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ある男の異世界転生記  作者: 只野名無
3.5章
72/118

70話

「康一さん!速く被り直して!」


 隣にいたリフルの声で慌ててフードを被り直す康一。

声を発したリフルも周りに人がいるか見渡した。


「今近くに人はいない。丁度昼時だからな」


 それに答えたのはクーガーだった視線は通りの奥を見ており歩く人影が二三見えるが顔を認識出来る距離にはいなかった。

周囲の状況を確認したクーガーは改めて康一に向き合う。


「悪かった。知らなかったとはいえ同意を得るべきだった」


「いえっ、僕の方こそ何も言い出さなかったのがいけなかったんです」


 双方に謝罪の言葉を交わす。康一は自分の方がと更に頭を下げるが、クーガーも己の非を認めているのでこれ以上は必要ないと打ち切った。


「本題に入ってもいいか?」


 改めて周囲を見渡し、話し声も聞かれる心配が無いことを確認したクーガーは康一達に問いかける。

康一はリフルに話しをしてもいいかと確認をとり、リフルは僅かに考え込むが康一の意思を尊重することにした。それ以外に康一が気に掛ける目の前の男性について興味があるというのもあるが。

何はともあれ了承を得た康一はクーガーはへと向き直いて頷き、準備が出来た事を告げた。


「取り敢えず名乗っておく、クーガーだ。冒険者をやっている」


「桜井康一です。えと、勇者をしています」


「共に行動をしています。神官のリフルです。今は正体を隠すためにいつもと違う風貌ですがどうかご容赦を」


 頭を下げるリフルに事情はもう分かったと謝罪は不要だと言うクーガー。

それでもと続けるリフルにこれ以上はかえって目立つと説明しこの件を終わらす。


「では改めて聞くぞ、俺に何の用がある?」


 真っ直ぐに問い掛ける視線に今度は言い淀む事なく返す為に一拍おいてから口を開いた。


「初めてウォレスから出立した時、街の人達が僕を見てる中、クーガーさんだけその視線が何か違うなって思って。あの、疑わしいと思われるんですけど、僕人の視線にはちょっと敏感っていうか」


 信じられないような顔をしているクーガーになんとか説明しようと言葉を尽くすが明確な証拠は出せず抽象的な言葉になってしまう。


「あの人混みの中で俺個人を見つけたのか?」


 あの大衆の中、互いに顔を知らない状態で僅かな違和感だけで自身を特定した事に驚きを隠せない。


「あっ、はい。なんて言うか、周りの人達が期待してくれてる中、クーガーさんだけその…、申し訳なさそうに見えたんです」


 尻窄みに声は小さくなっていくが視線を逸らさず言いきる康一。対するクーガーは先程の康一が言った人の視線に敏感という話が真実だと体験する事になった。


「――――」


 驚きで声が出ないクーガー。隣にいたリフルも同様に口元を手で覆っている。

二人が驚愕で黙る中、どうしたらいいかとオロオロする康一。両手を宙に迷わせ左右に体を振ること三往復。その空気を終わらせるようにクーガーが口を開いた。


「すまん。あまりに想定外の事で言葉が出なかった」


 想定外という単語にやっぱり信じてはもらえないかと肩を落とす康一。クーガーは顔を横に振りその考えを否定した。

しかしここでクーガーは次に切り出す言葉に迷う事となる。


 どうしてそのような視線を向けたか正直に話せば、神とのやり取りを話さなければならなくなる。

普通ならば途方もない内容だが、今この場においては充分信用足りうる話になるのだ。


 今さら自分に何か出来るとも思っていないクーガーにとって正直に話して目の前の心根の優しい少年に余計な重しになるよう事だけは避けたかった。

 ならばその部分だけ伏せて話せば言いかと当時の事を思い出しながら話し出した。


「勇者が出立すると聞いて見に行った時、お前の姿を見てこんな重責を押し付ける形になった事を悔やんでな」


 嘘は言っていない。言葉に含まれるべき想いを出していないだけで本心であることには違いはない。


「そうなんですか…」


 対する康一は少し釈然としないのか首を傾げる。言った言葉に嘘はないと感じるが、それなら何故クーガーだけ鮮明に意識したのかが理解出来ない。

 しかし考えども答えはでず、根拠もないのに更に踏み込んで聞く図々しさを持ち合わせていない康一はその答えで取り敢えず納得しようと思った。


 その様子を見たクーガーは聡い少年だと改めて思った。人の気持ちを暴こうとするのではなく、汲み取ろうと思うから言葉の真意を探ろうとするのだろう。


「こっちも一つ聞いていいか?」


「あっ、はい。大丈夫です」


「勇者としての重責。お前はどう感じている?」


 選ばれただけの少年に、丸投げした自分が問い掛ける。端から見ればお前が聞くような事ではないと言われるであろう問いをクーガーは投げ掛ける。


「―――とても重い事だと感じてます。だけど、こんな僕でも皆さんの助けになれるなら、それで良いんだと思ってます」


「どうしてそこまで頑張れる?」


「僕はいつも沢山の人に支えられていました。今までは返せるモノが無かったけど今はある。僕がやりたいと願った事が人の助けになるのなら、僕は最後までやりきれる。そう思うんです」


