ヴェルナー伯爵の縁談<1>
「……お久しゅうございます、父上。わざわざ王宮まで来られるとは……何か火急の用でも?」
ジェラルド=ヴェルナー伯爵は、ジェヴェタイア=ヴェルナー前伯爵の前の椅子に腰かけながら、父を見た。白髪頭となり、皺も増えた父だが……前国王と数多くの修羅場を潜り抜けてきた、その鋭い視線は今なお健在だった。
「なに、領地の方は落ち着いたのでな……陛下の御機嫌伺いに参ったついでだ」
……この狸親父が。ジェラルドは心の中で呟いた。これは何か魂胆があるに違いない口調だ。
「どうだ? 陛下と王妃様は」
「ええ……相も変わらず、と言ったところでしょうか」
基本的に大層仲の良いお二人だが……今朝も一悶着あったばかりだ。
『サリのお父さんが体調崩したって、サリ実家に戻るんだって! 私一緒にお見舞いに行ってくる!』
……というアーリャ様の一言がきっかけで、「行くな」「行く」の問答になった挙句……
『グラントの意地悪ーっ!!』
という王妃の叫びが、グランディア城中に響き渡った。結局、サーリャ様のふりをして行く、ということになったが……。
(陛下の機嫌は、最悪だ……)
無言の執務室で書類に向き合っている時に……父の訪問を告げられたのだった。父は如才なくグラントに挨拶し、息子と話をしたい、と切り出した。かつて庇護を受けた恩人の言葉に、グラントが異を唱えるはずもなく、こうして父と私室で向き合う事になった。
(まあ、グラントも過保護すぎるが……)
アーリャ様も自由奔放すぎる。グランディアの王妃で元光の巫女姫、というご自覚はいつ生まれるのか。
(……もしかして、このままなのかも知れないな……)
遠い目をしたジェラルドに、ジェヴェタイア前伯爵の緑の瞳がきらり、と光った。
「仲睦まじい事は良い事だ。いずれ、遠からぬ先に御子もお産まれになることだろうな」
「……ええ、そうですね」
御子が産まれれば、アーリャ様も少しは落ち着いてくれるのだろうか。なにせ、彼女の行動にはグラントの機嫌がかかっている。不機嫌な時のグラントは、正に『魔王』そのものだ。
「……それで、な」
ジェヴェタイア前伯爵が傍に控えていた侍従に手で合図をした。侍従は頷き……二人の間にあるテーブルの上に、どさり、と書類の山を置いた。
「……これは?」
怪訝そうに眉を顰めたジェラルドに……ジェヴェタイア前伯爵がにやり、と笑った。
「陛下も落ち着かれたことであるし……次はお前の番、だな」
「は!?」
目を見張るジェラルドに、ジェヴェタイア前伯爵が面白そうに笑った。
「お前も、いつまでもふらふら一人身、と言う訳にもいかぬだろう。私が元気なうちは良いが……もう年も重ねている。いつ身体を壊してもおかしくない」
殺しても死にそうにない頑強な人が何を言ってる。ジェラルドはじろっと父親を睨んだ。
――その視線を、するり、と無視して、ジェヴェタイア前伯爵が言葉を継いだ。
「お前に想う方がおれば、それでもよいが?」
「……」
――痛いところを突かれた。なにしろ、陛下と王妃で手が一杯、自分の相手など探す余裕もなかった。
「それに……あれからも『早く孫の顔が見たい』とせっつかれてな……」
「……」
ジェラルドは、はあ、と溜息をついた。ヴェルナー伯爵家で最も強いのは……母イヴリンだったりする、のだ。
……いくつになっても、可愛らしい少女の様な雰囲気の母親だが……見かけによらず、頑固な一面もある。父も、母には頭が上がらない。
(この書類も……母上が集めたのだろうな……)
ジェラルドは積み上げられた書類を横目で見ながら、父に言った。
「……わかりました。とりあえず、見ておきます」
