ですから、噓ではございません1 ライヤー・スペシャリテ大公妃殿下編
ライヤー・エブリシン公爵令嬢。
本人の強い希望で他国の王族へ嫁ぐことが決まった時は、国家の損失であると全国民が涙したと言う伝説を残す女性。
善人にされ過ぎて、辛い。
謙虚過ぎる彼女の一言は、国民に深い感動を与え、今も類稀なる善人と語り継がれている。
彼女を語る物語が、各地にも残されており、その全てが、彼女の功績を称える物ばかり。
聡明で
博識で
心優しく
本来は、穏やかな女性でありながら
毒舌で武装し
感謝されることを嫌い
最後まで
ですから、嘘ではございません
と言い続けた完璧令嬢。
「なんなの、コレは!!」
嫁ぎ先である某国にて、母国から付き従ってきた侍女が、誇らしげに手渡してきた新聞をライヤーは投げ捨てた。
そこには、またしても、本当の自分とは懸け離れた逸話が多数掲載されている。
「こんな所にまで事実無根の噂を広める馬鹿は、何処のどいつよ!」
グシャグシャに新聞を踏みつけるライヤーを、侍女達は、生暖かい眼差しで見守る。
『ライヤー様、また、恥ずかしがっていらっしゃるわ』
『本当に、可愛らしいお方』
ここまで話が通じないと、呪いではないかと疑いたくなるレベルだ。
こちらに来たばかりの頃は、良かった。
少し横柄な態度を見せるだけで、人々が眉を顰め、
「本当に、あの有名な聖女と称されるライヤー・エブリシンなのか?あれでは、唯の破落戸ではないか」
と囁きあった。
正当な評価をされる安心感とは、これほどまでに心地よいものかと安堵し、悪口を言われる度に、胸が躍った。
『そうよ!私は、我儘で、姑息で、手のつけようのない大馬鹿者よ!』
自己分析力の高さを褒めるべきか、分かっているのに直さない曲がった根性を嘆くべきか。
本人が己の性格をこよなく愛している為、一生直ることはない。
こんなライヤーを嫁にもらってくれた男の方が、よほど性格が良く、人格者だと言えよう。
その名は、トゥルー・スペシャリテ。
現国王の弟にして、大公という爵位を賜り、広大な領土を治める彼は、なかなかにやり手のイケメンだ。
しかし、何もかも持ち合わせているような彼の評価は、些か可哀想なものだった。
彼の母は、数多いる側妃の中でも、最も身分が低かった。
それなのに後宮に入れたということは、さぞ、寵愛されたのだろうと思うだろうが、さにあらず。
へべれけに酔っ払った先王が、記憶のないまま、侍女に手を出してしまったのだ。
たった一夜の過ちで子を授かってしまったのも、不運と言えば不運。
無かったことにも出来ず、後宮の片隅で生活することを許された。
望まれなかった王子。
それが、トゥルーの生い立ちだった。
彼が突如として注目を浴びたのは、第一王子とトゥルー以外の男子が、流行病で亡くなった時だ。
その時、彼は、十五歳だった。
誰が見ても、王太子は、長兄である第一王子のはず。
それなのに、万全を期そうとした誰かが、トゥルーの悪評を流し始めた。
何せ、トゥルーの見た目は、すこぶる良かった。
キリリと形の良い眉に、涼やかな目もと。
端正な顔立ちで身長も高く、手足も長い。
能力値も低くなく、特に語学にすぐれていた。
一方、第一王子は、やや背が低く、やや小太りで、やや目鼻立ちがパッとしない、ちょっと『残念』なお顔立ちだ。
兄弟で似ているところと言えば、全ての色を呑み込んでしまいそうな漆黒の髪だけだった。
並んで立つと、どうしてもトゥルーに目がいってしまう。
後数年もすれば、後継者争いに加われる実力を秘めた少年を、野放しにするわけにはいかない。
