二、服を着てくださいよ
「服? なぜだ、これは純潔なる肉体だぞ」
トールは自分の裸身をじっくりと見つめ、まるで何か神聖な哲理でも考えているかのようだった。
「あなたはね、少女の前にいるんだよ!」
フレイヤは悲鳴をあげ、両腕で胸を押さえ、顔を赤らめ、目をまん丸に見開いた。
「そうなのか?」
トールは瞬きをひとつすると、手にした聖典をちょっと下にずらして、それで自分の体を隠そうとした。
「それで隠さないでよぉ!」
フレイヤは焦って足をバタバタと踏み鳴らし、金髪が揺れる。数本の髪の毛が額に落ちてきた。
「まったく面倒だな……さっきお前が聖典を奪おうとしたことも忘れていたよ」
トールは何かを考え込んだような顔で呟き、聖典をまた持ち上げて読み返し始めた。
「1ページ目! まず1ページ目を見て!」
フレイヤは半分叫ぶようにして聖典を指差した。
トールがページをめくると、そこにはこう書かれていた。
『フレイヤ女神の命令にはすべて従うこと』
「見たでしょ! 女神の言うことは聞くの!」
フレイヤは文字を指さしながら、下唇を噛みしめて、まるで「助けて、私いったい何やってるの……」という顔をしている。
「もちろん、すべては女神の御心のままに」
トールはコクコクと何度も頷いた。
「じゃあ本を返しなさいよ!」
フレイヤは叫びながらトールに飛びかかったが、トールは器用に身をひねって避けた。
「それはできぬ」
トールは静かに答えた。その声は経典を読み上げるかのように落ち着いていた。
「なんでよ! 女神の言うことは聞くんでしょ!」
トールは何気なく次のページをめくった。そこにはこう書かれていた。
『手に入れたものは己が腕で得たものゆえ、返却の必要なし』
「そういうことじゃないでしょ! 女神の言うことを聞きなさいよ!」
「それはそれとして、もっと大きな疑問がある。お前は女神なのか?」
トールは聖典を眺めながら言った。その口調は相変わらず真面目すぎて、むしろ滑稽ですらある。
「そうよ! 私は愛と美と純潔の女神――フレイヤよ!」
女神は胸を張り、腰に手を当て、誇らしげにあごを上げた。金髪が光のごとく輝いているが、その様子には少しばかり慌てた様子も混ざっていた。
「では、23ページには何が書いてある?」
トールはさらりとページを開き、まるで審判を下すかのような口調だった。
「そんなの覚えてるわけないでしょ!」
「ではお前が女神である証拠はないな。人を騙した者への罰はどこに載っていたか……」
トールはさらにページをめくり続ける。その顔は至って真面目だった。
「ちょっと待って! 私は本物の女神よ! 別の方法で証明してみせる!」
フレイヤはしばし考え、まるで決心したかのように、両手を掲げた。
残り少ない神力のすべてを振り絞り、両手のひらに光が集まる。
すると聖典がゆっくりと形を変え、精緻な長剣へと姿を変えた。刀身には彼女の聖紋が刻まれ、ほのかに神聖な輝きを放っている。
「見たでしょ! これで証明できたでしょ!」
女神は額の汗を拭い、その目には焦りと得意げな気持ちが入り混じっていた。
「これは幻術か、あるいは巫術というやつか?」
トールは手にした長剣をじっくりと観察し、眉をひそめた。
「しかし聖典が術の影響を受けるとは考えにくい。もしかすると、私の方が何かに影響を受けているのだろうか?」
やがて時間とともに剣の光は薄れていき、長剣はまた聖典の姿に戻った。
「そんなに長く見てたんだから、もう信じてくれたんでしょ?」
「うむ。お前は私の理解できない何らかの方法を使っている可能性はある。しかし根本的に、お前は自分の教義を覚えていない。だから私にはお前が正しいと確信できない。よって、聖典に基づいてお前に罰を下すこともない」
トールの口調は変わらず堅苦しく、一点の曇りもなかった。
「だからそれは私の日記だって言ってるでしょ!」
女神は泣きそうになりながら笑っているような顔で、両頬を真っ赤に焼き、思わず地団駄を踏みたくなっていた。
「女神のご加護があらんことを。私はこれより女神の教義を宣べ伝えに行かねばならぬ。さらばだ!」
トールは向きを変え、その歩みは確固として素早く、まるで嵐のように駆け出していった。
フレイヤはまず一安心した。罰を受けずに済んだことを喜んだのだ。しかしすぐに、あるとんでもなくまずい問題に気づいた――
「ちょっと待って、今なんて言った? 『女神の教義を宣べ伝えに行く』?」
「あの聖典で? 私の日記で?」
「ダメダメダメ! 日記で伝教しないでよ!」
彼女は小さな足を必死に動かしてトールを追いかけた。心の中は熱鍋の蟻のように慌てふためきながらも、必死に考えを巡らせていた。どうにかして自分の日記が至高の信仰の聖典となるのを阻止しなければ。普通の人間なら日記を信仰したりしないだろうが、しかし先ほどトールの力を目の当たりにした。もし本当にあれを崇拝する者が現れたら、それはもはや恥ずかしいという言葉では済まされない事態になるかもしれない。それにトールはおそらくフレイヤ最後の信者でもある。何があっても、フレイヤは何とか方法を考えつかねばならなかった。
