王子の失敗、妹の興味、リサとアルフレッドの幸せ
最終話。
◇◆◇
「してやられた」
宰相の境遇に、それを知る城内の誰もが心の底では同情と憐れみを向けていた。宰相がどれほど仕事が出来ようとも、一応家庭があろうとも……宰相より自分は幸せであると。
若くて仕事ができる宰相への風当たりが弱いのは、皆、自分の方が幸せであるという優越感があったからだ。
それは愚かにも自分にも当てはまる。
リサは。
丁度良かった。
イエスマンでないのも良かった。
顔色を窺われない。
背伸びをしなくて良い。
理想の型にはめて見てこない。
笑顔は確かに可愛い。それ以外はまぁ、言ってしまえば中の上。
側に居て、息苦しくなかった。
追いかける自分を物凄く嫌そうに追い払おうとするが、彼女の性格なら時機に絆されるだろう。落ちるのも時間の問題だ。
周りからの評判も上々。
こうやって付いて回ることによって、周りからも自分とリサが並ぶ姿を当たり前だと認識させる。
「リサ殿、リサ殿」
全てが予定調和。
「遠からず婚約が整うと聞いております」
笑顔になる。
「これを機に職を辞させて頂きます。陛下からは許可を得ております。王子と年の近い弟が後任に。父が引き続き補佐を。私は正式に離縁し、政治から離れ、田舎住まいの父の友人の元で静養致します」
労いの言葉をかけると宰相は下がった。
交代は滑らかに順調に行われた。宰相一家の手腕は素晴らしく、全く滞りなく引き継がれた。
決定打が無い。
予想外に色よい返事が無い。
こうなってくると、陛下からも候補をリサ一人に絞るのに難色を示し始めた。
長期休暇に勝負を仕掛ける。この期間に決めて見せる。
旗色の悪さが見て取れる。
どこで失敗した?
教師陣の後押しを得る事が出来ない。
リサの友人に、リサとの間を取り持って貰おうとしたが、けんもほろろな対応だった。
「リサが嫌がっているのに友人の私達にその様な事を言ってくるなんて」
「見損ないました」
「涙をにじませていたこともありましたよ」
いつからだ。
「王子様、誰もが貴方に仕えたいわけではないのです」
「王子様に目指す国像がある様に、我々にも目指すもの、叶えたい夢があるのです」
「あなたは王子様です。平民である私達は権力の前では対等ではないのです」
「個では尚更です。あなたが思うより、私達は権力に対して臆病で顔色をうかがっているのです」
「リサだって不敬罪に問われない様に、常にギリギリの中で言葉を選び、申し入れを拒絶していました」
「王子様には全く伝わっていないようでしたが」
「王子様が思う程お姫様になりたい人は多くない」
「そもそもここは専科です。普通科の方がお姫様志望者が居ると思いますよ」
ガン、ガン、ガン、ガンと何度も打ち付けられる。
過渡期である。それは自分が平民との距離がすぐ隣まで近づいたと錯覚させた。思ったよりもその壁は高く厚く硬かった。こうやって学院に居る分には平民の生徒とも簡単に会話をし、言葉遣いの荒さ未熟さにも細かく注意をという事もなかったから。
このクラスにも貴族は居る。その彼等でさえ、王子である自分を冷ややかに眺めていた。
「殿下。ここで多くを学び、己を省みることができれば、我々は殿下を慕い仕える事に嫌悪を示さないでしょう」
嫌悪という言葉が胸に刺さる。
「簡単にリサ殿を諦める事も出来ぬ。男を上げて見せようぞ」
決意の宣言に、まばらに拍手があった。
リサと元宰相アルフレッドが結婚した。
寝耳に水とはこういうことをいうのだなと思った。
同情したのが馬鹿みたいだ。アルフレッドの掌の上に居たという事か。
聞けば、あの事件が無ければ、元々結婚の予定があった二人だと聞かされた。加えて、お互い秘めた思いを諦めていたところに燃料投下したのが自分だったと。
離縁をされてから、元妻の家は悪事に手を染めとり潰し。それすらもアルフレッドが計画したのではないかと疑う。いや、元々は小悪党の家であったか。アルフレッドがしっかり手綱を握っていただけだ。
