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第九話:本心

 もしあの時俺が気づいてやれていれば。

 あの時こうしていれば。

 もうやり直せないと分かっていても、それを望んでしまうのは仕方のないことなのだろうか。それとも俺が弱いだけなのだろうか。

 彼女の苦しみを俺たちが知ったのは、今から一時間前のことだった。


 ~一時間前~


 四時間目が終わり、ついに待ちわびた昼食の時間になった。

 腹の音を鳴らした俺が急いで購買に行こうと前屈をしていると、後ろから真一が話しかけてきた。

「なんだ、純。これから購買行くのか? 僕も一緒に行くよ」

 真一はそう言うと、俺の了承も聞かず廊下に向かって歩いていく。このまま放っておいて真一の反応を見るのも面白いとも思ったが、空腹感に勝てず真一の後に続くことにした。

 しばらく二人で、部活についての話しをしたり、真一のボケに俺がツッコんだりして一階への階段を下りていると、急に目の前の廊下を、見慣れた女子が泣きながら走りぬけていく。俺が驚いて固まっていると、

「なにしてるんだ純! 早く追っかけるぞ」

 真一が鬼気迫った顔で叫ぶ。それを見て俺は我に返り、智香の走って行った方向に走り出す。しばらく走っていると、前を走っていた真一が、女子トイレから出てきた女子にぶつかりそうになった。

「きゃ!」

 真一がなんとか踏ん張って耐えた為、女子生徒にぶつからずに済んだ。落ち着いて見てみると、その女子は明梨だった。明梨は俺たちだと気付くと、怒りを露わにしながら詰め寄ってくる。

「何すんのよ! 危ないじゃな――」

「それどころじゃないんだよ!」

 真一はそう叫ぶと、また走り出す。明梨は真一の気迫に圧倒されて黙り込んでしまったが、俺が「智香が泣いていたんだ!」と言いながら走り出すと、心配そうな形相で後ろについてきた。

 俺たちは必死に智香を追いかけたが、普段と全く違う智香の本気の走りにだんだんと引き離され、ついに見失ってしまった。

「はぁはぁ、く、くそ。どこへ行ったんだ」

 真一が息切れしながら悔しそうに呟く。かくいう俺も、正直体力の限界だった。まさか智香が本気になるとあんなに速いなんて。とにかく、なんとかして早くあいつを見つけないとやばい。さっきの智香の様子から俺はそう感じた。

 切れた息を整えるために深呼吸をしていると、ふと中庭のほうに見慣れたおさげが見えた気がした。俺がもしかしてと思って中庭の木の陰に走っていくと、そこには智香が虚ろな目で涙を垂れ流しながら座り込んでいた。

 その様子は、俺が今まで生きてきた十六年のなかで一番心が苦しく、息をしづらくなるほど胸を締め付けられる光景だった。

「と、智香?」

 俺が恐る恐る話しかけると、智香は俺のほうを向かず、ただ小さく「ごめんなさい」と呟いた。

「なにがあった」

 真一が真面目な声で智香に聞く。すると、智香は自らの教室のほうを指差した。それを見た真一は「ここはお前に任せる」と言うと、智香の指差した方向に走っていく。明梨は真一と俺を交互に見て、俺が頷くのを見ると、「智ちゃんをお願い!」といって、真一を追いかけて走って行った。俺も智香をこんなにした現場を見ておきたかったが、それよりも智香のそばにいてやりたかったのと、あの二人が何のために俺をここに残したのかを考えて智香に話しかける。

「智香」

 俺が名前を呼ぶと、さっきとは違い俺の顔を見てきたが、目は変わらず虚ろなままだった。俺はそんな智香を見て、話しかけたら壊れてしまいそうな錯覚を抱いたが、このままでは結局何も変わらないことも分かっていたため、躊躇いながらも智香に話しかける。

「智香。何があったんだ? ゆっくりでいいから教えてくれないか」

 俺が極力優しく話しかけると、智香はしばらく俺の顔をじっと見た後、ゆっくり話し始めた。

「絵が……私の絵が――破かれたんです」

 抑揚のない声が俺の耳に届く。


 ~現在~〈真一&明梨〉


 僕たちは他の人にぶつかるのも構わないほどのスピードで廊下を走る。途中、先生の怒鳴り声が聞こえた気がしたが、そんなことを気にしている余裕は、その時の僕にはなかった。それほどに、僕の中では腸が煮えくりかえりそうな怒りが湧き上がっていたからだ。

