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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編

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くずれる

 建物に囲まれた大きな通りを進むと、ただでさえ大きなパンドラの建築物でも一際大きなものが見える。

 天を貫くバベルの塔に次ぐパンドラの要所の一つ、大魔法図書館ゼーヴェルト。それがルノたちの目の前で圧倒的な存在感を放っていた。


 島の受付広場と同じ大理石で出来た壁は艶やかな光を柔らかく反射し、規則的な幾何学模様が理知的な雰囲気を醸し出していた。


「ここも大きい……!」

「ほんとでかいなー」

「あとあと、装飾が綺麗ですよね!」


 ルノたちはまずその外観に心を奪われていた。

 様々な動物を模した像の装飾、様々にそびえ立つ塔には大きな時計が見える。


「よし、じゃー入ろっか」


 メルトを先頭に、図書館の門を進む。

 門には魔法陣が刻まれており、メルトが正面に立つと紫色に光り、ごうごうと音を立てながら開いた。


「ここも人がいないんだね」

「そうだねー、これがあると反応するらしいけど、ほんと仕組みがよく分かんないや」


 メルトが手に持った薄い木の板を見る。

 刻まれた文字と思しきものは、サトウの墓で見た文字と同じ物に見えた。


「大昔の技術がずっと使われているらしいですけど、確か詳しく分からないんですよね」


 ユミアも同じような板を取り出すと、文字の部分を撫でた。

 二人と同じようにルノも板を取りだして観察してみるが、門の開閉のシステムは理解できそうにない。

 分かるのは板を持っていれば、門が開くということのみだ。


「それも気になるけど、はやく中が見たいな」


 ルノは門を抜けた先を見ようと足踏みする。不自然に暗い門の中は通り抜けないと見えないのだろうか。


「そうだね! よし、いざゼーヴェルトへ!」


 メルトが腕を振り上げると、三人は真っ暗な門の下へと踏み入れた。





 一切の光を通さない暗闇、ルノはその内部に足を踏み入れた。

 そこには暗闇が広がっている。


 ――はずだった。


「……あ、あれ?」


 暗闇にいたと思えば、真っ白な光に包まれていたのだ。


 一瞬の目眩とともに、白くなった視界がだんだんとハッキリしていく。


 その目に見えた光景は、まるで境界線を越え、別世界に来てしまったかのようだった。


 果てしない天井、何段にも重なる本棚、宙に浮く足場。

 どこから差しているかも分からない光が空間全体を照らし、古本屋で感じた紙の匂いなどを感じることはなかった。


「ここがゼーヴェルト……!」


 数多の知識が潜む場所、ルノは遂に辿り着いたその場所への興奮からあちこちを観察していた。

 知識を求める熱がまたふつふつと湧き上がる。


「すーっごい広いです! これがゼーヴェルト……!」


 ユミアもルノと同じく周りを見渡し目を輝かせている。


 ルノとユミアが圧倒される中、メルトは前方を見る。

 そこには受付と思しきカウンターと職員がいた。


「あっちに司書さんいるみたいだし、本の探し方とか聞いてみたら?」


 メルトはそう言うと辺りを見渡し、何かを見つけたようにあっと口を開いた。


「うちはうちで探すから、二人とも時間になったらまたここに集合で」


 ルノはメルトのその提案に少し驚いた。てっきりルノの探し物にも着いてくると考えていたからだ。


 しかし、メルトはルノと合わせた目をすぐに逸らした。

 今のメルトの動きは普段とは違う。むしろ、ユミアだけでなくルノも遠ざけているような……


 そんな考えは押し殺し、自分の探し物に集中することにした。


「……わかった」

「はい! わかりました!」

「そうそう、禁書庫には近づかないように! まー、普通にしてたらたどり着けないだろーけど!」


