35話
ウォレス城内の訓練場。そこで一人の少年が剣を振るっていた。
一回、二回と動作を一つ一つ丁寧に確認しながら、額から流れる汗そのままに一心不乱に振り続ける。
それが更に一時間程続いたころ、一人の男が少年へ声をかけた。
「まだ続けていたのか、もうそろそろ時間になる。ここらで切り上げて準備をするぞ康一」
「あっ、ライアットさん。すいません直ぐに準備します」
康一と呼ばれた少年は、自分を迎えに来た男――ライアットに連れられ城内へと戻っていく。
「いよいよだな。緊張しているか?」
「……はい。ここに来てからライアットさんや他の皆さんにいろいろ鍛えてもらいましたがそれでもやっぱり緊張します」
不安を口に出しながらも折れぬように拳を力強く握り歩く。
思い返すはこの世界に召喚されてからの出来事。勇者として呼ばれたはいいがあまりにも自分は未熟だった。そこからは大変だった。戦い方なんて勿論、剣の握り方すら知らなかった康一は戦いの基礎の基礎から学び、ライアットを筆頭にウォレス城の兵士相手に実践訓練の日々。少しずつ実力はついていった。しかし圧倒的に時間が足りない。こうして訓練をしている間も犠牲になる人々がいる。折角人々が取り戻した少しもの希望を無くさぬ為にも、多大な不安を抱えながらも城の者達は康一を魔物討伐へと向かわせることを決めたのだ。
(こんな子供に託さねばならないとは…)
その姿を見てライアットは歯を食い縛る。
それは康一が頼りないという意味ではく、康一に託さねばならないほどに不甲斐ない自分たちに対しての苛立ちからきたものだった。同年代の子らと比べ少し小さい体躯、そんな少年の両肩に国の未来が懸かっているという事実。
(魔物は倒す。そして康一も必ず守りきる)
ローランド王国一の戦士と称されるライアットはこれから先の厳しい戦いにおいて自身に誓いを立てた。
城内を歩き玉座がある広間の前へとたどり着く。巨大な扉の前には衛兵が両脇を固めており、二人の到着を確認すると口を開いた。
「お待ちしておりました。既に皆様は中におられます」
そう言って衛兵は扉を開ける。康一はゴクリと息を飲み込んでから一歩を踏み出した。
広間では玉座に座る現ローランド国王のリオンが、周りには騎士団の将軍等が控え、この国の主要人物達が集まっていた。
「―――っ」
入った瞬間に自分に向けられる視線に一瞬詰まりながらも国王の前へと進む康一。
そして国王の前で膝を着き頭を下げる。
「来たか顔を上げよ」
言葉に従い顔を上げ、国王の姿を見る。
自分と年はそう変わらず、背丈は平均的な身長よりも小さい自分より更に小さく、ぷよっ、とまん丸な体つきをした―――ローランド王国現国王、リオンへと視線を合わせる。
「康一よ、お前を呼んだのは他でもない。魔物討伐の任を与えるために呼んだのだ」
そして正式に告げられる魔物討伐の任。無意識の内に体に力が入る。未だに実戦をしたこともない自分に本当に出来るのかという不安が襲う。
「分かっています。そのために皆さんに鍛えてもらったのですから」
まだ実力が足りないのは自分自身が一番理解している。
―――でも自分はこの世界の人々を助けるために呼ばれ、また自分もそうすることを望んだのだから。
「だから……、必ず、必ずやり遂げて見せます」
大きな声ではなくとも、はっきりとしっかりとこの場にいる者達に宣言する。
「そうか。ではお前と共に向かう者も既に呼んである。ライアット、そしてその者達と協力し、魔物の驚異を取り除いてくれ」
「はい。―――必ず」
そして、ライアットと共に広間を後にする。向かうのはこれから共に戦う残りの仲間の元へと。
「あの、ライアットさん。残りの人達ってどんな人なんですか?」
「俺達と共にいくのはあと二人。魔法を得意とするヤツと、ミトス教会から神官が一人同行することになっている。神官のほうはともかくもう一人は俺もよく知っている。不安がる事はない」
神官と魔法使い。自分とライアットが前衛を務めるのでこの二人が加わればバランスのとれたパーティーになるだろう。
その二人と上手くやれるかな、と広間の時とはまた違う緊張をしながら歩いていく。
「着いたぞ。これから共に行動するというのに今からそんなに固くなってどうする」
「そ、そんな事言われても…、僕基本的に人見知りでして…、漸くお城の人と少しは話せるようになったのに」
「さっき王の前で立派に宣誓をしただろうに。ほらこれ以上待たせる訳にもいかん。さっさと覚悟を決めろよ」
「あっ、ちょっと!ライアットさんっ!」
康一の抵抗も空しくライアットは扉を開く。
中には二人の女性が座っており、ライアット達が入って来たのに気付くと立ち上がりこちらを迎えた。
「遅かったじゃない、ライアット。こっちはもう準備は出来ているわよ」
そう言ったのは康一と同年代と思われる少女。少女はライアットにそう言うと後ろにいた康一へと歩みより手を差し出す。
「私はシータ。ローランド王国に仕えている将軍の一人サウスの娘。魔法には少しばかり自信があるわ。よろしくね、康一」
「あ、うん、宜しく。シータちゃん」
良かった、思ったよりもすんなり仲良くなれそうな子だと康一は安堵しながら差し出された手を握る。
「あはは、一応言っておくけど、私あなたより年上だから」
「―――えっ?」
康一はポカンとしてシータを見る。背丈は自分とそう変わらないからてっきり同年代だと思った康一は握手した手を離し頭を下げた。
「あー、良いわよ別に。だいたい初対面の人はそんな感じに驚くから。それにこれから一緒に行動するんだからそんなに畏まらなくてもいいわよ。ただちゃん付けは止めてくれると嬉しいかな」
カラカラと笑うシータに康一はそれでもすこし申し訳なさそうに改めて、「宜しくお願いしますシータさん」と言った。
シータと挨拶を交わすともう一人の女性が康一へと近づく。
「(えっと、この人は僕より年上だよ、ね?)桜井康一です。宜しくお願いします」
おずおずしながらも自己紹介をし手を差し出す。
「私はミトス教会より遣わされました、リフルです。こちらこそどうか宜しくお願いいたしますね、康一さん」
柔らかな笑みをこぼしリフルは康一の手を握る。
今度は大丈夫そうだと、胸をほっと撫で下ろした康一は改めて全員の顔を見る。
ローランド王国一の騎士と謳われるライアット。
王国の将軍の一人娘のシータ。
ミトス教会の神官、リフル。
そして康一を含めた計四人。いくら力ある者達といえども困難な道のりには違いない。
(絶対にやり遂げるんだ…。そのために僕は喚ばれたのだから…っ!)
けどそんなことなどは関係ない。魔物の脅威を無くすために尽くすだけだと、康一は更に強く決意をした。