龍脈
“龍脈”。
「龍脈は特殊な存在です。ここで“存在”、といったのは、それが元素で粒子でも波形でもない、極めて理解しがたい存在であるからです」
愛宕は自衛隊員や大学教授、その他もろもろを前に講釈する。
「ゲートでつながる両世界は本来交わるはずのない平行世界。これは仮説ですが数多の平行世界を内包する世界群を満たしていて、その世界たち全てを構成する存在の大本が龍子であり、龍脈であると考えます」
龍脈、それは地脈やレイラインとも呼ばれ、風水、陰陽において地中を巡るエネルギーとされる。
それは万物の存在に影響を与え、与えられるものとされる。
一人の教授が質問をした。
「..では私達自身も龍脈の一部である、というのか?」
「はい」
その教授の驚きは最もだろう。
なにしろ“お前の身体はよくわかんない存在で構成されているんだぞ”、と言われたのだから。
科学万能の現在、人間種族は未知の存在などないと思っていた。
そのドグマが壊されたのだ。
「無論、タンパク質として人体を構成する龍子は物質として安定しているため気にする必要はありません。今回使用するのは世界群を満たし、何者にもなれない不安定な龍子たち、龍脈です。龍脈は水のように流れやすい方向へと流れていきます。法則性は不確かながら、信仰の対象となるようなもを縫って流れているようです。特に日本は二六七〇年ほど続く皇室の存在、神道のような精霊信仰もあるため脈は豊かです。すでに脈の捜索が始まっています。すでにいくつかの地域で脈が確認されています」
表示された日本地図の各所、山地や寺社仏閣があるところ、古代遺跡、その他もろもろに龍脈の存在を示す赤い線が入っている。
「さらに、大陸海洋両プレート周囲にも脈が観測されています」
「龍脈は大地のエネルギーというのか?」
「はい。大気汚染は起こさない再生可能エネルギーです。機関に使用するのはハレの気、これは龍脈の近くに多くあります。龍脈から外れたところにあるのがケの気。発電効率が格段に落ちます。これらは基本的に何もしないでも循環し、再利用できますが留意すべきなのはケガレ、です。これはハレにせよケにせよ、脈を使いすぎると起きる現象で‘気枯れ’とも言います。これもまぁ再利用できるのですが、そこには禊という手順を踏みます」
そして禊についての資料を映す。
「巫女や聖職者の類は不要です。ケガレをハレに戻すには何かしら活性化させればよく、非日常のトリックスターを用います」
「ちょっと待ってくれるか?これは科学の話だろ?」
愛宕はそれを否定する。
「無論科学の側面もありますが、同時に民俗学的な話でもあります」
魔術、妖術といったオカルトを肯定するものですね、と続ける。
「気を良くする、‘清める’、‘気良める’ということは枯れた気に活気を与える必要があります。現在までの実験でケガレが起きたことはありませんが、なにしろ日本全土がどうやらハレの気の領域のようでして。で、実際に試験を行ったわけではないのですが、禊には‘祭’をやるといいのではないかと存じます」
教授の一人が手を上げる。
「それは柳田國男の民俗学的世界観だな?」
「ご明察。民俗学はオカルトの部類だと思っていましたが、どうやら世界はオカルトそのものだったようで」
「では祭については?」
「祭は祭です。盆踊りでも夏祭りでも、楽しく笑っていれば、そもそも祭なども不要で、実質多くの人々が笑えば気は晴れるようです」
俄には信じがたいな、と多くの出席者が漏らす。
「原理面の話は終わりか?なら仕組みについて教えていただきたい」
制服姿の男に対しヨロコンデー、と愛宕。
ぱちりと指を鳴らす。
「ここに龍脈機関の試作品があります。国内最大の脈、皇居があるので東京でも動きますよ」
白衣の男が台車に乗せて持ってきたのはタービン。
下にノズルと透明な箱がある。
箱の中身は何か薄い紙がある。
「‥開始」
白衣の男が何か操作するとタービンが回りだした。
「特殊なフィルタで脈流をすくい上げ、加圧してタービンを回します。原子力や火力と基本構造は変わらないので発電所の置換えもできます」
タービンで台車に乗っている電子レンジが動き出した。
「このサイズでも複雑にすれば二千ワットは軽く出せます」
どよめく一同。
スライドは次のページに。
「これを用いた兵器の提案です」
箇条書きにされた項目は以下の通り。
※大型の護衛艦、ただしすごい。
※大型の潜水艦、ただしすごい。
※大型の戦闘機、ただしすごい。
※人型可変戦闘機、とてもすごい。
※航空火力プラットフォーム、かっこいい。
※宇宙戦艦、大和。
※重航空管制機、ただしすごい。
※衛星軌道掃射砲、とてもすごい。
「なんだこれは」
「ふざけているのか?」
騒然となる一同。
今どきのスレた中学生でもこんなことは考えないだろう。
だがふざけてなどいませんと愛宕。
「すべて実現の可能性があります」
「百歩譲って上四つはいいよ。でも宇宙戦艦ってなんだ」
