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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第二章 崇められる王(1/6)

わたしたちが六島之國ろくとうのくに到着とうちゃくした直後ちょくご、ちょうど六島之國ろくとうのくに八歧大蛇やまたのおろち襲撃しゅうげきけていた。しかし、神明かみたちの指揮しきもとくにはほどなくして運営うんえい回復かいふくした。

そして意外いがいなことに、六島之國ろくとうのくに神明かみたちは、すでにわたしたちの到来とうらい予期よきしていたかのようで、わたしたちにたいして警戒心けいかいしんいだくどころか、異常いじょうなほどの敬意けいい厚遇こうぐうしめし、まるで運命うんめいさだめられた貴客ききゃくむかえるかのようであった。

今年ことしは、六大國ろくだいこく建國けんこく三千年さんぜんねんという節目ふしめたり、六島之國ろくとうのくにでは本来ほんらい、かつてない規模きぼ盛大せいだい祭祀儀式さいしぎしきおこなわれる予定よていであった。

しかし、祭典さいてん準備じゅんびすす最中さなか八歧大蛇やまたのおろち突如とつじょとして襲来しゅうらいし、儀式ぎしき会場かいじょう一帯いったい無残むざん有様ありさまへとえてしまった。

さいわいなことに、当時とうじ群衆ぐんしゅうあつまっておらず、この壊滅的かいめつてき襲撃しゅうげきによる人的被害じんてきひがい発生はっせいしなかった。ただ、そこにのこされたのは、荒廃こうはいくした惨状さんじょうのみであった。

八歧大蛇やまたのおろちは、ひとしきりあばれたのち突如とつじょとして姿すがたしたが、その行動こうどうおおくの説明せつめいできないなぞのこした。この事態じたいけ、神明かみたちは即座そくざ対策たいさくこうじたものの、今回こんかい襲撃しゅうげきは、死傷者ししょうしゃなかったとはいえ、おそらく災厄さいやくはじまりにぎないのであろう。



六島之國ろくとうのくに幾度いくど災禍さいか回避かいひすることができた背景はいけいには、一人ひとり存在そんざいおおきくかかわっている——天狐神社てんこじんじゃ第六代宮司だいろくだいぐうじ七葉真ななはまことである。

七葉真ななはまことまれながらにして稀有けう夢境預知能力むきょうよちのうりょくゆうし、夢兆むちょうとおして未来みらいせん垣間見かいまみることができた。そのちからは、神明かみ王権おうけん双方そうほうから絶大ぜつだい信頼しんらい依拠いきょける理由りゆうともなっていた。

六島之國ろくとうのくに大小だいしょうさまざまな危機きき即応そくおうできたのは、彼女かのじょゆめつねに人々(ひとびと)へすすむべき方向ほうこうしめしてきたからにほかならない。

——しかし、今回こんかいあきらかに様相ようそうことなっていた。

彼女かのじょ神殿しんでんにて、自身じしんゆめつぎのようにかたった。

災厄さいやく到来とうらいけられない。それにあらがい、ちから対峙たいじするためには、ほのおみちびきにしたが必要ひつようがある」

この予言よげんはきわめて曖昧あいまいであり、これまで彼女かのじょてきた明瞭めいりょうかつ具体的ぐたいてき夢兆むちょうとはまったくことなっていた。そこから状況じょうきょうはかることは、ほとんど不可能ふかのうであった。

さらに不安ふあんてるのは——これが半年はんとしあいだ二度目にどめとなる、同様どうよう判然はんぜんとしない予知夢よちむであったという事実じじつである。

すでに半年前はんとしまえ七葉真ななはまこと神明かみたちにたいし、正体しょうたい不明ふめいちから六島之國ろくとうのくに侵入しんにゅうしようとしているとげていた。それはかげのようにあらわれ、跡形あとかたもなくうごき、回避かいひない混乱こんらんをもたらす可能性かのうせいがあるという。

彼女かのじょはその時期じき断定だんていすることもできず、相手あいてまこと姿すがた識別しきべつすることもできなかった。ただひと断言だんげんできたのは——それがかなら到来とうらいする、ということだけであった。

そしてさん月前げつまえ六島之國ろくとうのくにおお大結界だいけっかい——「萬界結界ばんかいけっかい」が、未知みちちから侵入しんにゅう感知かんちした。

そのちからはきわめて強大きょうだいであったが、結界けっかいえた直後ちょくご、いかなる痕跡こんせきのこさずせた。

まるで一瞬いっしゅん幻影げんえいのように、おともなく六島之國ろくとうのくに横断おうだんし、神明かみたちの胸中きょうちゅうけぬ焦燥しょうそうだけをのこしていったのである。



二度目にどめ夢境むきょうもまた曖昧あいまいで、理解りかいしがたいものであった。

半年はんとしあいだ二度にどあらわれた、ほとんどきようのない予兆よちょうは、六島之國ろくとうのくに諸神しょしんをかつてない不安ふあんへとおとしいれた。

神明かみたちは七葉真ななはまことふかうやまっていたが、それでもみとめざるをなかった——運命うんめい奔流ほんりゅう制御せいぎょえたとき、たとえ預知者よちしゃ存在そんざいしていようとも、もはや余裕よゆうある対処たいしょのぞむことはむずかしいのだと。