 やりたい事とやるべき事が一致しているからやりきれると迷いのない瞳で康一は言った。


「それに、僕が頑張って誰かが笑えるならそんな嬉しい事はないかなって。――はははっ、ちょっと格好つけてるみたいですね」


 照れ臭そうに笑って頭を掻く康一。


「そうか……」


 その言葉をクーガーは噛み締める。選ばれた少年は自らの意志で今の道を選んだ。それに至る過程をクーガーは知らないが、ここまで言い切るには相応の決意がなければ言えるものではない。


「すごいんだな、お前は」


 康一のような少年が召喚される事を知らなかったとはいえ、手を貸すことを放棄した自分を恥じながらも、立派に勇者として立っている康一に感嘆の声を溢した。


「ええっ!?あの、ありがとうございますっ!?」


 鋭い目付きがふっと優しくなって、その上賛辞の言葉を掛けられるとは思っていなかった康一は驚きながらも頭を下げてお礼を言った。


「あれ、クーガーのやつ誰と話してんだ」


 不意にクーガーの背後から声が聞こえてきた。

康一とリフルが視線を向けると武器屋から出てくる二人の人物が。


「仲間だ」


 その声でクーガーはパーティーメンバーであるソーマだと分かった。どうやらもう終わりの時間が来たらしい。


「最後に一つ。余計な言葉だが聞いてほしい」


 えっ、と此方を向いた康一。


「一人で全てをこなそうと思わない事だ。しょせん一人で出来る事には限りがある」


 思い出すは誰かの為に尽くした兄の姿。誰かに重荷にを負わせる事を嫌った兄は全てを一人で背負いこんでしまい、助けを求める事をしないまま魔物にやられた。


「お前の周りには手を貸してくれる者がいるんだろう?差し出した者達はお前に全てを背負わせたくないから伸ばしている。誰かの為にと思っているなら、その手は掴むべきなんだ」


