似た者同士
部屋のベッドの上で静かに過去を語るメルトの姿を見ながら、ルノは自分の前髪に触れる。
禁書庫でナビはこの世界でここまで黒い髪は珍しく、ルノには日本か中国の血が混じっているのかと推測していた。
「……ぼくのお母さんも、ノモトさんと同じところから来たってこと……」
ノモトの故郷。内界にある日本という名の国。
その血が自分にも流れていることに、なにか意味があるのだろうか。
ルノが大きすぎる事実に呆然としていると、メルトはいったん語るのをやめた。
そしてベッドに座ったまま両手を後ろについて天井を見た。
「……うん、そうなるね。いやー、ルノくんってば異世界との混血なんだもんね。どんくらいレアなんだろ?」
「うーん? すっごく?」
ルノがそう口にすると、メルトは背を伸ばす。
悩むようにぐんと両手をいっぱいに広げ、息を吐く。
「いや、す————っごくかも!」
ルノがメルトの誇張気味な動きに思わず微笑むと、メルトは満足げに笑う。
「とにかく、うちとルノくんとはもう運命的な絆で結ばれてるってことだから!」
「運命……うん、ぼくもそう思う」
ルノは足を揺らしながら頷く。
メルトは息をつくと、静かに瞳を閉じた。
「じゃあ、続きの話かな」
「えっと、結局うちはシノさんとすぐ仲良くなってて——」
◇
赤いガーベラの家族風呂での一件から二週間が経った頃、メルトはすっかりシノに懐いていた。
未だ残る見えない傷跡も、少し忘れられる時間が出来ていた。
今日もまたふたりで領内の平原にピクニックに来ており、大きな木の下に毛布を敷いて寝そべっていた。
シノは特製のサンドイッチをおいしそうに頬張るメルトを見ると、水筒からお茶をコップに注ぐ。
「メルトちゃんって吸血鬼なのにお昼にわたしと遊んでくれるよね。体は大丈夫なの?」
「平気だよ。うちらは他の吸血鬼より少し強いから」
メルトはサンドイッチを口に詰めたまま答える。
シノが首を傾げると、メルトはシノからコップを受け取りお茶を流し込んだ。
お茶を飲み干すと、両手は膝を抱え、口は塞ぐように足に押し当てた。
「メルトちゃん?」
「……パパが言ってたの。ブラドホワイトは他と少し違うって」
「それって……選ばれし吸血鬼……ってこと!?」
シノは口を押えて目を見開く。
メルトはそんな無邪気な様子を横目にため息をつくと、隠すように口元を綻ばせた。
「それはわかんないけど……そんなの関係ないって、人とも吸血鬼とも仲良くなるんだって」
「なるほど、じゃあお昼に起きるのって人間と仲良くしたいから?」
「……」
メルトが目を逸らすと、シノはそれ以上聞くことなく、サンドイッチを一口つまんだ。
「ふふ、かわいいなーメルトちゃんってば。ふふふ」
「なにが! うるさい!」
メルトが耳を真っ赤にして完全に顔を隠すと、遠くから声が聞こえた。
「——おーい、シノー! はぁ、はぁ……やっと見つけた……」
声の主はルセドだった。
膝に手をついて肩を揺らすと、シノが差し出したお茶を飲み干し息を整えた。
「どうしたのルセド?」
「ああ、ルクレさんが家に来ててな……今日はお菓子作りするって話だったそうだが」
「え!? もうそんな時間? ゆったりしすぎた!」
シノは手提げの木箱をすっと折りたたむとルセドに押し付け、スカートを両手でたくし上げた。
「……ん? シノ?」
「メルトちゃんをしっかり連れて帰って! あとそれお願い! ごめんねメルトちゃん! お菓子出来たら一番に食べさせてあげるから!」
シノはそう言うと恥じらいもなく全力疾走していった。
草原を駆けるその姿は一介の主婦というよりももはや馬に近い。
「………………はや」
メルトはその後ろ姿を目で追いながらも、ちらりとルセドを見る。
ルセドはまたかといった様子で額を押さえると、メルトの方を遠慮がちに見つめた。
「あー、ごめんな。あいつ昔からあんな感じで……あー、えっと、とりあえず帰る……か?」
ルセドの表情はがちがちで、やけにぎこちない。
「(そういえば、ルセドさんとはふたりきりになったことない……)」