およそいっ月前げつまえ六島之國ろくとうのくに聖王国せいおうこく派遣はけんしていた密探みったんからの急報きゅうほうった。

そのしらせによれば、聖王国せいおうこく中央首都ちゅうおうしゅと正体しょうたい不明ふめい魔神ましんによる襲撃しゅうげきけ、王城おうじょうのほぼ半分はんぶん焦土しょうどし、無残むざん廃墟はいきょてたという。

しかし、その魔神ましん最終的さいしゅうてき神明かみによってたおされた。ただし、られた情報じょうほうによれば、この勝利しょうりたん神明かみちからのみでげられたものではなかった。

聖王国せいおうこく神明かみと、あらたに任命にんめいされた「混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃ」の一団いちだんとも死力しりょくくしてたたかい、ようやくつかった奇跡きせきであったとつたえられている



この情報じょうほう六島之國ろくとうのくにつたえられるやいなや、神殿しんでんにはまたたちいさくない動揺どうようひろがった。

混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃ——それはたんなる名誉称号めいよしょうごうではない。それは「神位継承者しんいけいしょうしゃとなる資格しかくゆうするもの」の象徴しょうちょうなされる存在そんざいである。

かれらは神明かみ匹敵ひってきする戦力せんりょくそなえ、神位しんい加護かごけぬまま、純粋じゅんすい個人こじんちからのみで神明かみ凌駕りょうがものたちであった。そのような存在そんざいは、いずれのくににおいても至宝しほうたたえられるにあたいする。

ゆえに、六島之國ろくとうのくに諸神しょしんは、この突如とつじょとして姿すがたあらわした強者きょうしゃたちへ、しみない関心かんしんそそがずにはいられなかったのである。



二週前にしゅうかんまえ、すべては転機てんきむかえた。

その緋紅ひこう長袍ちょうほうをまとった一人ひとり神秘しんぴなる使者ししゃが、六島之國ろくとうのくに辺境関口へんきょうかんこう姿すがたあらわした。

彼女かのじょ黄蜂こうほう面具めんぐたずさえ、みずからを「使者ししゃ」と名乗なのったが、いずれのくに通行印信つうこういんしん提示ていじせず、またほか五國ごこくのいずれの勢力せいりょくぞくする使節編制しせつへんせいにも該当がいとうしなかった。

この異例いれい行動こうどうは、関口かんこうまも兵士へいしたちの警戒けいかい即座そくざこした。

かれらは「陰虚旗いんきょき部隊ぶたい分支ぶんしぞくしており、出自しゅつじょ不明ふめいもの独断どくだん通過つうかさせる権限けんげんたなかった。そのため、規定きていされた階層制度かいそうせいどしたがい、本件ほんけん上層じょうそうへと順次じゅんじ報告ほうこくするほかなかった。

しかし、幾重いくえにもかさなる報告ほうこく手続てつづきは煩雑はんざつきわめ、いかに慎重しんちょうしたとしても、短期間たんきかん上層部じょうそうぶからの返答へんとうることは困難こんなんであった。

それにもかかわらず、その紅袍こうほう使者ししゃすこしも焦躁しょうそうせなかった。

彼女かのじょはただしずかに関門前かんもんまえ石段いしだんこしろし、三日間みっかかんものあいだ一言ひとことはっすることなく、なにひとつみずか弁明べんめいすることもなかった。

まるでときそのものからはなされた存在そんざいであるかのように。



もしもりよく「烈火旗れっかき」がこのとおりかからなければ、彼女かのじょはさらに数日すうじつ関口かんこうかれていたかもしれなかった。

「おい! あそこにすわっているあやしいものなんだ?」

そうくちにしたのは、烈火旗れっかき大隊長だいたいちょう真田延司さなだ・えんじである。とおりすがりに何気なにげなくげかけた問いであった。

かれ陰虚旗いんきょき職責しょくせき干渉かんしょうする権限けんげんはなかったが、両者りょうしゃ日頃ひごろより協力きょうりょく関係かんけいにあり、たがいにかお間柄あいだがらでもあった。

そのため、衛兵えいへいたちはここ数日すうじつ経緯けいいを、世間話せけんばなしのような調子ちょうしかれかたってかせた。

しかし、延司えんじはなしえると、しずかにまゆをひそめた。

かれ直感ちょっかんは、そこにわずかな異様いようさをっていた。

使者ししゃはな気配けはい言葉ことばなき沈黙ちんもく、そしてつことを当然とうぜんとするかのようなたたずまい——それらは、なにかがわぬことをしめしているようにおもえた。

延司えんじ即断そくだんした。陰虚旗いんきょき大隊長だいたいちょうである莞原日和かんばら・ひより協議きょうぎのうえ、このけん直接ちょくせつうえ報告ほうこくすることをめた。

そのしらせが神殿しんでんとどいたとき、諸神しょしんははっとさとる。

この来訪者らいほうしゃこそ、みちしめほのおなのではないか、と。

——運命うんめいかねは、すでにひびいていた。

六島之國ろくとうのくに神明かみたちは正式せいしき詔令しょうれいはっし、この神秘しんぴ使者ししゃむかれることを決定けっていした。

一方いっぽうで、その紅袍こうほうおんなは、なおも関前かんまえにてしずかにじていた。不満ふまんいろ微塵みじんもなく、むしろその待機たいき時間じかんを、たび途上とじょう貴重きちょう静修せいしゅうのひとときとしてめているかのようであった。

