おまけ スペシャリテ大公の子供達
「トゥルー……お腹が痛いわ」
「え?」
「もしかしたら、産まれるかも」
「なんだって!」
臨月を迎えたライヤーとトゥルーは、丁度その時朝食を庭で摂っていた。医師からは、いつ陣痛が来てもおかしくないですよと言われ昨日からトゥルーも完全に休業体制を取っていた。
スペシャリテ大公では、初めての子供とあって湧きに湧いている。なにせ、この子のお陰で今まで逆境を強いられてきたトゥルーが本来の姿を取り戻し、全ての家人を引き連れて自領へと戻ってきたのだ。それからの大公家は、変な噂に左右されることもなく益々栄華を誇り始めている。ライヤーに続き、その子供も福の神のような扱いを受けることとなるだろう。
「どうする?寝室へ戻るか?それとも、一階の応接室へ移動しようか?」
「それほど歩けそうにないから、応接室へ」
「分かった」
トゥルーに支えられ、いざという時の為に応接室に用意してあった簡易ベッドへ横たわったライヤーは、陣痛の波が来るたびに、
「貴方のせいで、痛いのよ!」
とトゥルーの髪を引っ張った。
「イタイイタイ、でも、それで君の気が収まるなら引っ張っていいよ」
「うぅぅぅぅ、引っ張り過ぎて禿げられるのも嫌だから、背中をさすって」
「分かったよ。うんうん、これでいいかな?」
「もっといっぱい撫でで!」
「ずっと撫でているからね。安心して」
涙目のライヤーは、母となる女性とは思えぬほど我儘を言い続けた。そうでもしないと、この痛みに耐えられなかったからだ。人それぞれ感じ方は違うというが、ライヤーにとって出産は、スイカが鼻の穴から出るくらい痛かった。
「おんぎゃ~おんぎゃ~」
「う、産まれました!男の子です!」
慌てて呼びつけられた医師の手で取り上げられたのは、ライヤーの愛らしさとトゥルーの黒髪を受け継いだ玉のように愛らしい男の子だった。
「おめでとう、ライヤー」
「貴方もおめでとう、トゥルー」
「さぁ、私達の赤ちゃん。貴方の名前はファクトよ」
「ふふふ、我ながら良い名前を付けたと思うよ」
おくるみに巻かれた我が子を二人でのぞき込みながら、この世の春を感じた二人。
しかし、この少年、大きくなると一筋縄ではいかない曲者となる。毎年のように生まれる弟、妹を従えて、スペシャリテ大公を更にデカくする逸材は、幼少期から異彩を放っていた。
「それは、どういう意味だい?」
臣下の子供達も集めて、今後の交流を図っていた時のことだ、一人の少年がスペシャリテ大公家の次女リアリーに恋をし、そして、振り向いて欲しいがあまりに髪を引っ張った。所謂、好きな子を虐めてしまう現象だ。
それを見ていた当時十二歳のファクトは、顔色を変えることもなく、淡々と少年を問いただした。
「えっと、それは」
「君は、何もないのに、いきなり人の髪を引っ張る性癖でもあるのかい?」
「そんなわけでは」
「では、うちの可愛い妹が、君になにかいけないことでもしたのかな?」
「いえ、そんなことはありません」
「そう。やはり、君は、なんでもないのに人の髪をいきなり引っ張る変態だということだ」
「ち、違います!ただ、僕は振り返って欲しくて」
「ん?それは、うちの妹に好意があるということかい?」
「あ……は、はい」
「馬鹿か?あほか?それとも、奇人変人か?いきなり髪を引っ張る相手に恋するようなドMが好みなのか?うちのリアリーは、そんな男は嫌いだ!」
母以上に毒舌で、そして、相手の急所を的確に突いていくファクト。
「ご、ごめんなさい」
「その謝罪は誰にだい?私かな?私は髪を引っ張られていないし、君の顔を二度と見たくないと思っている。そして、リアリーへの謝罪なら、もう遅い。直ぐに謝らなかったということは、悪いと思っていないということの表れだからな」
「でもでも、わぁ~~~~~~~~ん」
「泣いて許されると思っているのか?そんなに世の中甘くないぞ」