 それは勿論、智香を傷つけた奴らに対してというのもあるが、何よりこんなことになるまで智香の周りの環境に気が付かなかった僕自身に対してでもある。

「真一。……大丈夫?」

 横を走っていた明梨が心配そうに話しかけてきた。どうやら感情が顔にでていたらしい。

 明梨にまで心配かけてしまうなんて僕は駄目だな。

 なんとか笑みを作って明梨に「大丈夫だよ」と告げる。明梨はそれで安心したのか黙って走る。智香の教室が見えてきた。僕は立ち止まり、乱れた息を整え教室に入る。

 教室の中、特に智香の席の周りが騒がしかった。その様子を見て、僕はここで智香をあんな状態にした出来事があったのだと確信した。その途端、智香を傷つけた奴を探し出して殴ってやりたい衝動に駆られたが、それをなんとかのみこんで、僕は智香の席に向かって歩き出した。

「こんにちは」

 僕がにこやかに挨拶をすると、智香の席の周りにいた女子たちは「誰だこいつ?」とでも言いたげな目で僕のことを見てきた。しかし、僕は気にせず話を続ける。

「一つ聞きたいんだけど、このクラスの水無月智香がどこにいるか知らない?」

 僕が笑顔を崩さず質問すると、質問された女子と、その周りにいた複数の取り巻きが笑いだした。僕が呆然とその光景を見ていると、明梨が、

「なんで笑うの? 特に笑うところなんて無かったと思うんだけど」

 と、怒気をはらんだ声で聞いた。すると一人の女子がクスクス笑いながら

「なんで私たちがあいつの行き先なんて知らなきゃいけないのよ。あの程度のことで、メソメソ泣きだしてどっかに行ってしまうような泣き虫の行き先なんて、私たちが知るわけがないでしょ」

 と、馬鹿にした顔で言ってきた。それを聞いた明梨の表情がより険しいものになる。

「なに、その言い方! あたしは何があったか知らないけど友だちが傷ついているんだから、気にするのが普通なんじゃないの?」

 明梨は怒りで顔を真っ赤にしながら叫ぶが、それを聞いた女子たちが一瞬真顔になると、プッと笑いだす。

「あははははは、え、なに? 私たちがあいつの友達? そんなわけないじゃん。どう話が転がったら、あんな奴の友達になるっていうの? あいつは見た目と頭だけはいいけど、話すとすぐどもるし、ほとんどまともに話せないオタク女じゃん。なんでそんな奴のことを気にかけなくちゃいけないんだっての。なんのメリットもないでしょうが。あんまり笑わせるなって」

 女たちは、僕には到底理解できないことを言うと、腹を抱えて笑っている。

 何を言っているんだ? こいつらは。

 つまりこいつらは、自分たちと違う存在は、認めず、平気で傷つけ、疎外して当然であり、そういった存在とはメリット無しでは付き合う必要なんてないと、そう考えているというのか。

 なんだよ。なんなんだよ、それ。あまりに勝手で、歪んだ考え方じゃないか。

 あぁ、駄目だ。僕はこれ以上こいつらと話していたくない。自分の考えが一番正しくて正義だと思っているような奴が、僕は一番嫌いなんだ。そんなことを考えていると、違う女子が、

「それで、あなたたちは一体あいつのなんなんですかぁ? もしかして友だちとか」

 と、質問してきた。僕はもう話したくなかったため黙り込んでいると、明梨が僕の代わりに「そうよ」と答えてくれた。それを聞いた女子たちがまた笑い出す。そして僕が今まで聞いたことのない侮蔑の言葉を吐いた。

「あんな気持ち悪い奴に友だちなんていたんだ。本当に笑えるわ~♪」

 さっきまで晴れていた空に段々と雲がかかってくる。明梨はどうやらあまりの怒りで言葉を失っているようだった。僕は初めて、心底これ以上この人物と話したくないと思った。

 明梨の手を引っ張って教室の出口に向かう。明梨は一瞬僕に何か言おうとしたが、僕の顔を見るや否や黙り込んだ。すると、去ろうとしている僕の背中に例の女子が話しかけてくる。