彼女かのじょはただ伝言でんごんたずさえてたにぎない。たたかいにおもむくわけでもなく、期限きげんわれる立場たちばでもない。

それゆえに、彼女かのじょはひそかにねがっていた——この任務にんむが、できるかぎながつづけばよい、と。



神明かみたち直属ちょくぞく六旗部隊ろっきぶたい先導せんどうされ、使者ししゃ六玄閣ろくげんかく中央会議廳ちゅうおうかいぎちょう——穹雲殿きゅううんでんへと案内あんないされた。

まこともうわけございません、使者閣下ししゃどの。あのような場所ばしょ三日みっかもおたせしてしまったこと、ひとえに我々(われわれ)のでございます。」

最初さいしょくちひらき、謝意しゃいしめしたのは月読つくよみであった。

その態度たいど真摯しんしそのものであったが、紅袍こうほう使者ししゃはただかるり、淡然たんぜんこたえた。

かまいません。ただすこかぜたりたかっただけです。いそたびでもありませんでしたから。」

「いえ、それでもくに不手際ふてぎわであることにわりはありません。どうか、あらためてこころよりおびをおりください。」

月読つくよみはなおもしずかに言葉ことばかさねた。

「……そのけんは、もう結構けっこうです。」

紅袍こうほう使者ししゃこえ一瞬いっしゅんだけ途切とぎれ、その表情ひょうじょうはわずかにまる。なにかをおもいたったかのようであった。

「そのはなしはひとまずいておきましょう。わたしあるじめいけ、言伝ことづてたずさえてまいりました。」

「そなたのあるじとは……?」

伊邪那岐いざなぎが問いかける。

「それにつきましては、申しもうしわけありませんが、ただちにおこたえすることはできません。」

声音こえおだやかであったが、その眼差まなざしはわずかにせられた。

やがて彼女かのじょ背後はいごから一振ひとふりの羽扇うせんし、しずかにひとりする。

刹那せつな空気くうきけるかのようにふるえ、羽扇うせんより火焔かえんうずはなたれた。

穹雲殿きゅううんでん全体ぜんたいさぶられたかのごとく震撼しんかんし、その居並いなら神明かみたちはみないきむ。

その瞬間しゅんかんかれらはついにさとった。

この使者ししゃ出自しゅつじょが、いかなる存在そんざいつらなるものであるのかを。


「なるほど。千年せんねんいまなお、我々(われわれ)はあの御方おかたたちのみちびきをけているのですね……。」

天之神あまのかみひくつぶやいた。

「ご理解りかいいただけたのなら、それで十分じゅうぶんです。」

紅袍こうほう使者ししゃ微笑ほほえみ、しずかにうなずいた。

やがて彼女かのじょはゆっくりと言葉ことばつむぐ。

六島之國ろくとうのくにもなく、おおきな動乱どうらん見舞みまわれます。あるじはその詳細しょうさいかしてはおりませんが、災厄さいやくせまっていることはたしかです。

しかし——異界いかいより二人ふたり旅人たびびとあらわれ、そなたたちにちからすでしょう。」

「もしかれらがくにのために尽力じんりょくしてくださるのであれば、我々(われわれ)も誠意せいいをもってむかえましょう。」

天照大神あまてらすおおみかみしずかにう。

しかし、紅袍こうほう使者ししゃはわずかにくびよこった。

あるじはこうももうしております——その二人ふたりちから過度かど依存いぞんしてはならない、と。本当ほんとう生死存亡せいしそんぼう局面きょくめんいたらぬかぎりは。」

その言葉ことばき、神明かみたちはたがいに視線しせんわす。

やがて一同いちどうは、おもうなずいた。

当然とうぜんのことです。みずかまも意志いしたずして、神位しんいいただいても意味いみはありません。」



あるじつたえるべき言葉ことばは、以上いじょうです。」

紅袍こうほう使者ししゃ一瞬いっしゅん言葉ことば区切くぎり、視線しせんをふっとめぐらせると、声色こわいろをわずかにやわらげた。

「ここからは——わたし個人こじんとしてのはなしです。」

「……?」

神明かみたちは一様いちよう戸惑とまどいのいろかべつつも、しずかにつぎ言葉ことばった。

「もし本当ほんとううしろめたさをかんじているのであれば、その謝意しゃいは——あの二人ふたりへおわたしください。」

使者殿ししゃどののお言葉ことば意味いみは……?」

問いといかえこえに、彼女かのじょはくすりとわらい、かるまばたきをした。

すこしばかりの助言じょげんならつかえないでしょう。かれらの信頼しんらいたいのであれば——六島之國ろくとうのくに美食びしょくが、近道ちかみちになるかもしれませんよ。」

