幻想物語編(5)
「なんか、私達、探偵みたくない?」
桜は、冷たいアイスティーを啜って、つぶやいた。
直恵と桜は、殺人の悪霊をくっつけた令美の尾行をしていた。
令美はあの後、聖ヒソプ学園を出ると近くにあるチェーン店のカフェに入った。ずっと取材・アイデアメモに何か書き続けていた。鬼の様に集中し、二人が尾行している事など全く気づいていないようだった。
「しかし、殺人の悪霊なんてくっつけるなんて……」
直恵も注文したアイスティーを啜り、ため息混じりに呟く。
偶像崇拝の悪霊をつけた理由はよく分かるが、殺人の悪霊をつけた理由は、直恵は見当がつかなかった。
「殺人の悪霊って何?」
桜は、そんな事は知らないのだろう。一から説明する事にした。
「意外と殺人の悪霊っているのよ。多くは相手を憎んだり、許せないとつくの。許せないのも罪だからね。後、殺人シーンのあるゲームや娯楽なんかをずーっと依存的に見続けると憑く事がある。目から、ビジュアルを通して悪霊って入りやすい」
「えー、怖い。うちに殺人事件扱った映画やドラマのDVDある!」
無邪気な桜だが、この話題はだんだんと怖がってきたようだ。プルプルと子犬の様に震えていた。
「まあ、出来れば見ない方がいいけど、依存的に娯楽にハマるのは危険よ」
「う、耳が痛い」
桜はわざとらしく耳を塞ぐ仕草をした。変なロックバンドにハマっていた桜にとっては耳の痛い話だろう。桜は気分を沈めるためかカウンターでチョコケーキを購入し、美味しそうに食べていた。
「じゃあ、令美さんも娯楽からこんな悪霊入った可能性高い?」
「うーん、どうだろう……」
直恵は腕を組み、考え込む。令美のSNSを見る限りは殺人事件を扱ったような娯楽にハマっている様子はない。だとしたら、誰かを許せない気持ちからこんな悪霊を呼び込んだ可能性が高い。
「そっか。令美さんは誰かを許せない気持ちで、殺人の悪霊を呼び込んだ可能性があるのね」
桜はしみじみと呟き、小さな声で祈り始めた。昼間、売店に行ったら列を抜かされ、ちょっと機嫌が悪くなったそうだが、許します!という祈りだった。
それを聞いていると直恵も何か、許せない気持ちを持っていないか考えを巡らせる。今のと声無い感じだが、やっぱり憎しみの気持ちは悪いものを呼び込みやすい。
「じゃあ、令美さんは誰を許せないと思う?」
「それはわからないわ、桜」
こればっかりは令美本人に聞いて見ない事には和からない。本人ですら気づいていないところで、人を許せない事もある。
「あ、令美さん。外にでるわ!」
「ええ。一緒に追いましょう。桜」
令美はチェーン店のこのカフェを出ると、足早に駅前の方に歩き始めた。
こっそりと直恵と桜は、彼女の背中を追った。
やっぱり悪霊の影響があるのか、令美の足取りはフラフラとしていた。どことなく上の空で、直恵や桜には全く気づいていないようだった。
「令美さん、どこ行くんだろ」
「さあ。あ、駅ビルに入ったわ!」
直恵は出来るだけ小声で言い、駅ビルの中に入った令美の姿を追った。
もう夕方なので、仕事帰りのサラリーマンたOLで駅ビルの中は賑わっていた。令美は綺麗な服やスイーツを売る店には目もくれず、本屋に直行していた。
書店の目立つところには、アニメ化や映画化した作品が華やかに飾られていた。
ずっと上の空だった令美だが、華やかな書店のコーナーで泣きそうな顔を浮かべていた。特にリアルだと評判な元警察官が書いたミステリや医者が書いた医療小説の前で、令美に憑いた悪霊達は大騒ぎしているのが見えた。
『お前の書くものなんてチンケなシンデレラストーリー』
『ろくに恋愛経験のないお前の妄想、幻想! キャハハ!』
『超くだらなくてつまんね〜。喪女向け少女小説乙!』
令美は泣きそうな顔で、書店から足早に去っていく。
この悪霊の騒ぎ方で、直恵はピンときた。もしかしたら、自分の作品を酷評した読者を許せないんだろうか?
そういえば令美にはアンチがいっぱいいた。酷評した読者を許せない気持ちはあり得そうだった。
創作しているものの闇が迫ってきそうだ。単なる直恵の想像だが、充分あり得そうな気がした。だからこそ、熱心に取材をしてリアルティーを追求しているとしたら、色々と辻褄があう。
「やばいわ。彼女の状況!」
人知れず直恵は呟き、令美を追いかけた。
「ちょっと、直恵〜! 待ってよ〜!」
今一この状況の深刻さがわかっていない桜が呑気な声あげて、直恵についていった。