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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第三章 寄り添う心(4/5)

七葉真ななはまことをどうやって支配しはいしていたのか――それ(それ)をりたい気持きもちはあった。だが、いまはそんなことをかんがえている場合ばあいではない。

いまこの優先ゆうせんすべきなのは、まずまえ厄介やっかい相手あいて始末しまつすることだった。

魔法まほうはすでにけた。ならば、もうなに気兼きがねする必要ひつようはない――

容赦ようしゃする理由りゆうも、もはやどこにもなかった。

わたし一歩いっぽまえした。

くだけた石板いしいた足音あしおとが、殿堂でんどうなか鮮明せんめいひびく。

殿堂でんどうは見るかげもなくてていた。

灯火ともしびえ、書巻しょかんかれ、くだけたかわら石屑いしくずがあたり一面いちめんっている。

この空間くうかんには、もはやわたし酒吞童子しゅてんどうじ気配けはいだけがのこり、たがいにはげしくぶつかりっているようだった。

わずか数丈すうじょう距離きょりしかない。

それ(それ)なのに、そのあいだ濃密のうみつ殺気さっきちていた。

いまのこの局面きょくめんは、もはやわたし酒吞童子しゅてんどうじによる一対一いったいいち対決たいけつひとしかった。

酒吞童子しゅてんどうじくちはしげ、わらっているのかどうかもからぬほどゆがんだえがいた。

その双角そうかくには、不気味ぶきみ紫紅色しこうしょくひかりともっている。まるで鮮血せんけつをたっぷりった妖火ようかのようだった。

「はははは……」

酒吞童子しゅてんどうじひくわらった。

そのこえは、毒蛇どくへびおもわせるようなややかさをびていた。

われをあのむすめ身体からだからきずりすだけで、おまえたちはみな半死半生はんしはんしょうになったのであろう?」

そういながら、かれさくくびかしげた。

まるで獲物えもの間際まぎわせる足掻あがきを、たのしむかのように。

結局けっきょくのところ、っているのはおまえ一人ひとりだけか。それでもなお、虚勢きょせいるつもりか?」

その言葉ことばわるかわらないかのうちに、酒吞童子しゅてんどうじ突如とつじょとしてがった。

巨大きょだいかげが、やまのような圧力あつりょくともなってうえからおおいかぶさる。

両腕りょううでげられたその瞬間しゅんかん天狐神社てんこじんじゃ全体ぜんたいかれたかのようにはげしくふるえた。



――ごうッ!!!

