三、天より降る法衣
昼下がりの村に、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
金属を打ち鳴らす音は鋭く、まるで眠っていた鳥の群れが一斉に飛び立つように村中へ広がっていく。
村の入口では、半開きの木門の裏に数人の若者たちが立っていた。
手にしているのは錆びついた長槍。
その目は、恐怖と虚勢の間を激しく揺れている。
そこへ、森から一人の少女が転がり込むように戻ってきた。
「ひ、人が……! あと狼で……いや、違うの! なんかすごく怖い……でもすごく強くて……で、でも、その人、服を着てなくて……!」
涙を拭いながら、両手を振り回して必死に説明する少女だったが、話せば話すほど混乱していく。
隣にいた母親は青ざめたあと、すぐに娘を抱きしめる。
「ああ、可哀想に……すっかり怖がらせて、何か変なものでも見たんじゃないか……」
村長も杖をつきながら現れ、事情を聞こうとした――その時だった。
森の奥から、低いうなり声が響いた。
まるで金属を擦り合わせるような、不気味な咆哮。
木々の隙間を、黒い影が次々と駆け抜ける。
それは夜の闇そのものが流れ出してきたかのように、じわりじわりと広がっていく。
近づいてきたことで、ようやくその異様な姿がはっきり見える。
漆黒の毛並みは艶やかに光っている。
その皮膚の下には、暗赤色の線が肋骨から首筋まで縫い込まれるように走っていた。
狼たちが駆けるたび、地面には粘つくような黒い靄が擦れ、焼け焦げたような跡が残る。
「き、来たぞ!」
門の裏の若者が震える声で叫ぶ。
だが。
最初の狼は飛びかかる前に、横から何かに吹き飛ばされた。
二匹目は牙を剥いた瞬間、見えない力で尻を中心にくるりと二回転。
三匹目は本能的に急停止したが――
ピンク色のハートと白い羽根が付いた小さなステッキが、雷のように振り下ろされ、臀部を強打された。
狼は地面を滑りながら吹き飛び、岩へ激突する。
「ギャンッ!?」
土煙が晴れる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
大柄な体躯。
彫像のように彫り込まれた筋肉。
背負う光も舞い上がる砂塵もなく、村人たちははっきりとその姿を目にした――何も着ていない。
本当に、何も。
手にしているのは、その威圧感にまるで似合わない、ピンク色のハートと白い羽根付きのステッキだけだった。
「我が名はトール! 愛と美と純潔の女神――フレイヤ様に仕える僕である!」
トールは天を仰ぎ、高らかに宣言した。
その声だけで木門がびりびりと震える。
「『純潔』の聖典に従い、乙女を害し、民を脅かす者には――杖刑を執行する!」
「あっ……!」
森で助けられた少女が、両手で顔を覆う。
「こ、この人です……! ただ、さっきより今の方が、その……あの、太陽の下で、しっかりと……」
芙蕾雅もようやく追いついてきた。
肩で息をしながら、両手を腰に当て、胸は激しく上下している。
狼たちを見ると、その黒い霧と赤い紋様に気づき、はっとして声を上げた。
「……自然にできたものじゃない。誰かが権能を使って、この生き物たちをあそこまで狂暴にしているんだわ……」
狼は本来、賢く計算高い生き物だ。
群れであることで、さらに大胆になる。
中でも一際巨大な一頭がいた。
背中の赤い紋様は、鋭い槍の形を成している。
その狼が一声吼えると、他の狼たちはまるで軍隊のように隊列を組んで前進した。
一方のトールは、微動だにしない。
聖山のように揺るぎなく、ただそこに立っている。
構えもない。
ただ、ハートステッキを高く掲げているだけ。
しかしその姿は――「近づけば、無慈悲に打たれる」という絶対的な審判のように、村人たちの目に映った。
最初の狼が飛びかかる。
トールは半歩だけ横にずらした。
パァンッ!!
無駄のない横薙ぎの一撃。
その音は、骨の砕ける清々しい音を伴っていた。
狼は尻尾を股の下にしっかりと挟み込み、前脚のバランスを崩しながら、地面に長い痕跡を刻んで吹き飛んだ。
「一。」
トールは厳かに数えた。
二匹目。
三匹目……
トールはあたかも秩序を美徳とする教室で、規律正しい懲罰を執行しているかのようだった。
一撃ごとに、狼たちの戦意が正確かつ冷酷に打ち砕かれていく。
狼たちの中にあった殺意は、まず混乱へ変わり、やがて臆病へと変わった。
何匹かは地面でのたうち回り、何匹かは逃げ出そうとして仲間とぶつかり、再び転倒する。
まさに「敗北すれば山のように崩れる」――まるで互いに踏みつけ合いながら逃げ惑う敗残兵のようだった。
だが。
槍紋の頭狼だけは違った。
自分の群れが見せた無様な蹂躙に激怒し、一喝で狼たちの崩壊を止めた。
そして理解した――もはや自分が出るしかない、と。
赤い紋様が一斉に輝き出す。
黒い靄が足元から墨のように溢れ出た。
力を溜め、そして――
頭狼の身体が矢のように射り出された。
音もなく、素早く。
狙いはトールの喉元。
完璧な急襲だった。
頭狼は嗤う。
これで終わりだ、と。
しかし――
トールの視線が動いた。
まるで最初からその動きを読んでいたかのように。
身体を沈め、ステッキを振り抜く。
公平に。
これまでのすべての狼と同様に、尻を狙って。
ただし――
これまでのどの一撃よりも重かった。
それが強敵への敬意だったのかどうかは、誰にもわからない。
ドゴォォッ!!