「水無月に手を出しておいて、その女の人にも手を出すんですね。あぁ、可哀想な水無月。唯一の味方が節操なしなんて。つくづくあいつも――馬鹿な女だよなぁ!」

 今まで我慢していたものが、何かが切れる音とともに溢れてくる。後ろで聞こえる女子たちの声が気持ち悪い。そう、気持ち悪いんだ。

 なんだあれは? どうしてここまで人を傷つけられる。どうしてここまで平気で人を貶められるんだ。窓の外から雨の音が聞こえてくる。

「お前ら、狂ってるな」

 僕は気が付いたら口を動かしていた。

 もう我慢できなかった。

 これ以上こんな狂った奴らに僕の大切な『戦友』を汚されたくない。僕が言ったことが癇に触ったのか、女子たちが怒りの表情を浮かべる。

「あぁ? なんだって?」

「お前らは狂ってるって言ったんだ。なにが気持ち悪いだ。何が馬鹿な女だよ。あいつは必死に自分の傷と戦ってるんだ。変わろうと、強くなろうとしているんだよ。そんなあいつが気持ち悪いか? そんなあいつが馬鹿な女かよ? そんなことも分からないお前たちのほうがよっぽど馬鹿で、可哀想だよ。お前たちがどんなに馬鹿で愚かでもいいさ。だがな――」

 僕は一度小さく深呼吸をする。そして、我慢していた感情をした解放した。バァン! 握り拳を作り、黒板を思いっきり叩く。

「これ以上俺の『親友』を汚すなら――俺はお前らを許さない!」

 そう告げた僕の声は、自分でも驚くほどに低く、怒気を孕んでいた。


 現在〈純&智香〉


「絵を破られたんです」

 智香は震える声でそう言った。

 正直言うと、俺には絵を破かれたことでショックを受けるということが理解できなかった。だが多分それは、俺が『絵』というものに思い入れがないからだと思う。

 真一から聞いた智香の過去から顧みても、目の前の彼女は本当に絵を描くことが好きであることが分かる。なにより、目の前の彼女は書くだけでなく、作品をとても大事に――それこそ我が子のように大切にしていた。だからきっと、それを破かれたことによるショックがかなり大きいものであったことは、想像に難くない。

 しかし、そこでふと俺の頭の中に、ある疑問が浮かぶ。

 ――今まで何の問題もなかったのに、急に描いてきた絵を破かれたりするのだろうか?


 今の智香の口ぶりだと、なにか思わぬ事故で絵が破れたわけではないと思う。おそらく故意に破かれたと考えるのが自然だ。

 では、なぜ絵を破かれることになったのか。

 その理由を考えたとき、智香が中々部室に来なかった日のことを思い出した。そういえばあの時、智香は何か捨てていた気がする。今思い返してみると、あの時の智香は、何かを隠すように俺を無理やり教室の外に連れ出したようにも思えた。

 それによくよく思い出してみると、ごみ箱に何かを捨てたときの彼女の表情は、どこか悲しげな表情だった気がした。

 そこまで考えて、俺は一つの結論にたどり着く。これだけ情報があれば誰だって、あの時何があったのか容易に想像できるはずだ。

「智香。もしかしてお前高校に入ってからも――」

 俺がそう口にすると、智香は目を見開いて驚いた後、何故だか分からないがものすごく寂しげな笑みを浮かべた。

「先輩、知っていたんですね。私が中学時代にいじめを受けていたこと」

 智香の、何かを必死に耐えるような言葉が聞こえる。彼女が言ったその言葉は、自分の中にある、大切な何かを失ったことを知られないように発したもののように俺は感じた。

「あぁ。この間、部室で真一に教えてもらったよ。正直言えば、本人の許可なしに聞くのもどうかとは思ったけど、俺はお前の力になりたかったから、無理言って真一に話してもらったんだ。放っておけないしな」

 俺が言い終えると、しばらく沈黙が流れた。俯いてしまっているため、智香の表情は分からない。さっきまで晴れていた空が急に曇りだす。次第にポツポツと雨が降り出した。すると、智香が、