妖気ようき爆発ばくはつした。

それは、ただの爆散ばくさんではなかった。地脈ちみゃく空気くうき雲層うんそう殿柱でんちゅうから、同時どうじがったのだ。

まるで、雲閣うんかくというしまそのものが、かれごえこたえているかのようだった。

つぎ瞬間しゅんかん酒吞童子しゅてんどうじ怒号どごうげ、十階じっかい儀式魔法ぎしきまほう――鳴妖呼喚めいようこかん発動はつどうした。

周囲しゅうい空間くうかんは、まるで無理むりやりをこじけられたかのようにゆがむ。

妖気ようきくろうみ逆流ぎゃくりゅうするように殿堂でんどう周囲しゅういながみ、うずいていた。

空気中くうきちゅうには、まるで灰燼かいじんのようなくろ破片はへんがる。

その一片いっぺん一片いっぺんに、悲鳴ひめいのろいが宿やどっているかのようだった。

妖気ようき雲閣うんかくから妖幻島ようげんとうへと一気いっきながひろがっていく。

そら次第しだい黒霧こくむおおわれていき――

それはまるで、しまもうとする巨大きょだい悪鬼あっきくちそのものだった。

黒霧こくむなかで、酒吞童子しゅてんどうじ姿すがたはますます巨大きょだいに、そして底知そこしれぬものへとわっていく。

妖力ようりょくしおのようにかれせ、そのをさらに危険きけん領域りょういきへとげていた。

かれあたまれ、冷笑れいしょうかべながらわたし見下みおろした。

「どうだ?」

「このしまちるすべての妖気ようき、すべての怨霊おんりょう、すべての悪念あくねん……」

「そのすべてが、おれちからになる」

かれ両腕りょううでひろげ、くろまったそら全体ぜんたいめるかのようにあおいだ。

「そしておまえは――」

妖瞳ようどうが、えたようなひかりともす。

「――なにひとつできはしない」



「……本当ほんとうによくしゃべる」

酒吞童子しゅてんどうじ圧倒的あっとうてき気勢きせいまえにしても、わたしはただつめやかなかれやるだけで、その返答へんとうすら淡々(たんたん)としていた。

その口調くちょうは、しずかというより、むしろ冷酷れいこくちかい。

だが、その瞬間しゅんかんはなたれた殺気さっきだけは、空気くうきやいばのようにするどかった。

酒吞童子しゅてんどうじ狂笑きょうしょうから意識いしきえるよりはやく、周囲しゅうい空間くうかんはすでにしずかにゆがはじめていた。

わたしゆび一本いっぽんし、かる一度いちどらす。

――十階召喚魔法じっかいしょうかんまほう零相れいそう朧界縛掌ろうかいばくしょう

大地だいちおともなくけた。

それは土石どせきくだけるようなものではない。

概念層面がいねんそうめんそのものにはしった亀裂きれつだった。

そのからたのは、ありふれた魔法まほうではなかった。

それは「零相れいそう」によって形作かたちづくられた幽手ゆうしゅ――

形体けいたいたず、おもさもたない。

それでいて、世界せかいそのものをつかむことができる異形いぎょうだった。

数十すうじゅうもの無影むえいが、つぎ瞬間しゅんかん同時どうじちる。

まるで「存在そんざい」と「不在ふざい」の狭間はざまから、同時どうじびてきたかのように。

それらは酒吞童子しゅてんどうじ四肢しし躯幹くかん頸椎けいつい……

そのすべてを、概念がいねんうえ原点げんてんへと固定こていした。



「おまえ……!?」

