焦土の連鎖
四国が陥落し、瀬戸内海が敵の架橋によって埋め尽くされようとする中、人類が残された最後の希望として投入したのは、かつて空の覇者であった航空戦力だった。
中国・近畿地方の各基地から飛び立った数十機に及ぶ戦闘機隊は、四国側の海岸線に陣取る「遠距離攻撃型」を叩くべく、死地へと突き進んだ。
だが、空の優位さえも、新型の敵にとっては単なる標的の選別作業でしかなかった。
敵の「遠距離攻撃型」から放たれるプラズマ収束弾は、チャフもフレアも回避機動も一切意に介さず、肉眼では捉えきれない超高速の光線となって次々と戦闘機を空中で蒸発させていく。
『――第3中隊、全滅! 駄目だ、有効射程に入る前に落とされ……ッ!』
『回避は不可能だ! 当たるかは分からん、全機、落とされる前に撃ち続けろ!!』
絶叫が無線を飛び交う中、航空自衛隊のパイロットたちは即座に死を覚悟した。
まともな戦術は通用しない。彼らは自らの命が尽きるその瞬間まで、ロックオンすら不確かな遠距離から、持てるすべての空対地ミサイルを雨あられと放ち続けた。
次々と火だるまになり、海へ墜ちていく友軍機。だが、彼らが散り際に放った無数のミサイル群の中で、ついに一発の弾頭が敵の迎撃網をすり抜け、遠距離攻撃型の一基に直撃した。
激しい爆発が巻き起こり、敵の強固な装甲が内部からひしゃげ、巨大な砲台が黒煙を上げて爆散する。
『――目標一基、撃破!』
だが、歓喜の声を上げる間もなく、さらに激しさを増した無慈悲なプラズマの雨が空を薙ぎ払う。編隊の生き残りは、ついに編隊長機ただ一機となった。
機体の片翼を吹き飛ばされ、もはや操縦不能となり墜落の軌道を描きながらも、編隊長は最期の推力を振り絞り、敵の密集地帯へと真っ直ぐに機首を向けた。
『散っていった奴らの意地だ……! 一緒に地獄へ来い、化け物ォッ!!』
絶叫と共に、編隊長機は自らを巨大な質量弾と化し、並んでいた遠距離攻撃型の二基を巻き込んで激突した。凄まじい業火が上がり、さらに二つの敵機が粉々に砕け散る。
司令部に一瞬の静寂と、祈りのような息を呑む音が広がる。
だが、通信機から聞こえていたノイズが止み、煙が晴れた四国側の海岸線には――今破壊した三基の残骸をあざ笑うかのように、無傷の「遠距離攻撃型」がさらに何十基も砲身を煌めかせて並んでいた。
『――航空支援、全滅を確認。……制空権、完全に喪失しました』
司令部に届いたその冷徹な報告は、同時に「陸上に対する無制限の蹂躙」の開始を告げる合図となった。空からの脅威が完全に消失したことで、敵の遠距離攻撃型は牙を剥き出しにした。遮るもののなくなった中国地方の沿岸部へ、空を埋め尽くすほどの光線が雨となって降り注ぐ。
『――島根、および福井方面の原子力発電所に熱源接近! 迎撃、間に合いません!』
その報告が司令部に届いた直後だった。
視界が真っ白に染まるほどの閃光が、中国地方と近畿北部の沿岸をなめ尽くした。敵の放ったプラズマ収束弾は、強固な防護壁すら紙細工のように貫通し、原子炉を直撃。次の瞬間、超高温のプラズマと核エネルギーが混ざり合い、純粋な破壊の奔流となって大地を揺らした。
爆発は「燃える」という段階を飛び越し、物質を分子レベルで消失させた。半径約80キロ圏内の陸地は一瞬で抉り取られ、海がそこへ流れ込む。煙すら上がる暇のない、真空と光だけの地獄。西日本の地図は、物理的にその形を失った。
「……あ、ああ……」
モニター越しにその光景を見ていた司令部の通信士が、声を失い崩れ落ちる。主要なエネルギー源を断たれたことで、中国地方の沿岸部に配備されていた2基のレールガンは、一度の咆哮を上げることなく沈黙した。
だが、地獄はそこからが本番だった。
「架橋、本州に接舷! 機械群、上陸を開始!」
電力も航空支援も失った暗闇の防衛線に、無数の機械の足音が響き渡る。瓦礫の山と化した陣地。顔を血と硝煙で汚した連隊長が、もはや形を成していないマイクに向かって、喉を震わせ叫んだ。
「――全残存部隊へ告ぐ! レールガンはもう動かん! だが、我々の足はまだ動く! 本任務を陣地死守から『徹底撤退戦』へ移行する! 殿は俺が務める。各員、一人でも多くの民間人を東へ、後ろへ逃がせ!」
部下たちの間に動揺が走るが、連隊長の声はさらに熱を帯びて響く。
「生きて……次の戦いへ繋げ! 我々にはまだ、和泉たちがいる! あそこで戦う彼らこそが、我ら人類の、この国の希望だ! 彼らが生きている限り、我々はまだ負けてはいない!」
月の素材の恩恵など微塵もない、ただの人間たちが、圧倒的な質量で迫り来る機械の壁の前に立ちはだかる。それは無謀な玉砕ではなく、未来を生きる仲間への「献身」だった。
「本部に通信しろ! 中国防衛線のレールガンは全滅。近畿の防衛に注力せよ。……それと、和泉の部隊へ! 救援は来なくていい、間に合わん。日本海側から関東へ撤退して、必ず奪還してくれ。……我々の屍を越えていけと、そう伝えろ!」
和泉たちが持つ「力」への憧憬と、自分たちがここで果てることへの誇り。それらをすべて託した、魂の命令。通信兵は涙を堪えながら、不安定な広域回線に向けて必死に信号を送り続けた。
だが、その叫びが届くことはなかった。
上空では、敵の砲撃がもたらした巨大なプラズマ爆発によって電離層が激しく撹乱され、すべての無線通信は砂嵐のようなノイズに飲み込まれていた。和泉たちに「未来」を託したその言葉も、空しく虚空へと霧散していく。
「……連隊長、通信、繋がりません……!」
泣き叫ぶ通信兵の肩に、連隊長は静かに手を置いた。
「わかった。君も撤退しなさい」
その声には、部下への慈しみと、状況を冷徹に見据える覚悟が宿っていた。
「……連隊長!」
「無駄な死は許さん。お前の役割は、ここで我々が何をしたかを記録し、後方へ持ち帰ることだ。行け!」
連隊長は小銃を握り直し、迫りくる機械の群れへと一歩踏み出した。
次の瞬間、四国側から放たれた数条の光線が、防衛陣地を直撃した。敵はただの「効率的な排除」として、彼らの勇気も、覚悟も、次代へ託した願いも、すべて無機質にすり潰していった。
中国地方の防衛線は、その中心部を抉られ、沿岸部を物量と砲撃でズタズタにされ、ついに完全に崩壊した。
その凄絶な犠牲と引き換えに得られたのは、近畿防衛司令部が「人の業」という名の牙を剥くための、わずか数十分という血塗られた時間。
暗闇に沈む近畿の空に、東の浜岡原発から全電力を吸い上げた3門のレールガンが、砲身を赤く発熱させながら、その鋭い「牙」を敵へと向けようとしていた。




