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墓守ジグソーと青い血の少女  作者: 華山木蓮
3/3

第3話:この世界に一人

 ジグソー・ピースは冷たい風が吹いていた先ほどの夜回りとはうって変わり、風が不気味に生温かい墓地の入り口に立っていた。

 ジグソーは胸につけたロケットペンダントを見る。このペンダントは、ジグソーの一族の始祖に当たるピース・ピースが処刑人を退き墓地の管理を買って出た際、時の王が当時最も優れた魔術研究機関であったルビク大学のクロスワード博士に作らせ、ピースに与えたものだ。

 このペンダントは、現世から離れることのできない罪人の魂が屍に入りこみ、地中から現れた際に、対抗するための魔力を有していなかったピースのために開発されたものだ。

 直径10センチ程のこのペンダントは、屍が発する有害な瘴気から身を守るための呪文が記された紙が収納できる。無論ただの入れ物ではなく、呪文を詠唱すると魔力感知装置が即座に作動し、信号が深部の増幅装置に送られる。これにより従来の呪文詠唱の約4倍の威力を実現することができた。

 もし天候などの問題により、敵が視認できない時にも、内部の瘴気感知センサーが作動し、敵がいる方角へペンダント自体が伸びるようになっている。

 魔力を持たない者が、魔術師の魔法よりも優れた魔法を獲得できる。この噂は国中に広まり、量産の声が上がった。初めから魔力を有する者が使えば、さらに高いパフォーマンスを獲得できると考えたのだ。

 時の王が魔の者を退治する魔術師達の為に量産を検討したが、度重なる協議の結果、コストの問題や耐久性の問題などにより量産は見送られ、王国でも特に優れた魔術師のために、ピース・ピースのものを含めて5個作られたと記録されている。やがてこの王国は世界連邦の傘下に入り、その時の混乱の際に製造方法が記された資料が紛失し、彼らが去り青血種が世界を支配するようになっても、同じものを作ることができない状態が続いている。

 


 瘴気を感知し、北の方向へ伸びるペンダントに導かれるまま、ジグソーは墓地を歩いていた。屍が蘇った墓地を走ってはいけない。魔の瘴気が充満している墓地を走ると、地中の屍が刺激され、さらに蘇ってしまう可能性があるからだ。

 声は1人ではない、複数だった。瘴気と外部の刺激により蘇ることはあっても、屍同士が共鳴し合うことはない。一度に複数蘇ることは1年に一度あるかないかだ。

 あの青い血の娘が関連しているのだろうか?ここに青血種が訪れたのは初めてのことだったし、無論罪人の中に青い血の者もいない。ジグソーは今夜の珍妙な出来事に疲れ切っていた。

 ペンダントの紐が緩む。近くに敵がいる証拠だ。ジグソーはランタンの火を素早く消し、屈みながらペンダントの指し示す方角へ忍びより、やがて気配を感じ取ると近くの墓標の影に隠れそっと顔を出し足取りがおぼつかない屍を数える。彼らが人の気配のする方角へ向かって歩き出すのは蘇生してからやく20分後なので、早めに片付ける必要がある。


 「4人か……ペンダントだと少し厳しいか」


 ジグソーは顔を引っ込め、ランタンの上蓋を開け、ペンダントの呪文と同じ文が書かれた紙をポケットから取り出して中へぶち込む。ペンダントよりも威力はないが、複数の敵を相手にする際には、ペンダントよりも広域的な魔力光を利用する。その光に敵が怯む瞬間をねらって、素早くペンダントを使い屍を鎮魂するのだ。

 詰め込み終えたジグソーは、極小ながらも自分が唯一安定して使える火の呪文を詠唱する。呪文が記された紙は魔法以外の火で燃焼することはない。

 人差し指にぼうっとゆらめく火を紙に近づけ灯そうとした瞬間、背中を預けていた墓標がジグソーを正面方向へふっ飛ばした。粉々になった墓標を除けたジグソーは、すぐに元のいた場所を見やる。屍の一人が人間の気配を察知し、墓標をものすごい力で蹴ったのは瞬時に理解できた。

 

 

 私はかつてないほどの動悸に襲われていた。これほどまでに強靭な力を有している屍と会いまみえるのは初めての経験だったからだ。手を胸に添え、ペンダントを掴む。ランタンは既に私を墓標ごと蹴った屍により粉々にされていた。狡猾な奴だ、あれが発する光が自分たちにとって命とりであることを察知したのだろう。

