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作戦会議

 長く降り続いた雪が弱まり、春の訪れが近づく。

 それと同時に、デスティナとリーフの出発日が近づいていた。


 暖炉で爆ぜる薪の音が、やけに大きく聞こえる室内。

 アンドロス、ジュアン、リーフ、デスティナの四人は、無言でテーブルの上に広げられる地図を見つめていた。

 村や街、街道が詳細に記されたそれは、ジュアンの手書き。

 百年を生きる魔物であるジュアンは、その頭の中に大陸の地図を丸ごと収めており、どこでも軍議が開けるほどの知識を有する。

 人間との戦いのために習得した知識ではあるが、今、それは同胞である魔物を助けるために使われていた。


「リーフさんの話によれば、フォレストドラゴンを連れ去った魔導士の隠れ家は、ここにあります」


 ジュアンが指で示すのは、地図の中央――本来であれば何も無い、岩ばかりの山岳地帯。

 しかし、リーフの話によれば、その誰も近づかない辺境にこそ魔導士の隠れ家があるという。

 地形と魔術を巧みに使い、その存在を偽装した、山に匹敵するほどの高さの塔があるらしい。


「まず、リーフさんと姫様が明日出発します。私とアンドロスさんはきっかり一日、間を空けて後を追います。それだけ間隔をあければ監視の目にも引っかからないですし、万が一何かあっても、駆けつけることの出来る距離です」


 魔導士の監視を避けるため、アンドロスとジュアンは少し遅れて出発する段取りだった。

 リーフがデスティナを連れ魔導士の元へ帰り、敵が浮足立ったところで、アンドロスとジュアンが攻め込む作戦である。

 ジュアンの話を聞き、リーフが言葉を続ける。

 

「魔導士のもとには、ほとんど護衛はいません。取り巻きは、魔導士が作り出したリビングナイトが数体居る程度です。今、ここにいる方々には、問題がない敵ばかりですが」


 リーフが緑の瞳でアンドロスとジュアンを見る。

 魔導士は極秘の研究をたった一人で行っており、その周りに人間の姿は無い。

 代わりに、魔導士が魔力で操る無機物兵器――独りでに動く甲冑、リビングナイトを使役。

 またアンドロス達が戦った、意識を操られる魔物も複数体保有しており、魔導士の身の回りには最小限の護衛しかいないらしい。


「敵も問題ですが、そこに行くまでも大変ですよ」

 

 話題を変えるように、ジュアンは再び地図を指さし、日程を説明。

 歩きで半日、最寄りの街へ出る。

 そこから馬車を乗り継ぎ、四日を費やし大陸の中心――王都の手前に向かう。

 問題はそこから。

 魔導士の隠れ家は、人気の無い山のふもと。歩きで二日をかけ、魔導士の塔に向かうという。

 約一週間、移動だけの日々が続くことになる。


「長旅だな。そこまで移動だけに時間を費やすのは、初めてだ」


 デスティナは小さな鼻から「ふむ」と息を吐き出しながら、その黄色い瞳を細める。

 シームルグの巨大卵を抱きしめる細腕。それが少しだけ震えているように見えた。


「ティナ、止めるな今ですよ」

「いいや、止めない。もう決めたことだ。リーフの仲間を助けるぞ」


 アンドロスに聞かれるが、デスティナはすぐに首を横に振るう。

 彼女の中では、恐怖の感情よりも仲間を助ける使命感が勝っている様子。

 それは頼もしくもあり、少しだけ心配な要素でもあるとアンドロスは苦笑い。


「姫様……本当にありがとうございます、リーフは嬉しくて涙が出てきます」

 目頭を押さえ、頭を下げるリーフ。

 デスティナは「気にするな」と言いながら、リーフの頭をよしよしと撫でる。

 

「いいかリーフ、とにかくティナを守れ。俺が行くまで、魔導士には指一本、触れさせるな」

「もちろんです、アンドロス殿」


 この一週間、アンドロスはリーフに特訓をつけてきた。

 短期間でありながら、リーフは着実に成長。その戦闘センスはなかなかのもの。

 最初は無暗に突撃する力任せの行動が目立ったが、今はアンドロスの不意の一撃をいなせるまでに槍術も向上。

 こうした複雑な出会い方をしていなければ、しっかりと訓練を施してやりたい逸材である。

 