酒吞童子しゅてんどうじ瞳孔どうこう一瞬いっしゅんおおきく見開みひらかれ、全力ぜんりょくでもがこうとした。

だが、その結果けっかは――指先ゆびさきひとつ、いや、一寸いっすんたりともうごけなかった。

それは拘束こうそくされたのではない。

かれの「動作どうさ」そのものが、魔法まほうによって否定ひていされたのだ。

貴様きさま……なにをした!? なぜおれは……うごけない!?」

酒吞童子しゅてんどうじこえはじめて裏返うらがえった。

そのこえから、恐怖きょうふしていた。

かれわたし魔法まほうによってちゅうげられたまま、妖気ようきはげしく渦巻うずまかせていた。

それでも、そこからのがれることは微塵みじんもできない。

わたしはその怒号どごうこたえることなく、ただ一歩いっぽだけちかづいた。

そして視線しせんを、かれ右手みぎてにぎられている白炎はくえんすずへととす。

ひとかぎりでは、それはダッキが神器しんき――

断罪之息だんざいのいき」と、どこかていた。

おな銀白色ぎんぱくしょくひかり

おなぬの紋様もんよう

おなながれるような質感しつかん

だが――

鑑定かんていえたあとわたしたものは、同質どうしつちからではなかった。

そこにあったのは――

あらゆるものを浄化じょうかしようとするひかりだった。

わたしはわずかに困惑こんわくする。

「……一体いったい、これは……?」


わたし白炎はくえんすずちから意識いしきうばわれ、一瞬いっしゅんだけらした、その瞬間しゅんかん――

酒吞童子しゅてんどうじ口元くちもとに、狂気きょうき狡猾こうかつさのじったみがかんだ。

かれ体内たいない妖気ようき一気いっき暴走ぼうそうする。

そして、あろうことか「零相れいそう朧界縛掌ろうかいばくしょう」による概念がいねん拘束こうそくを、ちからずくでいた。

本来ほんらいなら、このふだはもっと厄介やっかい相手あいてのためにのこしておくはずだった。だが、どうやらいますぐ使つかわざるをないようだ」

拘束こうそくりほどいた酒吞童子しゅてんどうじは、自分じぶんくびかるみながら、ひくつぶやいた。

そのとき、酒吞童子しゅてんどうじにしているものをて、わたしおもわず見開みひらいた。

かれにあったのは、一振ひとふりのおのだった。

「お、おまえ……その代物しろものを、いったいどこでれた……?」

酒吞童子しゅてんどうじにぎ武器ぶきにした瞬間しゅんかんわたしむねおくに、言葉ことばにできない衝動しょうどうが込みこみあげた。

そのおのは、からやいばいたるまで、異様いようきばやしていた。

そして、その武器ぶきこそが、伝説でんせつかたられる十二至宝じゅうにしほうのひとつ――噬魂斧しこんふだった。

さきほど酒吞童子しゅてんどうじ拘束こうそくやぶってみせたのは、噬魂斧しこんふちからによるものだ。

噬魂斧しこんふは、あらゆる生命体せいめいたいたいして霊子れいしらうちからっている。

いったん噬魂斧しこんふによっていのちたれれば、その霊子れいし完全かんぜんられ、虚無きょむへとかえされるのだ。



わたし召喚魔法しょうかんまほう零相れいそう朧界縛掌ろうかいばくしょう」は、じつのところ、弦月団げんげつだん特別席とくべつせき一角いっかくである「月蝕げっしょく零相れいそう」を「朧界ろうかい」に配置はいちし、そこから霊子れいしによって構成こうせいされた召喚しょうかんしているものだった。

