悪霊の同士討ち編(3)
放課後、面談室に向かった。
担任の橋爪麻実といじめについて面談する為だった。桜は橋爪の二人で面談するのは難しいといい、結局直恵もつきそう事になった。最近、桜に甘いかもしれない。
まあ、バイトを紹介してくれた恩や令美の悪霊騒ぎの時は助けられた。困ってる友達を助けるのは、人間として当然の事だ。
担任の橋爪は、いじめの件を聞くと眉根を寄せて困り始めた。
まだ大学生にも見える若い教師だった。上司の真澄も怖いらしく、いつもビビっているような態度だ。当然、生徒からも舐められている。その分、桜も話しやすそうではあったが。
前は橋口杏奈という英語教師がいたが、家庭の事情で退職してしまった。その穴埋めで学園長のコネでこの橋爪が採用されたようだ。コネという負い目もあるのか、橋爪は全く自信があるようにも見えない。そう思うとコネ採用なんて羨ましくない。日々、自己肯定感や自信がすり減っていきそうだ。
「そ、そうなのね……。いじめがあるのね」
「ちゃんと対処してくださいよ、橋爪先生。まさかいじめられる方が悪いとか独特な理論は展開しませんよね?」
イマイチ頼りない橋爪に直恵は釘をさした。冷静で少し怖い雰囲気もある直恵こそ橋爪をいじめているように見えてしまうから、おかしなものだ。桜も吹き出していた。
「でもねー、本当にいじめ? 朝霧さんの勘違いじゃない?」
「本当、何言ってるんですか? 桜が嘘つくわけないでしょ」
「ちょちょ、淡雲さん睨まないで! 確認しているだけだから!」
すっかり萎縮している橋爪に桜はいじめの証拠を次々とだす。とくにLINEやSNSで陽那達は桜の悪口を言っていて、そのスクリーンショットも証拠として出していた。動かしにくい証拠という事で、橋爪も納得したようだ。
「でもねー、徳井陽那さんがいじめするか、信じられないわ。あの子、いい子っぽいじゃない」
「何を根拠に? むしろいじめなんてする狡い人間だからこそ、いい子っぽく振る舞ってると言えません?」
直恵が睨みつけながら言うと、さすがなんて
橋爪も折れたようだ。後で陽那を呼び出して注意するという事でまとまった。
橋爪は意外と偶像崇拝や占いなど日本人がよくくっつけている悪霊はつけていない。ただ、拒絶や自己否定の悪霊をどっさりとつけていて、おどおどと自信が無さそうなのも頷ける。
拒絶や自己否定の悪霊は、子供の時につきやすい。多くは親との関係の躓きから。また、テレビやネットで成功しているものとずっと比較していると憑く。今はネットで成功しているものなど気軽に調べられるし、この悪霊をつけているものも多い。
特に若い女性は顕著だ。拒食症や顔面恐怖症を患ってしまうものもいる。そういえば陽那もこの拒絶と自己否定の悪霊をくっつけていた。いじめなんてしているが、内面は傷だらけかもしれない。
「わー、先生ありがとう!」
桜はそんな事は知らずに、無邪気にお礼を言っていた。橋爪もホッとした表情を見せる。直恵も少しキツく言い過ぎたみたいだと、少し反省した。
「でも徳井さんは、親も学校の先生で、本当に優等生に見えるのよねぇ」
「先生、まだそんな事言っていていいんですか?」
再び直恵が睨むと、橋爪は子犬のようにプルプルと震え始めた。
「でもねぇ。朝霧さんも、もう少し目立たない行動とりましょう」
子犬のような情け無い橋爪だが、意外と言う事は言ってきた。
「女の子の嫉妬って強いよ。朝霧さんは女子が欲しいものみんな持ってるしねぇ」
「桜が悪いって言うんですかー?」
再び直恵が睨むと、橋爪は涙目になったが、言葉を続けた。
「女子の嫉妬は本当に根強いのよ。私の友達でも超美人の子がいたけど、病んじゃってね……。今はお笑いキャラに徹してどうにか生きてるみたい。美人が、やたらオヤジっぽい言動とったりお笑い系に行くのは処世術ね。だからって彼女たちがモテないわけじゃないから、鵜呑みにしない方がいいわ」
「わかった! 今日から私もお笑いキャラになる!」
「いや、桜は天然おとぼけキャラよ……」
しばらくこうして三人で下らない話をしていたので、桜も少し落ち着いてきたようだ。
橋爪の言う通り、女性の嫉妬は怖いものだ。もともと悪霊の親分・ルシファーは神様に嫉妬し、地に堕とされた。嫉妬という感情は、悪霊が引き起こす事が多い。特に女性は周囲との比較に敏感なので、一度拒絶や自己否定の悪霊を受け入れてしまうと、嫉妬の感情に悩まされる。ルシファーの性別は定かではないが、女性という説もあながちアリかもしれない。
また、化粧品も意外と悪霊を招きやすい。大手ブランドが作った化粧品は、悪霊と密なものが開発していて、嫉妬の悪霊はもちろん、イザベラの悪霊が憑いているものもいる。これは非常に厄介な悪霊で、一見煌びやかに見える人ほどくっつけている。
「先生、失礼ですけどどこの口紅使ってます?」
橋爪から聞くと、案の定危険なブランドのユーザーだった。
化粧品についている悪霊のついて説明すると、意外と橋爪は受け入れ、ティッシュで口紅を拭った。
これだけでは悪霊が出て行く事はないが、少しはマシになるかもしれない。実際、さっきよりはオドオドしなくなった。こういった化粧品は一見綺麗にはなるが、本来の自分を発揮できないケースもある。桜も橋爪の態度が少し変わった事に気づいて、少し声をあげる。
「先生、別に化粧しなくても良くない?」
「そうねー、淡雲さん。マナーから一応やってたけど、正直めんどくさいのよん」
こうしてみると、橋爪はそこまで酷い人間には見えず、いじめの件は任せても良さそうだ。
「化粧品は、外典では堕天使が持ち込んだ説もあるのよねー」
「淡雲さん、本当?」
意外と橋爪はこの話題にくいついた。
「ええ。本当は女性は化粧なんてしなくても美しいんですよ。もちろん清潔っぽい感じは大事ですが、聖書には着飾る事は推奨されていません。ちなみに白髪も美しいものとして描かれていたりします」
こんな話題で盛り上がってしまった。
クリスチャンの中には化粧をやめた人も多く聞く。神様に愛されているとわかったら、外見の美しさにも固守しなくなる。むしろ「白髪消えた」「二重になって痩せた」などと言っているものはスピリチュアルやご利益宗教っぽい。
「そういえば神様は、私の髪の毛ぼ本数も全部知ってるのよねー。白髪が生えても、むしろお喜びになってる気がするね」
呑気に桜が言い、いじめの相談をしているはずなのに、この場の空気はとても和やかなものになってしまった。