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他に探していない場所はないだろうか。いや、さっき探したところを、もう一度まわってみよう。そんな事を考えながらマンションへ戻ると、コンシェルジュがおかえりなさいと声を掛けてくれた。いつもとは少し違う、ほっとしたような声に、立ち止まって問いかけるように見ると、お客様がお待ちです、と視線で促す。
客? なんだよ、こんな時に。受付のカウンターの反対側は、オートロックの内側で会うほどではない来客や少し親しい住人同士が使う、カフェのような、カジュアルなホテルのロビーのようなスペースになっている。低めのパーテーションと観葉植物の向こうをみると、修が泣きそうな表情で座っていた。駆け寄っても、言葉が出ない。テーブルの上には、コンシェルジュが出してくれたのだろう、手を付けられていないままのコーヒーがすっかり冷たくなっていた。立ち尽くす僕をちらっと見る。
「来ちゃってごめん。ごめんなさいって、言おうと思って」
「何、言ってんの。ずっと探していたんだよ。
とりあえず、部屋に行こう」
ほっとして涙が出そう。テーブルのわきにしゃがんで、声を抑えてなだめる様にそう言うと、首を横に振る。
「すぐに帰るから。さっき、怒っちゃってごめん」
「ひどいのは僕の方だろ。なんで修が謝るの」
視線をコーヒーカップに落として、口ごもる。
「伊月にとっては、もう終わった事だって、わかっていて。
僕も、先に進まなくちゃって、ずっと思っていたんだけれど、
ちゃんとできなくて、それで」
胸がぎゅっとする。少しでも気を抜いたら、涙が出そうになるけれど、僕には泣く権利なんてない。
「修、みーと早瀬も探していたんだ。
とりあえず、修と会えたって連絡するね。
きっと心配しているから。修は藤森さんに連絡して。いい?」
わかった、とケータイを取り出して、
「あ、電源、切ったままだった」
と、しょんぼりした表情を浮かべる。二人に同時送信でメールを送っている間、修は直接、藤森さんと話していた。伊月といる。うん、すぐ帰るって言っておいて。淡々とした口調に、修と会えた実感がわいてきて、心底安堵する。
「僕の方こそ謝らないといけない。
藤森さんに聞いて、初めて知ったんだ、その、UNOの事。
僕だけじゃなくて、みーも、早瀬も。
知らなかったとはいえ、修を傷つけた。ごめん」
「知らなかったの?
でも、言うでしょ、二人でUNOしながら年を越すと、って」
う。えっと、それは。
「ごめん、そういう事に疎くて。
僕だけじゃなく、みーも早瀬も知らなかったんだよ。
そんな、修の一生懸命な事を、笑うようなやつらじゃないだろ?」
「だったら、僕が、間違えていたのかも」
修の目に涙があふれて、頬を伝って落ちていく。修の悲しい気持ちが流れ込んできて、さすがにもう、こっちも耐えるのが限界だ。
「そうだったとしても、修が悪い事はなんにもないよ。
修だって、知らなかったんだし」
くすんくすん泣きながら自分でポケットからハンカチを出して涙を拭き、伊月、優しい、という修が、もうなんだか、可哀想で仕方がない。
「ね、お願い、もうちょっと、ちゃんと話したいんだ。
ここじゃ落ち着かないよ。修が嫌じゃなかったら、部屋に行こう」
「行っても、迷惑じゃない?」
「当たり前だろ」
頷いて、のろのろと立ち上がって、コーヒーカップを持ってカウンターへ寄り、残しちゃってごめんなさい、ごちそうさまでした、と声を掛ける。なんでこんな時でも、修は修なんだよ。カップを受け取るコンシェルジュに目礼して開錠した。