その言葉ことばに、神明かみたちはおもわずたがいのかお見合みあわせ、どこか微妙びみょう表情ひょうじょうかべた。

最後さいごに、もうひとつ——そしてもっと重要じゅうようなことがあります。」

紅袍こうほう使者ししゃろうとしたあしめ、ふたたかえる。その声音こわいろさきほどのかるさをし、こおりのようにつめたく、慎重しんちょうひびきをびていた。

本日ほんじつ、我々(われわれ)のあいだわされたはなしは——あの二人ふたりには一言ひとことたりともらしてはなりません。もしたがえれば……あるじ相応そうおうばつくだすでしょう。」

えると、彼女かのじょはそれ以上いじょうかたることなく、しずかにけた。

その姿すがた次第しだい火焔かえんへとわり、空気くうきなかむようにあわえていく。

まるで最初さいしょから、この存在そんざいしていなかったかのように。



紅袍こうほう使者ししゃったのち彼女かのじょ小舟こぶねり、黄泉之島よみのしまへとわたった。そしてしま火山頂かざんちょうにて、黒袍こくほうをまとった一人ひとり人物じんぶつ相見あいまみえる。

黄泉之島よみのしまは、数多かずおおくの火山かざんかかえる荒涼こうりょうとした島嶼とうしょである。地形ちけいつらなる山脈さんみゃく火山かざん主軸しゅじくとし、けわしくも不安定ふあんてい景観けいかん形作かたちづくっている。

ここに存在そんざいする火山かざん単一たんいつではなく、しま全域ぜんいき各所かくしょ点在てんざいしている。それぞれの火山かざん大地だいちき、この荒廃こうはい動揺どうようちたものへとえてきた。

噴火ふんか規則的きそくてきではない。数十年すうじゅうねんにわたり沈黙ちんもくまもることもあれば、突如とつじょとして数日間すうじつかんにわたり連続れんぞくして爆発ばくはつすることもある。そのたびに、周囲しゅうい景色けしき溶岩ようがん煙霧えんむまれ、跡形あとかたもなくえられていくのであった。



島嶼とうしょ北部ほくぶは、もっとけわしい地帯ちたいである。そこにつらなる火山群かざんぐんくもくほどにたかくそびえち、ほとんど登攀とうはんゆるさない。

火山かざんよりなが溶岩ようがん南部なんぶへとかい、広大こうだい溶岩平原ようがんへいげん形作かたちづくっている。

この一帯いったい土壌どじょう火山灰かざんばい硫黄いおうちており、ほとんどの植物しょくぶつろすことすらできない。

一方いっぽう南側みなみがわには比較的ひかくてき平坦へいたん区域くいきひろがっている。地勢ちせいひらけ、火山かざんからながちた溶岩ようがん高所こうしょより傾瀉けいしゃし、やがて冷却れいきゃくして巨大きょだい溶岩湖ようがんこ形成けいせいした。

湖面こめんかすかな光沢こうたくび、まるできた痕跡こんせきのようにしずかにかがやいている。

火山かざんふもとあつ岩層がんそうおおわれている。それらはながきにわたる火山活動かざんかつどう積層せきそうによってまれたものであった。

すでに溶岩ようがんはげしく流動りゅうどうしてはいないが、それでもなお、大地だいち奥底おくそこからつたわる微弱びじゃく震動しんどうかんることができる。

さらにいくつかの火山かざん周囲しゅういには、溶岩ようがん堆積たいせきしてまれた岩丘がんきゅうられる。その形状けいじょう奇怪きかいで、まるで自然しぜんきずいた防壁ぼうへきのごとく、ちかづこうとする旅人たびびとこばんでいるかのようであった。



島嶼とうしょ中部ちゅうぶには、ひときわ巨大きょだい火山かざんそびっている。赤曜峰せきようほう——しまもっと活発かっぱつ火山かざんひとつである。

周囲しゅうい山脈さんみゃく不規則ふきそく稜線りょうせんえがき、高低こうてい起伏きふくかえしている。火山かざん噴火ふんかすれば、山頂さんちょうから溶岩ようがん怒涛どとうのごとくながくだり、巨大きょだい溶岩河ようがんがす。

やがてそれらはたにい、とき経過けいかとともに低地ていちくし、おおくの溶岩湖ようがんこ火口かこうしていく。

くろいわ突起とっきち、かえることもなくくちひらいた。

「やっとたか。まさか途中とちゅうあぶらっていたわけではあるまいな、あか。」

あかはくすりとわらい、どこかふくみをたせた声音こわいろこたえる。

人聞ひとぎきのわるいことをわないで。わたしはちゃんとあるじからたくされた任務にんむたしてきたわ。」

くろはゆっくりとひるがえす。

「だが、その危機ききはあの二人ふたり御方おかた到来とうらいするまえこる可能性かのうせいたかい。あるじからの指示しじはこうだ——もし災厄さいやくりかかるとき、あの御二方おふたりかたいまいたらぬのであれば、すべてをおまえ一任いちにんする、と。問題もんだいはないな?」

あか眼差まなざしがするどまる。声音こわいろもまた、さきほどのかるさをうしなった。

彼女かのじょ右手みぎてしずかに左胸ひだりむねえる。

ちから制限せいげんされているとはいえ、わたし七使しちしひとり。あの程度ていど相手あいてなら、わたしじかってみせる。」

くろつづける。

「むしろ懸念けねんすべきは、みどりむらさきほうだろう。だが——おまえがいてもなお、この都市とし破壊はかいされるといた。でなければ、あるじがわざわざわたし援護えんごこすはずもあるまい。」