朧界ろうかい」とは、わたしが「月蝕げっしょく零相れいそう」のためにもうけた異空間いくうかんである。

第二神殿だいにしんでん――吸血亡林きゅうけつぼうりんにおいて、転送てんそう罠機構わなきこうめば、「朧界ろうかい」へばされる。

そこから脱出だっしゅつするには、霊子れいし構成こうせいされたあのたお以外いがい方法ほうほうはない。

それらの通常つうじょう魔法まほうでは干渉かんしょうされない。

だがその反面はんめん霊子魔法れいしまほうにはきわめてねらわれやすい。

ましてや、霊子れいしそのものをらうことに特化とっかした噬魂斧しこんふ相手あいてでは、なおさらだった。



酒吞童子しゅてんどうじ拘束こうそくりほどくと、体内たいないから力任ちからまかせにいきをひとつした。

その瞬間しゅんかん空気くうきはまるでをこじけられたようにけ、そのからあふたのは、かぜではなかった。

――それは、怨魂おんこんたちの悲鳴ひめいだった。

つぎ瞬間しゅんかん酒吞童子しゅてんどうじ咆哮ほうこうとどろかせながら、十階献祭魔法じっかいけんさいまほう――《百鬼夜行ひゃっきやこう》を発動はつどうした。

神社じんじゃなか空気くうきかれ、霊層れいそうくだけた断片だんぺんへとくずれていく。

そのから、無数むすう曖昧あいまいかげしてきた。

それは、かつてかれによっていのちうばわれた妖怪ようかいたちだった。

かれらはゆがみ、さけび、くるったようにてる。

だが、それでもなおなにかにせられるように、くろ潮流ちょうりゅうのごとく逆流ぎゃくりゅうし、酒吞童子しゅてんどうじ肉体にくたいへと無理むりやりながまれていった。

おおおおおおおお――ああああああ!!」

数百すうひゃくもの怨魂おんこん強引ごういんながむにつれ、酒吞童子しゅてんどうじ筋肉きんにくけ、えられ、え、そしてふたたける。

骨格こっかく不自然ふしぜん破裂音はれつおんともないながらくるったように伸長しんちょうし、

皮膚ひふ表面ひょうめんには無数むすう鬼紋きもんかびがった。

それはまるで、幾千いくせんもの黒蛇くろへび血肉けつにくのあいだをまわっているかのようだった。

ひたいにあった二本にほんつのはげしくけ、

そこからさらにあらたなするどつのる。

神殿しんでんのすべてはかげまれ、

あらゆるひかりそとるようにしやられていった。

ほんの数秒すうびょうのうちに――

数丈すうじょうもの巨体きょたいち、

にはおにつめのような異形いぎょうやし、

四肢しし巨獣きょじゅうのごとき威容いようび、

全身ぜんしんには沸騰ふっとうするような鬼紋きもんきざまれた巨大きょだい妖鬼ようきが、神殿しんでん中央ちゅうおうにそびえっていた。

それは、ただ「おおきくなった」などというものではない。

それは進化しんかげたあらたな姿すがた――鬼王きおう酒吞童子しゅてんどうじだった。



百鬼夜行ひゃっきやこう完成かんせいしたあとも、酒吞童子しゅてんどうじ肉体にくたいはなおふるつづけていた。

まるで無数むすう怨魂おんこんが、その血肉けつにく内側うちがわえたぎっているかのようだった。

その巨大きょだい躯体くたいいきをするたびに、天狐神社てんこじんじゃ殿堂でんどう全体ぜんたいつつ結界けっかいまでもがひくうなりをげる。

その圧迫感あっぱくかんは――

八歧大蛇やまたのおろち姿すがたあらわしたときくらべても、すこしもけをらなかった。

酒吞童子しゅてんどうじこうべれ、わたし見下みおろす。

その口元くちもと不自然ふしぜんなほどにがり、しになったきば獰猛どうもうひかりはなっていた。

やがて、しわがれたこえで、傲然ごうぜんはなつ。

「まったく、残念ざんねんだったな――」

