十五、歪められた純潔
幸いにも距離が近く、異変に気づくのが早かった。
フレイヤは神術の力を振り絞り、少女の手にあった黒百合の表紙の『純潔』経典をすり替えた。
少女は夢から覚めたように瞬きをし、再び正しい教義を語り始めた。
しかし――すでに復讐の領域は芽を出していた。
村人たちの心には、確かに“種”が埋め込まれている。
それは教義で洗い流すか、あるいは時間の経過で薄めていくしかない。
もし今ここで無理に変えようとすれば、復讐はさらに深く根を張り、二度と取り除けなくなるだろう。
「……やれることはやったわ」
フレイヤは宿へ戻った。
落ち着かない指で、髪に絡まった黒百合の髪飾りをそっと撫でる。
遠くからは、純粋な信仰の波が絶え間なく押し寄せていた。
少女たちがそれぞれの村で熱心に純潔の教義を広めている証拠だ。
フレイヤは微かに目を閉じ、思わず微笑みながらその力を受け止める。
信仰は順調に増え、神格も安定して上昇していた。
しかし、その喜びは長くは続かなかった。
ふと視線を落とすと、黒百合の浮かんだ経典が目に入る。
「……あの子たちの伝教、こんなに早いってことは。もしかして、もう汚染された経典が広まってるんじゃ……? すぐに動かないと!」
「トール! 次の村へ行くわよ!」
机の前で、トールは村人から供えられたケーキを次々と頬張っていた。
「おおっ! もちろんいいとも! 女神の教義を実践し終えたら出発しよう!」
「それよりケーキの方が大事って言うの!?」
フレイヤは皿ごとケーキを奪い取り、自分の口へ押し込んだ。
「……この味、悪くないわね。でも本当に大事なのはこっちじゃないから!」
数日後、二人は白霜村へ到着した。
白木の森の端に位置するその村は、入り口に白い花輪が飾られ、風に揺れている。
空気には木屑と樹皮の香りが混ざり、どの家の前にも切り出された丸太や削られた板が積まれていた。
遠くからは斧の音が響き、子供たちは木屑の山で遊びながら、紙で作った白い花を振り回している。
女たちは軽やかな聖歌を口ずさみ、その声は森の間に響き渡っていた。
表面だけ見れば、すべてが純潔女神の理想郷のように見えた。
しかしフレイヤの目はすぐに異常を捉えた。
笑顔は確かに明るい。だがその奥には、隠しきれない“熱狂”が潜んでいる。
そして広場の隅の杭には、何人かの男たちが縛られていた。
顔は殴られて腫れ上がり、首には犬のような札が掛けられている。
彼らの体には鞭の跡や棍棒で叩かれた痕が無数に残り、村人たちは指を指して嘲笑いながら、どこか「純潔を執行している」という陶酔に浸っていた。
「これは……暴力の影?」
フレイヤは憂いを帯びた表情を浮かべる。
その視線の先――広場の中央。
洞窟の盗賊たちから救出された少女の一人が、高台に立っていた。
白い衣をまとい、白い表紙の経典を手にしている。
その声は澄んでいたが、そこには疑いを許さないほどの残虐さが隠されていた。
「純潔女神はお教えになっています! 穢れは鉄の腕で浄化されるべきだと! 純潔とは弱い憐れみではなく、穢れを焼き尽くす烈火です! 裁きこそが、魂を真に再生させるのです!」
「純潔と審判! 罪人を浄化せよ!」
村人たちの感情は一瞬で燃え上がり、声を揃えて叫んだ。
その声の波は杭さえも震わせ、縛られた罪人たちは思わず震え上がった。
「まずい……経典が暴力領域に侵食されてる……! 純潔が歪められている!」
フレイヤの心臓は凍りついた。
だが皮肉なことに、信仰の力は絶え間なくフレイヤ自身へも流れ込んでいた。
不吉な黒百合の髪飾りには、さらに濃い黒い気配が絡みつき、かすかに暗い光を放っている。
「ちょっと待ってくれ。審判? 浄化? それって聖典に書いてあった『炎の浄化』のことじゃないか?」
トールは首を傾げ、眉をひそめた。
そして、この間聖典について考え続けてきたことを頭の中で反芻する。
次の瞬間、彼は胸を叩き、聖典を手に高台へと昂然と上がった。その声は雷のように響く。
「皆の者! 聞いてくれ! 純潔女神の教えとは、最も甘美なケーキのようなものだ! 純白で瑕がなく、分かち合うべきものであって、鉄の腕で制裁するものではない!」
「聖使様、かつて私を救ってくださったことには感謝しています。しかし、教義の解釈となれば話は別です」
少女は己の権威を否定されたことに一瞬驚き惑ったが、すぐにその目を鋭く光らせた。彼女は経典を開き、ページに浮かび上がった真新しい文字を群衆に指し示す。その言葉は力強い。
