第1話 スキル:モンスター
物心ついたときから、生き物が好きだった。
子供の頃は昆虫ばかり追いかけていたし、中学では双眼鏡を片手に、鳥を追いかけていた。
一番の友達は、図鑑だった。
そんな僕が、『モンスター』に心を惹かれるようになったのは。
『モンスター』というスキルに、目覚めたのは。
『あんな姿』に、なったのは。
必然、だったのだろう。
○
「やめて! 殺さないで!」
「殺さないで~、だってよ! たかが虫一匹で何言ってんだよ。」
「ってか、高校生にもなって虫好きとか、マジでキショいんですけど~。」
学校の校庭、僕は同級生二人に羽交い締めにされていた。
そして、目の前ではクラスのヤンキー、宮原カツヤが、僕の育てたカブトムシを掴んでいる。その隣では、カツヤの恋人である霧崎リオが、汚物でも見るような目で僕を見ている。
「おいカツヤ、さっさと殺しちまえよ!」
「こっちに見せんなよ、ゴキブリみたいでマジ気持ち悪ぃ!」
僕を羽交い締めにしているのは、鳥巻シンジと飯湿ダイ。カツヤの子分みたいな奴らだ。
「なぁ、ゴロウ。お前が悪いんだぜ? リオの前で、こんな害虫いじくったりしてんのが。」
「ぼ、僕はただ、花壇で土を入れ替えていただけじゃないか!」
「うるせぇんだよ。」
「ガッ!」
顔に鋭い痛みが走った。視界がぐわん、ぐわん、と揺れる。
「うわ、鼻血出てる! マジキモい~!」
「ぎゃはははは! もっとやってやれ、カツヤ!」
鳥巻たちがはやし立てる。
「さーてと、そろそろこの害虫、殺してやるか。ただ殺すんじゃつまんねぇし、脚を一本ずつ引きちぎって殺してやるよ!」
「や、やめっ!」
「はい、一本目~。」
ブツッ。
僕の脳裏に、カブヨシと名付けたこのカブトムシとの思い出が蘇る。大きく育つように、強くなれるように、自分でブレンドした土で育てた。カブヨシが成虫になった時の感動。さなぎから羽化したときの、美しい姿。力強く、黒光りする外骨格。
それが、カツヤというニンゲンに、いとも容易く。
「うわぁああああっ!」
「暴れてんじゃねえよ! オラァッ!」
僕は鳥巻と飯湿に殴りつけられ、地面に倒れ込んだ。口の中に、砂利と血の味が広がる。
倒れた後は、ひたすら蹴り飛ばされた。リオは尖ったヒールのような靴で、僕を踏みつけて笑った。
「はい、トドメ~。」
ぐしゃっ
僕の顔の目の前で、すべての脚を引きちぎられたカブヨシが、踏み潰された。
「そ、そんな…。」
涙で、視界がゆがむ。
「苦しまないようにしてやったわ! かいしゃく、ってやつ?」
「カツヤ、優しい~笑」
「おい、何倒れてんだ? まだ終わってねぇぞ!」
「おい、次は臭ぇ魚を水槽の水ごとぶっかけてやろうぜ!」
「いいなそれ。おいシンジ、ダイ、キモ生物部の生き物全部もってこい、皆殺しだ!笑」
「や、め…。」
朦朧とした意識の中で、僕は近くにあったものに手を伸ばした。
それは、リオの足だった。
「きゃ~! こいつに痴漢されたんだけど! マジありえない!」
「おい、クソゴロー。死んだぞ、てめぇ。」
それからの記憶は、ない。
意識がなくなるまで、僕は暴力を振るわれ続けた。
○
バシャアッ!
突然の冷たい刺激に、意識が覚醒する。
「あーあ、お前が寝てるから、お前のペット全員死んじまったわ。」
ピチピチと、校庭の砂利の上で金魚が跳ねている。
周囲には、僕が育てていた“昆虫らしきもの”が潰された跡があり、ヘビやトカゲは首が切断されており、その首は木の枝に突き刺されていた。
ぐにゃり。視界が、世界が歪む。
みんな、僕が大切に、大切に育てていた、僕の、大切な…。
「はぁ~、害虫と害獣駆除して、痴漢まで成敗してたら疲れちまったわ。もう行こうぜ。」
「オラァ、見せもんじゃねぇぞ!」
「てめぇらも同じ目に遭わせてやろうか! あぁ!?」
野次馬たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
誰も僕を助けてはくれない。そんなことしたら、自分が次の標的になるからだ。
「あー、守野君。大丈夫かね?」
誰もいなくなってから、ようやく担任の先生がやってきた。
大丈夫に見えるのか?
