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幻想物語編(8)完

「あぁ、ロマンチックねぇ」

「本当……。真澄先生もそう思うよね……」


 ここはエレミヤ塔の聖書研究会の部室だ。


 ただ今日は、少女小説研究会になってしまっていた。令美が送ってきた少女小説は桜の好みにドンピシャだったらしい。顧問の真澄を巻き込んで、部活の時間に読むようになってしまった。


「ちょと、二人とも……。ここは聖書研究会の部室です。少女小説読むのはどうなの?」


 すっかりのめり込んで読んでいる二人に直恵は冷静にツッコミを入れるが、誰も聞いていない。


 特に顧問の真澄は元々ロマンス小説好きという事もあり、煌びやかな少女小説も受け入れやすいようだった。


「あれ? このシリーズの続きはないの?」


 桜は不満そうに呟く。


「無いみたい。この本は売上不振で打ち切りだったんだって」


 真澄は珍しく子どものように口を尖らす。妙に真澄は詳しいなと思ったが、令美と連絡先を交換し友達になったらしい。もともとヲタク女子同士で気が合ったようだ。


「そっか。厳しいね」


 想像以上に出版業界は厳しいようで、直恵は苦々しいため息を漏らす。あんな風に闇堕ちするのも無理がないかもしれない。煌びやかに見える業界ほどやりがい搾取が多いと聞くし、令美の仕事はなかなか大変そうだった。


「でも、令美ちゃん、意外と頑張っているみたい。聖書のエステル記や雅歌を読んで、創作意欲が高まったらしい」

「本当? 真澄先生」


 つかさず桜は目をキラキラとさせて聞く。


「ええ。聖書はかなりエンタメで面白いんですって」


 真澄から聞く限り、令美の様子は大丈夫そうだった。悪霊は一度払われるても戻ってくるケースが多く、その点は直恵は危惧していたが、とりあえず大丈夫そうだ。


 すっかり聖書研究会が少女小説研究会化してしまったので、直恵は一人悠一の教会の行く事にした。まだ物置の資料整理が終わらない。種類ごとにわけて、段ボールに詰め込む作業が残っていた。


「先生、資料整理手伝いにきたよ」

「あぁ。一緒にやろう」


 すでに資料整理を礼拝室の隣の部屋で行っていた悠一と合流した。


「それであの令美さんの一件は、ちゃんと追い出せたか?」

「ええ。今回ばかりは桜に助けられたわ」


 直恵は令美の一件を悠一に報告した。手を動かしながらの報告だが、一から十まで全部話した。


「そっか。俺は令美さんについてネットで調べたけどさ、いやぁ、アンチがマジでしつこくてドン引きしたね」

「そうなの?」


 それは直恵もよく知らなかった。比較的ネットウォッチングが得意な悠一は、令美のアンチを調べてドン引きしていた。中でも「こんな王子様みたいなヒーローを書くのは喪女の妄想だ。幻想だ。作者には彼氏がいた事ないのに違いない」というレビューが、なかなか辛辣。悠一も怒っていた。


「こういうレビューってセクハラだよなぁ。こんな事会社で言ったら、やばいぜ? 訴えられてもおかしくないぜ」

「そうね。ネットだから、何でも言えるって万能感持っているんでしょう。嫌いなものにわざわざレビューする時間、手間を考えると虚しくならないのかしらね。私達キリスト者からすれば、彼氏なんていない方がいいんだけど、世の価値観はわからないわねぇ」


 直恵は深くため息をつく。ネットはSNSや掲示板でも悪霊が暗躍している。特にマイナスな言葉やゴシップが集まるところは、悪霊ホイホイ状態だ。罪を犯さなくてもこう言った情報をインプットしていると霊的にあまりよくない。知らず知らずのうちに言葉遣いが乱暴になったりする。


「漫画や小説なんかは、現実とちょっと違うから面白いってもんだよ。まあ、あんまりのめり込んで見るのは良くないが、時々見るぐらいだったら深い影響はない」

「そうね。クリスチャンだと立法主義になって娯楽も全部禁止にしてる人もいるけど、全部避ければいいってもんでもないのよ。悪魔側の戦略も解ったりするしね」

「おぉ、直恵は達観してるなー。まあ、メンタル弱い人は避けた方が良いものも多いけどな」

「ええ。前は全部悪いと思ってたけど、桜が少女小説たの楽しんでいる姿を見たら、大して影響ないと気づいたわ。神様より大事にするものがあるのが良くないのよね。ハリ●ポ●●●みたいな呪文書いてあるのは、見るだけでもアレだけどねー」

「ふーん、お前ら意外と仲良くなってるな」


 悠一はちょっと揶揄うように言い、古い資料に目を通す。少し驚いらような顔を見せる。


「何、なんかあったの?」

「いや、これは曾祖母さんの日記なんだが、この前発見した与武じいちゃんの日記は妄想で出鱈目とか書いてあるな……」

「本当?」


 直恵はその資料にざっと目を通すが、確かにそうだった。前に見つけた資料は、妄想で現実ではない可能性が高まった。


「現実はそんなもんだ。むしろ、令美さんみたいな作家はよく夢ある想像できるね。あれは才能だよな」


 悠一は遠い目をしながら、古い資料を段ボール箱にバサリと投げた。


「これはSNSに載っけるの?」

「いや、やめろ。世の中には夢は夢のままにした方がいい物も多いからな」


 という事で、令美の悪霊の件はこうして幕を閉じた。


 ただ、数ヶ月後。令美は大正時代の教会を舞台にしたシンデレラストーリーを発表した。あの日記帳をネタにして書いた話である事は簡単に想像でき、ますます本当の事は言えなくなった直恵と悠一であった。

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