紹介編(1)
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わたしは谷口むる。高校2年生。今年からお父さんの口利きで八起先生のところでバイトをして3か月経った。
ここは『お気持ち相談室』という怪しいお店で、1万円支払うと30日の間なら毎日でも八起先生に何度でも相談ができるシステムの有料相談所。予約制だからご利用の方は電話かメールで予約が確定してからご利用ください。
相談内容は特に規定はないみたいだけど、八起先生の専門外は答えられないからお気をつけください。では、八起先生の専門が何かと言うと、実は私もよく知らない。なにが専門なんだろう?
あっ、誰かドアを開けて入って来た。なんか怖そうだな。
「あのう、相談て、どんなこと相談出来るの?」
ボサボサの髪でかなりごついというか体格のいい男性が尋ねてきた。
「お気持ちでお辛いこととかありましたら、うちの先生がお話を伺うという感じです」
「それは何?カウンセリングとかいうやつ?」
「まあ、そういった感じです」
もう!わたしだってどう応えていいかなんてわかんないよ。
「あんた、わかってんの?バイト?」
「はい」
「おい!だれかちゃんとした人いないの?」
やばい。怖い。八起先生はトイレ行っちゃったからなあ。間さーん!あっ、でも頼りにはならないんだよな。めっちゃイケメンなんだけど。
「お待たせいたしました。いかがなさいました?」
スラリとした佇まいの間仁さんが出てきてくれた。
「あんたが先生?」
「いえ、アシスタントです」
「ここはどんなことでも相談できんの?」
181cmの間さんより少し背が高くてガタイがいい男が間さんに詰め寄った。
「はい。どういったご要件でしょう?」
「いや、娘なんだけどさ、なんつーの、口きかないって言うか、無視?してんだよね」
そりゃそうだろうと、わたしは娘に同情した。
「声をかけても反応がないと?」
「そう。なんか不機嫌な顔してさ」
「おいくつですか」
「えーっと47」
凄いボケかますなあ。
「あ、いえ、お嬢様の方です」
間さんが申し訳なさそうな雰囲気を出した。
みるみる大男の顔が赤く変色した。
「最初からそう言えよ」
47歳の男が間さんに凄んだ。傍から見てても怖いから、間さんマジで嫌だろうな。
「あ、申し訳ありません」
間さんも便宜上そう言った方がとりあえずその場の空気を変えられるかな?と思って発言したんだろうけど、残念ながらそうはならなかった。
顔を顰めた47歳は顎を上にあげてから見下ろすような目付きを見せて右手を突き出した。おそらく、胸ぐらを掴んで威嚇するか、間さんの胸をど突く目論見だったんだろうな。
でも残念ながらその右手の親指と小指のMP関節とも言われる付け根の関節を外側から同時に挟まれて47歳は動きを封じられた。
八起先生がいつの間にかトイレから帰ってきて2人の隙間に自分の右手を下から入れて47歳男の右手を軽く摘んだようだ。先生のトイレは長い時はとても長いんだけど、何かを察したんだろうな。
八起先生はわたしとあまり身長が変わらない。160cmちょい超えてるかなという感じでかなり小さいから、180cm超の47歳は八起先生が来たことに気づかなかったに違いない。
次に先生は左手も添えて、まるで両手で暖かい握手を演出するように47歳の腕の関節を上手く曲げた。男の身体はもう八起先生の思い通りなので膝の関節も軽く曲がり、先生がゆっくり導くように受付の脇にある長椅子に座った。というか、座らされた。
「八起です。ここでみなさんのお話を伺っているんですが、今日はどんなご要件で?」
先生はそっと両手を花が咲くように開いて男の手を自由にした。
47歳は呆気にとられて二の句が継げない様子でぽかんと口は開いたままだ。
先生も近くに置いてある丸椅子を引き寄せて男の向かい側に座った。やたら姿勢が良い。わたしも毎日姿勢を注意されている。マジでウザイ。
「あっと、ええっと」
男がようやく口を開いた。
「まだお名前聞いてないですね、よろしければ、教えてもらえますか?」
「ああ」と言ってから間を置いて「鈴本だけど」と名乗った。
「鈴本さん。何かお辛いことがあるからここに来たんですよね。よかったら少しお話しませんか?」
鈴本と名乗った男は自分を納得させるような細かい頷きを見せた。
「ご家族のことですか」
「ああ。娘がね、なんか俺を避けてる気がするんでね。なんか、辛いんだよね」
「いつ頃からそんな感じに思えます?」
鈴本はいかにも思い出そうとするようにまゆに皺を寄せて左上に目をやった。
「去年くらいかな。わりとそれまでは何でも報告してくるっていうか、ねえねえ、みたいな感じでこう、なんていうかこの辺に手を置いて甘えてくるというか…」
鈴本は自分の右肩を左手で指さした。
「きっかけがありそうですが、なにか思いあたることはないですか?」
「んー。あいつの誕生日かな。15になったんだけど、彼氏とディズニーに行きたいって言ってさ。いや、受験も近いし、10月なんだけど、普通止めるじゃない?だって受験だよ、しかも彼氏と」
「で、許可はされなかった?」
「いやあ、うちのもダメって言ったんだけど、あいつ行ったんだよ。誕生日がちょうど祝日でさ、まあ、朝から出かけたね」
八起先生は軽く頷いて見せた。同意してる感じの演出だね。
「ところがさ、帰ってきたら機嫌が悪いんだよ。向こうで、ディズニーで喧嘩したみたいで、おれは止めたわけじゃん。しかも彼氏との喧嘩なわけで、おれは関係ないじゃん」
「でも、鈴本さん娘さんに何か余計なこと言いませんでした?」
鈴本の顔が明らかに動揺を表現して見える。わかりやすいなあ。
「いや、乃愛のやつ彼氏と別れたらしくて、ディズニーでさ。あ、乃愛ってのは娘で。何かポップコーン?その入れ物を持ってきたとか、前の彼女と行った時のだとか言ってて。まあさ、分からないじゃない、そういうのおれには。で、つい、そんなくだらないことで別れたのか?とか言っちゃったな」
鈴本は顎を何重にも重ねて項垂れた。
「まあ、確かにそれはくだらないからな。鈴本さんがそういうのも仕方ないね」
「そう?」
上目遣いに鈴本が八起先生を見上げた。大きさは圧倒的に違うけど、鈴本はしょげかえって小さくなっていて、先生は小さいけどやたら姿勢がいいからね。
「鈴本さんがそう思うのは最もなんだが、これを相手に伝えるのは別の話なんだよ」
先生の口調が馴れ馴れしくなってきた。作戦なんだけどね。