キング=オブ=ミドルイースト
九月十一日。
ニューヨークでは世界貿易センタービル跡地で慰霊式典が行われていた。
ダブトン=スターディはその列を遠巻きに眺めていた。
(テロとの戦い‥)
二〇一七年の今日から思えば遙か昔のことに思えるが、二十一世紀初頭に起きたテロ事件のあと、アメリカはテロとの戦いを叫び中東に派兵した。
しかし確たる証拠を残せぬまま混迷の中東に巻き込まれ撤退を開始。
残されたのは抑えられていた紛争の再燃。
結果として独裁者によって曲がりなりにも抑えられていた紛争に、自由の名のもとに火をつけただけであった。
シリアの内戦は四年経った今でも収まらず、難民が右往左往している。
そんな中東を現在牛耳っているのは、なぜか日本である。
「リアルタイム、産の原油を満載したタンカー三隻が入港」
「三日前の情報、アフガンでの医療支援部隊が襲撃を受け、実行犯は一人を残して射殺されました」
「本日正午、ボスフォラス海峡横断鉄道の大規模点検が開始されました」
外務省国際情報局。
一応諜報機関ではあるが、内務省や防衛省や大使館なんかが海外で集めた情報を分析するのが主な仕事で後ろ暗い工作はしていない、ことになっている。
「柏尾さん、バグダードの件いかがしましょう」
「空港の整備にひとまずの主眼を置け。そのあとにインフラだ」
柏尾英明という男は、そこで敏腕を振るっていた。
中東阿局長であり、情報収集のために国際情報局の一区画を租借している。
“中東を征服した男”、“現代のイスカンダル”と呼ばれ、二つ名通り中東を落ち着かせた男である。
事の発端は外務大臣の伊勢が柏尾に「中東アフリカ局をよろしく。人事刷新ね」とだけ言われ、ぞんざいに任命書を渡され(当時は行政府各所が慌ただしく入れ替わっていた)たことに遡る。
昇進、昇給を願っていた柏尾だが、大臣のあまりの雑さに(当時は本当に忙しかったので外務大臣のデスクにも電子化されていない書類が山脈を成していた)呆れて中東阿局の人事権とか一切合財をどさくさに紛れて伊勢から奪い、牙城を築いていたのである。
それをごたごたが落ち着いてから知った伊勢は一局の暴走を止めるべく奮闘するが、逆に言いくるめられて彼の任期中は全ての権限を渡すと宣言してしまったのだ。
その後、中東諸国に何者かによって流出されたメルボルンでの会議の様子によってアメリカの信用は失墜した。
それを受けて柏尾の工作だ。
まず面倒くさいからいがみ合っている連中に共通の敵を作らせる。
続いて理性的な連中に商談を持ちかけ、徐々に怒れる大衆の生活レベルを向上させる。
口で言えばとても簡単だが、そうそう簡単には行かない。
簡単には行かないから長々と紛争を繰り返してきたのだ。
国内の部族対立や宗派の違いなどを乗り越えるべく、柏尾はイスラム各派のしきたりをすべてマスターした。
そして柏尾は自身が乗り込み、賄賂やハニトラ、暗殺や恐喝など手段を選ばず「お話」を続け、有力者の殆どを支配下においたのだ。
公式には外交努力で中東に平和をもたらしたように見えるが、実際黒い噂は絶えない。
それでもメイドインジャパンやサービス、システムを日本企業を率いて山のように売りつけ、かつ資源を格安で買い付けられるようにした、しかも二年ちょっとでそれらを実行した手腕は手放しで賞賛されるべきものだ。
下準備は整ってきたので、あとは染め上げていくだけである。
シリアについてはだんだんと抵抗するものも減ってきた。
学がある人間は何かに抵抗する(すでに何が敵か誰にも分からなくなっていたけれどとりあえず殺し合っていた)よりも日本に尻尾を降ることを選び、それでもがむしゃらに引き金を引くものは皆「お話」の憂き目に遭った。