「あー、明日早朝から野球部が校庭を使うんだ。その、生物部として、“これ”を片付けてから帰ってもらえるかね?」
この学校の教師に、人の心などない。
カツヤは有力議員の息子。触らぬ神に、たたり無し。
これまでヤツにいじめられ、この学校を去った生徒は何人もいる。しかし学校側はその事実を隠蔽し、また、カツヤの両親もそれに協力していた。
僕は奥歯を噛みしめ、声を押し殺しながら泣いた。
泣きながら、生き物たちの亡骸を片付けた。
○
世界にダンジョンと呼ばれる存在が出現してから、数十年。世界は大探索時代と呼ばれる、変革の時を迎えていた。
ダンジョンには多くのモンスターが生息しており、それらがもたらす魔石や素材は、様々な分野で革命をもたらした。
探索者ギルドと呼ばれる公的機関が発足し、ダンジョン探索が推し進められる中で、15年ほど前から「ダンジョン配信者」と呼ばれる者たちが現れた。
ダンジョン配信者たちは、己がダンジョンにてモンスターと戦う様子を配信した。鮮やかで刺激的、グロテスクな「ダンジョン配信」は一躍、大人気コンテンツとなったのだ。
僕もまた、ダンジョン配信を見るのが好きだった。でも、僕が見たいのは配信者じゃない。探索者たちと戦う、モンスターの方だった。
「あっ、もう最寄り駅か。」
電車に揺られながら、今日の出来事を忘れようとするかのように、「ヤバすぎるモンスター戦闘切り抜き集」を見ていると、気づけば最寄り駅に着いていた。
駅を出ると、すでに日は暮れていた。
なんとなく、まっすぐ家に帰る気になれなかった。
「久しぶりに、あそこ行こうかな。」
あそことは、僕が幼い頃に見つけた、古い洞窟だった。
大きな都市公園にひっそりと存在するその洞窟を、僕は秘密基地のように思っていたのだ。
「久しぶりに来たけど、変わらないな。」
洞窟は変わらず、そこにあった。
夜中に洞窟なんて、普通の人は近寄ったりしないだろう。しかし僕にとってここは、家の次に落ち着ける場所だった。
いつものように、洞窟に足を踏み入れた。
その瞬間。
『スキル覚醒:モンスター』
『共通スキル覚醒:アイテムボックス』
「えっ?」
脳内に声が響いた。そして、スキルについての情報が頭に流れ込んでくる。
体が作り替えられるような奇妙な感覚。
【初めてダンジョンに足を踏み入れた者は、ダンジョンに“適応”し、スキルを獲得する。】
それが、人類が初めて獲得した、ダンジョンに関する知識であった。
「ま、まさか、零細ダンジョンになってる…!?」
この世界に出現したダンジョンは、規模に応じて四つに分けられる。
大きい順に、
国家規模ダンジョン、中規模ダンジョン、小規模ダンジョン、零細ダンジョンの四つだ。
中でも零細ダンジョンは、洞窟やトンネルなど、魔力と呼ばれる未知の力が滞留しやすい場所が、一時的にダンジョン化したもののことを指す。
「それに、スキル、モンスターだって?」
聞いたことがないスキルだった。
火魔法や剣術など、有名なスキルのほとんどは名前とその効果について判明しており、探索者ギルドのHPから閲覧することが出来る。
アイテムボックスは、世界一有名なスキルの一つ。なぜなら、ダンジョンに入りさえすれば、誰しも必ず使えるようになるスキルだからだ。
とりあえず、スキル:モンスターについて脳内で意識を集中してみる。
「えーっと、モンスターと意思疎通が出来るスキル…。 えっ!? モンスターと意思疎通が出来るスキル!?」
前代未聞だ。モンスターは基本的に、人類の敵。そんな存在と、意思疎通が出来るスキル!?
「モンスターの生態を深く理解し、信頼を築くことで、そのモンスターの持つスキルを獲得できる…。」
うーん、すごすぎる。それに、僕にぴったりのスキルと言えた。
この力があれば、僕はモンスターと友達になれるだけじゃなく、探索者として、いや。
世界初の、“モンスターの生態をダンジョン内で解説できる配信者”になれるんじゃないか!?
期待と興奮で心臓がドクドクと音を立てている。
そんな配信者になれたなら。もしかしたら、僕みたいにモンスターを好きになる人が、たくさん増えてくれるかもしれない。
やばい、変な汗かいてきちゃった。
ぺちゃぺちゃっ。
「ん?」
奇妙な物音。思考が現実に引き戻された。
薄暗い視界の隅で、何かが動いた。
――――――
守野ゴロウ
スキル:モンスター
①モンスターと意思疎通できる。
②モンスターの生態を深く理解し、信頼関係を築くことで、そのモンスターの持つスキルを獲得できる。
③モンスターに襲われにくくなる。
④“適応”が生じない。
⑤■■■■■
スキル:アイテムボックス
異空間に様々な物を収納できる。ダンジョンへの適応が進むごとに、収納できる数は増えていく。
作者のおしり炒飯と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
本作、カクヨム様にて、先行公開しております。
続きが気になりましたら、ぜひ下記よりご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/822139844400383614