足柄は防衛省の執務室にてその会議をカメラ越しに見ていた。
〈宇宙戦艦は宇宙戦艦です。オーストラリア大陸並みの土地を一撃で蒸発させます〉
「却下。使い道がない兵器はたとえコストが安くても他国にいらぬ疑惑をさせる結果になる」
今やアメリカの影に隠れることはできない。
日本一国で魑魅魍魎が跋扈する国際社会に立ち向かわなければならんのだ。
宇宙戦艦などを作って変な軍縮など食らってはたまらない。
「宇宙戦艦以外は面白そうだ。文官は俺が説得するから試作を作れ。ただし金はかけるなよ」
〈Понятно〉
予算についてさえ言っておけば、そこまで酷いことにはならないだろう。
何しろ技術開発研究本部についてマッドの巣窟。
できないものは多分ない。
(しかし龍脈‥物質でもなく波形でもない。エーテルのようなものか?下手に考えると気が狂うだろうから考えないでおくか‥)
その考えない方がいいことを考えてしまったマッド共。
「さて、大臣の許可もおりましたので」
ぱちん、と右手を鳴らす。
「こちらが航空火力プラットフォームのモデルです」
3Dのワイヤーフレームで作られたそれはマンタのような図体。
「戦闘機を搭載した空中空母、巡航ミサイル搭載の空中戦艦のセットです」
中学生の妄想じみた航空艦隊計画を語るのは愛宕の部下のマッドだ。
「さらにこちらの潜水空母、潜水戦艦と合わせて三次元領域を完全支配可能になります」
ドヤ顔でマッドがそう宣った。
「スーパーキャビテーション航行により水中速力は七十ノットを実現。予算さえいただければ、省エネ、省人数、地球に優しい資材を用いたリサイクライアブルな兵器にしてみせましょう」
航空幕僚長の夕立はそれを聞いて黙って手を上げる。
「なんでしょう閣下」
「バリアはないのか?」
「ははは、ご冗談を。中学生の黒レキシントンノートじゃないんですよ」
珊瑚海で沈んだ空母(レディ=レックス)、あるいは米独立戦争の古戦場の名を冠した正直そこまで有り難みのない(とくに前者)ノートを、空中空母や潜水戦艦などを提案した男が嗤う。
「バリアがなければ採用致しかねる」
しかし夕立もバリアに拘りがあるらしく引かない。
「龍脈が物質と波形のどちらにも変化する性質のものであり、ゲートで繋がれた二つの世界を遮る断層を作っているのなら、それを人為的再現出来るのではないか?小さな次元断層を作るんだよ」
夕方航空幕僚長の一言は愛宕らマッドサイエンティストにインスピレーションを与えてしまったようだ。
事態をややこしくさせるな、と恨みがましい海幕長や陸幕長の視線を無視して夕方はニコニコ顔である。
「...続いては人型可変戦闘機です」
別のマッドサイエンティストが現れ、今度はCG動画を表示する。
「戦闘機、半分戦闘機、人型の三形態に変化します」
「それは歌姫付きか?」
「ボーカロイドならソフトウェアとして搭載可能ですが、超時空な歌姫は自分で探すしかないかと」
陸幕長はそれだけ聞いてがっかりしたような表情を浮かべる。
「なぜ人型がいるのか、ということです」
スライドが切り替わり、各国のミサイルの性能が示される。
「現在、ミサイルの誘導性能は飛躍的に向上を続けています。センサー類の発展は今しばらく続き、いずれ戦闘機はステルスでも超機動でもミサイル回避の術をなくすでしょう」
フレアを焚いたF/A-18Eスーパーホーネットがミサイルに叩き落とされる動画が流れる。
二〇一五年末のオホーツク海上空のオロチ小隊とリヴァイアサン小隊との戦闘だ。
「戦闘機の進化には限界がどうしようもなく存在します。内部の生体パーツのことです」
パイロットのことだ。
「人体の限界はスーツを着ても9、10Gです。そして無人機ではそんな回避行動は取れず、柔軟な戦術行動にも難があり、かつ使い捨てるには勿体無い」
そして次のスライド。
「そして私どもで開発中の新世代のミサイルを回避するには最低20Gに耐えつつ、欺瞞行動をなさねばなりません」
CG動画にてランチャーから放たれたミサイルは数十。
一発一発が現行のミサイル並の性能を持ち、当たればただでは済まされない。
「多数の子弾が追ってきます。一撃を全てを回避するころにはパイロットはひき肉になっているでしょう」
「しかし君。人型兵器最大の欠点はパイロットの激しい酔いだと聞くぞ」
「いい指摘ですね。はげしく揺さぶられるであろう人型兵器、その利点は姿勢制御にあります。戦闘機なら基本尻にしかないスラスタを全身に付けた人型兵器ならこの新世代ミサイルでさえギリギリ回避可能..のはずです。また、戦闘機並の高速を発揮する増設ブースターもあるので戦闘機を置換できます。戦車と戦闘機のマルチロールです。安上がりです」
安上がり、を強調するマッド。
そして新たな人物を壇上に招待した。
「扶桑重工、最上です」
過日、国産戦闘機烈風を勝手に開発したバカどもの親玉が現れた。




