逃亡
◆場面切り替え
◇回想、その他
あつい。あつい。とにかくあつい。
かつて森だった場所をひたすら走っている。木は焼け焦げ、真上から陽光が降り注いでいる。なんとかほんの少しの日陰を探して逃げ続けている。
日光によって力を削がれていく。私は吸血鬼だ。焼け死ぬことはなくても、じりじりと体力気力が無くなっていくことは、最終的な死を意味する。
では、諦めるか?
正直、これ以上の事は望めない気がしている。人間たちは両極端だ。私に優しくするか、殺そうとするか。
そこに間などない。たとえどんな態度をとられようと、命を狙ってくるまでは「優しい」それだけだ。
今自分を追っているのは後者、優しくない方、率直に言えば「敵」だった。吸血鬼である自分を殺すことは吸血鬼狩りである彼らにとって、それぞれの背景など関係なく、当たり前のことだ。
吸血鬼に生まれたことだけが、彼らとの溝を作り出している。
やはり、諦めるか?
頭の中で自分が問う。気づけば背後には男が迫っている。自分が本気で走っているというのに、相手の足音は対照的にゆったりとしている。そこで、自分がろくにスピードを出せていないことに気がついた。
ふと、足に激痛が走る。足元を見ると、銀で出来た十字模様と、それを踏んだ際に発動したであろう銀の拘束具があった。ぎらりと並んだ歯が足にくい込んでいる。触れられず、二方向から挟まれて歩くことすら困難になってしまった。
「内界から持ち込んだこれ、向こうの伝承と混ざりあってんのか知らねえが、よく効くよな? クソ吸血鬼さんよ」
「罠にまんまとかかってくれてラッキーだなぁ!」
逃げる方向を誘導されていたのか。
せめて体を日光から隠せれば、力があれば、そもそも見つからなければ……もしもの話や人生への後悔が頭によぎる。
もうだめだ。諦めるか……
「じゃ、死んでくれな」
男が手に持った銀の槍を構える。
「いやだ……!」
死にたいわけがない。諦める訳がない。
精一杯の力を込め、体中の傷から血を操る。辛うじてナイフを作り出すことに成功した。
「そんなにちいさなお子様ナイフで何ができるってんだよ!」
男が心臓めがけ槍を突き刺そうとする。その瞬間、地面が崩れ落ちた。
「なッ」
「すぐに魔法使ったらバレるからね……弱ってるからって油断したでしょ……バーカ!」
「クソ吸血鬼が……! クソ! 足が動かねぇ!」
血の武器を陽動に作ったのはただの沼だった。男がこちらを弱ったと舐めていたおかげで、奴の来るであろう足元に魔法で水を送り込み、沼を作り出すことに成功した。
「絶対殺してやるからなぁ!」
やがて男は沈んで何も聞こえなくなった。魔法を使える奴だったら危なかった。
「うちの服まで燃やしやがって! このクソばか!」
もう見えない男に罵倒を浴びせておく。お気に入りのフード付きの服が燃えてしまったことが悲しい。フード服なしでもおかしな格好になる訳ではないが、日の光を防げないことが痛い。
「どうしよう、夜しか動けないや。お腹も空いたし……」
逃げきれた喜びから現実へと目を向けると、興奮状態が切れたのか思考も回らなくなる。
そして、絶望的状況が続いていることを理解した。
「まずいな……ん、あれは……」
遠くに洞窟のようなものが見える。あそこならなんとかなる……!
希望が見えると同時に思考も冴えてきた。ちいさな鞄からひとまず体を覆うことのできそうな布を取り出すと、頭に被る。見た目はどうあれ、何とかなりそうだ。
「食料は、なんとかなるでしょ……!」
◇
こうして女はボロボロの体を引きずり、洞窟へと向かう。
そして、迷子になりつつも傷が癒えた頃、彼女は運命的な出会いを果たすのだった。