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狼の詩  作者: 十夜
2/15

出現1

目を開けると、見慣れない木目の天井が飛び込んできた。

一瞬体をこわばらせて記憶を探ると、すぐに力が抜ける。

そうだ、昨日からゼミの合宿に来ていたのだった。

息を吐いて体を起こしながら、目を開く直前まで見ていた映像を頭に浮かべてみる。

(きれいな犬だったな。毛並みが銀色に見えた。)

それに自分が犬になって駆ける夢も見た気がする。


---いい気分だ。珍しくすっきり起きれたし散歩でもしてみるか。


那月は、朝が弱い。

たまに目覚めよく起きれた日くらい爽やかな朝を満喫してみるのもいいかもしれない。

何より昨日から合宿でやってきたここは、普段暮らしている東京と違って自然溢れる山の中だ。

空気も澄んで気持がよさそうだ。

お気に入りのボーイフレンドジーンズに、Tシャツ。

まだ肌寒いだろうからジャケットを羽織り、長い髪を無造作に束ねて出発した。


「んー、気持ちいい!」

少しひんやりした空気が肌に心地いい。

ログハウスを出て適当に歩きながら、那月はひとりにやけた。

昨夜のゼミ討論会はひどかった。

あれじゃただ合宿にかこつけた宴会だ。単に夜通し騒ぐためにここに来たんじゃないだろうか。

今頃みんな二日酔いで唸ってるだろう。

---いやー、酒に強くてよかった。

おかげで、この特別気持ちのいい朝も独り占めだ。

実際、合宿なんぞ来る暇があったらバイトでもしていた方がよっぽど有意義だった。

のこのこやってきたのは、野生の動物が見れるかもしれないとゼミ仲間に唆されたから。

去年きた先輩は、鹿やらリスやら見かけたらしい。

(見たいじゃないか!)


「動物がいそうなところは・・・」

敷地の外の車道の先は、もう鬱蒼とした森になっている。

何かいやしないかと、目を凝らして木々の間を見てみると、一瞬なにかが動いた気がした。

(なんかいる!尻尾?)

足音をたてないようにそろりと森のほうへ近づいてみる。

黒っぽい尻尾が太い木の陰に隠れたと思ったら、反対側からぬっと頭が出てきた。

(犬?でっかい・・・!)

地面から頭が1メートルくらい離れている。

食われてしまいそうなほど大きな犬だ。

(まだこっちには気が付いてないみたい。)

きょろきょろとして何かに気をとられているみたいだ。

身の危険を感じてもおかしくないような巨大な動物なのに、もっと近くで見てみたい気持ちを抑えられない。

動物から目を離せないまま、さらにちょっとずつ足を進める。

もう少しで森の手前の車道に足をかける、というところで犬がさっとこちらを向いた。

その目がすっと細められる。

(近づきすぎた!この距離なら一瞬で飛びかかられてしまう!)

体を強張らせながらも、那月はまだ獣から目がはなせない。

---きれいな黒曜石の目だ・・・どこかで見覚えのあるような。


その時犬が耳をぴくっとさせ、はっとしたように顔をあげて体の向きを変えた。--那月に背を向けて。


「あっ、・・・待って!」

思わず走って後を追おうとした。


キキキィーーーーーッッッ!!!


ブレーキの音に気がつくと、もう避けられないほど近くに巨大なトラックが迫っていた。

(嘘でしょ、なんで気がつかなかった・・・!!)

(車の音なんて聞こえなかったのに!)

トラックは急ブレーキをかけているが、どう見ても間に合わない。

(後ろに戻るか、前に飛び出すかしないと・・・!!)

もう視界いっぱいに白い車体しか映らない。

逡巡している間にも避けなければならないのに、体が動かない。

「これは、死ぬ。」

目を見開きながらも妙に冷静につぶやく。混乱しすぎて、怖すぎて、なんとか自分の頭をはっきりさせたくて。

---これで死ぬの?こんなに簡単に?私はまだ何も得ていないのに?

思わず目をつぶった。衝撃に備えて。

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