己の権力を盤石にしたい高位貴族達の一部が、トゥルーが目立つ前に、『出来の悪い弟』と印象付けるべく、彼を貶めることに決めたのだ。
『心優しい兄に、常に険しい視線を向ける愚弟』
注)単に、トゥルーは視力が弱く、遠くを見る時に目を細める癖がある
『病気の見舞いに行った心優しい兄を、玄関先で追い払った愚弟』
注)王太子である兄に、風邪をうつしてはいけないという配慮
愚弟、愚弟、愚弟。
「『愚弟』しか、ボキャブラリーがないの!」
と話を聞いたライヤーが叫んだ時、トゥルーは、困ったように頭を掻いていた。
ライヤーが更に腹立たしいのは、トゥルーが言ったり行ったことは、全て悪意にすり替えられると言う事だ。
正に、ライヤーの真逆である。
しかも、こちらは、完全に意図して行われており、よりタチが悪い。
十八歳のライヤーよりも、十二歳年上のトゥルーは、今年で三十歳。
その人生の半分が、他人の悪意により暗闇に閉ざされていた。
彼が二十五歳の時、父王が急死し兄が即位した。
自らも大公位を授かり領地を得たが、幸いにも、自領では彼の本質を分かってくれる配下に恵まれ、唯一心を許せる場所になっている。
ただ、この世に二人の王族故に、王都での滞在を強要されることが多い。
これも、彼をいつまでも『愚かな弟』
として印象付けたい面々の画策が働いてのことだろう。
兄とて、弟が可愛くないわけではない。
母親は違うが、唯一残された弟なのだ。
しかし、後宮の運営資金で国を傾けそうになった先王から、やっと政権を受け継いだ彼には、弟を貶め、自分を持ち上げる流れは、都合が良かった。
「クズね」
一刀両断で吐き捨てるライヤーに、トゥルーは、また、ポリポリ頭を掻きながら、
「一応、私の兄なんだ」
と苦笑した。
ここまでくると、お人好し過ぎて心配にすらなる。
ライヤーが、自国を離れたい一心で、あまり考えずに飛びついた結婚相手は、一回りも年上のくせに、なんとも頼りない人だった。
しかし、この二人、思いの外、相性の良い相手なのかも知れない。
何故なら、この夫、厳しい状況に十五年も耐えてきただけあって、実に冷静な判断力で、ライヤーに対する世間の評価に、
「君、何か魅了魔法とか使っているんじゃないの?」
と聞いてくるくらい的確にライヤーの性格の悪さを理解している。
そして、
「多分ね、君ってビックリするぐらい見た目がいいでしょ?だから、皆が「こうあって欲しい」っていう願望を勝手に押し付けてくるんだと思うよ。本当に見る目がないね」
と、まぁまぁ失礼なことも言ってくる。
実は、彼も、思ったことが、そのまま口から出るタイプだった。
しかも、彼は、ライヤーと違い、毒舌ではなく、おっとりと優しく話すため、揚げ足を取られて悪者にされやすいのだ。
しかし、世の中の持ち上げフィーバーに辟易してきたライヤーは、己を的確に批評する夫に、信頼を置いた。
「貴方、見る目あるわね」
ニヤリと笑うライヤーに、
「惜しい。もう少し目が鋭ければ、内面の悪どさが伝わるのにね」
と、またも的確な感想を述べてくれた。
一方のトゥルーも、ライヤーが、
「貴方、人が良いくせに悪評まみれとか、どんだけ、鈍臭いのよ」
と、同情するわけでもなく、軽く鼻で笑ってくれたことで、逆に心が軽くなった。
なんとも、凸凹な二人。
しかし、ジャストフィットな二人。
他人との付き合いに疲れていた彼らは、自宅の庭園を二人だけで散歩するようになった。
「なんで、皆、私の話をちゃんと理解できないのかしら?」
「本当のことを、すべて逆に捉えられてしまうなら、いっそ伝えたいことの逆を言えば、正しく伝わるかもしれないね」
トゥルーの逆説的な解決策に、ライヤーは、目からウロコが落ちた気分だった。