そのあかひとみに、凶悪きょうあくひかりはしる。

「さっきなら、おまえおれ一撃いちげきころせたはずだ……」

「だが、おまえ好機こうきじょうじることすらできなかった!」

酒吞童子しゅてんどうじ高笑たかわらいした。

その哄笑こうしょう雷鳴らいめいのように四方しほうとどろいていく。

いまはどうだ? もはやかみであろうと、おれにはあしまい!!」

貴様きさまのその程度ていど魔法攻撃まほうこうげきなど、このおれまえでは、すべて無効むこうだ!!!」


ただ、酒吞童子しゅてんどうじ猛然もうぜん一歩いっぽろした。

その瞬間しゅんかん地面じめんはまるで大山たいざんたたきつけられたかのように、ふか陥没かんぼつし、はげしくくだけた。

轟音ごうおんとともに、濃密のうみつ妖気ようきかれ体内たいないから台風たいふうのようにすさぶ。

それはもはやきりでもけむりでもなかった。

たましいすら腐食ふしょくする、黒炎こくえんのような妖気ようきだった。

周囲しゅうい空気くうき一瞬いっしゅんみ、

その妖気ようきはだをかすめるたび、

まるでたましいそのものをほのおあぶられているかのようないたみがはしる。

「この場所ばしょはなぁ……」

酒吞童子しゅてんどうじ巨大きょだいうでをゆっくりとばした。

そのかげは、殿堂でんどう全体ぜんたいおおくすかのようにひろがっていく。

そのこえには、獲物えものをいたぶることをたのしむような残忍ざんにんさがにじんでいた。

「ここで、この妖気ようきすこしでもながれていればな……」

「たとえ妖怪ようかいであっても、いのちとすんだぜぇ!」



そうはなつと、

酒吞童子しゅてんどうじ気勢きせいふたたはげしくふくがった。

それはまるで、魔気まきそそまれた戦神せんしんのようだった。

酒吞童子しゅてんどうじうでげ、乱暴らんぼうにひとぎする。

そのにぎられていた白炎はくえんすずは、はげしく回転かいてんしながらちゅうへとがった。

妖気ようき駆動くどうされるそのすずからは、禍々(まがまが)しい紫紅色しこうしょくひかりあふす。

そのひかりそそいだ瞬間しゅんかん――

酒吞童子しゅてんどうじ周囲しゅういには、ゆがみをびた半透明はんとうめいかべのようにかたちした。

それはたんなる魔法盾まほうたてではなかった。

鬼気きき妖気ようき、そして白炎はくえん残響ざんきょう

そのみっつのちからじりってまれた、異様いよう結界けっかいだった。

空間くうかん震動しんどうは、それにれようとした瞬間しゅんかんに「かれる」ようにられる。

魔力まりょくも、気配けはいも、衝撃波しょうげきはも――

そのすべてが外側そとがわへとはじかえされていた。


その直後ちょくご酒吞童子しゅてんどうじ猛然もうぜんくちひらいた。

のどおくふかくから、すみのようにくろ妖気ようきはげしくす。

それは、あらゆるものをくす毒竜どくりゅう吐息といきのようで、またた神社じんじゃ全体ぜんたいんだ。

黒霧こくむはげしく渦巻うずまき、ゆがみ、耳障みみざわりなこえげる。

それは、無数むすう怨霊おんりょう絶叫ぜっきょうからってできたもののようだった。

ひかりまれ、おとばされるようにゆがみ、

世界せかいそのものがきりなか無数むすう破片はへんへとかれていくかのようにえた。

この濃霧のうむは、酒吞童子しゅてんどうじつくげた狩場かりばだった。

その内側うちがわでは、

ひとすじ呼吸こきゅうも、ひとつの鼓動こどうも、

すぐ耳元みみもとらされているかのように、はっきりと知覚ちかくされてしまう。

酒吞童子しゅてんどうじあし一歩いっぽむと、大地だいち轟音ごうおんとともにしずんだ。

