出現2
ふかふかする。
ほかほかする。
べろべろする。
(・・・べろべろ?)
「なんじゃあ!」
那月はカッと目を開けた。
なんか顔半分がちくちくすると思ったら、地面に横になっていた。
丸くなってる自分の体の足先をみると、なにやらふさふさしたものがぱたぱたと動いている。
そして再び、べろっとやられた。ほっぺたを。
慌てて起き上がると今まで背中にあったぬくもりとの間に空気が入って少し寒い。
恐る恐る振り返ると、巨大なやつがいた。
でろんと地面に寝そべって頭だけあげている。
ぴんと立った耳に、灰色っぽくてつやつやした毛並みに覆われた重そうな手足に長い尻尾。
とにかくでかい図体は、立ちあがれば那月よりもあるだろう。
そして、真っ黒な瞳。
---あの犬だ。
「ちょっとあんた!あんたのせいであたしはトラックにひかれたんだからね!」
一言言っておかなくては気が済まない。
なにしろ、こちらはこいつに気をとられて死ぬところだったのだ。
那月は怒っているというのに、犬はしっぽを振って何やら嬉しそうだ。
心なしか目元が笑っている気がする。
「ちょっと!ききなさいよ!」
びしっと指をつきつけると、その指すらべろっと舐めようとする。
---あれ?そういえば死ぬところだったんだ。なんで?生きてる・・・。
手足を動かして、怪我しているところがないか確認してみる、までもなくどこも痛くない。
---いやいや、怪我もなく済むはずがない。だいたい避けられなかった。あのスピードでは・・・。
そういえば、あのトラックの方はどうなっただろうか?
まさかひき逃げ?
立ちあがってあたりを見回してみて、改めて硬直した。
車道なんてない。
360度森に囲まれた原っばだ。
ちょっとした公園くらいの大きさの原っぱに、那月とこの獣しかいない。
「ここどこ?」
答えるものもいないのに、思わずつぶやいた。
意識を失っている間にこの犬に連れて来られたのだろうか?
---何のために?
決まってる、食べるためだ。
何しろ野性だ。人に飼われている感じではない。
そう気がついたと同時に、相手はすっくと立ち上がり、身を低くして構える姿勢になった。
(あわわわわわ!)
「た、食べられる・・・!」
あまり刺激したくないが、どうも那月は慌てるとなんでも口走る癖がある。
のしっと一歩踏み出してくるので、ぎぎぎとぎこちなく後ずさる。
「お、おいしくないよ?」
無駄かもしれないが説得を試みる。
が、当然ながら無駄だった。
ぎざぎざした歯がびっしり並ぶ大きな口を開けて、がぶっと噛んだ。那月の袖を。
「ふわわわ~っ。ちょっと待って、おちつけ!」
と騒ぐ那月をよそに、犬は鋭い目で森の奥を睨みつけ、その反対へと引っ張っていこうとする。
何やら様子がおかしいことに気がついた那月は、彼(彼女?)が視線をやっている森の奥に目をこらした。
「なにかいるの?」
もちろん返答はないが、そちらからドドッ、ドドッと音が近づいてきた。
続いて、馬のいななく声がする。
(近くに牧場なんてあったっけ?)
記憶を辿ろうとする那月を、犬がものすごい力で引っ張っていく。
---人間に見つかることを警戒しているんだ。助けを求めよう!
抵抗し始めた那月に目をやり、「いいからこっち来い」という感じでさらに強く顎をひく。
そして次の瞬間、思い切り右側に跳ねた。
同時に、那月の左のほおを風が通り抜けた。
はっとそちらを見やると、今まで立っていた場所の少し先に矢が突き刺さっていた。
「矢。」
(頭に刺さるところだった?)
呆然としていると、反対の森から馬に乗った2、3人の人影が出てきた。
遠目にも分かるくらい派手な色彩をまとい、こちらに向かって弓らしきものを構えている。
助けようとしてくれたのかとも思えたが、先ほどの矢は那月に当たるところだった。
(しかも、今時弓ってなんだ。たちの悪い悪戯では済まされない。)
それに、よくよく考えると犬は那月を逃がそうとしているようにも思えた。
「あっちが危険なら、そうと早く言ってくれればいいのに。」
と無茶を言いながら今度こそ、一緒に走りだそうとした。
しかし、馬の駆ける音がどんどん近付き、今度は地面を蹴ったばかりの足元に矢が刺さった。
犬が後ろをさっと振り返ってから、那月の目をじっと見た。
ものすごく何か言いたそうだ。
そして、ぱっと袖から顎を離すとびゅっと駆けて目前に迫っていた森に飛び込んで行ってしまった。
「置いて行かれた。」
泣きそうになりながらもとっさに後を追おうとしたが、叶わなかった。
目の前に黒い大きな馬が飛び込んできたからだ。
「止まれ。」
剃刀を首に当てられたようにぞっとする低い声が言った。
そして、実際首に刃物を突き付けられた。
(今度こそ死ぬ。)
那月は息を吸い込んだ。
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