「――てくれれば良かったのに」

 と、雨音にかき消されてよく聞き取れないほど小さくなにか呟く。

「ん? 智香なんて言ったんだ?」

 俺が聞き返すと、智香は急に顔を上げて俺を睨みつけながら叫ぶ。

「放っておいてくれれば良かったのに! 力になりたいって何ですか。そんなこと頼んでないではないですか! 勝手に私の事情に踏み込んでこないでください! そんなの私は望んでないです! 私を助けたせいであなたや私の大切な人たちが傷つくのをみたくない。純先輩この高校に入ってやっと誤解が解けたんでしょう? 真一先輩も、私が高校に入って新しい環境になじめてきたと思えたから、やっと自分の好きなことに専念できるようになった。明梨先輩もまだこの高校に来たばかりだから、これからの関係づくりだってあるんです。私の大切な人たちの邪魔をしたくない! でも、私の好きな人たちはみんな優しすぎるから……。私がまたいじめを受けているって知ったら、今日みたいに私のために行動してしまうって分かっていた。それが嫌だから! ……言えなかったんです。私は、貴方たちの重荷になりたくないんです」

 ……なんだよそれ。俺たちの重荷になりたくない? おまえはずっとそんなこと考えていたのかよ。俺たちと部室で過ごしていた時も、みんなで出かけたときも、あの夕暮れの帰り道の時も、そんな悲しいことをずっと考えていたっていうのか。そんなの――。

「ふざけるなよ」

「え?」

 俺の思わずこぼした言葉に、智香が気の抜けた声を出す。

 何とか智香を刺激しないように、出来るだけ優しく諭したかった。けれど、俺の感情がそれを許さない。そう。理性で止められないほど、先ほどの智香の言葉に、俺は憤りを感じてしまったのだ。

 それを自覚した時、俺の中の感情を抑えられず、それが叫び声となって溢れ出す。

「智香。お前ふざけるなよ。何が迷惑かけるだ! 何が邪魔になるだ! 勝手に決めつけてんじゃねえよ。確かに俺たちは、お前が置かれている現状にもっと早く気付いていたら、きっと何をおいてもお前を助けるために行動しただろう。だけどな、そこでお前のために動くって決めるのは他ならぬ俺たちだ! お前がどんなに嫌がろうがなんだろうが、お前が大切だから――大好きだから、俺たちが勝手に『お前を助ける』って選択にしたがって行動を起こすだけなんだよ! そこにお前が背負うべき責任なんてものはないし、そのことに対してお前が罪悪感や悲壮感を持つ必要なんて、一体どこにあるってんだ!」

 俺が怒りを露わにしながら怒鳴ると、智香は自分の身体を思いっきり抱きしめながら大声で叫ぶ。

「なんで……どうして放っておいてくれないんですか! どうして私を見捨ててくれないんですか! 私に関わったら面倒なことになるのは目に見えているではないですか。なんで……どうして貴方たちは……そんなにも私に優しいんですかぁっ!」

 叫び終え、膝から崩れ落ちる智香の様子に、俺は堪らなくなって彼女の華奢な身体を思いっきり抱きしめる。

「あのなぁ、放ってなんておけるかよ。だって、お前が一人で傷つかなくてはいけない理由なんて何もないじゃないか。大体、お前を助けるうえで生じるリスクはお前が責任を負うべきものじゃない。それは俺たちが背負うものだ。……もう一度言うぞ? 俺たちは、お前が望むから助けるんじゃない。俺たちにとって、お前が何よりも大切だから助ける。それだけだ。要するに自己満足なんだよ。そのうえで生じるマイナス要素? そんなの屁でもないさ。俺たちはな、智香。他の誰かにどう思われることより、お前が傷つくことのほうが何倍も嫌なんだ。何倍も辛いんだよ。俺たちの大切な仲間が傷つくくらいなら、喜んで汚名でもなんでも被ってやる。それが『本当の仲間』ってものなんだよ。それにな」

 俺は一旦言葉を切り、深呼吸をする。そして、智香の身体を優しく抱きしめると、俺の人生の中でおそらく一番恥ずかしいセリフを、ありったけの思いを込めて伝える。

「俺はお前の――智香の一番の支えになりたいんだ」

 俺が言い終えると、智香が俺の背中に手をまわして抱きしめ返してくる。そして、俺の首に冷たい雫が流れてくるのと同時に、

「お願いします」

 という言葉が、俺の一番好きな声で耳に聞こえてくる。その声にもう迷いは無かった。


☆ ☆  ☆


「落ち着いた?」

 明梨が微笑みながら聞いてくる。

「あぁ、大分落ち着いたよ。ありがとう」

 僕が笑いながら言うと、明梨は「よかった」と言ってお茶をすする。

 教室から出た僕たちは部室に来ていた。僕が叫んだあと女子たちは、衝撃で無言になっていた。

 その後、すぐに騒ぎを聞きつけた先生たちがやってきて、何があったのか聞いてきたので、僕は智香の様子と、目の前の女子たちと交わした会話の内容など、知っていることを包み隠さずに話した。すると鈴木先生に、「なぜ先に私たちに報告しなかった!」と怒られたが、どうやら前々から色々と問題を起こすことがあったらしく、例の女子たちは先生方に連れ去られていった。