つぎ瞬間しゅんかん、その殺意さついつめたいかまのように、たおれているダッキへとまっすぐけられる。

その瞬間しゅんかん酒吞童子しゅてんどうじ口元くちもとには獰猛どうもうみがかんだ。

獲物えものもの残虐ざんぎゃく本能ほんのうが、かくしようもなくあらわになっていた。

酒吞童子しゅてんどうじおおきなてのひらもちげると、片手かたてでは妖気ようき圧縮あっしゅくし、するどやいばへとえる。

そしてもう一方いっぽうでは噬魂斧しこんふりかざし、

一瞬いっしゅん躊躇ためらいもなく、妲己ダッキ胸元むなもとけてろした。



――どんッ!

するど妖気ようきやいばは、えないなにかへとはげしくぶつかった。

それは、まるで静止せいしした湖面こめんたたきつけられたかのようだった。

水面みなものようなあわ波紋はもんしずかにらぎ、その必殺ひっさつ一撃いちげき完全かんぜんらしてみせる。

酒吞童子しゅてんどうじ表情ひょうじょう一瞬いっしゅんだけ強張こわばった。

そのひとみおくには、わずかな困惑こんわくはしる。

なに……?」

一方いっぽうわたしは、その濃霧のうむなかちながら、きわめていた口調くちょうはなつ。

「……彼女かのじょすのは、そう簡単かんたんじゃない」

実際じっさいには、

わたしはダッキとティアがたおれたその瞬間しゅんかんに、すでに「世界之息せかいのいき」を二人ふたり周囲しゅういひそかに展開てんかいしていた。

それによって、彼女かのじょたちの身体からだのまわりには、えない防壁ぼうへきかたちづくられていたのだ。

だからこそ、

酒吞童子しゅてんどうじ攻撃こうげきはじかえされた。

このようなてきまえにして、しかも万全ばんぜん準備じゅんびととのっていない状況じょうきょうでは、わたしりにするかんがえをてた。

これ以上いじょう、ほかのものたちを危険きけんさらすわけにはいかない。

ゆえにわたし方針ほうしんえ、

ただちに領域魔法りょういきまほう――燼界じんかい原初煉獄げんしょれんごく発動はつどうした。


召喚魔法しょうかんまほうというものは、たん召喚獣しょうかんじゅう召喚物しょうかんぶつをそのすだけのものではない。

より正確せいかくえば、それは契約けいやく術式じゅつしき、そして魔力まりょくつうじて、すでに術者じゅつしゃつながりを存在そんざいを、あらためて顕現けんげんさせるものだ。

そして、召喚魔法しょうかんまほう位階いかいも、単純たんじゅん召喚獣しょうかんじゅうそのもののつよさだけでまるわけではない。

召喚しょうかんさいそそがれる魔力まりょく強弱きょうじゃく追加ついか構築こうちくされる術式じゅつしき、さらにはかさねて付与ふよされる補助魔法ほじょまほうまでもが、最終的さいしゅうてき顕現けんげんする階層かいそう威力いりょくに、直接ちょくせつ影響えいきょうおよぼす。

かつてゲームのなかにいたころわたしはこうしたちからを、ただのシステムスキルとしてしかていなかった。

される召喚獣しょうかんじゅうもまた、術式じゅつしきとコードにしたがって構成こうせいされた戦闘用せんとうようのユニットにすぎない――そうかんがえていたのだ。

だが、この世界せかいてからは、もはやそんな単純たんじゅんとらかたはできなくなっていた。

はじめのうち、わたしはそれを、異世界いせかいたことによって、この世界せかい法則ほうそくがもともとの技能ぎのう補完ほかんした結果けっかなのだろう、とかんがえていた。

かつてゲームない使つかっていたちからわたしがそのままあつかえる以上いじょう本来ほんらいならスキルシステムのなかにしか存在そんざいしなかった召喚獣しょうかんじゅうに、この世界せかい実体じったいあたえられていたとしても、まったく理解りかいできないはなしではなかった。

