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キケンな休日<後>

*R15表現含みます

*R18部分はぼかしてます

*グラントのイメージが壊れるかも……しれません。ご留意ください。

 どて。


「いたた……」

 ありあは腰をさすった。やっぱり転移すると、尻餅をついてしまう。

 よっこらしょ、と立ち上がり、大きなリュックサックに手をかけた。


「……ありあ?」

 びくん、とありあの肩が揺れた。頬が赤くなる。大きく息を吐いて、そーっと振り返った。

「グラント、ただい……!?」

 ありあの言葉が止まった。目がまん丸になる。


 ――上半身裸で、頭を拭いているグラントが立っていた。お風呂上がりなのか、髪がまだ濡れている。


(うわわわわわわわっ!!)

 ありあは思わず真っ赤になった。みーちゃんとれいちゃんの言葉が、ぐるぐる頭の中を回る。王の間の魔方陣に降りたから、グラントがいるのは当たり前だけど……

(は、恥ずかしい……っ!!)

「お、まえっ……」

 グラントが絞り出すように、言った。

「あ、あの、私っ……!」

 固まったままのグラントに、ありあは急いで言った。

「サーリャにお土産、渡してくるっ!!」

 大急ぎでリュックを肩にかけ、扉にダッシュした。「待て、その格好でっ……!!」と言うグラントの声を無視して、廊下に転がり出た。

「……アーリャ様!?」

 ヴェルナー伯爵が、ぶつかりそうになった、ありあの身体を受け止めてくれた。

「あ、ありがとう、ヴェルナーさん」

「……そ、そのお姿……はっ……!!」

 あ。二人が選んでくれた服のままだった。ふんわり透けるシフォン生地の、フリルのミニスカートに、透け感のあるシャツをタンクトップの上に羽織っていた。

「向こうの服のままだったわね。サーリャの所に行ったら、着換えます!」

 ありあはそのまま、すたこらさっさと廊下を逃げて行った。


***


「……ジェラルド」

 入り口で立ちすくんでいたヴェルナー伯爵の耳に、地獄で鎖を引きずるような声が聞こえた。

「……お前……見たか?」

 あれは不可抗力だろう、とヴェルナー伯爵は思った。いきなり扉から飛び出してきて、ぶつかってきたのはアーリャ様の方なのだから。

(……と言っても、納得しそうにない顔、だな……)

「見た、というか、何と言うか……」

「……今すぐ記憶から消せ。全て忘れろ」

 無茶を言う……はあ、とヴェルナー伯爵は溜息をついた。

「向こうの服、だと言ってたぞ? ……あちらでは、ああいう服装が普通なんだろ?」

「……っ、足がほとんど出ていたぞっ……!!」

 グラントが頭を抱えた。すんなりとした白い足が、太ももまで見えていて……しかも上半身は身体の線がまともに判る代物だった。思わず固まってしまった、とヴェルナー伯爵も思った。

(あの姿で、向こうの世界を……?)

 グラントの表情は次第に氷のように冷たくなっていった。あの姿のアーリャ様を、向こうの世界の男も見ている、とでも思っているのだろう。

「……もう里帰りは許さない、とか言ったら、嫌われますよ?」

 試しにそう告げると、グラントはぐっと言葉に詰まっていた。


***


「アーリャ!?」

 ファーニアを抱っこしていたサーリャが、目を丸くした。

「ただいま、サーリャ。あの、ちょっと、相談にのって欲しい事が……」

「いいけど……ちょっと待ってね?」

 サーリャはありあを部屋に招き入れた。部屋の椅子に座っていたジェードが、驚いた様な顔をした。

「アーリャ様……その、お姿は……」

「向こうの服装よ? 今流行ってるんだけど……」

 ありあは、はた、と気がついた。

(そう言えば、こっちって、ミニスカート見ないわよね……)