イスラエルとアラブの確執は未だ解けないが、柏尾はなんとかこの辺り一帯を日本の経済圏に組み込もうとしていた。
それはただ自らの名声を得るため。
彼は以前後輩にこう言ったという。
“右手で握手をしながら左手でメイドインジャパンを売りつけろ”。
耐久性があり、誰もが一度は耳にした“メイドインジャパン”。
“とりあえずなんかすっげーモノ”=“メイドインジャパン”という世界的評価(先人の努力の賜物である)を利用し、耐久性があって省エネ(=維持費がかからない)の日本製品(家電に限らない)を安く売りつけるのだ。
メーカーと組んで砂塵に強い中東向け廉価版も開発中だ。
伊勢にしてもしてやられたとは思いつつもその手腕は高く評価しており、イランを征服した初期の段階でその動きを最大限支援するようになっていた。
無論これほどの逸材は百年に一度も出ないだろうから、今のうちにできる限りやらせておいて後は凡人でもなんとか運営できるようにすることを伊勢は狙っている。
外務省としても未開拓の市場は欲しいのだ。
「サウジの学校計画のことですが‥」
まだ五十代の柏尾、仕事がキツければキツイほど興奮する男であった。
去りし六月八日に成立した東欧連合。
ここにゲートを誘致しようという動きがあった。
ロンドンにいたエドワード=サイフレットがその動きに気がついたのは九月十五日であった。
「エディ、なぜ気が付かなかったの?」
「仕方ないでしょう。我々MI6諜報四課じゃ東欧なんて見ていませんでしたもの」
ヴァレリーは不満を露わにするが、言われた通りである。
本来四課はアジア圏の諜報を主にしており、欧米のことは専門外なのだ。
それでも世界規模で諜報を行っていたのはヴァレリーの前任者が権限の拡大を狙ってあちこちから批判を買いつつも規模の拡大に勤しんだゆえだ。
前任者はろくに成果を残せず終わったが、ヴァレリーはそれを引き継いでからそれなり以上に成果を残していたため大きな権限はそのままであった。
ちなみに前任者は退任して数ヶ月後、アルプス登山の最中に滑落して死亡した。
「欧州は一課だったわね。情報提供を求めて。それと誰かオフィサーはいる?」
しばし後れを取ったが今や巻き返しの時、とばかりヴァレリーは支持を出す。
「ゲートを?」
矢矧為一は小矢部晋作中東欧課長と外務省内のカフェで話しこんでいた。
「ああ。提携先は不明だが、東欧はこれを機にEU離脱を図るらしい。そのための目玉商品とする手はずだ」
小矢部の言うには、大国が抜けていろいろとガタが出てきたイタリア主導のEUを東欧諸国は抜け出し、自分たちで集合体を作るという。
「ぜひともあそこを新勢力の版図としたいんだ」
小矢部が語った構想は次の通り。
日英独露の四国で新勢力を作り、異世界の国家もいくらか組み込む。
→集団安全保障
東欧はちょうどユーラシア横断同盟(仮称)の懐にあり、手を出しやすい。
→市場拡大
それを聞いた矢矧の回答は以下の通りである。
「柏尾局長ほどではないがユーゴとか今でも荒れた地域に秩序を与えるというアイデアはいいでしょう。しかし、四国大陸横断同盟(仮称)を見ると、日独伊三国同盟と独ソ不可侵条約を合わせた四国同盟を妄想した二次大戦前の外務省のようですね。正直ロシアイギリスは信用なりませんし、ドイツは商品が被ります。東欧もせいぜい中東市場の防波堤程度にしておくべきでしょう。そもそも政府の主目標は東南亜です。日本の国力は無尽蔵ではないのですよ?異世界側と合わせて安全保障、というのもいまだあちらとの交流がゲートによって妨げられている現状夢物語でしかありません。立ち上げてしまった東欧連合はイギリスにでもあげちゃったほうがいいんじゃないでしょうか?」
小矢部のこれまでの行動を完膚なきまでに否定する矢矧。