離縁の時に、意外にも息子を引き取っていた。それもあって、再婚など微塵も予想できなかった。
「息子はアルフレッドによく似ていると聞く。フン、三角関係にでもなって家庭崩壊してしまえ」
そう悪態をついた所に。
「まぁ、小さな男ですこと。器の小さい男は、そんな詰まらない負け惜しみしか言えませんのね。なんて女々しい。わたくしも候補を辞退してしまおうかしら。ええ、いい案ですわ。来たばかりですが、これにて退室いたしますわ」
……以外に身近にあけすけにものを言う候補者がいた。面白い。
「平民との婚姻はまだ時期尚早か」
ぼそり話した声が聞こえた。
「逃げたら追いかけたくなるって性格悪っ」
フン、なんとでも言え。
◇◆◇
お兄様とお姉ちゃんは超仲良しだ。お姉ちゃん絡みで氷点下になる事もあるが、基本はデロデロだ。
二人で動物病院を開業しているが、どんなに気性の荒い動物も二人に掛かれば尻尾を丸めて従順になる。神業だといわれるが違うことは皆知っている。怖いから口にしないだけ。
私はお兄様の子が気になる。
色々訳アリだと聞いているが、いつも一歩引いた所から幸せの輪を見ている。
私は、私が彼を笑顔にしたいと思った。
絶対にその日は来る!
◇◆◇
長期休暇中にうっかり妊娠することなく、卒業後に式を挙げた。まだ学生なんだからそこは大事。アルフレッドはどこか不安なのか私にべったりだった。子供の頃を思えば、あれが成長するとこうなると納得出来なくもないか。元々、多少粘着質だった様な気もする。
それが嫌じゃないからいいのだ。
学院の実習だけではまだまだ経験不足で、度々先輩方の元を訪れ学ばせて貰った。アルフレッドも付いてくるので慣れるまでは驚かれたが、私の補佐をする発言は冗談では無かった様で、みるみる身に付け獣医師になってしまった。元々の頭脳とやる気と学院よりも多く濃い経験が成したのだろう。
凄い。やっぱり何時でも尊敬の対象だ。
「いずれリサが働けなくなる時が来るでしょう?その時は私が頑張りますから」
「え?」
私、働けなくなるの?
「妊娠したら?産後は?産後の肥立ちもわかりませんし、リサは自分で見たいのでしょう?そもそも、例えば風邪をひいたら?熱が出たら?昼夜付きっきりで看なければならない時、一人では辛いでしょう?リサとの子供なら何人でも居てもいいと言いたいところですが、本当はお風呂もトイレも離れたくない位一緒に居たいのです。だから、子供も居なくてリサを独り占めという生活が最も理想です」
「病んでますね」
「ええ、何とでも言ってください」
「その執着も嫌じゃないですけど、トイレだけは絶対一人です。これだけは譲れませんからね」
「ええ、では、今日から一緒に入浴しましょうね」
「あ」
今、私達はこうして幸せを感じ生きている。
「アルフレッド、私を助けてくれてありがとう。あの時勇気を出して、宰相様助けて下さいって声を上げて良かった。死ぬまでこの感謝が薄れることは無いわ」
「私こそ助けられたのですよ。あの時、幸せを諦めた私の時間を動かしたのです。私を好きになってくれてありがとう。あなたの自制心と常識的で理性的な行動のおかげで、後ろ指さされる事無くこうして幸せを手に入れる事ができました。息子の事も。妹ぎみの深い愛で笑顔が自然で優しくなりました」
アルフレッドに言われた。もし、あの頃若気の至りで気持ちのままに宰相様に突進していたら、オウジからも離れる事が出来ただろうけど、アルフレッドと結ばれるどころか元奥様にいじめられたり命を狙われたり、悪い貴族に駒にされたり中退する羽目になったり、色々危険だったらしい。アルフレッドは言わなかったけど、宰相様の醜聞としてお仕事に影響だってあっただろう。
いつだって私を最優先に尽くしてくれる。愛に勝ち負けはないけれど、この愛に感謝を忘れて堕落してしまった時、私はきっと負けなのだろう。
結婚し月日を重ね、アルフレッドが私に助けられたというのもわかってきた。
人からはそうは見えなくても、このままお互い支え合いながら歩んで行きたい。
最後までお読み下さりありがとうございます。