「だが、てきがどこにあらわれるかは予測よそくできぬのだろう? 相手あいてがいかなる行動こうどうるのかもからぬままではないか。」

あか声音こわいろには、わずかな不満ふまんにじんでいた。しかしつぎ瞬間しゅんかんなにかをおもいついたかのように表情ひょうじょうわる。

「それなら——大結界だいけっかい強化きょうかするのはどうかしら? あの結界けっかいは、あの御方おかた魔法まほう劣化版れっかばんぎないけれど、すこくわえれば、不意ふいかれることくらいはふせげるはずよ。」

くろくことなくくびよこった。

駄目だめだ。あるじから明確めいかくめいじられている。結界けっかい構造こうぞう独断どくだん変更へんこうしてはならぬ。それは余計よけい混乱こんらんまねく。」

あかはわずかにまゆげ、不服ふふくいろかくさない。

「そんなことをっても、相手あいて空間魔法くうかんまほう奇襲きしゅうしてきたら、わたしだって対処たいしょしきれないわ。」

「そのときは、わたし支援しえんはいる。」

くろは淡々(たんたん)とこたえた。



「それなら——こうするのはどうかしら?」

あかなにかをおもいついたかのように、ぱん、とらした。その表情ひょうじょうには、わずかに悪戯いたずらめいたひかり宿やどっている。

「またなにたくらんでいるのか?」

くろ怪訝けげんそうな面持おももちでう。

結界けっかいつかさどっているのは、あの御方おかたでしょう? それなら、さき彼女かのじょいにってみるのはどうかしら。ついでに、すこしばかり示唆しさあたえておけばいいわ。」

「それは、あるじうかがいをてるべきではないか?」

くろはそういながら、ふところより通信つうしんよう水晶球すいしょうきゅうした。球面きゅうめんにはやみひろがっている。

やがて、そのやみおくからこえひびいた。

「どうした?」

その声音こわいろみみにした瞬間しゅんかんあかくろ同時どうじ片膝かたひざをつき、水晶球すいしょうきゅうかってこうべれる。

あるじ任務にんむ一段落いちだんらくいたしました。ただ、ひとつ許可きょかあおぎたくぞんじます。」

あか声音こわいろめ、報告ほうこくする。

なにだ。」

「かの御方おかたは、すでに我々(われわれ)の出現しゅつげんっております。であれば、我々(われわれ)がさきにその支援しえんしてもよろしいでしょうか。」

「……」

水晶球すいしょうきゅうこうがわは、しばし沈黙ちんもくつつまれた。

やがて、ひくこえふたたひびく。

当初とうしょ計画けいかくそむかぬかぎり、汝等なんじら裁量さいりょうまかせる。」

感謝かんしゃいたします、あるじ。」

あかくろ水晶球すいしょうきゅうこうがわかってれいべた。




あか片手かたてるった。灼熱しゃくねつ魔力まりょくてのひらうえかたちし、やがて巨大きょだい火焔蜂かえんばちへとわる。双翼そうよく熾光しこうのごとくさかり、飛翔ひしょうするたびにながあか尾焔びえんいていく。

一方いっぽうくろしずかに、すみのようにねば黒雲こくうんした。そのくも内側うちがわにはかすかな霊光れいこうまたたき、まるでひかりかげ幽冥ゆうめい存在そんざいのようであった。

二人ふたり一前いちぜん一後いちごに、それぞれの召喚獣しょうかんじゅうまたがり、長空ちょうくういて、雲閣うんかくへと一直線いっちょくせんかう。

やがて二人ふたりは、雲閣うんかくかこ結界けっかいまえ到達とうたつする。そして——ほんの一瞬いっしゅんのうちに、その結界けっかい通過つうかした。

もしこの光景こうけい一般いっぱん守衛しゅえいにしていれば、間違まちがいなくおおきな騒動そうどうとなっていただろう。なぜなら、その結界けっかいけっして通常つうじょうのものではないからである。

本来ほんらい天狐神社てんこじんじゃおもむくには、指定していされた転送門てんそうもん経由けいゆする必要ひつようがある。転送口てんそうぐちけたさきには、両側りょうがわ大小だいしょうさまざまな桜樹おうじゅならび、そのさきにはなが坂道さかみちつづいている。

さか両脇りょうわきには幾重いくえもの鳥居とりいつらなり、参拝者さんぱいしゃ誠意せいいためすかのようにたたずんでいる。

そしてさか終端しゅうたんには、巨大きょだい鳥居とりいそびち、その外周がいしゅう幾層いくそうもの結界けっかいまもられている。

理論上りろんじょう——いま封鎖ふうさされていない正門せいもんからはいらぬかぎり、天狐神社てんこじんじゃ内部ないぶ直接ちょくせつることは不可能ふかのうのはずであった。

しかしいまこの瞬間しゅんかん、その規則きそく二人ふたり使者ししゃまえでは、存在そんざいしないも同然どうぜんであった。



そのとき七葉真ななはまこと天狐神社てんこじんじゃ中央殿堂ちゅうおうでんどうにて、ある存在そんざい対話たいわしていた。そのものには実体じったいがなく、しかしきわめて強力きょうりょく感知能力かんちのうりょくゆうしている。