「……この格好、変、かしら……」

「グラント陛下は何て言ってたの?」

「……別に何も……」

 首を傾げながら答えたありあに、はあ、とサーリャが溜息をついた。

「先に相談に乗った方が良さそうね……」


***


「刺激が強すぎた?」

 サーリャの服を借りて着換えたありあは、首を傾げながら言った。

「そうよ? ……ここじゃ、足を見せるなんて、『はしたない』んだから」

 うーん……確かに、さっきグラント固まってた、かも。

 ジェードさんはファーニアを寝かせるために寝室へ。ありあはサーリャと小さな居間のソファに座っていた。

「この服で刺激が強いんじゃ……無理かも……」

 ぼそっと呟いたありあに、サーリャの瞳が光った。

「……相談事って……もしかして?」

 サーリャの詰問?に、ありあはぽつぽつと事情を話し始めた。


***


「……」

「えと……サーリャ?」

 サーリャは……ベビードールを机に広げたまま、黙りこんでいた。

「やっぱり……無理、よね……」

「……アーリャ?」

「……はい」

 サーリャの瞳が妖しげに光っていた。

「……まず、ヴェルナー伯爵に相談する必要があるわよ」

「え?」

 ありあが真っ赤になると、サーリャが首を横に振った。

「これを見せろって言ってるんじゃないわ。相談するのは……」


 ――ありあの目が点になった。


「そういう調整が必要?」

「おそらくね。それからサリにも言っておきなさいよ? 次の日は……」


 ……うーん。ありあは考え込んだ。

(サーリャのアドバイス?……よく判らないけど……)

 経験者からのありがたいお言葉だ。ちゃんと従おう。そうありあは思った。


「それにしても……グラント陛下、試練よね……」

 ――まあ、おもしろそうだから、いいけど。

 ぼそっと呟いたサーリャの声は、ありあには届かなかった。


***


「……ええ、大丈夫ですよ? 今は緊急案件もありませんし」

 ヴェルナー伯爵はありあの頼みに、すぐ対応してくれた。

「ありがとう、ヴェルナーさん」

「……あの、アーリャ様?」

 ありあがヴェルナー伯爵を見上げると……彼は何とも言い難い顔をしていた。

「その……理解されていますか? 御自分がなさろうとしている事を」

「え?」

 ありあは目を見張った。

「サーリャがそうヴェルナーさんに相談しろって言うから、なんだけど……変だったかしら?」

「……」

 はああ、と深い溜息と共に、ヴェルナー伯爵が右手で目元を覆った。

「ヴェルナーさん?」

 疑問符が頭の上に浮かんだ状態のありあを見て……ヴェルナー伯爵はゆっくりと、と言った。

「今日は、お食事もしっかりとって、お身体を休めて下さいね。お疲れでしょうから」

「はい、ありがとうございます」

 ぺこり、とお辞儀をして王妃の間へ戻っていくありあを……ヴェルナー伯爵は生温かい目?で見守っていた。


***


「はい、わかりました、アーリャ様。明日の朝、お持ちすればいいのですね?」

「うん、ありがとう、サリ。あ、これお土産」

 サリに選んだのは、小さなスノードーム。小さな家とモミの木、小さな女の子に犬が入っていた。

「まあ! 綺麗……」

「ほら、こうやって振るとね……」

 キラキラ光る、白い粒が雪のように舞う。サリの瞳もきらきら輝いていた。

「ありがとうございます、アーリャ様! 一生大切にしますわ!」

 喜んでもらえて、よかった。ありあはふふっと微笑んだ。


***


「ううう……」

 何度見ても、恥ずかしいっ!! 王妃の間で、ありあは一人、姿見の前で身悶えていた。


 ――れいちゃんが選んでくれたのは、白をベースにした、シースルー生地のベビードール。大きく開いた襟元から胸にかけて、刺繍で縁取りしたお花が散りばめられていた。

(か、可愛いんだけど……っ)

 はっきりいって、透けてる。胸元と太ももを掠めるくらいの丈しかない裾のお花が、少し隠してくれてるけど……

 ……花の刺繍がついた、お揃いのショーツも、ほぼ丸見え……じゃない!?


(ちょ、ちょっと部屋、暗くしよう……)

 明るいところで見られるのは、耐えられそうにない。きっと恥ずかしすぎて死ぬ。ありあはランプの灯りを小さくした。


 心臓の音だけが耳に響く。頬が熱い。ありあは薄い上掛けを身体に巻いて、ソファに座った。


(グラント、来てくれるのかなあ……)

 なんか、さっき、怒ってた? みたいだったし。サリに『お土産を渡したいから、王妃の間に来て』って伝えてもらったけど。

『書類が執務室の机に山積みでしたわ』

 サリがそう言っていた。ヴェルナーさんに調整してもらったから、今日忙しくなったのかなあ……。


 ――ここで、大きな問題が、ある。ありあは息を吐いた。


(これから、どうやって、迫ればいいのよっ!?)

