十一、助けてよ、トール!
フレイヤは盗賊たちに乱暴に押し込まれ、巨大な洞窟の中へ放り込まれた。
辺りは冷たく湿っている。
岩壁には水滴が滲み、空気には汗臭さ、酒臭さ、そして血の匂いが混ざっていた。
焚き火の炎が揺れるたび、盗賊たちの影が異様に長く伸びる。
まるで魔物のように歪みながら踊っていた。
盗賊たちは火を囲み、大声で笑い、半焼けの肉をかじりながら下品な罵声を飛ばし合っている。
遠慮など欠片もない。
そして洞窟の反対側――。
そこには十数人の女たちがいた。
衣服は乱れ、顔には青痣。
泣き腫らした目。
彼女たちは肩を寄せ合い、小鳥のように震えていた。
絶望だけが、その瞳に残されている。
すすり泣きが漏れるたび、盗賊たちの怒鳴り声が飛ぶ。
「うるせぇぞ!」
一人の盗賊が酒瓶を岩壁へ叩きつけた。
鋭い破砕音。
女たちは一斉に息を呑み、泣き声を押し殺す。
残ったのは、かすかな嗚咽だけ。
その沈黙は、叫び声よりも重かった。
フレイヤはその光景を見て、胸が締めつけられる。
彼女にはわかっていた。
このまま恐怖に飲まれれば、彼女たちの魂は少しずつ枯れていく。
光を失ってしまう。
そして女神である自分が、それを見捨てることはできない。
フレイヤはゆっくり近づき、春風のように柔らかな声で告げた。
「大丈夫。
わたしが、あなたたちと一緒にいます」
最初に顔を上げたのは、近くにいた数人だけだった。
その目にはまだ警戒と疑念が残っている。
だが暗闇の中で、フレイヤの瞳だけは優しい月光のように輝いていた。
それは久しく感じていなかった“安心”だった。
しかし――。
空気が少し和らいだ瞬間。
ガンッ!!
一人の盗賊が鉄格子を乱暴に叩いた。
耳障りな音が洞窟に響く。
「おいガキ。
変な宗教ごっこしてんじゃねぇぞ」
盗賊はニヤニヤ笑いながら吐き捨てた。
「女が泣く声ってのはな、酒が進むんだよ」
周囲の盗賊たちも囃し立てる。
「黙らせろー!」
「説教は聞き飽きたぞー!」
フレイヤは唇を噛んだ。
ここで言い返せば、女たちは余計に怯えてしまう。
その時――彼女の頭に閃きが走る。
フレイヤは微笑みを浮かべ、盗賊へ向き直った。
「もし泣きすぎて倒れたら、あとで困るのはあなたたちじゃないの?」
「……あ?」
「あなたたち、泣き潰れて動けない奴隷が欲しいの?」
盗賊は一瞬ぽかんとする。
そして周囲から笑い声が上がった。
「ははっ、そりゃそうだ!」
「泣き顔パンパンの女なんて興ざめだしな!」
「いいぜ小娘。
黙らせられるなら好きにやれよ」
嘲笑混じりではあったが、結果的にフレイヤは時間を稼ぐことに成功した。
彼女はすぐに女たちへ向き直る。
声は水のように穏やかだった。
「聞こえたでしょう?
彼らですら、わたしがあなたたちを落ち着かせることを許した」
フレイヤはそっと胸に手を当てる。
「あなたたちは独りじゃない。
これもまた、神の導きなんです」
女たちは顔を見合わせた。
押し殺していた感情が、少しずつ溢れ出していく。
再びすすり泣きが始まる。
だが今度は恐怖ではない。
長く押し込めていた心が、ようやく緩み始めたのだ。
震えていた肩が、少しずつフレイヤへ寄ってくる。
「自分には価値がある。
明日がある。
それを忘れないで」
フレイヤの声は柔らかい。
けれど、その奥には逆らえない強さがあった。
まるで聖歌のように、洞窟へ響き渡る。
その時だった。
女たちの胸元から、淡い光がこぼれ始めた。
小さな星火のような光粒。
それらはゆっくりと宙を舞い、フレイヤの身体へ吸い込まれていく。
最初はごく僅かだった。
盗賊の威圧を払うには程遠い。
だが。
一人、また一人と女たちが顔を上げるたび。
濁っていた瞳に光が戻るたび。
信仰の光は増えていった。
フレイヤの瞳が淡く輝き始める。
背後には、羽のような幻光が浮かび上がった。
女たちは息を呑む。
再び涙が溢れる。
だが今度は――希望の涙だった。
「見えますか?
これが“信仰”の力です」
フレイヤは静かに微笑む。
「諦めない限り、女神は必ず応えてくれます」
だが盗賊たちはまるで気づいていなかった。
彼女が絶望の中から信仰を集めていることに。
「なんだあれ?」
「安っぽい手品か?」
「もういいだろ! 飽きたぞ!」
そんな野次しか飛んでこない。
「……よし」
フレイヤは胸の内で呟いた。
力が集まってきている。
まだ、この場をひっくり返せるほどではない。
だが――道は見え始めていた。
彼女は目を閉じる。
この力を神託へ変え、トールへ届けようとする。
ここへ来て。
助けて。
この人たちを救って。
だが。
何度呼びかけても。
声は厚い壁に弾かれるように消えてしまう。
神念が届かない。
「どうして……!
信仰は集まっているのに……どうして届かないの……!」
焦りで額に汗が浮かぶ。
その時だった。
無精髭の盗賊が、いやらしい笑みを浮かべながら近づいてきた。
欲望に濁った目。
ねっとりとした視線が、フレイヤの身体を舐め回す。
「へへ……。
このガキ、なかなか上玉じゃねぇか」
男は舌なめずりした。
「今回は俺が先にもらうぜ」
周囲の盗賊たちも下卑た笑い声を上げる。
その視線だけで、周囲の女たちは再び凍りついた。
誰かが顔を覆い、泣き始める。
せっかく芽生えた希望が、また恐怖に飲まれていく。
フレイヤは眉を寄せた。
まだ信仰の力は足りない。
この場を切り抜けられる保証はない。
それでも彼女は背筋を伸ばした。
恐怖を見せまいとする。
だが男はさらに近づいてくる。
汚れた手が伸びた。
「さぁて。
お遊びはここまでだ。
次はお前が俺たちを楽しませろよ」
獣のような欲望が、その目に宿っていた。
女たちはまた泣き出しそうになる。
だが――。
こんな絶望の中でも。
フレイヤには、不思議な確信があった。
神託が届かなくても。
あの狂信的な筋肉神官なら、きっと来る。
あの滅茶苦茶な教義を本気で信じている男なら――。
だから彼女は、腹の底から叫んだ。
「助けてぇぇぇ!! トーーール!!」
信徒:84
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神術:水生成、武器変化、小治癒、幻影変化、花火術、精神安定