小矢部はぐぬぬという顔をするわけでもなく、無表情であった。
(地雷踏んだかな)
矢矧はどうにでもなぁれ、と呟く。
しかし後悔はしていない。
東南亜を重視する政府の方針とは正反対を行く上に、中東ほど東南亜の安定に寄与するわけでもなく(何しろインドネシアは人口二億の世界最大のイスラム国家。イスラムに悪いものがおこるとインドネシアにまで波及しかねない)東欧への干渉は国力を疲弊させるだけだ。
矢矧はいざとなれば伊勢大臣に直接潰してもらおうと考えていた。
きっと小矢部も自身の案が欠陥だらけだったということを素直に認めるだろうし、
「調子に乗るなよ若造が。東大卒の俺を侮辱しているのか?ちょっと実績があるからといって調子こいてんじゃねーぞ糞ガキがぁ!」
ぱしゃり。
まだ熱いコーヒーを顔面にかけられた。
(このわからずやがっ!)
矢矧は若い。
三十一にして異世界との外交の最前線に立っている。
一方の小矢部は四十九にして中東欧課長。
これまでからすれば十分に若い課長だっただろう。
だがこの人事は小矢部からすると嬉しいものではなかった。
なぜならチャイナスクールの連中を駆除した後の詰め替え用員としての登用であり自身の実力不相応であることは彼が一番よく知っていた。
しかしそれを周りに愚痴ることも出来ず(友人と言えた人々は運良く昇進した彼を羨み、何かにつけて足を引っ張ろうとしていたからだ)、ほぼ同年代の柏尾が中東で偉業を成し遂げつつあったのも彼への風当たりを強くした。
なんとかして自分の実力を認めさせなければならない。
自分が凡才だと自覚している彼は東欧連合によってそれを成そうとした。
「それなのに地方大卒のぽっと出の若造は評価されて、しかも偉そうに俺の功績を潰そうとする!俺の邪魔をするものはみな死ねばいい!」
「..それがどうした!」
うじうじと駄々をこねる小矢部を、いつもは腹黒そうだけど温厚と評価されている矢矧が怒鳴りつけた。
「学歴に意味はない。東大が何だ!?必要なのは社会に出てから何をするかだ。大学はその準備期間に過ぎない。そんなものにしか縋れないとは悲しい男だよ貴様は!」
「柏尾は独行の末その事業を認められた。俺にもチャンスくらいあるだろう!」
「残念ながらグランドデザインの大幅変更が必要になるプランなど不要だ。中東には意味があるが東欧にはそれがないんだよ!」
「アンフェアだ!」
「それがどうした?それが国家だ」
「若造がぁ!」
「やるか老弊!」
なおも激昂して続けようとした矢矧の肩を、だれかが優しく叩いた。
「その辺りで」
その誰かはおおきく振りかぶって、
「やめなさい」
強烈な右ストレート。
打撃音。
よろめく矢矧。
「あと君の事業」
小矢部に逃げる時間を与えず、
「目障りなのよ」
右足を踏み込んで高校時代に鍛えられたと自慢していた黄金の左を繰り出す。
二人が座っていた机はそのまま小矢部の顔にちゃぶ台返しめいて直撃。
「だ、大臣…」
そこにいたのは日本国外務大臣の伊勢、その人であった。
「外務省で楽しいことがあったようです」
内務省では日向に鬼怒がことのあらましを語っていた。
「小矢部、ねぇ。哀れなことだ。誰もが価値ある存在ではないというのに」
「それはどういう意味でしょうか」
「クリエイティブな仕事を行える人間というものは限られている。小矢部くんは学歴こそ良いもののクリエイティブな人間ではなかったということだ」
はたして自らはクリエイターなのだろうか。
鬼怒は自問する。
もし世界にノンクリエイティブな者がいなければどうなるのだろうか。
単純労働に従事するのはノンクリエイティブだろう。
だが工事などの仕事は機械化するには工程が複雑すぎる。
(そうか、クリエイターの下に機械、そして最下層にノンクリエイティブがいると大臣は考えているのか)