結界けっかい突破とっぱされた瞬間しゅんかん、その存在そんざい即座そくざ異変いへん察知さっちした。しかし、すでにふたつの強大きょうだい気配けはいは、天狐神社てんこじんじゃ中央殿堂ちゅうおうでんどう内部ないぶあらわれていた。

まこと……」

その存在そんざい緊張きんちょうびた声音こわいろで、七葉真ななはまことびかける。

心配しんぱいいりません。これはすで予知よちしていました。あなたはさきもどって準備じゅんびすすめてください。」

七葉真ななはまこといた口調くちょうでそうげる。

その存在そんざいはなお不安ふあんいだきつつも、七葉真ななはまこと言葉ことばしんじ、その姿すがたをそのからした。

やがて七葉真ななはまことはゆっくりとかおげる。視線しせんさきには、上空じょうくう浮遊ふゆうする仮面かめんをつけた二人ふたり使者ししゃ姿すがたがあった。

「お二人ふたり使者ししゃ、そろそろりてきていただけますか。」

「おやおや、さすがはあの御二方おふたりかた。あっというわたしたちを見抜みぬくとは。」

あかは楽しげにこえはずませる。

しかし、くろしずかに言葉ことばはさんだ。

「いや、七葉真ななはまことは我々(われわれ)を発見はっけんしたのではない。来訪らいほう予知よちしていただけだ。妖狐ようこ予知能力よちのうりょくつね正確せいかくだ。実際じっさいに我々(われわれ)の気配けはいとらえたのは——もう一人ひとりほうだろう。」



あかくろ二人ふたり使者ししゃは、そのとき中央殿堂ちゅうおうでんどうそばかれた茶几ちゃきはさみ、しずかにかいってすわっていた。

七葉真ななはまことみずかちゃれ、二人ふたりへとす。その所作しょさ優雅ゆうがでありながらるぎなく、まるで運命うんめい来訪らいほうをすでにれているかのようであった。

「おうかがいしてもよろしいでしょうか……お二人ふたり使者殿ししゃどの、いったい何者なにものなのでしょうか。」

彼女かのじょしずかに問いかける。

あか茶盞ちゃわんき、わずかにみをかべた。

もうわけありません。あるじさだめたまりにより、我々(われわれ)の来歴らいれきおおかたることはゆるされておりません。あまりにはや真相しんそうかせば、本来ほんらい計画けいかく影響えいきょうおよぼしかねませんので。」

「……本来ほんらい計画けいかく?」

七葉真ななはまことひく復唱ふくしょうし、わずかに眉間みけんせる。

くろしずかに言葉ことばいだ。

「そのとおりだ。我々(われわれ)の出現しゅつげんそのものが、すでにいくつかの変数へんすうしょうじさせている。そしてこの異変いへん……それは当初とうしょ予測よそくえる可能性かのうせいはらんでいる。」



「ところで……もう一人ひとりおうは、なぜさきにおかえりになったのですか。」

あかいぶかしむようにう。

七葉真ななはまことしずかにうなずいた。その表情ひょうじょうおだやかである。

わたしさき準備じゅんびもどるようつたえました……あの災厄さいやくは、もうとおくありません。」

くろ眼差まなざしがするどほそめられる。

「やはり——そなたも未来みらい災禍さいかているのだな。」

七葉真ななはまことはしばし沈黙ちんもくしたのち、ようやくちいさくうなずく。

「はい……この災難さいなんは……けることができません。ですが、わたしは……」

その身体からだがかすかにふるえ、茶盞ちゃわんなか水面すいめんこまかな波紋はもんひろがる。

彼女かのじょうつむき、ながかみひとみおおかくす。胸中きょうちゅうがる絶望ぜつぼうを、必死ひっしめていた。

「なるほど——みずからのたのだな。」

あか声音こわいろやわらかい。しかしその言葉ことばやいばのように、七葉真ななはまことむねした。

七葉真ななはまことははっとかおげる。ひとみには驚愕きょうがく戸惑とまどいがかんでいた——ゆめすべてをかたったわけではない。それにもかかわらず、まえ使者ししゃ核心かくしんてたのである。

