72話
ローランド王国の外れにある打ち捨てられた古城。
ボロボロに寂れ廃れた外観だが、ひとたび中に入れば少しは整備された光景が広がる。
そんな古城の奥の大広間、そこに人ではない異形の影があった。
「目障りだな」
開口一番吐き捨てるように言ったのは遠目に見ても間近に見ても普通の人と遜色ない似姿をしている男。
しかし口元から除く鋭い牙に、紅く光る瞳が人ではないことを裏付ける。
「一匹や二匹程度やられるのはまぁいい。だがここしばらくの動きは目に余る」
「雑魚がいくらくたばろうト大勢には影響なんざネェだろウ?」
ケケと笑いながら話すのは人に近い体躯をしながらも背中に翼を纏い、おぞましい顔を持ったガーゴイルの魔族であろう存在。
「影響は無くとも人間ごときが図に乗る様は虫酸が走るのだ!」
途端、強烈な殺気がガーゴイルの魔族に放たれるが、当の本人は意にも介さない。
「怖い怖イ。そうカッカするなヨ、ジェレミア。折角土産話を用意してきたんだゼ?」
ジェレミアと呼ばれた魔族は殺気を収めると無言で続きを促した。
「手下を一つの町に向かわせてル。ヒトを全部殺っちまわないようニ加減させてナ。大変だったゼ?なにセ俺達ガーゴイルは自制するってのが嫌いだからヨ」
言葉とは裏腹に嬉々として語るガーゴイルにジェレミアの表情は険しくなる。そんな事はどうでもいいと再び殺気を滲ませて。
「まぁ聞けっテ、その勇者って奴ハ暴れてる魔物ン所に来るんだロ?だから俺自ら下準備をしてんのサ」
町一つを勇者を釣る狩り場として仕上げているとガーゴイルは言った。
「リドリー、お前自ら出向くのか?」
「近頃の獲物は手応えがなくっていけねェ。嬲るのは好きだガそれだけじゃ飽きがくるのサ。お前ハ目障りな勇者ガ消えル、俺ハ楽しみを満喫すル」
互いに利益しかない素晴らしい提案じゃないかと高笑いするリドリーと呼ばれたガーゴイル。
「それよリそっちこソ儀式の方は順調カ?」
そう言って床一面に描かれた魔方陣を指差すリドリー。
「誰に対してモノを言っている。八割方仕上がっている、後は要となる魔王の心臓があれば直ぐにでも取りかかられるというのにっ!」
未だ望む物が手に入っていない現状に苛立ち忌々しく吐き捨てるジェレミア。
「仕方ねえだロ。ちょっと前ニ他の奴らを巻き込んデ仕掛けたガ、結局失敗しテ取り損ねたんだからヨ」
以前ローランド王国に大進行した事を話すリドリー。
「お前ラ吸血鬼ガ魔王復活を企んデ、他の魔物ヲ唆シ扇動した結果だロ?」
ギラリと睨みつけるジェレミアにそれにと続けるリドリー。
「手前ェガ手柄を一人占めしたいのカ知らねえガ、他の魔物にはテキトーな事を吹き込んでおいテ、失敗したのガその他大勢の力不足みたいニ考えるのハ、小物臭くて笑えてくるゼ」
「貴様ァっ……!!」
今日一番の大笑いをするリドリーに抑えの効かなくなったジェレミアは怒りを放つ。
激昂のまま力を解放しようとするジェレミア。このまま戦闘が始まる。そう思われた時、今まで黙っていた一体が口を挟んだ。
「そこまでだリドリー。ジェレミア、お前もだ」
低く落ち着いた声色が響く。コボルトのような似姿をしているが、その体躯は比較にならないほど強靭であり、その顔は獰猛な狼だった。
「過ぎた事は仕方ないし、争っても無意味だ。それよりもこれからの事だろう?」
「流石ガラルド。ワーウルフは落ち着きが違ウ」
言外にジェレミアの事を揶揄うリドリー。
「二度は言わんぞリドリー。それにあの時は俺もお前もいて目的を果たせなかったのを忘れているのか」
「勿論忘れてねぇサ。損害なんか無視して攻めきれば獲ったような戦いヲ、そこの吸血鬼が深手を負ったのを切っ掛けニ、戦線を下げたせいデ落としたあの戦いだろウ?」