シノとは驚異的なスピードで仲良くなった自覚がある。
しかし、ルセドと話すタイミングといえば食事の際にシノが話題を振った時や、シノの手伝いをしようとしたときにばったり鉢合わせた時くらいだ。
この男は家の自室にこもりがちで、何をしているのかもイマイチ分からない。ただシノと同じなにかを感じる……というのがメルトの印象だった。
「……ねぇ」
「な、なんだい」
ルセドが明らかに動揺した様子で瞬きを繰り返すせいでメルトはかえって緊張が解けてしまっていた。
「ルセドさんは、うちのこと嫌い?」
「へ? なぜ? そんなわけない」
さっきまでの挙動不審が嘘のように断言するルセドの切り替えにぎょっとすると、メルトは続ける。
「でも、うちは吸血鬼だし、どこのだれかも分からない子なのに……初めて会った時以外は、うちと話す時ずーっと変だし」
「……あー、それは……」
ルセドは苦笑いしながら顎を指でかくと、ぱちんと両手を合わせた。
「ごめん! 正直子供とどう接したらいいか分かんなくて! 俺ってば、あれこれ長くついしゃべりすぎちゃうらしいから、あんまり話しかけると怖いかなって思ってさ」
「ああでも、そのせいで不愛想な感じになってたもんな。分かるよ。俺も思ってたもん。いやこれ傍から見たら子供嫌いの偏屈野郎じゃねって。でもさ、本当に何話したらいいか分かんなくてさ」
「質問とかしてくれれば全然答えるつもりではいたけど話しかけやすいオーラ? みたいなのも出せないからこうなっちゃったんだよなもう」
「わ、わかったから。うちのことが嫌いじゃないならいいから!」
放っておくと無限に一人で喋りそうと感じ、メルトが叫ぶと、ルセドは安心したようにその場に座り込んだ。
「そうか……よかった……」
「じゃあ、ルセドさん。聞いていい?」
「よし、どんとこい」
ルセドはその場で胡坐をかくと太ももをぺちんと叩く。
「……えっと、シノさんとなんで結婚したの?」
メルトがもじもじと体を揺らしながら聞くと、ルセドはぽかんと口を開いた。
「あ、最初がそこ? ああごめん、言いたくないとかじゃないから」
ルセドは腕を組むと、目を閉じ唸りながら頭をグリングリンと回した。
「そうだな……あいつと出会ったのは俺がカヴァロのほうへ鍛冶屋の資料が欲しくて取材に行った時だな。シノは川から流れてきたんだよ」
「え、川?」
予想外どころではない言葉にメルトが反射的に言葉を返す。
「そう、川。まぁ、ぼろぼろだったし、放っておけるわけないだろう? だからひとまず川から救い上げて、町の病院まで運んだんだ」
「でさ、最初はすごかったんだよ。言葉も通じないし、誰にも心を開いてくんないし、色々あったんだろうけどさ」
ルセドは懐かしむように左手の薬指に触れる。
「……元気になるとさ、病院も、誰も面倒見切れないって言うもんだからさ、実家に連れて帰ったんだよ」
「それで、まぁ言葉を教えたりしてくうちに……まぁ、趣味があったりして仲良くなって……そういうこと」
語り終えると少し俯きながらメルトを見つめる。
「これでいい?」
「……うん。ルセドさんってすごいね。うちだったら……何にもできないと思う」
ルセドはメルトが俯くのを見ると頭をかいて立ち上がる。
「そう自分を卑下しないで。俺だってよくあんなことできたなって思うんだから」
「じゃあ、なんでできたの?」
メルトが問いかけると、ルセドは頬をかいてから口元を手で小さく覆った。
「シノには内緒にできるか?」
「いいよ」
メルトが即座に返答すると、ルセドの手がちょいちょいとメルトを口元に引き寄せる。
咳払いとともにルセドが濃紺の瞳を輝かせる。
それはまるで人に恋愛相談をする際のそわそわしたような、自分の恋心を改めて自覚したのが恥ずかしいような、そんな浮ついた瞳だった。
「ひとめぼれ」
子供のように無邪気な笑顔が、メルトの紅い瞳に新鮮に映った。
全然続きは書けていないのですが、この回は前話と対になったので出しておきます。次は未定です。