どうしてたのか理解りかいできない。だが、それが推測すいそくではないことだけはかっていた。

七葉真ななはまこと予知夢よちむが、そこれぬやみのみをうつすとき——それは自身じしん運命うんめい終焉しゅうえん意味いみする。

彼女かのじょは、その象徴しょうちょうなにしめすのか、いたいほど理解りかいしていた。

予知よちゆめ絶対ぜったいではない。だが、これまで彼女かのじょゆめはずれたことは一度いちどもなかった。

自身じしんいのちは、すでにしずかにのこ時間じかんきざはじめている。

つよにぎりしめた指先ゆびさきしろいろうしない、こころ奥底おくそこ無力感むりょくかんかれていた。

使命しめいたすまえいのちうしなうかもしれない——その現実げんじつまえにして、七葉真ななはまことなにをすべきかからず、まただれければよいのかもえずにいた。



「……なぜ、使者殿ししゃどのはごぞんじなのですか。」

七葉真ななはまことひくう。

あか彼女かのじょつめたまま、問いにはこたえず、ただしずかにいきいた。

「その秘密ひみつは、まだかたることはできない。ただ……かりなにらなかったとしても、そなたのひとみ宿やどまよいと抑圧よくあつれば、さっすることはできる。」

七葉真ななはまことくちびるがかすかにふるえる。めていたいとが、ついにれたかのようであった。

「では……わたしは、いったいどうすればよいのでしょう……?」

簡単かんたんだ。あるがままにまかせよ。」

あか声音こわいろは、意外いがいなほどかるやかであった。

「……あるがままに?」

くろがゆるやかに言葉ことばぐ。

「そなたがいまているやみが、かならずしもまことやみとはかぎらぬ。しかしわすれるな——そのやみくっしてはならぬ。これからのみちけわしく、おのれ見失みうしなうこともあるだろう。だが、あゆみをめずけば、やみなかにもなお、一縷いちる希望きぼうのこされている。」

その言葉ことばは、あさかねゆうつづみのように、おも七葉真ななはまことむねった。



七葉真ななはまことは、まえ仮面かめん使者ししゃたちを、しばし呆然ぼうぜんつめていた。

そのとき、耳元みみもとに、とおむかしからひびくような、なつかしいこえ不意ふいによみがえる。

「たとえ未来みらいえなくても、あきらめてはいけない。未来みらいえるすべは、かならずしも自分じぶんなかにあるとはかぎらないのだから。」

それは——まだおさなかったころはは彼女かのじょかたってくれた言葉ことばであった。

指先ゆびさきがかすかにふるえる。だがつぎ瞬間しゅんかん彼女かのじょはそっとこぶしにぎめた。

「……母上ははうえ……」

ひくこぼれたそのこえは、まるでやみなかつかんだ、かすかなひかり残滓ざんしたしかめるかのようであった。

やがてあかが、わずかにやわらいだ口調くちょうう。

「申しもうしわけないが、現段階げんだんかいでは我々(われわれ)が直接ちょくせつせることはおおくない。ただ、すこしばかり示唆しさあたえることはできる。そなたも承知しょうちしているはずだ——この結界けっかい最大さいだいほころびを。」

七葉真ななはまことしずかにうなずく。

「はい。予知夢よちむなかで、ぼんやりとした影像えいぞうました。何者なにものかが、すでにひそちかづいている……ですが、具体ぐたい状況じょうきょう依然いぜんとしてつかめていません。わずかな手掛てがかりから、推測すいそくするほかないのです。」

無理むりもない。」

あかおだやかにつづける。

いまのそなたは、まだ七尾ななおぎぬ。予知夢よちむ制御せいぎょするすべも、十分じゅうぶんとはえまい。だが、第八尾だいはちびいたれば——視界しかいはさらにとおく、さらにふかひらけるはずだ。」

その声音こわいろが、ふとらぐ。

「なにしろ……あの初代しょだい——」


あか言葉ことば最後さいごまでつむがれるまえに、くろ眼差まなざしがするどわった。

つぎ瞬間しゅんかんかれおのれ領域魔法りょういきまほう——時間掌握じかんしょうあく展開てんかいする。

周囲しゅうい空気くうきこおりついたかのように静止せいしし、おと気配けはいも、すべてがたれる。

時間じかんは、その一瞬いっしゅん凝結ぎょうけつした。

おろものめ。そのけんくちにしてはならぬ。」

くろ冷然れいぜんはなつ。

あかはようやくわれかえり、みずからが禁忌きんきれかけたことをさとる。すぐにこうべれた。

もうわけありません……軽率けいそつでした。」

くろ感情かんじょうおさえたまま、あらためてくぎす。

「我々(われわれ)は二人ふたりおうとの関係かんけいかしてはならぬ。ましてや、彼女かのじょらが帰還きかんひかえていることなど——けっしてらしてはならぬ。まんいちにも露見ろけんすれば、あるじとがまぬがれぬ。そのときわたしかばわぬぞ。」

「……承知しょうちしました。」

あか小声こごえこたえる。その表情ひょうじょうには、はっきりと悔恨かいこんいろかんでいた。

やがてくろ領域魔法りょういきまほうしずかにく。

こおりついていた世界せかいは、何事なにごともなかったかのように、ゆるやかにうごした。



七葉真ななはまこと視界しかいうつ光景こうけいは、なにひとつわっていないようにえた。

だが、彼女かのじょ敏感びんかんさっする。空気くうきしつが、わずかに変化へんかしていることを——仮面かめんおおわれた二人ふたり使者ししゃ言葉ことばづかいが、どこか抑制よくせいびている。

「お二人ふたり使者殿ししゃどの……なにかありましたか。」

七葉真ななはまことしずかにう。

「いや……なんでもない。」

あかはすぐにこたえ、わずかに不自然ふしぜんみをかべた。

「それでは……現段階げんだんかいで、わたしにできることはなにでしょうか。」

七葉真ななはまこと不安ふあんおさえながらたずねる。

くろ簡潔かんけつった。

「ただひとつ。あの存在そんざい姿すがたあらわしたなら——けっしてがさぬことだ。最近さいきんそなたが習得しゅうとくした封印術ふういんじゅつであれば、空間転移くうかんてんいふうじるには十分じゅうぶんだろう。」