 助言であるはずなのに、どこか懇願するような表情で話すクーガーに康一は何も言えなかった。


「誰も彼も手を貸してくれる訳じゃない。そんな中でもお前には指し伸ばされている手が無数にあり、掴める場所にお前自身がいる」


 今の状況は恵まれているんだと、どうかそれを知ってくれとクーガーは言った。


「―――長くなったな。取り敢えずここは俺に合わせてくれ」


 そう言うとクーガーは通りの向こうを指差す。


「目的の店はこの先だ。大通りにあるから行けば分かる」


 クーガーはこの場面を道を尋ねた二人に案内をしているという事にした。

リフルも康一も直ぐに理解して頭を下げて指差した方向に歩いていった。


「あらら、行っちゃった。誰よさっきの二人は」


「知り合いにしてはよそよそしい感じよね」


 クーガーの元へとやって来たソーマとリフルは先の二人について尋ねる。

普段、愛想の悪いクーガーが見ず知らずの相手と話すなんぞめったに無いことなので興味はひとしおだ。


「ここ最近ウォレスへ来たらしい。目当ての店がどこか分からず歩き回ってたらしくてな。店先で突っ立ってた俺に聞いてきたんだ」


「それで教えた、と。珍しい事もあるもんだ。教えたお前さんも、聞いたその二人も」


「道を尋ねるには少々難易度が高いものね」


 暗にクーガーの鋭い人相を茶化しているが、当の本人は何ら反応を示さない。

万が一にもやり過ぎたか?と勘ぐる二人に対してクーガーは今も黙ったまま。


「えとクーガーさん?黙ったままでどうしました?そろそろ反応があると助かるんですけどねぇ」


 もしもーし、と肩を叩くと漸く反応を示したクーガー。


「悪い。少し考え事をな」


「考え事ってさっきの二人?何か思うところでもあったの?」


「少しな」


 いつもは聞かれれば返すクーガーにしては何と歯切れの悪い返事。

二人の茶化しにも反応はしてくれないし相当珍しいとまじまじと見つめるルセア。


「それって話しにくいこと?」


 興味はあるが無作法に踏み込むのは気が引けると確認の一言を掛ける。


「対した事じゃない。ただ、あまりにも個人的な考え事なんだ」


 それはソーマとルセアに言いづらいのではなく、クーガー自ら口に出すのを躊躇っているという事。

僅かだが明確な違いがあるニュアンスを察したルセア。


「ふーん。そう、ならこの話しはこれで終わりね」


 あっさりと退いたルセアにソーマはもう終わりか?と目配せをする。


「気にはなるけどずけずけと無神経に聞くような野蛮さは私達は持ち合わせてはいないもの」


 私()、それはつまりソーマの事も含まれている。それを無視すればソーマだけではなくルセアも無神経な野蛮なヤツと証明することになる。


「左様でございますねぇ」


 証明する事も嫌だが、万が一やらかした場合に機嫌が悪くなったルセアの事を考えるとここいらが退き時と納得したソーマだった。


 問答が終わり、用があると離れたコーラルを待つ三人。ソーマとルセアの今日の成果の話しに耳を傾けつつも、康一の事が頭にこびりついて離れないクーガーだった。








 クーガーと別れた後も色々と街を巡り、城への帰路へと就いた。空は茜色に染まり朝早く見た光景とはまた違った景色を見せている。


「今日は本当にありがとうございました。こんなにゆっくり街を見て回るなんて初めてで楽しかったです」


 屈託のない笑顔でリフルに礼を言う康一。

この世界に来て戦いに赴く日々の中で味わう揺るかな日常。たった一日とはいえ心穏やかに過ごしたこの時間を忘れる事はないだろう。それほどまでに康一の心に深く刻み込まれる一日だった。


「楽しんでいただけて何よりです。ですがこれで終わりという事ではないんですよ?」


 リフルの言葉にまだ何かあるのかと首を傾げる康一。最早街よりも城に着く方が早いこの場所で何かあるのか、それとも城で何かあるのかと頭を捻っている。


「ふふ。この後に何かあるわけではないんですよ?」


 その姿が可愛らしかったのかリフルは微笑み、その予想は違うと答えた。


「今日の予定は確かに終わりですが、魔族との戦いが終わりを迎えた後にまた巡りましょうという事です」


 何も今日一日だけが憩いの日ではない。まだ半ばの戦いだが、これが終われば何のしがらみなく各地を回ることが出来るとリフルは言った。


「戦いが終わったら……」


 勇者として喚ばれ魔族討伐こそが至上命題だと考えている康一にとって戦いの後など考えた事もなかった。


「そうですよね…。魔族を倒したらおしまいって訳じゃないんですもんね」


 そう、自分が今いるのは漫画やゲームの世界と酷似してるが現実なのだ。魔族を倒したからってエンドローグが流れる事なんてない。倒した後も日常が続いていくのだ。


「ええそうです。皆その明るい日常を目指しています。そしてその日常には康一さん、貴方もいるんですよ」


 それはどこか自分の命に向こう見ずな康一に対しての心配の言葉。

使命に尽くす姿は頼もしい。だけど己が命を軽く見るのは、康一を守るべく遣わされたリフルには許容し難いものだった。


 ライアットからも頼れと言われてもどこか遠慮がちな康一に、より深く届くように言葉を続ける。


「先程お会いしたクーガーさんも言ってらした通り、私達は貴方一人に背負わしたくないと思っています。勇者という役目を負わせてしまった康一さんに本来言える立場では無いことは承知しておりますが。これが私の本意なのです」


 クーガーの言葉を聞いて、あの表情を見て康一は確かに何か感じ入るものがあったはず。

自分達の言葉ではそこまで響かせる事が出来なかった事を力不足と感じつつ、この機会を生かさねばと言葉を重ねる。


「少しでも良いのです。どうか手を掴んではくれませんか?誰かと手を繋ぐのは弱さではなく強さだと私は思っています」


 右手を伸ばして言葉を掛ける。届くように、繋げるように。


「――――」


 差し出された手を見つめる康一。

この世界に来るまで沢山の人に助けられ、召喚されてからも数多の人達に支えられている。だからこそ出来うる限り己の力で事を成すのが恩を返す術だと康一は考えている。


 だけどクーガーの言葉が頭を駆け巡る。

今の自分の状況は恵まれているんだと。まるでそうではない状況を見てきたかのような迫力。

それが何度も過る度に思う。自分の力で成し遂げたいと驕り他者の手を振り払うのは良くない事ではないのかと。


 ついさっき初めて会話を交わした人物の言葉がどうしてここまで気になるのかは知らない。

だけど今この瞬間に自分は分岐点に立っていると康一は感じた。


「―――」


 差し出された右手をじっと見つめ、ついに意を決した康一。


 ゆっくりと右手を伸ばしリフルの右手を掴んだ。柔らかく暖かな手をキュッと握る。自分の意志を示すように。


「僕は未だに頼りない勇者です。皆さんからもっと頼れと手を差し伸べてもらっていたのに、今の今までそれを掴む決心が付きませんでした」


 それでも、と康一は続ける。


「今さらですが、どうか力を貸していただけないでしょうか?」


 差し伸ばされた右手を掴み、言葉を紡ぐ。繋ぐように結ぶように。


「―――はい。喜んで」


 返された言葉は心に届き、握り返された掌から暖かな気持ちが流れ込む。

今この瞬間、康一とリフルは真に手を取り合うことが出来たのだ。


 沈みゆく夕日が二人の間に掛かった、固く結ばれた両の手を優しく照らしていた。 

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