「これこそが真実であり、正しい教義です! 経典には明確に記されています。『罪人は浄化の罰を受けるべし』と。これこそ女神ご自身の御言葉! 鉄の腕こそが、純潔を守る唯一の道なのです!」
「違う! 聖典には『敵を愛せ』とある!」
トールは負けじと、手にした聖典をめくりながら反論した。
「それは彼らに純潔の光を感じさせることであって、ただ棍棒で懲らしめることじゃない!」
「聖使様、あなたはまたお間違えです!」
少女は経典を高く掲げ、さらに声を張り上げた。その姿は、トールよりも大きく見えるほどだった。
「審判こそが純潔への避けては通れぬ道です! 厳しい刑がなければ、どうして褻瀆を洗い清められましょうか? 苦痛がなければ、どうして女神の栄光を示せましょうか!」
「違う!」
トールは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「純潔とは皆が良い暮らしを送ることだ! 甘い生活を分かち合うことであって、こんな説教や罰に満ちたものじゃない!」
「棍棒こそが最も直接的な浄化です!」
少女は一歩も引かずに言い放った。
「女神が賜った白い花は、単なる飾りではありません。炎の象徴です! これこそ最も熾烈な白い炎! 罪を焼き尽くすことこそが、真の純潔なのです!」
「純潔と炎! 罪人を浄化せよ!」
台下の村人たちの熱狂はますます高まり、叫び声が飛び交う。
「こ、これは違う……!」
トールは珍しく額に汗を浮かべ、後ずさる。
目の前のかつて弱々しかった少女が、今や自分にとって最も手強い相手になっているとは思いもよらなかった。
聖典を何度もめくっても相手を圧倒できる文言が見つからず、ただ言葉に詰まるだけだった。
少女は村人たちの感情をさらに煽ろうと体を翻した。
トールは言葉では敵わないと悟った。しかし彼には、どんな相手もなぎ倒す「伝教スタイル」があった。
彼は歯を食いしばり、手中の聖典をピンクのハートの魔法棒へと変化させ、大声で叫んだ。
「言葉が通じないのなら、女神の審判で決着をつける!」
「審判! 審判!」
台下はたちまち歓声に沸いた。
「それこそ、私の望むところです!」
驚いたことに、少女はまったく怯むことがなかった。それどころか、その目から冷たい光を放ち、トールを睨みつける。手の中の経典も白い光を放ち始め、凄絶な気配を帯びた白い長剣へと変化した。
「トール! このバカ! やめなさい!」
フレイヤは顔色を変え、急いで高台に駆け上がり、トールの袍を引っ張った。
「暴力で問題を解決しようっての? 暴力を使えば使うほど『暴力領域』が強くなるだけよ!」
「でも手を出さなかったら、どうすればいいんだ? 彼女の言い分ももっともだし、これじゃあ、どっちが正しいのかどうやって分かるんだ?」
トールは固まり、彼女の怒りに満ちた小さな顔を見下ろした。
「彼女は間違ってるの! 彼女の経典は汚染されてる! 暴力領域が私の信仰を蝕んでいるのよ!」
フレイヤは、トールの手にある日記も決して正しいとは言えないが、暴力領域に比べればまだマシかもしれない、と思った。
そう考えて、彼女は深く息を吸い込んだ。
台下の熱狂的な村人たちを一瞥したその時、彼女の脳裏にひらめきが走った。
彼女の声は高く、澄み渡って響いた。
「皆さん! 純潔女神の教義は、決して鉄の腕によるものではありません。心の光によって感化させるものです! 今日、私は試練によってどちらが正しいかを決めることを提案します! 拳ではなく、純潔の力を使って――どちらの教義が本当に皆さんの心を照らせるのかを証明するのです!」
村人たちは一瞬、ざわめき始めた。
少女は眉をひそめ、明らかに目の前の暴力を使える機会を手放したくない様子だった。
しかし、フレイヤの目に輝く神聖な光を見て、洞窟での経験を思い出した時、ようやく表情が少し和らいだ。
「よろしい。あなたの言葉に従いましょう」
「穏やかな方法? 力比べでもやるのか?」
トールは後頭部を撫でながら、満面困惑した表情を浮かべた。
「あんたは黙って私の言うことを聞きなさい!」
フレイヤは片手で額を押さえ、深く息を吸い込んだ。
信徒:154
領域:幸運、純潔、復讐、暴力
神術:造水術、武器変化、治療小傷、幻化形象、煙火術、安定心神、創造經典