七葉真ななはまことはわずかに見開みひらく。

「まさか……わたしちからを、すでに見抜みぬいておられたとは。」

「はは、それは当然とうぜんだ。」

あか声音こわいろふたたかるやかさをもどす。

「だが、あと数百年すうひゃくねんほど修行しゅぎょうめば、我々(われわれ)が相手あいてにならぬるかもしれぬぞ。」

七葉真ななはまことこえてずに微笑ほほえんだ。そのむね重圧じゅうあつは、わずかにやわらいでいた。

やがてあかくろ茶盞ちゃわんかかげ、まだあたたかさをのこちゃす。

つぎ瞬間しゅんかん二人ふたり姿すがた墨痕ぼっこんみずけるかのようにしずかにり、殿堂でんどうからった。

のこされたのは、なおちのぼるちゃかおりと——わずかにふるつづける七葉真ななはまこと指先ゆびさきだけであった。



二人ふたり使者ししゃ見送みおくったのち七葉真ななはまこともまた行動こうどうこす決意けついかためた。きつねぞううえかれていた幣帛へいはくに取り、中央殿堂ちゅうおうでんどうあとにする。

彼女かのじょ天狐神社てんこじんじゃ裏手うらてひろがる、静謐せいひつ草地そうちへとあしはこんだ。

そこは神社じんじゃほか区域くいきとはおもむきことにし、ひときわたかしげむらさき桜樹おうじゅ幾株いくかぶえられている。花色はないろやわらかく、かおりは清雅せいがで、まるでこころのざわめきをあらながすかのようであった。

七葉真ななはまことはゆっくりと樹下じゅかあゆり、足元あしもと見下みおろす。みつしげくさは、ちた幾枚いくまいもの花弁かべんにそっとおおわれている。

かぜってただよさくら気配けはいは、記憶きおくおくきざまれたははかおりとかさなり、彼女かのじょ意識いしき一瞬いっしゅんとおくへといざなった。

いま、運命うんめい歯車はぐるま彼女かのじょ災厄さいやく最前線さいぜんせんそうとしている。

むか未来みらいあらががたであることを、七葉真ななはまこと理解りかいしていた。それでもなお、退しりぞくことはゆるされない。

彼女かのじょそらあおぐ。ほおでる微風びふうなかに、さきほどの二人ふたり使者ししゃこえが、かすかに残響ざんきょうしているようにおもえた。

あの二人ふたり使者ししゃは、不思議ふしぎなほどなつかしい気配けはいびていた。まるで、はるかとお過去かこからおとずれた存在そんざいであるかのように。



しばし沈思ちんししたのち、七葉真ななはまこと表情ひょうじょうはふいにまった。

彼女かのじょ幣帛へいはくに取り、草地そうち中央ちゅうおうあゆる。両手りょうて胸前きょうぜんしずかにかさね、その眼差まなざしはするどさだまっていた。

やがて一歩いっぽすと、彼女かのじょ身体からだかぜ呼応こおうするかのようにらぎはじめる。

ゆるやかに、そして気高けだかく——

そのまいは、妲己ダッキが「断罪之息だんざいのいき」を発動はつどうしたさい舞姿まいすがたと、ほとんど見分みわけがつかぬほど酷似こくじしていた。

天地てんちすらもおうじているかのように、周囲しゅういさくらかぜふるえ、そのうごきは彼女かのじょ律動りつどうしずかに同調どうちょうしていく。

回転かいてんする舞歩ぶほ合間あいま足下あしもと大地だいちに、次第しだい巨大きょだい複雑ふくざつ魔法陣まほうじんかびがる。

あわ金色きんいろ紫光しこう交錯こうさくしながら脈動みゃくどうし、しずかな草地そうちはいつしか神秘しんぴなるひかりたされていた。


七葉真ななはまこと七尾ななおが、その瞬間しゅんかん完全かんぜん顕現けんげんする。

その強烈きょうれつ威圧いあつび、まるで天地てんち意志いし具現ぐげんしたかのようであった。

ころもすそかぜはらんでひるがえり、魔力まりょくあゆみとともに脈動みゃくどうし、渦流かりゅうのごとく彼女かのじょまわりをめぐる。

やがてまい最後さいごかたへといたる。

その瞬間しゅんかん魔法まほうかく完全かんぜん解放かいほうされた。

——十階魔法じっかいまほう白炎之壁はくえんのへき

えぬ魔法まほうあみが、彼女かのじょ足下あしもとからおともなくひろがっていく。

それはまたた万界結界ばんかいけっかい全域ぜんいきおおくした。

この術式じゅつしきは、ただひとつの目的もくてきのためにまれている——封鎖ふうさと、逃走とうそう完全かんぜんなる阻止そし

まいえた瞬間しゅんかん七葉真ななはまことしずかにまぶたじた。

かぜおくから、ははこえがそっとささやくかのようにひびく。

「どれほど前途ぜんとけわしくとも、あゆみをめぬかぎり、私はほこりにおもう。」

七葉真ななはまことふかいきむ。

そしてふたたひらいた。

そのひとみは、もはやらいでいなかった。



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