嘲笑うリドリー。今直ぐにでも手を出そうとするジェレミアを制するようにガラルドが前に出る。
「そこまで煽ってお前は一体何がしたい?」
「なニ、ジェレミアが勘違いしているようだかラ、確認のためダ。俺達は全員が全員、魔王の復活を目的にしている訳じゃないだろウ?」
二体は黙り続きを促す。
「ジェレミアのように復活を望むのは少数。ガラルドののように縄張りを増やして種族の繁栄を望むのも続いて少数。そして俺達その他大多数は大手を振って人間を襲えるから参加しタ」
多種に渡る魔物それぞれにも優先すべき本能がある。それは知能が高い魔物には顕著に現れる。
「分かるカ?何も全ての魔物が手前ェの目的に付き従ってる訳じゃなイ。ほとんどは都合がいいと便乗しているだけダ。それを一括りに手前ェの駒みたく扱われるのは話しが違うゼ」
「ならばお前はどうしてここにいる?」
「言ったロ?都合がいいっテ。ここじゃ殺りがいのある人間の情報が手に入ル。情報が貰えるんならある程度の対価は支払ウ」
ガーゴイルは律儀なのサとリドリーは続けた。
「だがそこに上下はねェ。あくまでも対等ダ」
ジェレミアは魔王の心臓を手にいれる為の頭数が欲しい。そこには邪魔な人間を狩る戦力も含まれている。
対してリドリーはただただ殺戮がしたい。その中で他の魔物と違うのは対象の人間にある程度の実力を求めていること。
目的の邪魔になる人間の情報を得ているジェレミアにそれを嬉々として求めるリドリー。
互いの利益が一致しているからの今の関係だとリドリーは言った。
「今回の件は手前ェが邪魔だと言った勇者の情報ヲ俺に寄越したから俺達が出向ク、ただそれだけの事ダ」
言い切ったリドリーに対し沈黙を続ける二体。しかし殺気を感じない事を考えるに、こちらの意図は伝わったとリドリーは思った。
「お分かりいただいたようでなによリ。それじゃここいらで行かせてもらうゼ」
踵を返しその場を後にするリドリー。高笑いをしながら飛び去っていくその姿をジェレミアはただ見ていた。
「行ったか」
吐き捨てるようにジェレミアは言った。
「仕留められると思うか?」
相手はまがりなりにも勇者。いくらリドリーでも楽な戦いではないとガラルドは言った。
「さあな、仕留められれば最良。出来なくとも徒党の一人や二人ぐらいは道ずれにでも出来れば及第点」
「それさえ叶わなかったら?」
「偉そうにほざいただけの雑魚の烙印が押されるだけだ」
心底つまらなさそうにジェレミアは言った。
「ヤツの話しなどもういい。それよりもなにか進展はあったのか?」
今はリドリーの事などよりも自身の目的が重要だとジェレミア。
「部下の何体かが怪しげな人間を見たという」
ここ最近聞かなかった新しい情報という事で聞き入るジェレミア。
ワーウルフは高い知能とその身体能力で偵察も行える程に優秀だ。
「ここ数日騎士達が外れの街に向かう姿が見られた」
「数は?」
「十数人程。それが何回か見られた。辺りを回っているにしても、一つの街に集めているように見えなくもない」
なるほど確かに怪しい。
普段大人数で動く騎士共が少数で動くこと事態珍しいのに、それが一ヶ所に集まっているということは何かあると言っているようなものだ。
「どうする?」
「数を集めろ。討ち漏らしがないように確実に仕留める」
仮に何もなかったとしてもそれだけの戦力を削れるならば意味はあるとジェレミアは考えた。
「漸く事態が動き始めた。その主導権は私達が握るっ…!」
屈辱の敗走から十数年。傷は癒えたが心の奥底で燻る憎悪は留まることをしらない。
必ずや魔王の心臓を手にいれ人間共に惨たらしい結末をくれてやる。
状況が徐々にうねりを上げて変化していく。