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再び雨宮家へ

大路地先生のクロッキー講座が終わりました。

正午過ぎ、サイトは昨日と同じように水彩画セットを右手に持ち、函館の住宅街をふらふらと歩いていた。


大路地先生のクロッキー講座は11時半くらいまで続き、その後サイトはみんなに昼食に誘われたがとてもみんなと一緒にご飯を食べる気


にはなれなかった。そのくらい自分の実力のなさを大路地先生から思い知らされた。


太陽がちょうど頭の上で輝きだし、気温がぐんぐん上昇している。北海道の夏とは言え、今日は真夏日になるだろう。外で絵を描くのには


あまりいいコンデションではないが汗をかく事でネガティブな気持ちをすこしは流せるだろ、そんな風に前向きにサイトは考える事にした。


サイトは住宅街のはずれにある洋風の雨宮家を視界に捉えた。昨日はこの家の外観を描かせてもらったがうまく構図を取ることができなかった。


サイトは水彩画セットから水を入れる容器を取り出し玄関先の蛇口から水を注いだ。いけね、家の人にこの家を描く許可をもらわなきゃ。


ごほん、と咳払いをして深呼吸をしたあと、インターホンを鳴らすとしばらくしてはい、と女の人の声がした。


「すいません、昨日この家を描かせてもらった者ですけど今日も描かせてもらっても大丈夫でしょうか?」


サイトが早口で言うと、家の中からくす、と笑い声がしたような気がした。「大丈夫、構わない」と透き通った声でマンガのセリフのような


言葉を聞くとサイトは少しだけ安心した。インターホンごしで話したのは昨日会った雨宮慈雨。


「あ、ありがとうございます。それでは外で描かせてもらいます。どうも!」


誰もいないインターホンの前でおじぎをすると水の入った容器を持ち、向かいの駐車場の砂利の上にマットを引き、雨宮家が一番良く見える


場所を探してうろうろと歩き回った。しかるべくポイントを見つけるとそこの場所までマットを動かし、その上にサイトは腰を下ろした。


無理に家全体を絵の中に入れる必要はない。この家で一番描きたいポイントは三角頭のエントツだ。その上に流れる雲を描こう。


今日描く絵の構図は決まった。サイトが鉛筆で画用紙に下書きをしていると家の中から制服姿の雨宮慈雨が出てきた。突然の出来事にふっと


サイトは立ち上がったが、ここは雨宮の家。中の住人が出てくるのは当然のことだ。サイトは雨宮にぺこりと頭を下げた後、


「こ、こんにちは!今日も学校?」となるべく気さくな感じで話かけた。すこしでも距離を埋めたいと思ったからだ。


慈雨はふっ、と笑うと、「うん、これから部活」といいサイトの方へ近づいてきた。そのまま駐車場に入りサイトの横まで歩くと


サイトが絵を描いていた画用紙を覗き込んだ。やわらかい雨宮の匂いにうっとりしそうになったが「ま、まだ描きかけなんで見ないで」


と言い、サイトは持っていた絵を背中に隠した。雨宮さんは再び笑みを作ると「そう、すこし残念」といって踵を返しそのまま駐車場を


出ようとした。サイトは何か言葉を掛けようとしたがいい言葉が浮かばなかった。頭をかりかりとかき始めると雨宮の後姿が遠くなっていく。


まずい。このままだと描いた絵をあの子に見せられなくなる。地元から函館は結構遠いし、わざわざ会いにくるほど仲もまだ良くないし


どうすればいいんだろ。サイトはその場に立ちすくんでいたが自分の本来の仕事を思い出し、顔をぱん、と叩くとマットの所まで戻り


再び絵を描き始めた。でも雨宮のことが脳裏をよぎってなかなか筆が進まなかった。しばらくすると女子高生らしき女の子が目の前の


家に入ろうとしているのが見えた。筆を横の容器の水につけていたサイトが振り向くとそこには雨宮慈雨がいた。


「あれ?学校は?」


サイトが聞くと雨宮が


「ちょっと、忘れ物」


と恥ずかしそうに答え、家の中に消えていった。忘れ物か。しっかりしてそうに見えて意外にぬけた所があるんだな。


そんなことを思っているとドアが開き大きめのスケッチブックを持った雨宮が出てきた。やっぱり彼女も美術部員だったのか。


「あ、雨宮さんも美術部員なんだ?お、おれもおんなじ美術部員」


「知ってる。昨日聞いたから。今度の全道大会、函館で開催だからその時に会おう」


雨宮さんの意外なきりかえしに少し驚いたが一か八か、サイトは勇気を振り絞って聞いてみた。


「あ、あのさ、出来上がったらこの絵を見せたいからさ、よかったらアドレス交換してくれない?」


すこし強引な形かもしれない。雨宮さんは振り返ると少し恥ずかしそうにスカートのポケットから携帯電話を取り出した。


これでサイトは雨宮さんに絵を見せる約束をとりつけることが出来たと同時に、他の学校の美術部員と接点を持つことが出来た。


彼女に名前のつづりを確認するとサイトの携帯には新しく「雨宮慈雨」が登録された。慈雨もサイトに名前のつづりを聞くと


彼女の携帯に「斉藤才斗」が登録された。彼女はなにかに気付いたように含み笑いを始めた。サイトが聞くとこう言った。


「私達ってどっちも繰り返し系の名前なんだな、と思って。これからよろしくね、サイト」


いきなり呼び捨てにされたので面食らったが


「こちらこそよろしく、えーと雨宮さん」


「慈雨でいいよ」


「じゃ、じゃあ慈雨、絵が出来たら必ず連絡するから」


そんなやりとりをした後、慈雨が部活に遅刻しそうだと言ったので別れの挨拶をし、サイトは彼女の姿を見送った。


三度マットの上に腰をおろすとなんだか知らない疲れがどっと押し寄せてきた。部活以外で女の子とアドレス交換をするのは中学以来だ。


それにしても繰り返し系の名前ってどういうことだろ?まぁとりあえずこの絵を完成させなくちゃな。


サイトは火照った体を冷やすように薄青色の絵の具を家の上の背景に塗り重ねていった。

なんか作者も学生時代を思い出して少し恥ずかしくなりました(笑)

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