最後の最後までとどめを刺すファクトを、妹の方が止めた。
「お兄様、それ以上は」
「リアリーは、それでいいのかい?」
「えぇ。だって、この方、もう二度と表舞台には出られないでしょうから」
可愛らしく微笑むリアリー。逆に怖い。これで、九歳とか止めて欲しい。
「それに、ほら、あちらでお母様が扇をへし折っていらっしゃいますわ」
「あぁ……あぁなると、母上は抑えが効かないからな。可哀そうに」
「ちがいます。あれはお兄様に怒っていらっしゃるのです」
「え?わたし?」
「えぇ。今日は未来の家臣との顔合わせの場。そこで、いかに相手が不出来であったとしても、このように叱責されては、皆が委縮してしまいます」
周りを見回すと、怒られてもいないのに半泣きの子供が大勢いる。自分が怒られているような気分になったのだろう。
「あぁ、これは、失態だ」
「そうですわね。失態ですわ」
「お前を守ろうとしてこうなったのに、えらく突き放すんだな」
「巻き込まれて、お母様に怒られたくありませんもの」
「賢明な判断だ。私も、もう二度とお前を守ろうとしないと誓おう」
「そんなことを言って、いつも守って下さるではないですか。頼りにしております、お兄様」
「くそっ。おい、少年。見たか?コイツは、止めておけ。性格が悪すぎる」
「お兄様ほどではありませんわ」
仲が良いのか良くないのか分からないスペシャリテ大公の子供達。しかも、癖の強さは全員半端ない。嘘が吐けず、そして、嘘を吐く気もない彼ら彼女らは、その潔さを良しとされ家臣からの信頼も厚くなっていく。
「ファクト様は、いつもお兄様として頑張っていらっしゃるわ。ちょっと方向性は違うけど」
「えぇ、そして、今日のリアリー様、本当に格好良かったですわ。ファクト様に物申せる数少ないお方」
「いえいえ、次男のヴェリテ様もなかなかなもの」
「それを言うなら、ヴェリテ様の双子のヴェリタ様も………」
結局、家族全員が癖強だった。そして、長女なのに名前の挙がらなかったアリスィアは、外面は物静かで思慮深そう。実は一番真理を突く恐ろしい女だった。
「いったい誰に似たのかしら?」
「ライヤー、それを君が言うのかい?」
この母にしてこの子あり。スペシャリテ大公の毎日は、常に騒がしく、常に幸せに溢れていた。
そんなある日、八歳になった従兄フレスコがやって来た。そう、トゥルーの兄の子。未来の王だ。
「は、初めまして」
おどおどとしているのは、王都で彼にスペシャリテ大公の悪い噂を吹き込んだ奴らが居るからだろう。
「初めまして。私が、ここの長男ファクトだ。一番年上だから、私が一番偉い。その点をちゃんと理解しておくように」
「お兄様、それは違いますわ。長女のわたくしは、一歳年下ではありますが、お兄様が終えていない外国語の授業を一つ卒業しております」
「待って、お姉さま。それなら、絵画で一等賞を取った私も偉いと思いません事?」
「リアリー。それは違うわ。あれは出来試合。大公家の娘が出した物を一等賞にしないという選択は、審査員にはなかったのよ」
自分そっちのけで言い争いを始めたファクト、アリスィア、リアリー。その周りを同じ顔をした男の子と女の子が、ワーワー言いながら走り回っている。
「聞いていたのと違う」
「あ~ら、また、王都では、私達の噂をしていらっしゃるの?人気者は辛いわ。ね。旦那様」
「そうだね、妻よ」
横に立っていたスペシャリテ大公夫婦は、ビックリした顔で呆然と立ちすくむ甥っ子を優しい眼差しで見下ろしていた。
これは、嘘が真実で真実が嘘なお話のほんの一端。フレスコが、自分の目で見て感じた事だけを信じようと心に誓う切っ掛けを作った家族は、今日も嘘を吐かず笑いながら生きていた。
日計ランキング5位に入ったお礼です。
また、いつか、子供達のお話を書けたら嬉しいです。