だが、わたし次第しだいづきはじめていた。

この世界せかいと、あのゲームとのつながりは、おそらくわたし最初さいしょおもっていたよりも、はるかにふかい。

そうさっするようになってから、わたしはあるべつ疑問ぎもんについても、あらためてかんがなおさざるをなくなった。

わたし召喚しょうかんするあの存在そんざいたちは、たして、もともとの術式じゅつしきがこの世界せかい補完ほかんされた結果けっかにすぎないのか。

それとも、この世界せかいそのものが、わたし召喚術しょうかんじゅつおうじて、より真実しんじつちかかたちで、それらを顕現けんげんさせているのだろうか。



巨大きょだい魔法陣まほうじんが、わたし足下あしもとから一気いっきひろがった。

その紋様もんようは、まるで灼熱しゃくねつ熔鉄ようてつながれるようにあかがり、地面じめんうように高速こうそくひろがっていく。

やがてそれは幾重いくえにもかさなる呪文環陣じゅもんかんじんへとわり、そのくした。

すさまじい魔力まりょく奔流ほんりゅうとともに、空間くうかん一瞬いっしゅん赤紅せっこうまる。

それと同時どうじに、空間くうかんそのものをゆがませるような圧力あつりょくが、轟音ごうおんとともにせた。

つぎ瞬間しゅんかん地脈ちみゃく奥底おくそこから業火ごうかぜるようにがった。

たけくるほのお幾重いくえもの炎浪えんろうげ、まるで世界せかいのすべてがてのない熔炉ようろまれたかのような光景こうけいつくす。

このほのおは、ただやすだけのものではない。

視界しかいらい、感覚かんかくむしばみ、さらには魂魄こんぱくすらやしくすちからっていた。

周囲しゅうい妖気ようきがろうとした瞬間しゅんかん、この異常いじょう高熱こうねつまえ灰燼かいじんへとわる。

空気くうきなかには、みみくような爆裂音ばくれつおんつづけにひびわたった。

それはまるで、あやしきものたちの断末魔だんまつまさけびがかれ、かすれ、くだけながらひびいているかのようだった。

なお、妲己ダッキやそのほかのものたちは、わたしの「世界之息せかいのいき」によってまもられているため、この魔法まほうがもたらす損傷そんしょうけることはない。

原初煉獄げんしょれんごくは、単純たんじゅん地形ちけい変質へんしつさせる魔法まほうではない。

これは空間召喚魔法くうかんしょうかんまほうであり、膨大ぼうだい魔力まりょく代償だいしょうとして、煉獄れんごくちた空間くうかんそのものを、このせるじゅつなのだ。

その空間くうかんは、もともとわたし宝蔵金庫ほうぞうきんこ内部ないぶ設計せっけいしていた、十種じっしゅわなのひとつだった。

あやまって転移魔法てんいまほうれれば、そのままこの空間くうかん転送てんそうされる仕組しくみになっている。

そして、この空間くうかん内側うちがわでは、わたしさだめた規則きそくやぶらないかぎり、「煉獄れんごく」とばれる牢獄ろうごくめられたままとなる。

いったんとらわれれば、そこからのがれることはできない。


わたしはかつて、第三神殿だいさんしんでん――「炙炎焦土しゃえんしょうど」において、この魔法まほうためしたことがあった。

当初とうしょはただ、この魔法まほうほのお威力いりょくが、第三神殿だいさんしんでんほのおくらべてどれほどちがうのかをたしかめたかっただけだった。

だが、実際じっさい発動はつどうした瞬間しゅんかん、そのにいた艾兒エル――紅櫻あかおうでさえ、あわてて炎漿えんしょう深部しんぶひそめた。

それだけでも、この魔法まほうがどれほど危険きけんなものであるかは十分じゅうぶんかる。

ほのおすららいくすそのちからは、まるでたましいそのものを完全かんぜんほろぼしてしまうかのようだった。

なんそなえもないまま、酒吞童子しゅてんどうじ巨体きょたい一瞬いっしゅんで、あのゆがさか空間くうかんへとまれた。

煉獄れんごくへのもんざされたその刹那せつな、それはすなわち――

酒吞童子しゅてんどうじが、もはや一切いっさい逃走とうそう可能性かのうせいうしなったことを意味いみしていた。

「ここは……どこだ?」

酒吞童子しゅてんどうじこえひくく、かすれていた。

のようにあか双眸そうぼう周囲しゅうい見回みまわし、

その眼差まなざしには、はじめてかくしきれない不安ふあんかんでいた。

ここにはそらもなければ、方角ほうがくすら存在そんざいしない。

あるのは、てなくつづける赤炎せきえんゆがみにちた空間くうかん、そしてたましいくような激痛げきつうだけだった。

妖気ようきすこしでもひろげれば、それすら瞬時しゅんじくだかれ、くだけたひかりつぶへとわってしまう。

わたしえたこえげた。

「ここは、わたし領域りょういきひとつ――原初煉獄げんしょれんごくだ」

酒吞童子しゅてんどうじ瞳孔どうこうがわずかにちぢむ。

本能的ほんのうてきに、この空間くうかん現実世界げんじつせかいのものではないとさとったのだろう。

なんだと?」

酒吞童子しゅてんどうじまゆをひそめた。

そのこえには侮蔑ぶべつめられていたが、内側うちがわからにじ焦燥しょうそうまではかくしきれていなかった。

「ふん……たかが人間にんげんごときが、この鬼王きおうかって……」



わたしはそれ以上いじょう説明せつめいかさねることはせず、ただえきったこえ宣告せんこくした。

「この場所ばしょでは、もうおまえはない。大人おとなしくさばきをけろ」

「ふざけるな! たかがひとつの空間くうかんで、このおれめられるとでもおもったか!? めるな!!」

怒号どごう灼熱しゃくねつ空間くうかんひびわたり、酒吞童子しゅてんどうじ猛然もうぜん突進とっしんしてきた。

そのこぶし雷鳴らいめいのごとき風圧ふうあつをまとい、まっすぐにわたし顔面がんめんへとたたまれる。

十階戦技じっかいせんぎ――爆劫破炎拳ばくごうはえんけん

拳風けんぷうくる雷嵐らいらんのようだった。

火紋かもんかれうでうえ凶暴きょうぼう脈打みゃくうち、

その一振ひとふりごとに、煉獄れんごくなか赤炎せきえん空気くうきぜ、轟音ごうおんらす。

――ごうッ!!!!