 迫り方が全然判らない。れいちゃんは『上目遣いに、ゆっくりと近づいて、首に腕を回せばいいから』とか言ってたけど……

(れいちゃんみたいな、色気のある人がやれば凄いんだろうけど……)

 どう見ても、私、子どもっぽい、よね……

(えっと、お土産をまず渡す?? 何を話したらいいの!? 一体、どうしたら……)


 うーんうーんと悩むありあを、窓から差し込む月の光が優しく包んでいた。


***


「……りあ」

「ん……?」

 ありあは目を擦った。あれ? 寝ちゃってた?

「グラン……ト?」

 月の光に浮かぶ、金の髪に銀色の瞳。

(あれ……?)

 なんか、いつもと……違う、顔。

「……お前……」

 掠れた低い声がグラントの口から洩れた。

「……俺を殺したいのか……?」

「へ?」

 殺す……って……? ぼーっとグラントを見上げていたありあは……はた、と今の状況に気がついた。


 ソファに寝そべってる自分の上に……のしかかる様にグラント、がいた。銀色の瞳が……妖しい光を宿している。

「!!」

自分の姿を思い出したありあは、真っ赤になり両手を交差して胸元を隠した。ふっとグラントが笑った。

「……今さら隠しても無駄だ。もう見たぞ」

な、なんか……いつもと声が違う!? ありあは大きく目を見開いた。

「……ありあ」

「……はい?」

真っ赤な頬を、グラントの大きな手が撫でる。

「……念のため確認するが」

「は……い」


「お前……俺を誘ってるんだよな?」

……えっと。さそ……う!?

「ああああああ、あの!!」

ありあの頭の中は真っ白になっていた。

「さささささ、誘うっていうか、迫るっていうか!!」

 必死に言葉を紡ぐ。

「れれ、れいちゃんとみーちゃんが、私鈍いから、たまには自分から迫ってみろって!!」

「……」

「グ、グラントが我慢してるんじゃないかって……言われて」

 もう、何言ってるんだかわからないっ! 真っ赤になって、口をぱくぱくさせているありあを、グラントは黙って見下ろしていた。


「……わかった」

 グラントがすっと身体を起こした。


 ふわ


「グラント!?」

 お姫様抱っこされたありあは、思わず叫んだ。

「……もう、黙ってろ」

「だっ……て……んんん!?」

 グ、グラントに食べられてる、私っ!? 


 ――食むようなグラントの唇がありあの唇を奪う。そちらに気を取られている間に、ありあはそっとベッドの上に下ろされていた。グラントの熱い身体が覆いかぶさってくる。


「あ……の?」

 大きく目を見開いたありあに、グラントはゆったりと笑った。




「……思う存分、迫られてやるから……覚悟しろよ?」




 なにが、と聞こうとしたありあの言葉は、またグラントの唇に遮られてしまい――そのまま、何も聞けなくなった。



***


「……うう……」

 身体が……重い。痛い。動かない……っ……



「……ありあ。サリが薬蕩を持って来たぞ。起き上がれるか?」

「……無理……」

 ぐったりと横たわっていたありあの身体を、グラントが支えて起こしてくれた。

「ほら」

 差し出されたカップを両手で受け取り、そっと口をつけた。

「んっ……」

 カップに入った薬蕩を、少し飲む甘酸っぱくて、疲れた身体に沁み渡るようだった。

「おいし……」

 ありあは自分を支えているグラントを恨めしげに見上げた。

「……グラント、元気そう……」

 やたらと生き生きしてるみたいに見えるんだけど!? こっちはぼろ雑巾の気持ちがよくわかるようになってるっていうのに!!

