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或る陸軍少尉の戦闘 3(回想)

2分隊長の穴埋めに曹長を指命しなければならないのは残念だったが、それでも任務は最優先なので仕方がない。

あの世まで付き合ってもらうしかない。


敵の砲撃が止みそうな頃合いになってきた。弾着が疎らになってきたところで敵の突撃に備える。

「小隊、着け剣!」

小銃に着剣し、白兵戦に備える。もう少しで敵が殺到してくる。

砲撃が完全に止んで少しした後、「ウラー!!

」という掛け声と共に敵が突っ込んできた。

「各個に撃て!」

大陸での戦闘は長射程の撃ち合いが主になるだろうからよく鍛えるように、と父親から助言を得ていたから、小隊の射撃精度は連隊の中でも最高度に練成している。肉薄する敵兵の急所を各員が正確に撃ち抜いていく。そうして数波の突撃を食い止めると、そろそろ敵も打ち止めだろうという気配が漂ってきた。

中野少尉も銃口を敵陣に向けたまま小銃の槓桿を引き、弾薬盒を弄って弾を装填しようとしていた。ふと違和感を感じて視線を前に戻すと、シュっと黒い影が走った気がした。本能的に「不味い」と感じて咄嗟に手を引っ込めようとしたが、次の瞬間「バァン!」という音と共に猛烈な爆風を体に浴び、意識を失った。

少尉は浅い塹壕の壁面に叩きつけられ、数秒間伸びていたが、すぐに意識を取り戻した。

左腕が燃えるように熱く、肘から先の感覚が無かった。手にしていた小銃も失われていた。

「敵だ!まだ来るぞ!」

部下の声を聞き、咄嗟に体を起こして刀の柄に右手をかけた。少尉任官時に渡された、中野家に古くから伝わる刀だ。せめて最期の時は刀を握っていたい。

ザッと目の前に巨漢が現れる。左手を失いフラフラと立ち上がった少尉と対峙し、薄ら笑いを浮かべている。(こいつ、侮ったな…!)少尉は怒りに任せて抜刀し、敵に飛びかかった。

「らあぁあああ!」

渾身の力を込めて刀を突き出す。敵兵は慌てて刀を弾こうとするが、鋭い突きに文字通り歯が立たなかった。刃が体を深々と貫き、驚愕したように目を見開いた。

「くたばれ露助ェ!」

少尉はそのまま体当たりし、敵兵を地面に叩き伏せた。

敵から刀を引き抜き、少尉が立ち上がる。

切先を敵陣に向け、声を張り上げた。

「第1小隊!前へ!」

塹壕から部下が踊り出し、喊声を上げながら敵陣に向けて駆け出す。

中野少尉も、刀を手にしたまま駆け出した。

敵陣から発砲炎が光り、即座に撃ち返して沈黙させていく。

5メートル、10メートル、敵陣に肉薄する。

中野少尉は左腕の痛みに顔を歪ませながら走っていたが、突然左目に殴られたような凄まじい衝撃を受けた。「バシィン!」と轟音が頭の中に響く。

思わず刀を手放してしまった。俺の刀が、と焦って手を伸ばしたが届かなかった。

意識が霞のように遠のいていく。

中野少尉は、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


中野少尉が立ち上がることはなかった。

次回から本編に戻ります。

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