だが――

そのこぶしわたし身体からだれた瞬間しゅんかんすさまじい灼熱感しゃくねつかん野火のびのようにかれ四肢ししへとはしった。

それはまたた皮膚ひふむしばみ、ほねにまでんでいく。

ほのお酒吞童子しゅてんどうじうでがり、

魂魄こんぱくすらがす業火ごうかのように、その容赦ようしゃなくんでいった。

「があああああああああああッ!!!」

酒吞童子しゅてんどうじのどかんばかりに絶叫ぜっきょうした。

激痛げきつうったそのかおみにくゆがみ、

精神せいしんもまた、もはや理性りせいたもててはいなかった。

なぜなら、この空間くうかんでは――

わたしれようとすること自体じたいが、

すなわち煉獄れんごくほのおそのものにれることと同義どうぎだからだ。

原初煉獄げんしょれんごくなかでは、

わたし身体からだほのおと、空間くうかんと、法則ほうそくと、

すでに完全かんぜん一体いったいとなっていた。


わたし煉獄れんごくなかっているのではない。

むしろ――

煉獄れんごくのほうが、わたし存在そんざい中心ちゅうしんとしてめぐっている。

ここは、審判者しんぱんしゃ熔炉ようろ

そしてわたしこそが――

ほのおそのものだった。


最初さいしょ鑑定かんていによって、酒吞童子しゅてんどうじ状態じょうたいわたしあますことなくうつされていた。

かれ献祭魔法けんさいまほうによって、みずからにせられていた限界げんかい無理むりやりき、

たましい安定あんていさえて、

怨魂おんこん悪鬼あっきちから強引ごういんげることで、このほとんど制御不能せいぎょふのう戦士形態せんしけいたいつくげていた。

通常つうじょうであれば、こうした形態けいたいはたしかに厄介やっかいだった。

ちからも、はやさも、耐久たいきゅうも、すべてが大幅おおはばげられている。

そのうえ、うばった神器しんき加護かごと、噬魂斧しこんふちからまである。

みの攻撃こうげきでは、かれ身体からだきずひとつのこせないだろう。

――だが、ここはわたし法則ほうそくによってきずかれた煉獄れんごくだ。

この空間くうかんでは、ちからこそがすべてをめる。

「この空間くうかんやぶろうとするなら……すくなくとも不破(フハ)のように……法則ほうそくそのものをけるほどの破壊力はかいりょく必要ひつようになる」

わたしはそう、ひくつぶやいた。



酒吞童子しゅてんどうじは、あきらかにそれらの理解りかいしていなかった。

咆哮ほうこうげながら、ふとたくましい利爪りそうるい、

さらには術法じゅつほうによってくろ妖気ようき凝縮ぎょうしゅくし、周囲しゅういなくたたきつけていく。

ごう

ごう

ごう――!!

黒炎こくえん鬼紋きもん怨気えんきによって形作かたちづくられた術式じゅつしきは、幾重いくえにもかさなりい、

その威力いりょくは、外界がいかい山峰さんぽうすら砕石さいせきへとくにるものだった。

だが――

そのすべてが、なん効果こうかおよぼさなかった。

攻撃こうげき煉獄れんごく壁障へきしょうち、

まるで静止せいしした湖面こめんしずむかのように、おとひとつてることなくえていく。

わずかな波紋はもんすら、しょうじはしなかった。

つぎ瞬間しゅんかん

そのすさまじい威力いりょく妖気ようきは、煉火れんかすどころか、

かえってえたけもののように、ほのお貪欲どんよくらいくされていった。

――……

黒気こっきくされ、微細びさい光塵こうじんへとわり、

煉獄れんごく奥底おくそこみ、

この空間くうかん構成こうせいする一部いちぶとなっていった。



煉獄れんごくは、まるでもののようにうごめいていた。

その軌跡きせき空気くうきながれに沿ってすすむのではなく、

空間くうかんそのものをつらぬき、直接ちょくせつ酒吞童子しゅてんどうじ体内たいないへともぐんでいった。

火焔かえんは、じかにその「存在そんざい」へとそそぐ。

ごう――!

内臓ないぞうき、

神経しんけいむしばみ、

血脈けつみゃくなかめぐ妖力ようりょくくだき、

神魂しんこん巣食すく怨気えんきすらくしていく。

生贄いけにえによってにした強化きょうかちからは、一寸いっすんずつられていった。

さらに、神器しんき形作かたちづくっていた防護壁塁ぼうごへきるいでさえ、かみきれのようにくだり、

煉獄れんごくによる侵蝕しんしょくを、まるでめられなかった。

……不可能ふかのう……」

酒吞童子しゅてんどうじこえは、次第しだいかすれ、はじめた。

それは、鬼王きおうのどにかつて宿やどったことのないふるえだった。

「この火焔かえん……なぜ……われに……まで……!」

酒吞童子しゅてんどうじひざをつき、

その両膝りょうひざはげしく地面じめんち、無数むすう亀裂きれつはしらせた。

皮膚ひふ干上ひあがった泥土でいどのように罅割ひびわれ、がれち、

妖気ようき体表たいひょうから煙霧えんむのようにせ、

魔力まりょくくだけた光塵こうじんへとわっていく――

まるで、その存在そんざいそのものが、すこしずつ「抹消まっしょう」されていくかのようだった。

煉獄れんごくは、さながら審判しんぱんくさりであるかのように、

酒吞童子しゅてんどうじを、さらにふか烈焔れつえんうみへときずりんでいく。

「ぁ……ああ……いや……われは……まだ……」

そのこえは、次第しだい曖昧あいまいになり、とおざかっていった。

まるでそこえぬ深淵しんえんまれていくように。

そして、ついに――

酒吞童子しゅてんどうじ姿すがた火光かこうなかゆがみ、くだけ、くずち、

まるで熔炉ようろまれた金属きんぞくのように、完全かんぜん瓦解がかいしていった――

最後さいごのこっていた咆哮ほうこうすら、火焔かえん無情むじょうつぶされた。

ただ一筋ひとすじかすかな幽燼ゆうじんだけが、ちゅうただよっていた。

それはまるで、亡者もうじゃ最期さいごしたいきのようであり、

烈火れっかうそぶきとともに……

しずかに、っていった。



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