警察を束ね、秩序維持にあたる内務大臣としては正しいのだろう。
(でもそんな管理世界、美しくないですよ)
ナッソー国の奥、古代の遺産を研究する施設。
セントラルドグマに最上たちはいた。
寝食を忘れるほど熱中した研究の末、いくつもの革命的発見がなされた。
両政府の事前の取り決めにより、これからは最重要機密事項としてそれぞれに持ち帰って独自研究を行うことになっている、のだが。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
「...」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
(すっげー面倒くさい)
扶桑重工の鈴谷は会長の最上が駄々をこねている姿をまるで蛆虫を見るような目で見つめていた。
彼らは日本へ向かう前の送別会をやっていた。
両国のマッドたちが機械油で鱚の天ぷらを作ったり、ダイナマイトを丸齧りしていたりする。
その一角で最上は遺物のパーツの一片を握って駄々をこねているのだ。
鈴谷としてははやく宴席に戻って液体窒素で作ったアイスを食べたいのだ。
材料にこそっり混ぜた赤味噌がどうなったかをしりたいのだ。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
目の前にいるのは仮にも日本の最先端技術開発の一角を担う企業の長だ。
本社においてきた事務屋が首になったのは聞いたし、楽しそうな戦闘機開発をやっているとも聞いている。
早く帰って色々やりたいのだ。
なのに上司と来たらこれである。
(めんどくせー)
関わりたくない。
しかし帰ったら宴席の連中から文句を言われる。
さて困った。
(とりあえず黙れ)
近くにあった聖剣エクスカリバールを頭骨のそばに振り下ろした。
カキぃン、と硬質な音が地下のドーム空間に響く。
幸い宴席の酔っぱらいは気がついていない。
怯た瞳で見上げる中年の上司は轡でつないで放っておくことにした。
これで文句を言われる筋合いはないだろう。
熊野壮一郎大使以下大使館職員らが見送る中、日本のマッドサイエンティストを積載したバスがゲートを潜る。
ミイラ状のナニかを抱えた人物もいたが、気にしないことにした。
マッドの考えることに思考を合わせてはいけない。
こちらまで狂ってしまうだろうからだ。
(しかしこれでまた寂しくなるな)
おそらくこれからは研究関連でゲートを行き来することが増えるだろう。
大使館はそれを支援する任務がある。
また、これからは民間に先んじて政府がもっとゲートをくぐる筈だ。
こちらの世界にある国家へ大使館の設置も行われるはずだ。
すでにアルマタやボーグに接触する用意が始まったと、本省から内示が来ている。
(でもすぐじゃない。何ヶ月かは暇になるかな)
内務省オフィサーも海外情勢調査の準備にかかっている。
(彼女を連れてあちこち見て回ろうか)
阿武隈は逃げるだろうな、と若い彼女と中年の自分が並んで歩くとどう見られるかを考えてみた。
援助交際という概念がこちらにあるかは不明だが、いかがわしい扱いを受けてはたまらない。
クリミアの自治選挙、アメリカが中止するように言ってるらしいですね。
民主主義とはなんだったのか。
そしてサッカー垂れ幕問題。
垂れ幕よりサガン鳥栖が買ったということが驚きです。サガン鳥栖なのに勝つんですね(by佐賀県民) まぁ垂れ幕を張ったのも日本人かどうかは報道されてないようですし、サッカー協会とやらが日本人かどうかも分かりません。ついでにアンネの日記を破いた男も日本人かどうかはわかりません。世の中、わからないことだらけです