「刑の執行、完了。」
喜怒の籠もらない声が響く。
頭狼の身体は空中で不自然に折れ曲がり、地面を転がり、削られ、最後には村の木門に激突した。
もはや息はなかった。
他の狼たちは本能的な恐怖に支配され、砕け散ったガラスのように四散した。
逃げる足並みは乱れ、身体の赤い線も見る見るうちに色を失っていく。
村人たちはまず言葉を失った――
そして次の瞬間、抑えきれなかった歓声が潮のように溢れ出した。
槍を捨てて地面に這いつくばり、トールに額を擦りつける者。
子供の手を引いて「ありがたい、ありがたい」と繰り返す者。
この一人で狼の群れを退けた勇士に触れようとする者。
「民たちよ! 感謝は不要!」
トールが手を掲げる。
「これは愛と美と純潔の女神――フレイヤ様の恩寵である!」
人々の畏敬はさらに強まった。
芙蕾雅はようやく、驚愕と諦めの中から我に返った。
トールの勝利に驚いたこともそうだが、それ以上に彼女の心を捉えたのは、狼たちに残された痕跡だった――鉄と火の痕跡。
それは生きるための狩りではなく、殺すための殲滅だった。
戦神の領域は人の心だけにあるのではない。獣の性にも宿るのだ。
戦神は、殺戮によって自分の尖兵を育てている。
彼女は倒れた頭狼のそばに歩み寄り、しゃがみ込んでその背を撫でた。
赤い紋様は次第に色を失いつつある。しかしその形はあまりにも固定的で、自然の痣のようには見えない。まるで何らかの符印を焼き付けたかのようだった。
芙蕾雅は嘆息し、優しく語りかける。
「自然の子よ……自然の懐に帰りなさい。意味のない戦意を解き、平穏へと戻りなさい」
女神の声に応えるように、死してなお獰猛だった頭狼の眼差しが、いくぶんか穏やかになった。
芙蕾雅は顔を上げてトールを見た。
彼は相変わらず、一切の衣をまとっていない。
しかも至って真面目な顔で、村人たちにうなずきながら芙蕾雅の名の祝福を与えている。
そして冷静さを取り戻した村人たちも、トールがあまりにも当然の顔で全裸で立っているのを見て、心の中で畏敬から次第に矛盾した感情へと変わっていった――
この人は確かに私たちを救ってくれた。でも……よく考えると、この人、すごく変だ。
「私の名聲ぅぅぅぅぅ!!」
芙蕾雅は心の中で絶叫した。
彼女は思った――どんな手を使ってでも、トールに服を着せなければ。
そう決意し、残された神力を使って、巧妙な奇跡を起こそうと試みた。
その時だった。
村外れの小さな教会。
裏庭の洗濯紐に、一羽の雄鶏が飛び乗って穀物をついばんだ。
すると紐がぷつりと切れた。
乾かされていた白い法衣が一斉に空へ舞い上がる。
風向きは異常だった。
一度樫の木を迂回し、再び戻ってきて――まっすぐトールへ向かう。
一枚目は村長の杖に引っかかった。
二枚目は跪いている村人の上に被さった。
そして三枚目は――
空中でひらりと回転しながら、まるで狙いすましたかのように、トールの頭からすっぽりと被さった。
ぱさり。
清潔な布地が優しく肩に落ちる。
日向の匂い。
石鹸の香り。
そして神力の加減か、うっすらと光を帯びている。
村人たちは息を呑み――次の瞬間、一斉に歓声を上げた。
「天より法衣が……!」
「神跡だ!!」
「女神様、万歳!!」
トールは眉をひそめ、突然現れた衣服を見下ろした。
納得していない顔だ。
聖典を開き、こうした異常な現象についての記述があるかどうかを探し始める。
そして――帯へ手をかけた。
芙蕾雅の心臓が跳ね上がる。
(やめて、お願いだからやめて、絶対にやめて!)
その絶妙な瞬間。
村長が震える足で前に進み出た。
目は潤み、声は震えている。
「修道士様……」
特に「修道士」という言葉に深い敬意を込めて、まるで伝説の救世主を見るかのように。
「どうか……どうか、私たちに敬意を捧げさせてください」
老人の額が地面に触れ、鈍い音を立てた。
他の村人たちも続々と跪いた。
「修道士様、万歳!」
「ぜひ村へ! おもてなしをさせてください!」
「本当にありがとうございました……もしあなた様がいなければ、私たちは……」
トールの手が帯の結び目で止まった。
彼は人々を見渡した。
その中には、先ほど逃げ出したあの少女もいる。
少女はおずおずと顔を上げ、わずかな声で言った。
「ご、ごめんなさい……さっきは、あなた様に失礼なことを……」
話し終えぬうちにまた頬を赤らめ、うつむいてしまった。
トールは迷いの中に沈んだ。
彼の頭の中の論理は、もともと単純で頑強だった――
聖典に服を着よとは書いていない。
純潔な肉体に隠す必要などない。
だが、聖典にはまたこうもある――
「純潔を広めよ」、「より多くの者を庇護せよ」。
彼はこの二つの言葉を頭の中で並べてみる。
それは、形の合わない二つの石を、無理やり合わせようとするように。
そして彼は気づいた。
自分は服そのものを否定していたのではない。
「隠す」という行為を拒んでいたのだ。
しかし――
もしこの白い法衣が、人々の目に「荘厳」を表し、彼がもっと容易に少女たちに近づき、彼女たちを守ることを可能にするのならば。
それは決して悪いことではない。
彼は帯から手を離した。
脱ぐのではなく、乱れた裾を整える。
そして村人たちに向き直り、声高らかに宣言した。
「この法衣もまた、女神の恩寵である! どのような理由であれ、汝らを恐怖から救うために授けられたものだ!」
これを見て、芙蕾雅はようやく全身の力を抜いた。
緊張が解けた拍子に、その場にどさりと座り込んだ。