 こうして三人はそれぞれ別の方向へと歩いて行った。





「どうしよう」


 ばらばらになってすぐ、ルノは頭を悩ませていた。


「吸血鬼のことを調べたいけど……」


 ユミアと鉢合わせになったらどこから転じてメルトの正体がバレるか分からない。


「でも、調べないと」


 興味が出た。知りたくなったと言えばそこまで疑われないのかもしれない。

 それでも今すぐいくわけにはいかない。


 ルノはひとまずクラナタールにも言った通り、トリトやサトウについて調べることにした。

 本棚が飛び交う中、一つの石板のようなものに触れる。


 ゼーヴェルト内の情報を調べるために使う石板らしく、受付で聞いた通りに指で触れると、文字盤が浮き出てきた。


「ト、リ、ト」


 文字盤でトリトの三文字を検索すると、膨大な数の書籍の名前や概要が表示された。

 書籍にとどまらず、石板、所蔵されている遺物なども分かるようだ。


 ただ、とにかく量が多い。ここからメルトにつながるような白い髪のことを調べられるのだろうか。


「おおい……」


 指でなぞるようにして眺めても、どれがいいかなどを選別することはできない。

 思っていたようにいかず、ルノはだんだんもどかしくなり、唸るように石板に張り付いた。


 そんなルノの背後から足音が聞こえた。

 足音はちょうどルノの真後ろで止まった。


「お前は、あの時父さんといた……こんなところに用があるのか」


 男の声にルノが振り返ると、そこには本を何冊も抱えたアルベールがいた。

 その声や表情には怒りはなく、理知的でもの腰が柔らかいといった印象だ。


「うん。えっと、アルベールさんは?」

「名前を憶えたのか……俺なんかの名前忘れてよかったのに」

「……俺がなんでここにいるかは別にいいだろう」


 アルベールは自虐でもするかのように鼻で笑った。

 そして、ルノの操作する石板に目を向けると、ゆっくりと近づいてきた。


「……魔法士トリトの何を調べているんだ?」

「え、えっとトリト様の髪の毛のこと」


 ルノが遠慮がちに言うと、アルベールは近くを浮いていた棚を手元に寄せて、持っていた本を置いた。


「白髪のことか。どんなことが知りたいんだ」

「白髪って、すごい人だって聞いたから」

「とにかく色んな説が知りたいのか」

「うん」


 アルベールが石板を手慣れた手つきで操作すると、本棚がいくつもルノたちのもとへと降りてきた。

 アルベールはそこから本を何冊か手に取ると、ルノに渡した。


「これは最新の研究に関するもの。これは定説を簡単に紹介するものだ。これは――」


 本を一冊ずつ指しながら、アルベールはその概要を説明した。


「それで、どれについて聞きたい? 俺が解説してやる」

「え、アルベールさんが?」


 ルノは思わずアルベールの目を見た。


「俺じゃ不満か」

「い、いやそうじゃなくて、なんでぼくに教えてくれるのかなって」


 眉を寄せるアルベールにルノが素早く弁明すると、アルベールは罰が悪そうに額を人差し指の背で押した。


「……悪かったと思っているからだ。かっとなって見苦しいものをみせた。それに、父さんを助けてくれたんだろ?」

「お詫び、とでも思ってくれ」


 そう言ったアルベールの姿はクラナタールに似ていた。





「――つまり、この三つの説が特に有力視されているが、どれも完全に正しいとは言いきれないということだ」

「白い髪の毛ってだけでこんなに考えがあるんだね」

「そうだな。そのうえ、それぞれの説を支持する立場はかなり毛色が違う」


 だが、どれもメルトと関係がありそうでピンとくるものがない。


「じゃあ、アルベールさんはどれだと思うの?」


 ルノは本のページをぼーっと眺めながら、机の向こう側で本を読むアルベールに話しかけた。


「俺か」


 アルベールは腕を組み、目を閉じると、ルノの言葉を噛み締めるように宙を仰いだ。


「俺は……白髪そのものに、特別な繋がりはないと思いたい」

「天才なんてものは、そんな髪の色では決まらない。優れたものの子孫だからと、優れたものになるわけではない」