*
陽光が大地を照らし、漂っていた暗い霧を追い払っていく。すべてに希望が戻り始めたかのようだった。
トールは大股で草木の間を颯爽と進んでいく。まるで何ものも彼の前進を妨げられないかのようだ。どこへ行くのかは本人にもわかっていないかもしれないが、その毅然とした表情は、すでに聖典の啓示を受けている者のそれだった。
ただ、後ろから必死に追いかける小さな女神がいた。唯一の救いは、女神はトールが通った道をたどればいいという点だった。トールはまるで開拓機のように、自らの足で道を踏み固めているのだ。
「ねえ、おにいちゃん、ちょっと待ってよ〜」
女神は自分の体格にふさわしいロリ声を出した。トールは歩みを止めない。
「お願い、お願いだから待ってってば……」
哀願の言葉もトールの足を止めさせられない。
「ちょっと、そこで止まって私を待ちなさいよ!」
命令口調もトールの耳には届かない。
「その目をしっかり見開いて見なさいよ! 女神がここにいるんだから!」
この言葉が何かのスイッチになったらしく、トールの神経に触れた。トールが急に立ち止まり、フレイヤは勢い余ってトールの太ももにぶつかった。
「急に止まらないでよ! 汚れたお尻を女神様に向けないで!」
フレイヤは抗議した。
「女神の尊きお姿」
トールはゆっくりと振り返った。
「だから正面も向かないでよ!」
トールは無視して、ひとりごとのように聖典の記述を読み上げる。
『文字による記述――女神の体格はほどよく引き締まり、その容姿は純潔にして神聖。挿絵によれば、女神の身長は九頭身、卵型の顔、絹のように滑らかな金髪。胸元には『D』の記入あり』
「でもお前は――」
トールはしかめ面をしながら、今のフレイヤの姿――四頭身、赤ん坊のようにふっくらとした顔、洗濯板のような胸――をじろじろと観察した。
「神様にも子どもの頃はあるんだからね! 今は神力が足りないだけなんだからぁああ!」
フレイヤは激しく抗議した。
二人が話していると、突然遠くから鋭い悲鳴が聞こえてきた。トールは鋭敏にそれが少女の悲鳴だと察知すると、怒涛のごとく叫んだ。
「聖典に曰く、邪悪の前にあって純潔の光は必ず輝く! 行くぞ!」
そしてためらうことなく、声の聞こえた方へ向かって全力で駆け出した。全ての助けを求める少女を救うことを誓って。
それを見たフレイヤの心は、むしろ喜びで満たされた。こんなにも強く、行動力があり、しかも敬虔な信者なら、この迷える子羊を正しい道へ導くことができれば、伝教の事業もきっと半功では済まないだろう。そう思い、彼女は気合いを入れ直してトールの後を急いで追った。
森の奥。
無辜の少女が芝生の上に崩れ落ちていた。スカートの裾は泥だらけで、しばらく走った後に転んだようだ。少女の周りには、採集したキノコが散らばっている。さらに外側では、数匹の狼のような生物が少女を囲んでいた。
その目は赤く光り、全身は漆黒。肋骨から首にかけて赤い線が入っている。彼らは生臭い息を吐きながら、低く唸っては、少女の助けを求める声を嘲笑っているかのようだった。
狼のような生物が襲いかかろうとしたその時、少女の最後の一声が響く。
「助けて!」
雷のように、その叫びに応えてトールが少女の目の前に舞い降りた。少女は逆光に立つトールを見て、まさに救世主にでも出会ったかのように、泣き顔から笑顔に変わった。
「少女の呼び声に応えて参じた! 我が名はトール! 愛と美と純潔の女神――フレイヤの忠実なる僕なり!『純潔』の聖典の名において、少女を侵そうとする者には杖責の刑を科す!」
鐘のように朗々とした宣言の後、聖典は瞬時に魔棒へと姿を変えた。明確な指導がないので、トールは魔棒を手に取るやいなや、狼のような生物たちを一方的に叩きのめし始めた。
狼たちの素早さや連携は、神速のトールには何の意味もなさなかった。もともと怒りの唸り声だったものが、次第にトールの太い声と暴力的な一振りによって悲鳴へと変わっていく。痛みを感じた狼たちは、本能的にトールが今狩るべき相手ではないと察知したらしく、すぐに「ウォーン」と啼きながら尻尾を巻いて逃げ去っていった。
戦闘で舞い上がった埃が落ち着いたとき、少女は自分の命の恩人にお礼を言おうと近づいてきた。フレイヤもその場に駆けつけたが、すでに遅かった。
「あの、ご主人様、ご恩に預かりありがとうございます。あなた様は――」
「我が名はトール! ――」
「きゃあああああ!」
少女は鋭い悲鳴をあげた。
「変態ぃぃぃ!」
そしてあっという間に反対方向へ逃げていき、すぐに見えなくなった。
「おかしいな……私は彼女を救ったはずだが。どこに問題があったのだろうか?」
トールは去っていく少女の背中を見つめながら、顎に手を当てて考え込んだ。
「あなた、服を着てないんだからねぇぇ!」
フレイヤは息を切らしながら答えた。




