幻想物語編(7)
殺人の悪霊は、想像以上にしつこかった。
思わず直恵は身構える。もっとも何も見えやしない桜は、呑気な顔で聖書を開いていた。その呑気さに直恵も冷静になってくる。
「うるさい! イエス様の御名前で追い出すぞ! でてけ!」
しつこそうな悪霊だったので、強い言葉で叫ぶ。
「きゃー! 直恵かっこいい! エモい! 私も言うわ〜。イエス様の御名前で出て行け! 殺人の悪霊、出て行け!」
桜は能天気に言ったものだが、やっぱり神様の御名前は力があり、明らかにダメージを受けていた。
『ふん! 令美は俺のもんだ! 渡さんぞ!』
殺人の悪霊はダメージを受けながらも、令美の身体に纏わりつく。令美本人は気を失っているわけだが、瞼がピクピクしていた。明らかに悪霊が肉体にまで影響を及していた。
『直恵だって、養父と養母と不仲じゃねーか。いっけないんだ! こいつ、人を許せない罪犯してるぜ!』
この事は直恵も突っつかれてると痛い件だった。すっかり忘れていたが、確かに心の奥底ではそう思っていたかも知れない。
知らずに悪霊にき口を塞がれ、声をあげる事ができなくなってしまった。
はっきり言って大ピンチだった。すぐに悔い新ためたいところだったが、このに状況では手も足も出ず、その場の崩れ落ちてしまった。
悪霊どもは気を良くし、さらに直恵に攻撃を仕掛ける。
『いけないんだー! いけないんだー! こいつ、人を許せてないっすよ! クリスチャンで悪霊祓いしているのに、いけないんだー! 地獄に落としましょうよ、神様ぁ!』
直恵も令美同様に、意識を失いかけていたが、桜は意外とのほほんとしていた。聖書を開き、主の祈りのところをゆっくりと読み上げていた。悪霊は明らかに聖書の言葉にダメージを受けていた。
「殺人の悪霊、イエス様のあ御名前で命令するわよ、出て行け〜!」
桜の声が非常に呑気なものだったが、今のこの状況では桜が一番霊的に強かった。やっぱりさっき人を許す為の祈りをしていたの多くかっただろう。
桜の言葉自体は呑気なものだったが、令美にまとわりついていた殺人や偶像崇拝、アイドルの悪霊達が次々と尻尾をまいて逃げていった。同時に令美も意識を取り戻した。
直恵の呼吸も楽になったが、すぐに床ひざまづき悔い改めの祈りをした。
「神様、ごめんなさい。私はまだ養父を許せていなかったかもしれません。色々と信仰の考え方も違いがあり、勝手に否定されたと思い込んでいました」
熱心に祈る直恵の様子を見て、令美もなにか感化されたらしい。泣きそうに顔を歪めていた。
「わ、私は自分を許せなかったかも。本当は読者に何を言われてもよかったのに、自分で自分の作品が許せなかった」
その令美の言葉に、桜も少し泣きそうな顔を浮かべた。さっきまでは呑気な桜だったが、いじめを受けて変なロックバンドに現実逃避していた桜も何か感じるものがあるらしかった。
「神様は許してくれるの? こんなダメダメな私だけど。今も人気ある同業者を見ると、嫉妬で胃が痛くなるぐらいなのよ」
令美の正直な告白に、直恵も桜もちょっと笑ってしまった。もう少し冷静で同時ないタイプだと思っていたが、今はどこにでもいる普通の女性だった。
「神様は、人間一人一人を完璧に創ってるのよ。聖書にも人が生まれる前から祝福の計画を立てるって」
「そうそう、直恵の言う通りだよ。だから令美さんが創っているものだって、誰かと似たようなものじゃなくてもいいって事じゃない? ロマンチックな少女小説のどこが悪いの?」
笑顔の桜を見て、令美はちょっと音をたてtr鼻をすすった。
「っていうか聖書もけっこうロマンチックなシーンありよね。雅歌とか」
「あー、雅歌は読んでると超恥ずかしい!」
桜はそう言いつつ、雅歌の一節を読み上げた。
「そもそも聖書ってイエス様が花嫁を迎えて結婚式で終わるのよね」
「え!? マジですか?」
初耳といった風に令美は目を丸くした。
「ええ。日本はもともと内村鑑三とかのお陰でエリート層とキリスト教の相性がいいのよ。だから、お堅い神学の情報がいっぱいあるんだけど、別にそんな事ないからね。聖書は割と誰でも平等に読める書物だよ」
「直恵の言う通りだよ。福音書なんてイエス様tueee無双状態のラノベね」
まさかそんな訳がないだろうと、令美は信じられない感じだが、訳が比較的砕けた聖書を読みとラノベのような印象を与えるものもある。悪魔が成敗されるところが、まさにライトノベルのザマァ展開とも言えるだろう。
「そんなの知らなかったよ……」
令美は納得いってはいないようだったが、聖書に興味を持ったらしい。直恵と桜はこのタイミングで福音を伝え、悪霊の件も説明した。令美はスムーズ に福音を受け入れてくれたので、悪霊が戻ってくる可能性は低いだろう。
「私、令美さんが書いた小説読んでみたいです!」
「桜、私もそれは思ったよ」
「じゃあ、今度既刊を送ってあげるわ。見本誌がけっこう余ってるのよね」
「やったー!」
桜は無邪気に喜び、令美や直恵の手を叩いた。




