プロローグ
鼻先をくすぐるのは、少し湿った木々の香り。
肌をなでるのは柔らかな草。
包み込むように注ぐのは、温かな陽の光。
なかなか思うように動かせない手足で懸命に追いかける先には、兄弟の背中がある。
自分より少し大きな体をした兄弟には、いつもこうしておいていかれてしまう。
けれども、いつも少し先で彼女を待っていてくれる。
思い切り駆ける喜びに息を弾ませ、誇らしげに耳をぴんと立てながら、いつまでも追いついてこない妹を待ち切れずにそわそわと歩きまわり、せわしなげにしっぽを振りながら輝く瞳で彼女を見つている。
そんな兄弟に思わず笑い声をあげながら、一層手足に力をこめて駆けより、とびつき、じゃれかかる。
遠くから彼らを呼ぶ声がする。
父が戻ってきたのだろう。
一瞬目を合わせて、二人はまた駆けだした。
今度は、二人を待つ父親のもとへ。
暗転。
ぼんやりとした光の中で、一匹の犬が走っている。
灰色とも銀色ともつかない美しい色の毛で、太くどっしりとした足、磨かれた黒曜石のように深い黒の瞳に鋭い光を帯びた大きな犬だ。
しばらくするとふいに立ち止まり、向かう先を疑うように睨みつける。
何かを探し求めるように視線をゆらめかせ、においを嗅ぐように鼻を高くあげながらあちこちを探っている。
何のてがかりも得られない様子で、またどちらとも知れぬほうへ駆けていっては立ち止まる。
それをまるで映画でも見るように見ている。
こちらは暗く、そちら側からは切り離されているようだ。
必死に何を探しているその様子を見ていると、胸が苦しくなる。
訳が分からない焦燥に駆られて、思わず叫んでいた。
「私はここにいいる!」
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