「そうか?」

 おまけに、やたら機嫌いいし。あ、そうだ、忘れてた。

「ねえ、グラント? リュック鞄取ってくれる?」

 グラントからリュックを受け取ったありあは、中をごぞごぞと漁り、茶色の小瓶を取り出した。

「なんだ、それは?」

「滋養強壮にいいって言う、アミノ酸サプリ入り栄養剤」

 ありあはごくりごくり、と一気飲みした。

「ふう……」

 お腹が熱い。あ、ちょっと力が出るようになったかも。即効性すごいなあ。そんな事を思いながら、ありあは小瓶をまたリュックの中に戻し、薬蕩もごくごくと飲んだ。


「……お前がサリに頼んだのか? ラニアの薬蕩を持ってこい、と」

 空になったカップを受け取ったグラントが、テーブルにカップを置きながら言った。

「え? う、うん。サーリャがそうしろって言ったから……」

 はあ、とグラントが溜息をついた。

「ラニアの薬蕩も……滋養強壮や筋肉痛に効く、と言われている飲み物だ」

「……」

 サーリャ……私がこうなるって……予測してた……のね? れいちゃんもみーちゃんも……

「ううう……」

 日の光の下で改めてグラントを見ると……なんだか、ものすごく、恥ずかしい。グラントの爽やか過ぎる笑顔も、恥ずかしすぎるっ!!

(大体、昨日の事、ほとんど覚えてないしっ!!)

 半分、意識飛んでた……カモ。それで、全身筋肉痛。もう、絶対、迫ったりしないっ!!

 涙目でそう思いながら、俯いたありあの頬に、グラントの手が添えられた。


「……ありあ……」

 グラントの顔が迫って来た。唇が触れそうに、なる。

「……んっ……!?」

 ありあは慌てて、グラントの胸を押した。

「グ、グラント!? もう朝なんだけど!?」

「……それが、どうした? 今日、俺は休みだろ。お前がヴェルナーに調整させたから」

「そ、そうだ……けどっ!?」

 グラントの手が、ありあの背中をゆっくりとさすり……身体のあちらこちらを触り始めていた。

「ちょ、ちょっとっ!! ゆ、昨夜、あんなにしたのに……っ!!」

「……我慢しなくていいんだろ?」

「えええええっ!!」

 わ、私、疲れてるんですけどっ!!

「久しぶりの休日、だからな。……お前とゆっくり過ごす事に決めた」

「え」

 グラントの表情が……捕食者になってる……!!

「も、や、やだああっ、グラン……んんん……っ」

 抵抗空しく、力強い腕に閉じ込められたありあは……そのまま、昨夜の続き、に付きあうはめになった。


***


「……陛下。朝からそんなににやけるの、やめていただけませんか。『魔王』の名が泣きますよ?」

「……」

 何も返事をしないグラントを見て、はあ、とヴェルナー伯爵は溜息をついた。


 アーリャ様が異世界に戻られてから、ずっと不機嫌だったグラントが……見違えるように上機嫌になっている。よほど『昨日のお休み』が効いたらしい。おまけに、アーリャ様は……

(今日も王妃の間に籠り切り、だとサリが言っていたな……)

 ……ったく。

「どれだけ、アーリャ様に負担かけたんですか、あなたは」

「……滅多にないからな」

 ぼそっとグラントが呟く。

「ありあが……自分から、というのが」

「……あれ、自分からって言うんですか」

 どう見ても、周りに担がされたのでは。とヴェルナー伯爵は思ったが、口には出さないでいた。

「まあ、たまには……ああいうのも……」

 頬骨のあたりが少し赤くなり、照れたようなグラントを、ヴェルナー伯爵は生温かい目で見守っていた。


***


「……大丈夫ですか、アーリャ様?」

「……もう、寝る……」

「……はい。お部屋、暗くしておきますね」

「……グラントは……今日は部屋に入れないで」

「はい、承知いたしました。陛下にもお伝えしますね」


 疲れたように目を閉じたありあを見て、サリは溜息をついた。サーリャやヴェルナー伯爵から、事の顛末は聞いていた。


「アーリャ様には、まだまだ早すぎたみたい、ですね……」


 ――あの下着?は封印しておこう


 サリは、ありあの荷物を片づけながら、そう思った。 


***


 後日談~


「あの服はもう着ないのか?」

「着ませんっ!!」

「……可愛かったのに」

「疲れるから、もうヤダ!」


 ……という、王と王妃の攻防戦があったとか、なかったとか。


<キケンな休日 Fin>

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