「貴方、頭は、悪くないのね」
「ありがとう。君も、本質が悪人じゃないから、悪者になりきれないんだと思うよ」
見つめ合う二人は、同時に吹き出した。
ハハハハハハハハハハ
この日を境に、庭の散歩だけでなく、屋敷内でも、寄り添う二人の姿が見受けられるようになった。
その後、ライヤーは、前世の知識をフル活用してトゥルーを支え領地はどんどんと繁栄していく。
領民達も、素晴らしい嫁が来てくれたと大喜びし、ライヤーの都市伝説的な良い人エピソードを量産した。
その事に顔を歪ませる彼女を見て、夫は日々笑顔を振りまいた。
「もぉ!笑わないで!」
「だって、あまりにも、君が嫌がってるのが可愛くて」
ライヤー至上主義の侍女達も、二人の「楽しげな会話」を聞き、トゥルーへの警戒を解いていく。
そして、結婚して1年が経った頃、
『ライヤーを隣国から無理やり連れ去り、権力にものを言わせて婚姻を結んだ大悪党』
と夫が、夜会で揶揄されたことに、妻が立ち上がった。
「ちょーーーーーっと、よろしくて?私が無理矢理他人に何かされるような、情けない人間だと仰るの?」
夫の悪評を広める一派の大御所に、美少女バーサーカーが噛みつく。
「いえいえ、スペシャリテ大公妃殿下。あなたが悪者になってまで、庇う必要はございませんよ」
いつもの如く、ライヤーの言葉は、全てが良いように取られ、トゥルーが更に悪者のような扱いを受ける。
しかし、ライヤーは、もう、昔のライヤーではない。
夫のアドバイスで、他人の扱い方を学んだ新生ライヤーなのだ。
「私、夫のことが大嫌いですわ!(私、夫のことが大好きですわ!)」
真っ赤な顔でライヤーが叫ぶと、周りにいた貴婦人までも、扇で顔を隠して赤面した。
必殺『照れ隠しで逆のことを言ってしまう愛くるしいライヤー』だ。
恥ずかしさでプルプル震えるライヤーは、夫の所まで行くと、腕にしがみつき、プーッと頬を膨らませた。
あまりに妻が可愛いことをしてくるので、トゥルーも真っ赤になって下を向く。
そこには、新妻に翻弄される年上夫の情けなくも微笑ましい姿があった。
「夫は、極悪人ですのよ!性格だってめちゃくちゃ陰湿で、とーっても、怖い方なのよ!逆らったら、首をチョキンと落とされますわよ!」
ライヤーが、トゥルーを悪く言えば言うほど、皆が、
『本当に、そんな男なら、妻にあれだけの悪態をつかれて、肩を揺らして笑うのか?』
と疑問に思い始める。
「クスクス……ライヤー、もういいよ。ありがとう」
「トゥルーは、黙ってて!貴方が喋ると、ろくでもないことしか起こらないから」
常にやることなすこと裏目にしか出てこなかったトゥルー。
今、思っていることをそのまま口にすれば、また、揚げ足をとられて悪者にされかねない。
しかし、こんな公衆の面前で、十二歳も年下の妻に守られては、流石に黙っていられない。
「ライヤー、君だけに苦労はかけないよ」
悟りを開いたような穏やかな顔で微笑む夫に、ライヤーは、嫌な予感しかしない。
「ダメダメダメダメ」
必死に止めるライヤーを黙らせるため、トゥルーは、ギュッと彼女を抱きしめた。
「大丈夫。ちゃんと、兄上に、思った事を伝えるよ」
耳元で囁かれ、ライヤーは、ピキッと固まった。
夫婦生活はあっても、まだまだ慣れない新妻なのだ。
そんなライヤーの頭をヨシヨシと撫でる姿は、もはや、飼い主とペットだ。
周りの人間も、全員が敵ではない。
特に、普段交流を持たない下位貴族の面々からすれば、公の場でラブラブする二人は、
『バカップル』
にしか見えない。
幾分周りの目が和らいだ所で、トゥルーは、深呼吸をした後、玉座に座る王を見上げた。