***
「えーっ、これ全部お見合い写真……じゃない、絵!?」
ありあは執務室に積み上げられた書類を見て、声を上げた。「見てもいいですか?」と聞くと、「……どうぞ?」とげんなりした声がヴェルナー伯爵から返って来た。
(うわ……美人ばっかり……)
家柄も、どこぞの侯爵令嬢やら伯爵令嬢やら……グランディアだけでなく、セレスタインからも……。
「ヴェルナーさんはどんな人が好きなの?」
ありあが聞くと……ヴェルナー伯爵は少し困った様な顔をした。
「こうでなければ……というのはありませんが、お互いに信頼し合って、支え合う、そんな関係を築ける相手がいいですね」
「……ジェラルドは独身貴族の中でも、注目されている存在だからな」
グラントが口を挟んで来た。
「そりゃそうでしょ? この若さで王の片腕である宰相の地位にいて、美丈夫だし、頭もよくて、剣の腕前も凄いし……」
「……お褒めに預かり光栄なのですが、アーリャ様」
ヴェルナー伯爵が苦笑した。
「陛下の御機嫌が悪くなりますから、ほどほどになさって下さい」
「どうしてグラントの機嫌が悪くなるの? ヴェルナーさんはお友達なのに?」
ありあが首を傾げると、その後ろでグラントが溜息をつくのがわかった。
「ねえ、ヴェルナーさん。この方達とみんな会うの?」
「さすがに時間がありませんから……ある程度絞り込んでから、になるでしょうね……」
うーん、とありあは考え込んだ。
「ねえ、グラント?」
グラントを見上げると、訝しげにありあを見下ろす銀の瞳があった。
「お見合いパーティー開いちゃだめ?」
「「は?」」
グラントとヴェルナー伯爵がハモった。
「一人一人と会うのは大変そうだし、誰かを特別扱い、にもできないんでしょ?」
「……それはそうだが」
「だったら、他の貴族の方も呼んで、みんなで集団お見合いっぽくすればいいんじゃない? 気軽にいろんな人とお話しできるような雰囲気で」
「ジェラルド一人、というわけではなく、他の独身貴族も呼べということか」
「うん! だって、ヴェルナーさん一人で女の人の群れの中だったら、狼の群れに紛れ込んだ子羊になるんでしょ?」
「……ありあ、お前そういう知識をどこで……」
「言い得て妙、です、ね……」
グラントもしばし考え込んでいた。
「……いろいろあって、王宮で催しを開いていないのも事実だ。たまにはいいだろう」
「陛下……」
「お前の件がなくとも、貴族たちを集める舞踏会も開催せねば、と思っていたところだ。遠慮せずにありあの案に乗っかっておけ。前伯爵や奥方も安心させたいだろう」
「はい……ありがとうございます」
ヴェルナー伯爵は深々と頭を下げた。
「ねえ、グラント? その舞踏会って、いろんな人が参加できるの?」
「まあ、基本的には貴族になるが……お前と会いたいという地方貴族も多いからな。普段は王宮に上がらない人間も来る事になるだろう」
「じゃあ、いろんなお話聞けるわね! お城の周りしか知らないから、すごく楽しみ!」
グラントの周りの気温が下がった……気がした。ヴェルナー伯爵は含み笑いをした。
「陛下はアーリャ様を溺愛していますからね……独身貴族の男共の目に触れさせたくないのですよ」
「えーっ……こんな美人が沢山来るのに、私なんかに注目する人いないわよ~」
――いや、それはないから。
思わずグラントとヴェルナー伯爵は心の中で突っ込んだ。
グランディアの王妃、元光の巫女姫……その肩書きがなくても、くりんとした黒い瞳に真っ直ぐな黒い髪。白い肌。とても可愛らしい女性なのだから。
(陛下の御苦労も、まだまだ続きそうですね……)
ヴェルナー伯爵は、グラントの心中を察して深い溜息をついた。