「明梨、悪かったな。お前には我慢させたのに、僕が叫んでしまって」

 僕が軽くお辞儀をして謝ると、明梨は、

「あはは。別にいいよ。あたしが言いたかったことは全部真一が言ってくれたから。あの時の真一、格好良かったよ。……強くなったんだね」

 と、後ろにヒマワリが見えるような満面の笑みで、少し頬を赤く染めながら許してくれた。

「ありがとう。僕は明梨がそばにいてくれてとても心強かったよ」

 僕が笑いながらそう言うと、明梨は「ボン」と、効果音が聞こえるように顔を赤くしながら、

「きゅ、急にそんなこと言わないでよ」

 と、照れていた。

 なんか僕、変なこと言ったかな? まぁいいや。

 しばらくして、明梨は普通の状態に戻ると、

「智ちゃん大丈夫かな?」

 と、心配そうに呟いた。

「大丈夫だよ。智香には純が着いているから。きっとあいつが智香を救ってくれる。なんせあいつは智香の大事な存在だからな」

「そうだね。あんなに可愛い智ちゃんを見たのはあの時が初めてだったし」


 ~昨日の朝~


「先輩方。純先輩の好きなキャラクターとか知りませんか?」

 智ちゃんは首をかしげながらあたしたちに聞いてくる。本当にこの子可愛いなぁ。そんなことを思いながら質問に答える。

「う~ん、あたしは知らないな。八年も会ってなかったしね。真一は? これまでほとんどずっと一緒だったんでしょ? なにか知らないの?」

 あたしが横を見て真一に聞くと、真一は腕を組みながらしばらく考えてこむ。しかし結局浮かばなかったみたいで、

「僕も分からないな。今まであいつがそんなことを話したことがないしね」

 と、申し訳なさそうに言った。智ちゃんは「そうですか」と呟くと、俯いてしまった。

 その様子を見て、なんでそんなことを聞いたのか尋ねてみたくなった。

「ねぇ、智ちゃん。なんでそんなこと聞いたの?」

 あたしが尋ねると、智ちゃんは「う~ん」と唸って考え込んだ後、

「えへへ、……内緒ですよ?」

 と、言ってきた。可愛い。すっっごく可愛い。お持ち帰りしたい。そんなあたしの感情が顔に出ていたらしく、真一が肘であたしを小突いてきた。

 そうだった。今は智ちゃんの相談に乗らなくては!

「うん。内緒にするよ。約束する」

 あたしがそう告げると、智ちゃんはポツポツと話し始める。

「実はですね。純先輩にプレゼントをしたいんです。それで、前に私の絵を褒めてくれたので絵をプレゼントしようと思ったのですが、先輩の好きなキャラクターが分からなくて」

 智ちゃんは話し終えると、シュンとして縮こまってしまった。

 あぁ、もう。本当に可愛い。可愛すぎるよぉぉ!

 横で「ゴホン」という咳払いが聞こえた。我に返って横を見ると真一がそんなあたしを見て呆れていた。なぜだかすごく悔しい。あたしがそんなことを考えていると、真一が智ちゃんに向かって真剣な声で話し始めた。

「智香。確かにあいつに何かあげれば喜ぶとは思う。けどそれは、物を貰ったからなのか? 僕は違うと思うぞ。あいつは何かを貰うことが嬉しいんじゃなくて、お前に貰うから嬉しいんだと僕は思うけどな」

 真一はそう言うと純に話しかけて、先に教室に行ってしまった。

「……真一先輩の言うとおりかもしれないです。私、自分で考えてみます。絶対に純先輩を喜ばせて見せますよ!」

 そう言った智ちゃんの顔は、どう見ても恋する乙女の顔だった。同じ女としても智ちゃんの好きな人のために頑張ろうとする姿は、物凄く魅力的だった。

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