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用心棒

本編再開です。

お世辞にも綺麗な町並みとは言えない風景であるが、北九州の街の片隅の活気のある様子は、甚太郎も気に入っていた。週に一度は訪れる、おっかないゴロツキがうろついている路地裏も、用心棒がいれば大して怖くなかった。

焼芋売りを始めて数ヶ月、順調に資金集めが進み、甚太郎は満足していた。謎の用心棒とも良好な関係を維持している。

もっとも、謎の用心棒「ヤス」は、前回話した内容を忘れている事がたまにあり、時々自分の事も忘れられてしまうのではないかと甚太郎は不安になっていた。

いつか自分が皆から忘れられる日が来るのではないか、それは遠い未来ではなく、明日から明後日か、すぐ先の事なのではないか…と猛烈な不安に駆られて眠れなくなった日のことを思い出した。まだ小さい頃の出来事だったが、未だに覚えている。しかし、「自分を忘れて平然と回る世界になんか興味ない、俺が世界を忘れてやる」と滅茶苦茶な理論で気持ちを整理した。自分のいる世界は自分が見ていればそれでいい。皆から忘れられようが無視されようが関係ない。なにしろ金さえ稼げれば食っていける。


ある日、甚太郎はヤスに質問した。

「ヤッさん、色んなことを忘れるのは辛くない?」

ヤスは笑いながら答えた。

「忘れた事は忘れた事だしな…元々知らないのと一緒だからどうしようもないだろう。大事なことはそう簡単には忘れないしな」

「じゃあ、俺のことを忘れたらどうする?」

「そうしたら、出会った時からまたやり直しだな。別に難しいことじゃないだろ」

妙に達観していた。

「俺の見る世界は昨日の俺が見ている訳じゃない。今の俺が世界を見ていればそれでいいんだ」

ヤスの言葉に甚太郎は感心した。案外この人は教養のある身分の出身かもしれない。少し興味が湧いたが、しかしそれ以上は追及しなかった。

甚太郎は気付いていた。ヤスの懐には、使い込まれて鈍く銀色に光る拳銃が忍ばせてある。

焼芋を買うのに拳銃を持ち歩くような人間を怒らせたら碌な目に合わない。

ヤスとは極力「仲良く」しようと、改めて甚太郎は思った。

戦前は民間でも拳銃が売買されていたようです。かなりのハードルだったそうですが…。

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