼りになる皆さんがいるんだから負ける訳ないじゃないですかっ……!!」
言い慣れない事を言おうとしたからか、最後のほうは尻すぼみになっていったが何とか言い切った康一。
二人から反応が返ってこず、やはり調子に乗りすぎた発言だったかとおろおろし始めたその時、堰を切ったように二人は笑いだした。
「えっ、ええっ!?」
突然笑いだした二人に、自分はそんなに変な事を言ったのかと今度はワタワタし始めた康一。
「すまんすまん。まさかお前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったからな」
「ホントホント。この前の休日に何があったんだか」
尚もケラケラ笑うシータに別に話しづらいだが状況的にゆっくりとしている訳にはいかないと康一は答える。
ならそれは後の楽しみにしとくわねとシータは気持ちを切り替えリフルの元へと駆けていった。
「そんなにおかしかったですか?」
「少し驚いただけだ。むしろ嬉しいものだ」
いつも目の前の事に全力で取り組み驕る事など欠片もしない康一が、自分達の力を信頼している発言をしたのだ。
「だが一つ注意しておくことがある」
注意という単語を聞いて体に力が入る康一。
「お前は俺達三人がいるからと言ったが、正しくはお前も含めた四人、だ。頼りにしてるぞ、勇者殿?」
康一が頼りにしてくれてるのと同じ様にこちらも康一を頼りにしているとライアット。
てっきり厳しく言われると思った康一は一瞬キョトンとしたが、直ぐに理解して。
「はいっ!!」
康一の力のこもった返事を受け取ったライアットは満足し、本来の目的を果たすために兵士が駐在している場所へと歩いた。
「ライアット将軍!」
駐在所へとたどり着くと迎えてくれたのはエムラカンで部隊の指揮を担っている兵長。
ここ数日のガーゴイルの襲撃の苛烈さを物語るように体には無数の傷とそれを覆う包帯が痛々しく巻かれていた。
「無理に立たなくていい。座っていろ」
そう言われた兵長はでも、と渋ったがライアットは強引に座らせた。座る時に息を飲む声が漏れたのを聞いた康一は兵長をよく見ると太ももに巻かれた包帯が赤く滲んでいく様子が見えた。
「痛みがあるなか悪いが状況は?」
座って落ち着きを取り戻した兵長はここまでの経緯を話した。
エムラカンから要請を受けて駆けつけた事。相手がガーゴイルであった事。兵士達の住民達に少なくない被害が出た事も。
「……そうか。今までよく耐えてくれた」
被害を出しながらも己が使命を果たした兵長に労いの言葉を掛けるライアット。
しかし兵長はワナワナと拳を握りしめ顔を横に振った。
「違います…。この結果自分達が遂げた結果ではありません……っ」
歯を食い縛り絞り出すように兵長は続けた。
「初めて相対した時から力の差は歴然でした。なのに奴らは自分達をいたぶるように攻撃してきました」
一人一人を見せつけるように嬲り殺していく。手足をもぎ、腸は引きずり出され、事切れた者は炎で焼かれた。
エムラカンに入った時、建物の隅に布を被され置かれていた物を思いだし、今兵長が語った光景が浮かんでしまった康一は猛烈な吐き気に口を押さえた。
「んっ…!ぐぅっ!」
胃から込み上げるソレをなんとか踏み留まらせる康一。目の前の兵長は惨劇を目の当たりにしても戦い抜いたのだ。なのに話しを聞いただけの自分が吐くなどあってはならないと無理やり嚥下した。
それを横目で確認したライアットは兵長が話した内容について考えていた。
「俺達が知りうるガーゴイルの行動とはあまりにも違うな…」
狡猾で残忍。殺戮こそが行動基準の魔物であるはずのガーゴイルが獲物を残して撤退するなど聞いたことは無かった。本能で動く魔物が不適当な行動を取ったということは。