  さて、どうする。奴らはすでにこちらの方へ歩き出している。恐らく生前は魔術ではなく己の肉体で生き抜く闘士だったのだろう、接近戦ではまず勝てないのは分かっている。しかしこのまま逃げ出してしまえば奴らは森を抜けふもとの村へ降りるだろう。こんな辺境に住む青血種が屍たちへの対策を講じているとはとても考えられない。きっと惨たらしく殺されてしまうだろう。墓守の誇りはそれを許さない。

 腹は決まった。ランタンが使えない以上、一人一人を直接ペンダントで鎮魂しなければならない。彼らが完全に体を取り戻すまでの時間はあとわずか、それまでに一人でも片付けなくては……

 私はゆっくりと立ち上がって、満身の力を込めて雄たけびをあげながら屍たちのへ突撃をかけた。


 「うおおおーーーーッ!!」


 先頭の敵が一瞬硬直した!私は彼の懐めがけて、ありったけの力を込めて頭突きを見舞う。彼はグウッと唸り声をあげるとすぐさま体勢を立て直し、私の顔面めがけてストレートを叩きこもうとする。それを大げさに避けると、最も遠い位置にいた屍が私めがけて猛然と突進してくる。私は避けきることができず、胸の前で十字を組み彼のタックルを受けた。生前はさぞ名のしれた闘士だったのだろう、鳩尾に正確な一撃を食らった私は脂汗を滲ませ、胃液をドッと吐き出した。


 「早すぎる!硬直が解けるのが!」


 その屍は立て続けに私の顔面めがけて左を放った。間一髪で避けた私は後方へ跳躍し、鎮魂の機会を窺うが、何しろ硬直が解けた屍はもはや屍ではなく不死身の兵士だ、詠唱する暇もない。一気に距離を詰めた彼は悲鳴に近い声を上げながら、怯んだ私の顔面に右を叩きこむ。鼻が砕ける音を聞いた。しかしここで倒れてしまうと、いよいよ呪文を唱える機会を失うだろう。私が彼の首を両手で掴むと、鳩尾をめがけて執拗な蹴りを繰り返してきた。

 まったくもって絶望的な戦いだった。砕けた鼻からは血があふれ出していた。いくら倒れずにチャンスを待ち、蹴りの力を増すばかりの目の前の敵を鎮魂できたとしても、じき生前の肉体を取り戻す3人の兵士を抑えられる力は残されていないだろう。段々と視界が赤黒くなっていく。それがまもなく気を失うサインであることは、これまでに経験がなくとも私の本能が告げていた。


 「ぐう………」


 このまま死んだら……すでに旅立った父や母はどういう言葉を私にかけるだろうか。父母だけではない、代々墓を守り続けてきた祖先たちは私を見てどう思うだろうか?しかしそんなことはもうどうでもよかったのだ。私の意識は赤黒い視界と顔がただれた敵を捕らえながら、どんよりと暗闇の中へ落ちていった。





 …………さん………………ジグソーさん……………


 ジグソーを呼ぶ声が彼に聞こえたのは、すでに夜が明けて薄い雲が空を覆っていた頃だった。


 「ジグソーさん!起きてください………ジグソーさん………」

 「ん………んん………」

 「ジグソーさん!生きてた………あ、お水です………どうぞ………」


 ジグソーがツィーから水が入ったコップを受け取ると、彼はそれを一気に咽喉へぶち込み、食道を通って胃に到達するのを確認した。

 一息ついたジグソーは意識を喪失する前の記憶と照らし合わせながら、現在の状況を整理する。まず、ここはジグソーの小屋には違いない。彼が今横たわっているのは、長年愛用している木で組まれたベッドだからだ。

 

 「私、水を入れてきます。安静にしていてくださいね」

 「ああ…………」 

 

 ツィーは小屋の外の貯水樽へと歩いていった。 

 あの少女が私をここまで運んできたのだろうか?しかし、まだ幼さの残る彼女が大の大人をここまで運ぶことが可能なのだろうか?それよりもあの屍たちはどうなったのだろう、まさか人里に下りたのだろうか……いや、もしそうならツィーも私も無事では済んでいないはずだ。そっと鼻をさするとスカーフが巻かれていた。彼女が巻いてくれたのだろうか………しまった!