「そんなものはまやかしだ」


 強く確かな声で、言い切るアルベールの声だったが、顎に力が入り、歯を噛み締めているのが分かった。

 まるで自分のその考えが本当であってほしいと、すがるようだった。


「それって……」


 ルノがアルベールの言葉に聞き返そうとすると、それを遮るようにアルベールが勢い良く立ち上がった。


「――すまないが、もう時間だ。俺はもう行く」


 アルベールは椅子を引くと、有無を言わさず、急ぎ足でその場から立ち去っていった。


「いっちゃった……」


 ルノの名前を聞くこともなく、風のように現れたアルベール。

 その行動からは、ルノが理解できないものがあった。


「あんなにやさしい人なのに、なんでクラナタールさんとおおきな声でケンカしたんだろう」


 街での荒々しい態度と、ここでの理知的な態度。ルノにはその差が矛盾として深く突き刺さっていた。

 しかし、館内の時計の針が視界に入り、好奇心の対象が切り替わった。


「そうだ。サトウについても調べたいんだ」


 白髪に関しては複数の説があることが分かったため、ひとまずの進展ありである。

 ルノはそう考えると、サトウに関する情報を探るべく、石板に近づいていくのだった。





 本に囲まれた空間はとても静かで、とても心地のいい沈黙に包まれていた。


 その心地よさも、彼女らが互いにその姿を確認しなければ、そのままでいられたのだろう。


「メルトさん。そちらは禁書庫のはずです。何をしているんですか」


 ユミアが言う。跳ねる心臓を押さえつつ、勇気を振り絞ったその心は、ここ数日間の負荷により今にも爆発してしまいそうだった。


 周辺の本棚に隠れるように、禁書庫は存在していた。

 広いゼーヴェルトの中で、複雑な(まじな)いを経たようなこの場所は、自然と人が寄り付かなくなっていた。


「……あー、そうだったっけ? ちょっと道を間違えちゃったかもー」


 室内でも変わらずフードを深くかぶった下で、紅い瞳が冗談だというように笑った。

 大きくゆがんだ鉄製にも木製にも、はたまたこの世にない材質にも思える扉は、優に十メートルを越していた。

 様々な影響によって変形したとされる禁書庫の扉の前で、メルトは後ろに手を組んでいた。


「嘘をつかないでください。一直線にここに向かいましたよね。それにその手に持ったもので何するつもりだったんですか」


 ユミアが見ているのはメルトが組んだ腕、その手のひらだった。

 メルトはその手に持った血の塊を霧散させると、代わりに氷で鍵を作り出し、それを下に落として手をひらひらと振った。


 ユミアは氷の鍵をさっと視界の端に流したようで、メルトから少しも意識を外すことはなかった。


「まーまー、落ち着いてよユミアちゃん。これはー、そう! ちょっとした出来心じゃーん」

「それより、さ」


「そっちだって、よくもまあこんなとこ、入ってこれたよね」


 メルトはユミアの背後を見つめる。そこには無数に配置された自動防衛岩石人形(ゴーレム)がいた。

 そのどれもが首を切断されていた。メルトの仕業ではない、誰か(ユミア)の手によるものだった。


「嘘をつかないでって、言いましたよね。ゴーレムをかいくぐって禁書庫に来てまで、何をしようとしていたんですか」

「えー、ちょっと気になってさー? 開けてみたくなっちゃってー」

「罪に問われると知りながらですか? あと、その扉は鍵なんかじゃ開きません。知ってますよね。有名ですから」


 互いに一歩も退かず、張り詰めた空気が異様に重くなっていく。


「……まーまー、わかったって。悪ふざけが過ぎたからうちも戻るよ――」


 メルトがそう言って禁書庫から立ち去ろうとしたその瞬間だった。


「……やっぱりメルトさんは吸血鬼、なんですか」

「――なんて?」


 ユミアの放った一言がメルトの仮面にヒビをいれた。

後編って言ったんですけど、中編になるかもです。

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