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星焔 - Genesis -  作者:
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1/4

プロローグ


 夏の終わりを告げる風が、商店街をゆっくりと吹き抜けていた。


 夕焼け色に染まる空を見上げ、姫花は小さく息を吐く。


「今日は少し涼しいね。」


 隣を歩く幼馴染の青年が笑う。


「やっと盆栽も過ごしやすくなるな。」


「また盆栽の話?」


「仕事だからな。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 店先には、小さな盆栽がいくつも並んでいる。


 その中でも一際大切に育てられている一鉢。


 姫花はそっと葉に触れた。


「ハル、今日も元気だね。」


「姫花の方が世話してる気がするけど。」


「だって放っておけないもん。」


 優しく微笑む姫花を見て、青年も自然と笑顔になる。


「将来、店を継ぐなら一緒に面倒見てよ。」


「まだそんな先のこと分かんないよ。」


「じゃあ予約だけ。」


「なにそれ。」


 二人の笑い声が、静かな商店街に溶けていく。


 それは、どこにでもある、平凡で穏やかな一日だった。


 ――この時までは。



「ただいま。」


 返事のない家に、いつものように声を掛ける。


 姫花は買い物袋をテーブルへ置き、小さく笑った。


「おばあちゃん、今日もリハビリ頑張ってるかな。」


 スマートフォンには、病院にいる祖母へ送った短いメッセージが残っている。


『今日はカレー作るね。』


 既読はまだ付いていなかった。


 両親は数年前、事故で亡くなった。


 今は入院中の祖母と二人暮らし。


 けれど祖母が入院してからは、ほとんど一人で暮らしているようなものだった。


「……あ。」


 冷蔵庫を開けた姫花が固まる。


「牛乳……忘れた。」


 少し考え、小さく笑う。


「すぐそこだし、行ってこよう。」


 財布だけを持って、再び家を出る。


 その何気ない選択が、自分の運命を変えるとは思いもしなかった。



 コンビニからの帰り道。


 人気のない夜道を歩いていると、不意に空気が震えた。


「……え?」


 見上げた夜空。


 星ではない。


 月でもない。


 見たことのない光が、空を裂くように走っていた。


 次の瞬間。


 白い閃光が姫花を包み込む。


「きゃっ……!」


 世界がねじれる。


 空も。


 街灯も。


 家々も。


 まるで水面に映った景色のように歪んでいく。


「いやっ! 誰か!」


 伸ばした手は、何にも届かなかった。


 そして、意識は闇へ沈んでいった。



 ……冷たい。


 最初に感じたのは、床の冷たさだった。


 ゆっくりと瞼を開ける。


 薄暗い空間。


 鉄の匂い。


 狭い檻。


「ここ……どこ?」


 立ち上がろうとした瞬間、檻が大きく揺れた。


 ガタン、と音を立てながら動き始める。


 外は騒がしい。


 誰かが叫んでいる。


 笑い声。


 歓声。


 金属がぶつかる音。


 けれど、その言葉は何一つ理解できない。


「何……言ってるの……?」


 恐怖だけが胸を締め付ける。


 檻はどこかへ運ばれていく。


 歓声はどんどん大きくなっていった。


 やがて眩しい光が檻を照らす。


 次の瞬間――。


 バサッ。


 檻を覆っていた黒い幕が勢いよく外された。


 眩しさに目を細める。


 そこには、見たこともない光景が広がっていた。


 何百、何千という観客。


 人間ではない姿。


 異形の生き物。


 巨大な体。


 羽を持つ者。


 角の生えた者。


 誰一人として知っている存在はいなかった。


 姫花の体は恐怖で震え始める。


 震える手で鉄格子を握り締める。


 その時、ふと足元に目が留まった。


 無機質な鉄の床には鋭い刃物で深く斬り裂かれたような一本の大きな傷が刻まれている。


 いや、一本だけではない。


 何度も。


 何度も。


 何度も斬り付けられたような傷。


 誰かが必死にここから逃げようとした跡だった。


 姫花はその傷をぼんやりと見つめる。


 壇上へ、一人の男が歩み出る。


 何かを叫ぶ。


 当然、意味は分からない。


 すると男は首元の小さな装置に手を触れた。


 機械音が鳴る。


『──本日の目玉商品。』


 突然、日本語が聞こえた。


 姫花は思わず顔を上げる。


『保護惑星・地球より入荷した、純粋な地球人の女性です。』


 その瞬間、会場がどよめいた。


 数字が次々と表示される。


 誰かが端末を掲げる。


 数字が跳ね上がる。


 さらに別の席。


 また数字が変わる。


 歓声。


 拍手。


 笑い声。


 端末が掲げられるたび、数字はさらに跳ね上がっていく。


 一つだけ理解できた。


 自分は。


 ――売られている。


「やめて……。」


 涙が零れる。


「お願い……。」


 誰にも届かない。


 競りはさらに加熱していく。


 その時だった。


 会場が、不自然なほど静まり返る。


 コツ……


 コツ……


 コツ……


 誰かが歩いてくる。


 重厚な黒いマント。


 威厳ある足取り。


 誰もが自然と道を開ける。


 司会者が深く頭を下げた。


『これはこれは……こちら、お気に召しましたでしょうか。』


 男は壇上の前で立ち止まり、檻の中の姫花を静かに見つめた。


 その瞳には、欲望も、興奮もなかった。


 ただ、悲しみだけが宿っていた。


 男は端末を操作し、短く告げる。


『その女性をいただこう。』


 会場にいる参加者は一斉に数字に注目した。


 そして司会者が震える声で叫んだ。


『100,000,000Cr!!!!』


 誰もが息を呑んだ。


 会場が一気にざわつく。


『さぁ!これ以上はございますでしょうか!』


 端末を掲げる者は誰もいなかった。


 会場に鐘のような音が高らかに鳴り響く。


『落札っっ!!!』


 歓声が会場を包む。


 姫花は震えながら後ずさる。


 男がゆっくりと檻へ近づいてくる。


 怖い。


 また知らない場所へ連れて行かれる。


 涙が止まらない。

 

 司会者が檻の扉を開けた。


 男は姫花の手を引き檻から引っ張り出す。

 

「!痛っ!!」


 思わず声が出る。

 

 しかし男は何も言わなかった。


 静かに自らのマントを外し、震える姫花の肩へそっと掛ける。


 それだけだった。


 言葉はない。


 ただ、その温もりだけが、凍えそうな姫花の体を包み込んだ。

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