「奴らを率いる魔族の指示か」
欲望の赴くままに動く魔物を従わせられるのは力を持つ上位の存続のみ。そしてそれを行える今回の魔族は一筋縄ではいかないということを再確認することが出来た。
「だとしてもそれをする理由がわからない」
それを行う利点は一体どこにあるのか。魔族の損得勘定なぞ知るよしもないがそれを踏まえた上でも益になりうるモノが想像出来なかった。
思案するライアットの横から、康一は決意に染まった顔で口を開いた。
「確かに理由はわかりませんけど、一刻も早く倒さなくちゃいけないのはわかりますっ!」
いつになく強い言葉を放つ康一。
今までも少なからず被害の現場は見てきた。だがここまで凄惨な光景は初めてだった。その事により沸き上がった怒りが康一の意識を埋めていく。
「――そうだな。確かにお前の言うとおりだ」
理由を探るのは後々の戦闘を考えれば重要なことだ。だが今この場において最優先にすべきはこの惨劇の現況を討つこと。
それに先ほど康一が言った言葉を思い出す。
(頼りになる皆がいるから負けない、か)
ならば敵の思惑など悉くを打ち払ってみせよう。それが自分に出来うる事だと胸を張って。
――だがその前に釘を刺しておかねばと、ライアットは口を開いた。
「決意はいいが頭は冷やせよ?怒りに身を任せたままじゃ危ないからな」
怒りの感情は自身の力を引き出す事に関しては大きな原動力となる。しかしそれに呑まれるようでは視野が狭くなり、戦況を見ることが出来ない危険性を孕む。
特に康一は精神面はまだまだ未熟だ。今回のような怒りの感情をコントロールすることは端から見ても難しいと言わざるをえない。
「その怒りはトドメを刺す時にでもとっておくことだ。それまではいつも通り連携して動くぞ」
完全に捨て去ることが難しいのならば出しどころを決めればいい。その方が中途半端にモヤモヤするよりも良い方向に向かうとライアットは経験則で知っている。
「気負うなよ、一人で戦う訳じゃないんだ。頼ってくれるんだろ?」
その言葉に康一は落ち着きを取り戻す。
そうだ。クーガーさんが言っていたじゃないか。
ライアットさん達は自分が全て背負わなくていいように手を伸ばしてくれている。そしてそれを掴むと自分は言ったはずだ。
「そうですよね。怒っているのは僕だけじゃないんだ」
「その通りだ。先ずは状況をまとめて対策を練るぞ。奴らはいつ襲ってくるか分からんからな。すまんがシータとリフルを呼んできてくれ」
ライアットの言葉に康一ははい!と返し駐在所を飛び出す。
それを見送ったライアットは兵長と現在の状況の把握するために話しを再開した。
限られた時間で出来うる限りの対策を。無駄に出来る余裕はないとライアットは頭を全力で働かせた。
日は沈み辺りが闇に染まる頃。エムラカンの街は至るところで篝火を焚いていて明るい。その街並みを離れた上空から眺める影が一つ。
「クケケケ!おーおー!前に比べて火の数が増えてやがル!やあっと獲物が到着したカ!」
醜悪な笑い声を上げるのはガーゴイルの魔族、リドリー。
リドリーは後方に控えるガーゴイル達を制しながら歓喜に震えている。
「待っていたぜぇこの時をよオォっ!お前達もお預けくらって腹が減っただろウ?それももう終わダ!残らず喰らっちまエ!!」
号令を皮切りに控えたガーゴイル達が一斉に飛翔していく。
「さあさア。噂の勇者は一体どれ程のモンか見せてもらうとするカ」
わざわざこんな下準備をしたのだ、相応の手合いであることを切に望むリドリー。一方的な蹂躙は好きだ。だが今求めているのは殺し殺される闘争。
「クケケケっ!!!」
どうか勇敢にむかってくれる猛者であることを願って。
ただただ殺戮を欲する悪魔が街を惨劇の舞台にすべく向かっていった。