「とにかく、私達はすぐに追いつく予定ですので、リーフさんはそれまで、姫様に危険が及ばないよう配慮して下さい」

「分かりました、お任せください」


 リーフは言うと、その豊かな胸を叩いてジュアンに返答。

 それに頷いたところで、ジュアンからの説明は終わり。

 

 作戦会議と称しても、話すことはそれほど多くない。

 実際に戦う相手の情報がほとんどないし、そもそもリーフの言葉がすべて正しい保証も無い。

 結局は、出たとこ勝負の無謀な作戦である。

 しかし、不思議と面々に不安はない。

 アンドロスという魔物にとって最大の戦力が、作戦の成功率を大きく引きあげている。

 何より、その存在自体が頼もしかったから。


「そうだ、皆さんにこれをお渡しします」


 言って、ジュアンは三人に革紐にタリスマンがくくられた、首から下げるアクセサリーを渡す。

 森の民であり、着飾る文化を持たないリーフは、大きな瞳を輝かせてタリスマンを見つめる。

 

「綺麗ですね、これ――何ですか?」

「お守りみたいなものです。これから戦うことになるであろう、人間の魔導士――その最大の脅威は魔物を錯乱させる謎の力です」


 ジュアンの言葉に、一同が言葉を飲む。

 魔物が魔物を襲う事件。

 ジュアンはそれが、件の魔導士の仕業であると考えていた。

 リーフの話や、一緒に現れた自我の無い魔物達――その存在から、魔導士が無関係とは考えられないから。


「シームルグ殿や、先に戦った魔物達の状態から判断し、魔導士の扱う洗脳術は薬剤によるものと考えました――そのタリスマンには身に着ける者を様々な薬害から守る加護が施してあります」


 呪文や病に強い耐性を持つ魔物すら操る、謎の力。

 消去法で考えると、それは魔力による状態異常ではなく、未知の新薬による影響であると判断。

 タリスマンは、弱い結界を張り、未知の物質を防ぐ効果を持っていた。

 ジュアンの説明を聞き、リーフはさっそく、その首にタリスマンをかける。


「なるほど、これで、私達が操られることは無いという訳ですね」

「まぁ、私の予想が正しければですけれど。あまり期待しないで、気休め程度に持っていて下さい」


 ジュアンは眉を下げ、自信なさげに言う。

 しかし、小さなアクセサリーでも知恵者のジュアンが用意した代物。その効果を疑う者は、この場にはいない。

 ジュアンの話が終わったところで、アンドロスが低い声で三人に言う。


「最後に、俺から言っておく」


 静かな声に、一同の視線が集まる。

 テーブルの上に置いたランプの炎が、アンドロスの浅黒い肌と、青い瞳を浮かび上がらせた。


「俺達の役目はティナを守ることだ――だが、俺はジュアンとリーフのことも、同じくらい大切な仲間だと思っている」


 急にそんなことを言われ、ジュアンとリーフが驚いたように目を丸くする。

 不意をつかれた二人に構わず、アンドロスは言葉をつづけた。


「危険だと思ったら、俺にすべて任せて下がれ。面倒なことは、俺が全部片づける」


 アンドロスの言葉。それに、ジュアンとリーフ、デスティナが頷く。

 悪魔のくせに、澄んでいて美しい青い目。それが、三人を順にみる。

 アンドロスの瞳。そこに浮かべる輝きは本物。

 まるで父親であり、兄であり――大切な家族を守る決意がはっきりと浮かんでいた。

  

 魔王が討たれた後の世界。

 そこで、また人と魔物が戦おうとしている。

 アンドロスはその事実に疲れたように息をつきながらも、身体の奥で騒ぐ野獣の血を必死に押さえつけていた。

 もう二度と、大切な仲間を失うつもりは無いと、その瞳は静かに語っていた。

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