 「なんてことだ……ツィーは俺の血を見たんだ……」


最悪だ。私の赤い血を見て彼女はどう思っただろう。いまでこそけが人への情けか、こうして看護してくれてはいるが、心の中ではさぞ私への侮蔑と未知なるものへの恐怖の心を抱いているに違いない。焦った私は髪の毛をひとつまみちぎる。黒い髪だ。彼女はこれも見ているのだ。落ち込む私をよそに、彼女は水入りのコップを持って戻ってきた。


 「遅くなってごめんなさい、ジグソーさん。一杯飲めるようにコップを変えてきたんです」

 「ああ、ありがとう………」

 「……………」

 「…………」


 私は沈黙に耐えられなかった。


 「驚いたかい。俺の顔。やけどどころじゃないだろう」

 「…………」

 

 彼女は下を向いて黙ったままだ。


 「今から戻って、村の連中を呼び出してもいいんだぞ……俺はもう自信がない……この仕事に……」

 「……………」

 「これまでに危ない目には何度もあってきた。目をつぶされそうになった時もあれば、首をおられそうになったこともある。それでも俺は誇りがあったんだ、ここで逃げだしてはいけない、ここで逃げだせば先祖に合わす顔がない………そう自分に言い聞かせて、あの方舟にも乗らなかったんだ。君も聞いたことがあるだろう。赤血種の方舟は………」


 彼女は黙ったまま首を縦に振った。


 「ふ……今にして思えばバカなことをしてたと思うよ。意固地になって方舟に乗らなかった俺は、ただ一人の人間になったというわけさ。他の誰とも決して迎合できない、ただ一人の人間にだ。それを自分でも自覚してたんだろうな………この墓地と、精々森と上流の川にしか足を運ばなかった俺は、自分で世界と距離を置いていたんだ。世界がどれだけ進歩をしていたのか知らずに………」

 「…………」

 「……ここまで話して気づいたことがあるんだ。言ってもいいかな」


 私は彼女の方を見た。


 「屍を倒したのは、君だろう」


 ツィーは、何も答えなかった。しかし、否定もしなかった。


 「ふふふ……ははは……!はははは……!」

 

 私は目線を彼女から外し、ひとしきり笑って手に持ったコップを見つめる。


 「こんな小さな子が……俺の鼻を折ったあいつらを……ハハハ………」

 「さぞ君は私が自分のことを墓守といったときに、笑いが止まらなかっただろうにね……こんな道化はほかにないさ……」

 「………」

 「何が墓守だ………何が一族の誇りだ……こんなこと……誰でも務まることだったんだ……」

 


 コップを持った手が震える。目元に涙がにじんでいた。


 「そんなこと……ないと思います」

 

  ツィーは彼の震える手に自らの手を重ねる。

 

 「……こんな小さな娘に慰められるようじゃ、俺もおしまいだな………」

 「……ジグソーさんは凄いです。凄い人です。こんな山奥でたった一人、何年も、何十年も、私が生まれるずっと前からたった一人……たった一人で戦っていたんですね……」

 「……」

 「わたしなんかには、とてもできません……寂しくて、すぐに村に帰っちゃうと思います。でも、ジグソーさんはそんな場所もないのに、ずっと一人ここで暮らしてて……それは多分、わたしの村の大人でもできないことだと思います」

 「…………」

 

 ツィーは手をはなし、彼の背中に回した。

 

 

 「辛かったでしょうね……寂しかったでしょうね………この世界にたった一人は………」


 幼い彼女に抱きしめられたジグソーの黒い瞳からは、とめどもなく涙がこぼれてきた。それは、この世界にただ一つしかない涙だった。

 

 「ぐう……ううう……」

 「うん………うん………」


 ツィーの青い瞳はジグソーの疲れ切った顔を見つめていた。どこにでもある瞳だ、しかし彼女の瞳は誰よりも澄んでいた。彼の背中をとんとんとゆっくり叩いてやる。


 「もう大丈夫です……私はあなたと同じようにはなれませんけれど……私はあなたを見捨てることはありませんから……」


 太陽が出ることのなく暖かい日がない1年。その予報は大きく外れることになった。

 なぜなら、太陽はもう、すぐそこにあるのだから

 


 

 

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