姫様とリーフの夜
馬車移動が終わり、翌日からいよいよ、険しい歩き旅が始まる。
現在、デスティナとリーフが居るのは大陸の中央付近。季節はまだ冬の最中である。
山歩きを前にして、二人は山道にほど近い小さな村の宿で一夜を過ごすことに。
寒村の宿屋であるため、食事も貧相だし、部屋も薄汚れたベッドが二つとテーブルが一つ置かれているだけ。
ランプの灯りも心もとなく、とても魔王の娘が泊まるような宿ではない。
しかし、小屋暮らしになれてしまったデスティナにしてみれば、それも全く苦にはならなかった。
「姫様、寒くはありませんか?」
ランプの灯りだけが照らす室内。
窓の外にちらつく雪を見つめながら、リーフがデスティナに声をかける。
麻のシャツとパンツ姿のリーフは、お尻から伸びる尻尾をゆらゆらと揺らし、心配そうに隣のベッドを見た。
「ありがとうリーフ、少し疲れがたまっているみたいだ」
夕食を済ませるなり、ベッドにもぐりこんだデスティナ。
慣れない長旅から、その小さな体には疲れがたまっているらしく、眠たそうな声が返ってくる。
疲れながらも、その腕にはしっかりとシームルグの巨大卵が抱きしめられていた。
外気は冷たく、ベッドに入っていても冬の寒さがその身を襲う。
デスティナは小さく震えながら、気丈な笑みでリーフを見る。
リーフは金色の頭髪を頭の後ろでまとめると、デスティナのベッドにもぐりこんで、その身体に腕を回す。
狭いベッドの上で、リーフがデスティナを優しく抱きしめた。
「どうですか、少しは暖かくなりましたか?」
「うん、リーフの身体はぽかぽかしているな」
「私、一応ドラゴンなので、体温は高いんですよ」
豊かな胸の谷間に顔を埋めるようにして、デスティナがリーフの体温を感じる。
リーフも優しくデスティナの華奢な体を抱き、冷え切った体を温めてやる。
「姫様は頑張り屋さんですけれど、無理はしないで下さいね。困ったことが有ったら、すぐに私に言ってください」
「そうだな、強がりを言うのは止めよう」
ベッドの中でくっつきながら、二人はぽつぽつと言葉を交わす。
寝る前の会話は、この数日の間で定着した二人の楽しみになっていた。
「リーフは、何時になったら巨大な竜になるんだ?」
「そうですね、ドラゴンの成体になるまでは二百年はかかると言われています……私はまだ二十年くらいしか生きていませんし、まだまだ大きくなるのは先ですね」
顎に手を当て、首をひねるリーフ。
自分の年齢も正確に把握していない様子だが、長寿のドラゴンである、それでも別に気にならないのだろう。
「私も大きくなりたいな……ドラゴン級とは言わないが、せめてリーフと同じくらいになりたい」
「なれますよ、きっと。聡明で、美人で、優しいお方に」
「そこまで言われると、なんだか照れるな――ありがとう、リーフ」
照れるように笑いながら、デスティナは深く目をつむる。
程なくして、小さな姫は胸に巨大卵を抱きしめたまま、小さく寝息をたてはじめた。
リーフの暖かな体温が、デスティナを冬の寒さから守っていた。
眠る魔王の娘。その横顔を見ながら、リーフは微笑む。
「姫様、お礼を言うのはリーフの方ですよ」
デスティナの顔にかかる赤髪を指で整え、リーフが柔らかな笑みを浮かべる。
「敵だった私を許してくれて、その身を危険にさらしてまで同族を思って下さる……貴方は魔王様と同じくらい、気高く優しい方です」
言いながら、デスティナの身体を、もう少しだけ強く抱きしめる。
その小さな体は愛おしく、アンドロスやジュアンが命懸けで彼女を守る理由が分かった。
リーフも目を閉じると、眠りはすぐに訪れた。
戦いを前にしてるというのに、それは安らかな眠り。
今のリーフには仲間がいる――その事実が、彼女から恐怖を取り払っていた。




